咲良の家族①

 久しぶりに沙綾、雪穂の三人で出かけた帰り道。一人で歩いていると、交差点の向こう側に咲良を見かけた。こんな偶然あるんだな、なんて思いながら赤信号で立ち止まる。

 折角だから少し話したい。青に変わるのを焦れったく待っていると、よく見れば咲良の隣には長身の男性がいた。咲良をエスコートするようにファミレスの扉を開けて、二人で中に入っていく。

 少し躊躇ってから、交差点を渡ってファミレスの側まで歩いた。運良く咲良達は窓際の席に座ってくれたから、どんな様子か窺うことができる。

 後ろめたさがありつつも店の中をさりげなく覗いた。二人の様子を見た後、すぐに離れる。

 男性と向かいあわせに座った咲良は嬉しそうに笑っていて……昔からの知り合いのような、そんな間柄で心を許しているようだった。

 なんだか寂しい気持ちになって、自然と歩みが遅くなる。思えば咲良があんなに表情豊かなのは、私と二人きりの時と咲良のお父さんといる時意外に見たことがない。

 だったら、一体あの人は咲良にとってどんな人なのだろう。

 もやもやした気持ちを抱えたまま迎えた翌日、その正体はあっさりと判明した。


「昨日、久しぶりにお兄ちゃんと夜ご飯行ったの」


 心なしか弾んだ声で、咲良が本当にお兄さんのことを好きなのだということが伝わってくる。

 咲良のお兄さんは普段、勤めている会社の近くに住んでいるけれど、時々咲良とお父さんが住む家に帰ってくるのだそうだ。


「なんだ、お兄さんだったのか……」


 私が安堵のため息を吐くと、咲良は不思議そうに首を傾げた。気にしすぎていた自分に呆れつつも、咲良に昨日見かけたことを説明する。


「実は昨日、偶然咲良と咲良のお兄さんを見かけて……咲良の隣の人は誰なんだろうって気になってたんだ」


「私、家族と友達以外は菜瑠美のことしか見てないよ」


 私がどう感じていたのか咲良にはお見通しだったようで、まっすぐな瞳を向けられた。


「私も同じだよ。でも……お兄さんだったなら当然なんだけど、咲良が私以外の人にあんな風に笑ってるの見たことなかったから……ちょっと寂しくなってしまったというか……」


 咲良が折角嬉しいことを言ってくれたのに何を言ってるんだろう。そう思って、慌てて「やっぱり何でもない」と取り繕おうとしたその時。咲良が私の頬を両手で包み込んだ。


「菜瑠美、可愛い」


「可愛くないって。可愛いのは咲良なんだから」


 私が否定すると、咲良はふわりと微笑む。


「やきもちやいてくれる恋人のこと、可愛いと思わない人なんていないよ」


 最早、格好つけて傘を差しだした出会いの日が懐かしい。咲良の前では格好良くいたいのに、仲が深まれば深まるほどボロが出ているような気がする。


「それはそうなんだろうけど……やっぱり私は咲良の前では格好良くいたいんだよ」


「その気持ちだけで十分。これからずっと一緒にいるのに、ずっとそんな風に思ってたら、疲れちゃうよ……?だから、諦めて」


 さりげなく「ずっと一緒」と口にする咲良に胸が一杯になっていると、不意にじっと見つめられた。その瞳は、普段他の人がいる前では見せない色が含まれていて……ドキドキしながらも咲良にゆっくりと近づく。

 二人の距離が、唇が触れるまで後数センチといったところまで近づいたとき、いきなり何の前触れもなくドアが開かれた。


「咲良――って……何、してるんだ」


 驚いて声の方を見れば、紛れもなく昨日咲良の隣に歩いていた人……つまり、咲良のお兄さんがそこに佇んでいた。

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