全力で楽しめ!!
千代田 晴夢
第1話
高校生活。
バスケに打ち込んだ日々。
私は、日頃の頑張りが買われてキャプテンに選ばれた。
そして、全国大会出場を目標に、必死に練習した。
なのに。
新型コロナウイルス。
私はそいつを絶対に許さない。
私たちの青春を返せ。
みんなを全国大会に連れて行ってあげたかった。
みんなで同じ景色を見て、喜びを分かち合いたかった。
夢見ていた日々は、いとも簡単に崩れ去った。
──3年生。春。
「明里、大変よ!」
そう言いながら母が持ってきた新聞には、こう書いてあった。
「高校バスケットボール 春季大会中止」
ずーん。
低い音が耳の奥で鳴り響く。
私の青春、終わった。
それからは無気力な日々を過ごした。
あんなに身近なところにあったバスケが、とても遠くに行ってしまったように感じた。
コロナでの休校が明けて学校が始まると、みんなもう受験モード。部活の大会はどこも軒並み中止になり、諦めて勉強に勤しんでいるようだった。
部活のことなんてもう忘れよう、と私も机に向かい続けた。
成績はぐんぐん上がって、学年で上の方の順位になった。
このままいけば地元で1番いい大学に入れるだろう、と担任に言われた。
でも、全然嬉しくなかった。心にはぽっかり穴が空いたまま。
ある日、バスケ部のグループチャットに、後輩からメッセージが来た。
「先輩方へ
明後日部活の引き継ぎ式をやる予定なので、よかったら来てください!
部室で17時からです!」
私は、少し考えたあと、「了解」というスタンプを押した。
そして引き継ぎ式当日。
私たちの部室は、学校の隅にある使われなくなった教室だ。机もそのまま置いてある。
部員15人全員が、席に着いた。
「今日は来ていただきありがとうございます!
まずは、みんな一言ずつメッセージを言っていきます。じゃあ、1年生から」
「──次に、3年生の4人からもメッセージをいただきたいと思います。いいですか?」
私の同級生たちは、「どうしよう」「考えてなーい」と言いながらも、ノリノリだった。
「──みんな、私たちの分も頑張ってね!……最後は明里だね」
私の番だ。何も考えてなかった。どうしよう。
「私は、正直みんなが羨ましい。……どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
違う、こんなこと言いたかったんじゃない。
「毎日悔しい気持ちでいっぱいで、今も、悔しくて、悔しくて……」
周りを見ると、後輩たちは涙目になり、同級生たちは怒ったような、軽蔑したような顔をしている。
「ちょっと、明里!」
気づくと私は、部室を飛び出していた。
私の名前を呼ぶ声が、だんだん遠ざかっていく。
悔しい、悔しい、悔しい!
どうしてみんな笑ってられるの?
悔しいのは私だけなの?
コロナに、バスケに、同級生に、そして、私自身に、腹が立って、でもぶつける場所が分からなくて、とにかく走った。
ハア、ハア、ハア……
最近動かしていなかった身体が悲鳴を上げる。
そしてボロボロと、涙が溢れる。
……もうダメだ、私。
家に帰っても食欲がわかなくて、ベッドに入って、また泣いて、そして寝た。
それから、私は半ば自暴自棄になった。
いくら止められても、寝不足でも、狂ったように机に向かって、勉強、勉強、勉強。
こうでもしないと自分を保っていけなさそうだった。
もともとクラスが離れていた同級生たちのことは避け続けた。
後輩たちは「たまには部活見に来てくださいね!」と会う度に言ってくれるけど、「勉強忙しいから」と断った。
部活は、制約付きでも少しずつ始まっているようだった。
放課後、学校から出ると、体育館からボールをつく音が聞こえてくる。私は早歩きで帰るようになった。
そのまま夏休みが過ぎ、二学期が始まった。
模試の結果が伸び悩んできた。目の下のクマが取れなくなって、もう遊びになんて行けない。親や先生、友達にも心配されるようになった。
なんにも上手くいかない。もう嫌だ。
家から10分くらい歩いたところに、海がある。私は砂浜の上に座り、ボーッと波を眺めていた。小学生のときはよく、つらい時と考え事するときはここに来てたな。
「あれ、明里?」
後ろから声をかけられた。
……この声は。
「……大樹」
「どうした?こんなところで」
「そっちこそ」
今会いたくない人ベスト3に入るやつが来た。
大樹とは幼稚園からの幼なじみだ。高校が別になってからはお互い部活で忙しく、ほとんど会う機会がなかった。なのに、まさかこんなところで会う羽目になるとは。
「野球部、大変だったね」
「……そうだな。まあ、これが運命だったってことだよ」
「悔しくなかった?いきなり大会中止なんて言われて」
「悔しくなかった、と言えば嘘になるな。俺たち、甲子園に行くために今まで練習してきたわけだし。
集大成を試合でぶつける機会がなくなっちまって、この情熱をどこにやればいいんだって」
「そっか……じゃあ、どうして笑っていられるの?
