救世主
とぶくろ
世界を救う者
魔王が魔物を率いて世界を
人間が魔物に滅ぼされる日も遠くはなさそうだった。
そんな中、田舎の小さな村の少年が
女神が選んだ少年は勇者として、魔王討伐の旅に出る。
幼馴染の少女を連れ、途中で出会った二人の青年を仲間に辛い旅を続ける。
少年の名はニロ。
女神の聖剣で魔物との実戦を積み、剣士として成長した。
少女はネア。
回復魔法でニロをサポートしていたが、攻撃魔法も身につけ戦力になる。
細身の青年はノトス
槍を使い少年を助ける。
大柄な青年はゴモラ
ウォーハンマーで戦う重戦士だ。
4人は長い旅路の果て、ついに魔王を討ち取った。
「何……本当に倒してしまったのか? 弱らせるくらいでよかったのに」
魔王討伐の報に、王様が慌てる。
勇者一行に露払いをさせ、騎士団を送り込んで倒そうと思っていたのだ。
「勇者が倒してしまっては、国民の人気が勇者にいってしまうではないか」
勝手に手柄を立てられるのは困る。と、王様は
「女神に選ばれた勇者などが、魔王を倒してしまっては困るぞ」
王国最大の宗教は女神ではなく、大地の神と呼ばれる男神だった。
その教会の権威に響くと、勇者は認めていなかった。
そんな者が魔王を倒してしまって、枢機卿も教主も司教達も困っていた。
「教会の暗殺部隊を向かわせますか」
「いや、国王も何かするだろう」
「そうですな。勇者が凱旋すれば国王も困りますからな」
「魔王が倒されてしまったら、戦争はどうなるんだ。また人同士で戦うのか」
地方領主も困っていた。
戦の為に中央貴族から、金や食料が送られていた。
魔王がいなくなれば、援助もなくなる。
雇った大量の兵士や傭兵も養えなくなってしまう。
「このまま王都へ凱旋させてはなりませぬぞ」
出入りの商人も、顔を真っ赤にして領主に進言する。
武器や食料の
魔王は倒されているので、今更勇者をどうにかしても遅いのだが。
教会と王宮の、相談と駆け引きの結果、地方領主に勇者の始末が命じられた。
魔王城から帰る途中にある、領主の城で勇者一行を待ち伏せた。
「勇者様! 魔王を倒したと聞き及んでおりますぞ。お疲れでしょう。今夜は我が主の屋敷で、どうかお休みを。ささ、こちらへどうぞどうぞ」
地方領主の遣いが勇者を出迎えて、屋敷へ連れ帰り歓待する。
料理に混ぜた睡眠薬が、戦いに疲れた勇者一行を深い眠りに誘う。
魔族の土地で長く戦い続け、やっと人間の国へ戻った事で油断していた。
「んんっ……あ、あれ……ここは……?」
目を覚ましたニロは薄暗い石造りの部屋にいた。
そこは尖塔の最上階。
鉄の輪がはめられたニロの両手は、鎖で壁に繋がれていた。
「ちっ。もう反応もしなくなったな」
「ホラ、鳴いてみろよ」
ニロが繋がれた反対側では、半裸の男達が何かに群がっている。
部屋の中央には大きな四角い箱があった。
六面全てが鉄格子で、箱というよりは檻か。
その中に二人の男がいた。
「ノトス、ゴモラ!」
仲間の二人がそう広くもない檻の中で向かい合っていた。
「お目覚めですか勇者様」
迎えに出た執事が無表情でニロを見下ろしていた。
「こ、これは……何のつもりなんだ」
「貴方はやりすぎたのですよ。王国も教会も貴方を認めたくないのです」
「何をする気だ。今すぐ二人を放せっ」
ニロは鎖をガチャガチャ鳴らし叫ぶ。
「一人には魔物の幼体を寄生させました。そろそろ動き出す頃です」
ノトスの様子がおかしい。
「んぐぅ! ゴモ…ラぁ……早く、殺せ……ぐぁっ!」
体がボコボコと膨らみ、魔獣のような足が脇腹から生える。
大きな尻尾が伸び、背中が裂けて、トゲの様な赤黒い突起が幾つも生えてくる。
首が伸び、口が裂け、牙が生える。
「ノトス……あぁ、そんな……ぐぅあああっ!」
大きく裂けたノトスの口が、ゴモラの左肩に噛みついた。
鋭く生えた牙が沈み、肉を裂き貫く。
さらにノトスは爬虫類のような、鱗が生えた腕を振り上げる
その指先が裂け、大きな鉤爪が伸びた。
ゴモラの肩を噛みちぎり、鉤爪を脇腹に突き刺し引き裂く。
「ぐぶぅっ! がぁあああっ!」
ゴモラの腹から中身がこぼれだす。
あふれるモツを貪る、ノトスの胸がバクンと開く。
大きく脈打つ心臓が
「や…れ……ゴモ……ら」
ノトスは気力を振り絞り、魔物に支配された体の一部を動かした。
虚ろな目で、意識が薄れていくゴモラの右手が、ノトスの胸へ伸びる。
剥き出しになった心臓を、死にかけのゴモラが握りつぶす。
「ノトス! ゴモラ!」
ニロが叫ぶ中、二人はお互いの血の海に沈む。
「なんで……なんでこんなこと……ネア…ネアはどこだ! 彼女をどうした!」
