早押し「どうしてそんなに蒼いの?」クイズ

snowdrop

Pallor

「本日は、『どうしてそんなに蒼いの?』クイズで~す」


 放課後、クイズ研究部が部活動につかっている教室の教卓前に立つ出題者兼司会進行役の部員が、元気よく声をあげた。

 教卓の前には、間隔を開けて横並びに置いた机があり、それぞれに部長、副部長、書紀が座っている。彼らは、待ってましたと笑顔で手を叩いていた。


「夢や希望に満ち、活力のみなぎる若い時代を人生の春にたとえた『青春』のど真ん中に、ぼくたちはいます」


「そうですね、俺達はクイズに青春をささげていますから」

 部長が口を挟むと、

「そのとおり。クイズ三昧の日々です」

 と、副部長がおおきくうなずいた。


「そこで今回は青春にちなみまして、アオに関するクイズを早押しで競ってもらいます」


 三人の手元には、すでに有線の早押し機が用意されていた。

 部長は真顔で早押しボタンを押すと、ピコーンと音が鳴った。


「えー、青春とは、中国の陰陽五行思想からきていまして、自然界にあるものを五つにわけ、それぞれにシンボルカラーと季節が決まっています。そのうちの木には、青と春が割り当てられていたところから、奈良時代から年齢が若いという意味で『青春』がつかわれ、夢に向かって努力することや純粋な恋愛などが、のちに加わってきたそうです」


 部長が得意げに薀蓄を披露すると、隣からピコーンと音がした。


「補足しますと、明治になってから若者のあるべき姿を描いた青春小説が生まれ、不安や恋愛など若者の悩みや迷いを描いた夏目漱石の『三四郎』から、当時の日本人は青春とはこういうものなんだ、と学んだみたいです」


 負けじと、副部長が笑顔で薀蓄を語った。

 静かににらみ合う二人をよそに、書紀も早押しボタンを押した。


「えーっとそうだな……優勝したら、今日はなにかもらえるの?」

「名誉だけです」と進行役。

「知ってた~」


 いつものお決まりのやりとりが終わると、進行役はルール説明をはじめた。


「いつものように問題を出題しますので、わかった方は早押し形式でこたえてください。正解すれば一ポイント。誤答による減点はありませんが、間違えますとその問題はお休みです。全部で五問、ご用意いたしました。最終的に一番多くポイントを取った人が優勝となります」


 三人は早押し機が正しく動くかボタンチェックを行い、前かがみになりながら早押しボタンに指をのせる。にこやかに笑っていた三人の目が、獲物を狙う獣のように鋭くなった。

 司会進行役の部員は、手元の問題文を読み上げる。


「問題。一九六一年四月十二日、当時のソビエト連邦の宇宙船ヴォストーク一号に」


 問題文の途中で最初に早押しボタンを押したのは、部長だ。


「地球は青かった」

「正解です」


 ピコピコピコピコーンと正解を知らせる音が響き渡る。


「問題文の続きは、『宇宙船ヴォストーク一号に乗ったユーリー・ガガーリン大佐が初めて宇宙から地球をながめていった言葉とは?』でした。まずは部長、一ポイント獲得」


 副部長と書紀は、うなずきながら手を叩く。


「ベタ問ですね」

 ふふん、と部長が鼻で笑う。

「実際の発言は『空はとても暗かった。一方地球は青みがかっていた』です。翻訳して新聞報道されたとき、短くなって広まったみたいです。後日、彼は地球の夜の面から昼の面へ飛行するとき地平線上に現れる色彩の美しさをみて、『レーリッヒの青のようだった』と答えています。レーリッヒはロシアの有名な画家で、好んで青色系統の絵の具を使い、チベットの地底にあるとされる理想国シャンバラを絵の題材にしていたといいます。ガガーリンは、太陽光が大気を通して青色に浮かび上がる地球をみて、理想の国をみたのかもしれませんね」