辛いのは、私だけなの?」
「……え?」
思ったよりも、冷たい声が出る。大樹は何も悪くないのに。大樹にそんなこと言っても意味ないのに。
「私なんて、ずるずる引きずって、後輩に酷いこと言って、もうどうすればいいか分かんない。今だってもう……」
「はは、やっぱり悩み事か。小学生の頃から変わらないな」
「……うるさい。大樹だって」
「ああそうだよ……今なら誰もいないな」
そう言うと、大樹は海の方に駆け出した。
そして。
「くっそおおおおおお!!コロナーー!絶っっ対許さないからな!!俺はお前になんて負けないぞーー!」
……ばか。とてつもなくばか。
「八つ当たりって、関係ないやつにするもんだろ。だから、海の向こうにいるやつらにしてやってるんだ」
「……ほんと、相変わらず、だね」
「なんだと!」
「あはは」
私も、海の方を向く。深呼吸する。
「コロナの、ばかああああああ!!私も、負けないからなああああ!!」
……確かに、すっきりしたかも。
隣にいる大樹のマヌケ顔が見れたのもよかったな。
「……辛いのは、俺ら3年生だけじゃないんだよな」
「……え?」
「1、2年生のやつらにとっても、あれは最後の試合だったんだ。
あのメンバーでやる最後の試合を奪われた」
確かに。その考えには至らなかった。
すごく、恥ずかしい。
「しかも、3年生がいきなりいなくなっちまったせいで、不安だらけのまま部活が再開したんだ。いきなり親元からぽんっと放り出されたみたいに。
その気持ちは、部活からいなくなった俺らには分からないだろ」
「……うん」
「お前が後輩に何を言ったのかは知らん。だが、それは決して、してはいけないことだったことは確かだ」
「そう、だね」
「だから、お前はもう一度部活のやつらと向き合え。
そして負けるな。自分にも、コロナにも」
……こんなばかに説教されるなんて。心外もいいところだ。
でも。
「ありがとう」
「……ん?なんて言った?」
海の音でかき消されたみたい。もういいよ。
「じゃあね」
私は大樹に背を向けて歩き出した。
「どういたしまして!お礼はジュースでいいぞ!」
……なんだ、聞こえてたんじゃん。
私はその後、意地でも振り向かずに帰った。
家に着いてすぐ、私はグループチャットを開き、文章を入力する。
「引き継ぎ式、やり直させてください。お願いします。
明後日の17時に部室で待ってます」
……送ってしまった。
すぐに既読がつく。
「了解」のスタンプで画面が埋め尽くされる。しかし、その中に、「なんで今更」というメッセージ。同級生だ。
私は「お願い」とだけ送ってスマホの電源を切った。もう、怖くて開けない。
──そして、当日。16時30分。
恐る恐る部室のドアを開けると、そこにはまだ誰もいなかった。私は後ろの隅の方の席に座る。
1人、2人、と人数が増えていく。
私に気を使ってか、誰も私に話しかけることはなかった。
17時。私が伝えた時間だ。
後輩たちはみんな来てくれた。だけど、
「やっぱり、来ないか」
そう呟いた瞬間。
思い切り部室のドアが開く。
「ごめん遅くなった!
うちらみんな先生に呼ばれて大変だったんだよね。奇遇すぎー」
私の同級生たちが一斉に入ってきた。
私は席を立ち、黒板の前に行く。
全員揃っている。みんな集まってくれた。もう既に泣きそう。
でも、耐える。
「まず、みんなに謝りたい。あの日は本当に酷いこと言った。全部自分だけって思い込んで。
みんなも悔しくて、辛かったよね。それが分かってるからこそ、こんな私に声をかけ続けてくれた。なのに、私は1度もきちんと返さなかった。
……ごめんなさい。そして、ありがとう。
今更だけど、許さなくていいけど、この言葉をどうか、受け入れてほしい」
私は頭を下げる。
沈黙が部室を支配する。
「……当たり前じゃない」
それを破ったのは、同級生だった。
「あの日はほんとにムカついた。あんただけ言いたいこと言って逃げたから。
でも、あんたの気持ちも痛いほど分かった。だから、待ってた。
おかえり、キャプテン。……今日までだけど」
「先輩、実はあの日渡そうと思ってたのがあって……これなんですけど」
渡されたのは、小さなアルバムだった。
それをめくった瞬間、私の涙腺は、崩壊した。
私の顔は涙でぐちゃぐちゃになったけど、恥ずかしくはなかった。だって、それが連鎖して、みんな同じになったから。
みんなとの、たくさんの思い出があった。濃密で、かけがえのない時間だった。
それに比べてコロナはなんてちっぽけなんだろう。
……もう、負けない。
──卒業式。
例年より随分ひっそりしたものだった。親も後輩も来なくて、30 分で終わった。
みんな話す間もなく家に帰らされる中、私は部室に忍び込んだ。
チョークを手に取って、黒板に大きな字で書きなぐる。
制約が多い中の部活。試合がまた中止になるかもしれない。
これから辛いこと、苦しいこと、たくさんあるだろう。それはきっと、私には理解できない。
だからせめて最後に、この言葉を残す。どんな状況でも、絶対に忘れないでほしいこと。
今を、
かけがえのない一日を、
『全力で楽しめ!!』
全力で楽しめ!! 千代田 晴夢 @kiminiiihi
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