第8話
「その後、俺は元々猫で、猫の記憶を思い出したのにゃ。つまり俺は猫であることを受け入れたのにゃ」
「じゃあ、人間の丈がお笑い芸人を目指すことに?」
「いいや、俺は決意したのにゃ。猫界初のお笑い芸人を目指すことに。ということで、相方よろしくにゃ」
「いや、お前が目指すんかい!」
「はい!」
「「にゃんにゃかにゃんにゃか、にゃかにゃかにゃかにゃかーん」」
画面の向こうで明人と丈は手を広げてポーズをとっている。その動画にはコメントがいくつも付いていた。
『いや、意味が分からない』
『合成乙』
『ていうか、猫の声が可愛い』
『可愛い』『猫可愛い』『可愛い』『声優目指して欲しい』……
「ほぼ、声に対する感想ー!!!」
丈は持っていたスマホを放り投げた。あの後、江原さんに丈が杉崎丈の記憶を持つ猫だということを説明した。江原さんは理解した。そして、丈がやっぱり漫才をやりたいと言いだし、明人と『にゃかにゃかーズ』というコンビを組んだ。丈のわがままに付き合う形で、明人以外には聞こえない声を江原さんが声を当ててくれたのだ。
「よかったじゃん。念願のバズり」
いいねは何万とついている。
「そうだけど、これじゃなーい! 漫才考えたの俺なのに、なんか明人が考えていると思われているし!」
丈は畳の上をゴロゴロと転がる。
「なんだ。じゃあ、お笑い芸人を目指すの辞めるのか?」
窓の外から声がした。人間の杉崎丈が顔を出している。その手には煮干しを持っていた。
「諦めるわけないだろ! 煮干しくれ!」
「ほらよ」
杉崎丈はたまに明人の家に顔を出すようになった。丈に何かをする素振りは見せず、いまは子供たちを笑顔にするためロボット工学に興味を持っているらしい。お笑い芸人は猫の丈に任せるそうだ。研究室も猫を実験に使っていたことがバレて、解体したらしい。
「そういえば、なんで丈の声が俺だけには分かるんだろうな」
明人はふとした疑問を口にする。
「「さぁ」」
丈二人が同時に首を捻る。
「だけど、俺の丈としての記憶ってちょうど明人にお笑い芸人になるって言った時までなんだよな。そのせいかもしれない」
理由はやはりあやふやだが。丈の執念というべき夢がそうさせたのかもしれないと明人は思った。
スマホがメッセージの着信を知らせる。江原さんからだ。
『これからご飯に行かない? 丈くん二人も誘って』
明人は微笑んで立ち上がる。
「なぁ、みんな」
猫になった友人との暮らしは、もうしばらく続きそうだ。
了
そして、猫になる 白川ちさと @thisa-s
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