咲良の家族②
咲良の名前を呼ぶ声のトーンは弾んでいたのに、私達を見てからの一言は恐ろしいぐらい冷たさを帯びていた。慌てて咲良から距離をとる。
「あ、あの……お邪魔してます」
恐る恐る様子を窺うと、何を考えているか分からない無表情でこちらを見ていた。
「最近は、友達同士でもそういうことするのか?」
私が何と答えるか考えあぐねている間に咲良はあっけらかんと言う。
「友達じゃない。私と菜瑠美、恋人同士、だよ」
咲良のお兄さんは、信じられないものを見たような表情をしてフリーズした。それから私と咲良を交互に見た後、険しい表情を向ける。
「冗談だよな、咲良」
その問いに対して首を横に振る咲良を見たお兄さんは、眉間を抑えてぶつぶつと独り言を漏らす。
「これは夢だこれは夢だこれは夢だ……」
「これは夢じゃないよ、お兄ちゃん」
現実を受け入れられない様子のお兄さんに対して、咲良は追い打ちをかけるようにそう言った。
「どうしてなんだよ咲良。俺は、俺は……」
咲良の両肩に手を置いてうつむくお兄さん。いたたまれなくなって立ち往生していると、玄関からのんびりとした声が聞こえてくる。
「ただいま~」
咲良のお父さんだ。咲良のお父さんには、私達の関係は伝えてある。正直ほっとしていると、咲良のお兄さんは私を睨んでからお父さんの方へ向かっていった。私が少し気後れしていたら、咲良は私の手を握って言う。
「お兄ちゃんもきっと、分かってくれると思う」
そんな咲良の言葉とは裏腹に、咲良のお父さんが加わって四人でテーブルを囲んだ後も、相変わらず咲良のお兄さんは私に厳しい目線を向けていた。
どのように出会ったか、恋人になった経緯などを根掘り葉掘り聞かれ答えていくと、最後に語気を強くして尋ねられる。
「大体、君に咲良を幸せにする自信はあるのか?」
咲良を誰よりも大好きな自信はある。だけど、その問いにすぐに答えられないぐらい幸せにする自信なんか今の私にはなかった。自分の将来のこともまともに決めていない、曖昧な私がこの先もずっと咲良のことを幸せに出来るのだろうか。
漠然とずっと一緒に……なんて考えていたけど、現実的なことは何も考えていなかった。
「ほら、すぐに答えられないじゃないか。だから――」
息巻くお兄さんを、咲良のお父さんが宥めて空気を変えるように言う。
「取り敢えず、晩ご飯みんなで食べようよ。
「別にそんなこと――」
咲良のお兄さんがそう言いかけると、お腹から盛大な音が鳴った。
咲良のお父さんと咲良が料理に取りかかって、テーブルには私とお兄さんの二人が残される。本当は私も手伝いたかったのだけれど、咲良と咲良のお父さんにお客さんなんだからと断られてしまった。
むしろ、この状況になることを避けたかったのに……。
しばらくの沈黙の後、思い切って尋ねてみる。
「あの……私、咲良を幸せにする自信はないけど、咲良のこと誰よりも大好きな自信はあります。どうしたらお兄さんに認めてもらえますか?」
咲良のお兄さんは一瞬驚いた表情をしたけれど、すぐに真顔になって言った。
「認めるも何も……てか、俺は君のお兄さんじゃないから」
これは中々認めてもらえなさそうだと思っている間に、咲良と咲良のお父さんがやってきて四人で異様な空気の中食べ始める。咲良と咲良のお父さんはマイペースに何も気にしていない様子で、咲良のお兄さんはむすっとしたままご飯を口に運んでいた。
それから、お兄さんは私に話す隙を与えてくれず、何も話が進まないまま帰ることになってしまった。
帰宅した頃、咲良から連絡が入ってその内容に思わず固まる。
お兄さんは咲良に私と会うなと言っているそうなのだ。しばらく、高校の行き帰りも自分が送迎するし、私は家に来させないようにすると。
もちろん諦めるつもりはないけれど、これは難航しそうだと心の中でため息をついた。
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