 部長の説明を聞いて「へえ」と、書紀はつぶやく。

 進行役は、にっこり笑いながら、「薀蓄ありがとうございます。ですが、加点はありません」次の問題文が書かれた紙を手にする。


「ないんかいっ」


 声を張り上げる部長をみながら、「あったら僕もほしい」と歯を見せて副部長は笑った。


「では問題」

 進行役の言葉に、三人の表情が一変、目つきが鋭くなった。

「問題。ディズニーキャラクター『くまのプーさん』が好きなことで知られる」


 問題文の途中で、三人の手が動いた。

 ピコーンという音とともに赤ランプが点いたのは、副部長の早押し機だ。


「羽生結弦」

「残念」


 ブブブブブー、と不正解を告げる音が容赦なくなく鳴り響いた。

 ちがったか、と副部長は首をかしげる。

 その姿を横目にみつつ、二人は早押し機を両手で持ちながら耳を澄ます。


「もう一度いきます。ディズニーキャラクター『くまのプーさん』が好きなことで知られる、フィギュア男子として六十六年ぶりのオリンピックで二連覇を制し、二〇一八年七月、個人として史上最年少となる二十三歳で国民栄誉賞を受賞した宮城県仙台市生まれの彼が出した自叙伝のタイトルはなんでしょうか?」


 読み終わって手が動いたのは、またしても部長だった。


「蒼い炎」

「正解です」


 ピコピコピコピコーンと音が教室内に響き渡る。


「現在、彼の自叙伝は二冊出ていますね。印税がすべて被災したアイスリンク仙台に寄付されるそうです。蒼いコスチュームを着た彼の姿が表紙になっているのが印象的で、またタイトルが実にいい。炎の温度というのは、低ければ赤く、高ければ青くなります。つまり、彼の内に秘めた闘志の炎は熱く燃えていることを表しているのだと思います」


 部長の説明を聞いて「タイトルは知らなかった」と書紀はぼやく。拍手する副部長は、ちいさく息を吐いた。

 進行役は微笑み、「薀蓄ありがとうございます。やっぱり加点はありません」次の問題文が書かれた紙を手にする。


「ないのか……」


 声を落とす部長をみながら、「あるなら、ぼくも薀蓄いいたい」と副部長は笑った。


「問題。これからはじまる移民収容所での日々と夢の国ブラジルでの生活さえも暗喩するかのような冒頭、『一九三〇年三月八日。神戸港は雨で」


 問題文の読みかけで、ピコーンという音が鳴り響く。

 赤ランプが点いたのは、副部長の早押し機だった。


蒼氓そうぼう

「正解です」


 ピコピコピコピコーンと音が教室内に響き渡るなか、副部長は安堵の顔を浮かべた。

 部長と書紀は、ちいさく手を叩いている。


「続きの問題文を読みます。『一九三〇年三月八日。神戸港は雨である。細々とけぶる春雨である。海は灰色に霞み、街も朝から夕暮れどきのように暗い。』という書き出しではじまる第一回芥川賞を受賞した石川達三の小説のタイトルはなんでしょうか。という問題でした。副部長はご存知でしたか」


 進行役の言葉に、そうですねと副部長はあごに手を当てる。


「第一回の芥川賞受賞作は、石川達三の『蒼氓』というのは知っていました。冒頭の『一九三〇年三月八日。神戸は雨である。』は問題に出されるので、そのあとどんな文章がつづき、どういった内容なのかも一応押さえていたのでラッキーでした」


 副部長が答え終わるのを待っていたかのように、部長が早押しボタンを押した。


「えー、ちなみに『蒼氓』とは、移住民という意味で、ブラジル移民を主題とする三部作の第一部のタイトルです」


 横から口を出す部長に、「薀蓄の加点はありません」進行役は次の問題の準備をする。


「つぎにいきます、問題。一六七六年の築庭開始から完成まで一七〇年を要し、水戸の偕楽園」


 問題文の読みかけで、ピコーンという音が鳴り響く。

 二人より先に早押し機を押したのは、書紀だ。


「兼六園」

「ちがいます」


 ブブブー、と不正解の音が鳴った。

 ため息をこぼし、ここで押さないと勝てないからとぼやいて、書紀は首をひねる。


「問題文を続きを読みます。水戸の偕楽園、岡山の後楽園と並び日本三名園の一つに数えられる兼六園の名前は、六つの美しい景観を持つことから来ているとされますが、宏大、幽邃、人力、水泉、眺望とあと一つはなんでしょうか」


