花火師でく助

烏肉

花火師でく助

「花火師でく助」

 村本 匡聡



 なんで訊くんや、しつこいやっちゃなァ。

 また笑うんやろ痴ほうやァ、狂人やァゆうて。

 よっこらしょ。

 ふン。まアええわい。

 

 たしかにのゥ。


 爺の繰り言に変わりはありゃせん。聞いて笑うたらええ。いやなに、いっぺんここらで腰落ち着けて一服しとう思うとった。日ィ暮れるまでもまだ少しあるでの。


 昔々、ちゅうても、丁度あたしが生まれた時分、今と変わらぬ徳川のお殿様の時代のことや。おおよそ寛永の頃やろうて。

 ほれ、今となっては人の少のうなったあの町にも立派な花火師が一人おった。名を弥作と言う、稀代の名花火師や。じめっと湿った夏の夜空に一閃、ぱァんとひとたび打ち上げられたならば、見てる者皆、たちどころに胸がすくっちゅうかの。そりゃあ気持ちのええもんやったと聞いとる。

 ことに夜の空いっぱいを埋め尽くすが如く、絶え間のう打ち上げ続ける連発のものは圧巻で『夏闇焼きの弥作』、『上方の玉屋』ちゅうて、その通り名は江戸の方にまで轟いておったそうな。

 ある時、その弥作も嫁さんとの間に一人の赤子をもうけてな。弥助ちゅうて名付けてな、大花火屋の跡取りじゃあ、ゆうて可愛がっとった。

 せやけどこの弥助、目は見えない、耳は聞こえない、話すことさえろくにできのうて、いわゆるところの盲聾亜ちゅうことがわかったんや。まだ三つになろうか、ちゅう頃の話やで。

 初めは両親もなんとかせなあ思うて色々試行錯誤してはみたんやけども。何を問うてみてもウンともスンとも言わん。口も利けんなら、言葉を教えることもできん。名うての花火師の長男、せめて花火玉のこしらえ方くらい叩き込もう思うて試みてはみたものの、それもうまいこといかなんだ。なんせ意思疎通ができなんだ。

 父、弥作もとうとうしびれ切らして、意味ものう怒鳴り散らしてみたり、げんこつを落としてみたりの。それでも弥助は泣くこともせんと、ただえへらえへらと不気味に、それでいてどことのう申し訳なさそうに笑うておっただけやったそうな。


 両親ともども段々と愛想をつかすちゅうか、終いには我が子相手に気味悪がるようになっての。数年が経って二人目に健常な次男坊が生まれてからは気持ちもその方その方に向いてしまって。弥助の方にはもう、構いもしなんだ。

 友達も少のうてなあ。外を歩けば出来の悪い弥助、でく助、でく助言うて、よう虐められとった。

 いくら耳が聞こえん目が見えんとて、周囲が己のことを馬鹿にしとるゆうことには気づけるもんなんやろ。居心地悪ゥ感じたんか可哀想に、とうとう屋敷にこもってしもうての。そのことに、親の方もなんら干渉ちゅうことをせなんだ。いっそそんな息子、外を出歩かん方が都合がええ、とでも思うとったんやろうか。

 しかしある時、部屋に籠りっぱなしやったその弥助がの。花火玉を持って部屋から出て来おったんや。話はせん。けども、夜分に親父の仕事場から材料をくすねて懸命にこさえたんやろうて。造り方もどこで学んだか、小さい時分に教えられたことを健気にも覚えとったんか。まァもの言うことのできん弥助なりに親の気を引こう、考えた結果やったんかもしらん。玉の出来は父親に負けずとも劣らん程、立派な菊玉やったそうな。

 それでも父親の弥作は癇癪を起こしてな。自分の商売道具をいらわれたちゅう無理やりな動機をこじつけて、いよいよ弥助を山に捨ててしまいよった。

 数年が経って、町の誰もがでく助のことなぞ忘れてしまいよった頃じゃ。町で度々火事が起こるようになった。

 明らかに人災じゃの。一度、二度のことやありゃせん。しかも不思議なことに火事の前の日には決まって、山からそれをほのめかすように花火があがるのが何度も目撃されとった。弥助が捨てられたちゅう、この山からじゃ。

 町の者は誰ともなくでく助の仕業や、でく助の報復やちゅうて決めつけての。合議の末にふだんは足を踏み入れる用もないこの山に若い衆を送り込むことにしたんやな。

 出向いた若い衆がてっぺんの岩場で見つけたんは立てかけるように木々が不器用に組まれた掘っ立て小屋じゃった。目が見えんなりに懸命にこしらえたんじゃろうて、人っ子一人がせいぜい雨風をようやくしのげるくらいのお粗末なもんじゃったが、覗き込んでみるとたしかにそこには汚らしい格好のでく助がちいそうなって座っとった。

 その場所からはこの町のみならず、隣町も、またその隣り町まで見渡せての、おまけに小屋の周りには自生するはずのない火薬の材料になる薬草なぞが栽培されとったうえ、花火上げた痕跡もたしかにあった。たしかにあったんじゃ。

 若い衆はろくに抵抗もできんでく助の首根っこを強引に掴んで小屋から引っ張り出しての。花火上げとったんはやっぱりこいつじゃ、火事起こしたんはやっぱりこいつやったんじゃ、と怒りに任せてその場で嬲り殺してもうたそうな。

 でもな、でく助が死んでからも火災は続いたんや。後になって、全部隣町の狐憑きの仕業やっちゅうことがわかった。隣町の百姓の娘が夜分に火打石やら抱えて出てゆく姿を何べんも見た、ちゅうてのォ。弥助やなかったんやなァ。


 狐憑きは捕まり、それでも一件落着とはいかんはずじゃった。

 何故でく助が花火を打ち上げとったかの疑問だけがひとつ残ったからや。やけども人間ちゅうのは都合良い生きもんなんやな、町のモンも少々の罪悪感と共に、そんなことは簡単に、綺麗さっぱり忘れてしまいおった。

 わては思うんや、でく助が毎日この山から恋しゅう思いもって町を見下ろしとるうちに狐憑きの挙動に気付いたんちゃうやろか、てな。目も見えんでく助がそないなこと、思われるかしらん。けれどもでくすけが目も見えんのに見えんなりに薬草摘んだり割玉拵えたりしとったことは町のモンも知っとることや。わてらには考えも及ばん何某かの手段によってそれを知ってしまったことかて想像に難ゥない。もうこれはわからんことや、せやけど万にひとつ、でく助の目はそれほど不全やなかったことも、ない話やない。口が利けんなら、たしかに目が見えるとは言わんかったかも知らん、それでも目が見えない、とも言わんかったやろうて。

 とにもかくにも。わては考えてしまうんや。

 口の利けん自分が、町のモンに好かれとらん自分が、町の衆に警告できる唯一の方法として、丁度この山から、花火上げとったんちゃうやろか、てな。


 そう考えるとでく助が不憫に思えてのう。

 墓さえもちゃんと作ってもらえなんだ可哀想な兄貴のことを想うて、わてはこうして、時折花火を打ち上げとる、ちゅうわけや。弔いの意味も込めての。


 さて。ぼちぼち頃合や。馬鹿にせんと静こゥ聞いてくれておおきにの。あんさんも叱られる前に早う家戻りィや。暗うなる前にのォ。

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