故人

わらび餅

第1話

「大人って何だろうね」


茜色の空を仰ぎ考える。涼しい風が長く伸びきった髪をさらっていき、秋が近づいていることを暗示しているようだ。


「急にどうしたの?君らしくないね」


君に話すべきではないかもしれない。でも君以外に話せる相手がいないんだよ。


丘の麓の母校から下校を知らせる合図が静かに鳴り響く。楽しい思い出や悲しい思い出までもを思い起こさせる合図だ。


「やっぱり考えるだけ無駄なのかな」


俺は、母校を眺める。高校生が楽しく仲間と帰宅する姿がまぶしく目に映る。高校生たちは大切な何かを、俺の失った何かを持っている。それに俺よりも随分大人に見えるのはなぜか。俺には、わかる。


俺は高校生の時、大人はかっこいい存在だと思っていた。しかし、現実は違う。大学を卒業して、そこそこ良い企業に就き、朝から夜まで働く。家に帰っては寝てを繰り返す。娯楽と言ったらたまにドラマを見ることぐらいだろうか。


これが大人の普通って奴なのかも知れない。子供とは、違った普通。世間では、これが当たり前なんだろう。俺も毎日当たり前の波に乗り生きている。


俺は一旦思考を止め、鞄から飲みかけのお茶を取り出し一口、二口と流し込んでいく。


そして、口を開く。


「生きる理由があるのって高校生がピークだと思うんだよね」


部活の仲間と優勝を目指したり、あるいは個人で優秀な賞をとったり何かしら目指す目標がある。


それにあのかわいい子と付き合いたい、あのイケメンと付き合いたいという願望もある。


それらをまとめ、一言で言うと、高校生には多大な「夢」がある。多大な「良い欲望」と言うのもいいかもしれない。


これらが1番あるのは、そう。高校生までだ。

それを超えると徐々に多大な「夢」や多大な「良い欲望」は減り続ける一方である。


しかし、大学生や大人になってからも持っている人はいるかも知れない。だが、高校生のような多大さはない。そして、「良い欲望」からただの「欲望」に変わっていく。


俺に「良い欲望」なんて残っていない。ただの「欲望」の塊と化してしまった。



「そういや、お前と別れて今年で10年になるのか」

「そうだね。あの時から10年か」

「早いもんだ。もしあの時、この気持ちを伝えていれば........」


いや、考えるのは辞めよう。その願いは二度と叶わないのだから。


頬に一つ雫が落ちる。きっと雨が降ってきたんだろう。空が暗くなってきたからな。頬にある生暖かい雫を拭き取り、煙が消えているのを確認する。


「まぁ、そろそろ帰るね。また来年来るわ」

「うん!楽しみしてる」


心の熱さを抑え、俺は微笑む。


今でも好きだよ——。


「わたしも」


俺は、薄暗い墓地を後にした。


〈了〉























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故人 わらび餅 @warabimoti1

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