 読み終わっても、二人の手が動かない。

 頭を抱えながらも、早押しボタンを押したのは、副部長だった。


「そう……こ」

「蒼古、正解です」


 ピコピコピコピコーンと音が室内に響き渡ると、副部長の顔は一変、あかるく笑顔に変わった。


「いや~、自信がなかったです。普通は、六つのすぐれた景観を備えたことから命名された金沢になる日本三名園はなにかと問われることが多いのに、六つの景観から一つを答える問題がくるとは思わなくて、おもいだすのに時間がかかりました」


 副部長の言葉を聞きながら、手を叩く部長。


「さすが副部長。俺は全然出てこなかったから、完全に不勉強でしたね。ちなみに、兼六園を名付けたのは寛政の改革を行ったことでも知られる松平定信です」


 薀蓄をいっても加点はないですよ、と進行役は部長に微笑みながら諭した。


「次が最後の問題です」


 そういいかけて、ちょっと待った~と書紀が右手を上げる。


「ラストの問題、正解したら三ポイントにしてくれないかな。このままだと、ぼくは逆転できないので」


 進行役の部員は、部長と副部長に視線を向け、「どうしますか」とたずねる。

 二人は顔を見合い、うなずき合う。


「俺はどっちでも構わない」

 部長の言葉に、副部長も「以下に同じ」と同意した。


「ラストの問題を正解した人には、三ポイント入ることにします。では、いきます」

 早押しボタンに指をかける三人は、勝負に挑む表情にかわる。

「問題。なんらかの原因により、重要臓器の血流が維持できなくなって細胞の代謝障害や臓器障害が起こり生命の危機にいたる急性の症候群をショックといいますが、その際みられる症状をショックの五徴候といい、冷汗、虚脱、脈拍触知不能、呼吸不全、あと一つは」


 読み終わる前に三人の手が動いた。

 押し勝ったのは、部長だ。


「意識喪失」

「残念。ちがいます」


 ブブブーと、不正解を告げる音が鳴る。

 ちがうんかい、と漏らして部長は肩を落とす。


「続きを読みます。冷汗、虚脱、脈拍触知不能、呼吸不全、あと」


 ここで副部長が先に早押しボタンを押した。


「手足のしびれ」

「残念。ちがいます」


 ブブブーと音が鳴る。

 副部長は額に手を当て、天井を仰いだ。


「続きを読みます。あと一つは顔面〇〇といいますが、〇〇とはなんでしょうか?」


 読み終わってから、書紀は余裕を持って早押しボタンを押した。


「蒼白」

「正解です」


 ピコピコピコピコーンと音が室内に響き渡り、書紀はよっしゃーと、右手を天井へ突き上げた。


「田父の功、犬兎の争い、棚からぼたもちでしたね。優勝は三ポイント獲得した書紀でした~」


 進行役の賛辞の言葉を受けて、部長と副部長が力なく手を叩く中、書紀は両腕を高らかに広げて勝利に酔いしれた。


「いや~、蟹は甲羅に似せて穴を掘るといいますが、余計な薀蓄をいって功を焦って墓穴を掘るような真似をしなくて、ほんとよかった。このあとデートなんで、優勝できてうれしい。暗い顔して会わなくてすんだから」


 えへへと笑って席を立ち、書紀は部長と副部長をみた。


「あれ、どうしましたか二人とも。顔色が悪そう。どうしてそんなに蒼いの?」


「俺たちの顔色なんてどうでもいい。このあとデートだとっ」

 部長が息巻けば、

「彼女なんていたことないのに。デートの相手は脳内彼女なんだろっ」

 副部長もあとに続いた。


 二人に詰め寄られるも、

「いえ、生身の同級生女子ですが」

 しれっと答える書紀の言葉が、二人にとどめを刺した。


 ぐはっ、と大げさに叫びながら、部長と副部長は机に突っ伏してしまったのだ。


「ショックを受けたみたいですね」


 進行役の言葉を聞き流した書紀は、それじゃあお先に、といって退室していった。

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