咲良の家族③

 次の日、教室へ着くと私は沙綾と雪穂に昨日あったことを話し、進路のことを相談した。


「どうしたの菜瑠美、もしかしてお兄さんに反対されて変になっちゃった?」


「違うって、沙綾は私をなんだと思ってるの。お兄さんに認めてもらうには、まずは将来のことちゃんと考えて咲良を幸せにする自信があるって言えるようにならないと、と思っただけ」


「なるほどね……ま、きっかけはなんであれ、良いことだと思うよ。咲良ちゃんのお兄さんがどう判断するかは知らないけど、何でも協力するから」


「私も、もちろん協力するよ」


「ありがとう……沙綾、雪穂」


 二人の言葉を心強く感じていると、雪穂がまるで妹を見るような眼差しで私を見る。


「でも菜瑠美ちゃん……今、一番良い表情してる。それだけ咲良ちゃんは大切な存在なんだね」


「うん……これからもずっと咲良の側にいたい。だからこそ、自分のこともちゃんとしないとって思えた」


 言葉にして改めてこの先のことを考え身が引き締まる。そんな私を二人はどこまでも優しい表情で見守ってくれていた。


 どうしたら咲良のお兄さんに認めてもらえるのかは分からない。だけどもし私がお兄さんの立場だったら、少なくともただ流されるままに生きて何の目標もない今のままの私じゃ全然ダメだ。

 そのせいではっきりと咲良を幸せにすると答えられなかったし、妹をこんな奴には渡したくないとも思う。

 咲良とあまり会えなくなってしまうのは寂しいけれど、どうせお兄さんに認めてもらわなければ家にも行けない。

 そうと決めたら、考えうる限りの方法で将来どんな職に就いたら安定するのか、そうなるには何を学ぶべきか、どこの大学が良いのか調べ尽くした。

 咲良とずっと一緒にいるためには、それが一番良いと思ったから。

 一週間、周りが見えなくなるほど集中していたら、お母さんからは雹が降るのではないかと言われてしまった。

 そして――全てを決めて咲良に話したいことがあると伝えてもらい、今私は久しぶりに咲良の家にいる。

 正直、どうなるか分からないから緊張するけれど、私の覚悟をお兄さんに知ってもらいたい。

 咲良に連れられ硬い表情のお兄さんが対面に座ると、咲良の隣に居続けるには今までの自分ではダメだと思ったこと、そう思ったことで今まで考えもしていなかった将来について真剣に考えたこと。具体的な進路を含め、お兄さんが安心して咲良のことを任せられると思ってもらえるように細かく話した。

 そしたら、それまで黙っていたお兄さんは深い深いため息をつく。


「はあ……仕方ないか」


 どういう意味なのか分からず次の言葉を待っていると、咲良のお兄さんは何故か一週間前に会った時よりもやつれたような顔をしていた。


「正直、君がそこまで真剣に咲良との今後について考えてくるとは思いもしなかった。……まあ、今日君がこうして提示してこなくても、俺は二人のことを認めるつもりだったんだけどな」


 お兄さんはまた深いため息をつく。

 何故なんだろう。不思議に思っていると、お兄さんは堪えられないというように大声で言った。


「だって、認めてくれるまで『お兄ちゃんとは話さない』なんて言われてもう堪えられなかったんだよ……!」


 その声を合図にしたかのように、咲良が部屋から出てくる。そして、今にも泣きそうなお兄さんを抱きしめて言った。


「お兄ちゃん、ごめんね」


「咲良~」


 咲良と抱き合った瞬間、お兄さんのやつれていた表情が幸せそうな笑顔に変わる。しばらくしてから私の方を見ると、真面目な表情に切り替わって言った。


「言っておくけど、咲良の相手が男じゃなかったから反対してたわけじゃないからな。男でも女でも、俺から可愛い咲良を奪っていくのに変わりはない」


「はあ……」


 本当に咲良の事が大好きなんだなぁと呆気にとられていると、


「それと……君がそれでいいなら構わないが、君の将来は咲良のものでもない君自身のものだ。常識ある大人の観点から言わせてもらうと、もっと慎重に決めた方がいいと思うぞ」


 失礼だとは思いつつも常識あるという言葉が少しひっかかる。いや……思い返してみれば、お兄さんが度を超えてるのは咲良に対してだけなのか。


「いえ、大丈夫です。私自身のものというより、咲良と一緒に生きていく人生なので」


「俺もよく周りから重度のシスコンだと言われてきたが……君も大概だな。そこだけは認めてやる。咲良はそれだけ可愛過ぎるからな」


「ですね」


 私とお兄さんが打ち解けてきていると、それまで黙ってお兄さんにくっついていた咲良が今度は私にぴったりとくっついてきた。


「咲良、何でそっちに行っちゃうんだよ……」


「今は菜瑠美不足だから、菜瑠美を充電したい」


 そう言うと、咲良は猫のように私の腕に頬を擦り寄せる。私も同じ気持ちだったから嬉しい。だけど……恐る恐るお兄さんの方に顔を向けると、やっぱりまた睨まれていたのだった。

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