泣き崩れるニロは、慌ててネアを探す。
「あぁ。そこからでは見えませんか。ずっとここにいるじゃありませんか」
執事が男達に何か指示を出した。
何かに群がっていた男達が離れていく。
中の一人が、何かを掴んで放り投げた。
ズタ袋のようなナニカは、ニロの足元まで転がって来た。
「…ぁ……ぅ……」
ニロはまともに声も出せず、ソレを見つめる。
涙があふれ、目の前が真っ赤に染まる。
真っ赤な涙が溢れて止まらない。
転がっていたのはネアだった。
村からついて来た幼馴染の少女は、手足を切り落とされ、雑に縫合されていた。
体中傷だらけになり、男達に凌辱され続け、心が壊れてしまっていた。
感情の無い虚ろな目が、もう殺してくれとニロを見つめる。
「う、うわぁあああああっ!」
膝をついたニロが屈んで、ネアに顔を寄せる。
「殺してやる……殺してやるぞ。人間なんて……滅ぼしてやる!」
ニロはネアに噛みつき、ノドを噛みちぎる。
命をあずけられる友を殺され、愛する女を殺した男は……人をやめた。
ニロを繋ぎ止めていた鎖が軋む。
留めていた壁が崩れる。
「不味い。おい、あいつも始末しろ」
執事が男達に命じるが、ニロの振り回す鎖が部屋内を薙ぎ払う。
女神に選ばれ、魔王を倒した勇者が魔に堕ちた。
ソレはもう、人の域ではなかった。
暴れ回る鎖は、石壁も人も全てを薙ぎ、引き裂き、潰す。
崩れる尖塔と共に、堕ちた勇者が落ちていく。
屋敷の下を流れる川に、ニロが瓦礫と共に落ちて流されていった。
下流まで流されたニロを、大きな犬を連れた少女が見つけた。
「人?……あ、あの……大丈夫ですか? こんなところで、どうしたんですか」
少女は盲目であった。
揺り起こされたニロは、喉が、酷くノドが渇いていた。
助け起こしてくれた少女の首筋に牙を突き立てる。
溢れ出る少女の血を飲み、喉の渇きを癒す。
瓦礫と共に落ちて、下流まで流されて来たその体は、ボロボロで生きているようには見えない程酷かった。
体中傷だらけではあるが、骨が折れたり、臓物がはみ出したりはしていない。
両手には瓦礫を付けたままの鎖が、長く垂れていた。
ニロは少女の血で体を回復させると、復讐の為、人を滅ぼす為、立ち上がる。
首筋が抉れる程噛み千切られた少女が、ボロ切れの様に河原に捨てられる。
連れていた犬が鼻を鳴らしながら近づき、冷たくなっていく顔を舐めていた。
「キュウン! キャン! ギャウッ……」
命を亡くした少女の体が動き出す。
犬に噛みつき、肉を喰らう。
のどを、腹を喰い千切られた犬も、ハラワタをこぼしながら、動き出す。
人を捨てたニロの、世界を滅ぼす力が発動する。
殺された人間が動き出し、さらに人を襲う。
襲われた人間もまた、人を襲いだす。
近くにあった村が全滅して、村人が町へ向かう。
一晩で町が滅び、もう、止められない数になって王都を目指す。
「魔王は倒されたのではなかったのか! 勇者だ。勇者を呼べ!」
城では王様が報告を受け、はしゃいでいた。
「勇者は王の御命令で、亡き者になっております」
司教達が神へ祈りを捧げる教会へ、動く死体が雪崩れ込む。
信徒も司教も枢機卿も、分け隔てなく平等に、波にのまれ流れていく。
「くそくそくそ。金は置いていかないぞ。私の金だ。おい、早くお前達も逃げる支度をしなさい。金目の物だけ持ちだすんだ」
商人が家に隠してあった財宝を持って逃げ出そうとしていた。
妻子にも、早くしろと急き立てる。
「ぱぱぁ……痛いよぉ。ぱぱぁ……ままが、ままがぁ……もう噛まないでぇ」
「何をしているんだ!」
男が振り返ると、妻が娘を喰っていた。
意識が薄れる中、父に助けを求めていた娘が、カクンと動かなくなる。
血塗れになった妻が、顔を上げ商人を見つめる。
娘も動き出し、親子が男に迫る。
動く死体が、生きているのにショックで動けない男に抱きつき、その歯を
勇者の呪いが、動く死体が世界を埋め尽くす。
血の涙を流す魔人が大陸を
こうして勇者によって、人類は魔物に襲われなくなった。
指導者達の望みも叶い、魔王も勇者もいなくなった。
王も聖職者も貴族も商人も。
動く死体も、やがて腐り土に還る。
死体も生き物も魔物もいない大陸を、ただ一人の魔人が彷徨う。
もうどこにもない、何かを求めて……朽ち果てる迄。
御挨拶)
爽やかさの欠片もない物語。
我慢できましたでしょうか。
続きの長閑な物語を、用意してございます。
気が向いた時にでも、どうぞ覗いてみてくださいませ。
『女神の剣』
救世主 とぶくろ @koog
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