舌喉虚実大審院
再び扉が開かれ、帰ってきていたらしい
・・・・・・
翌日夕方、食堂。いつもにも増してダルそうな様子のメーゼは、別室から持ってきた長椅子に肌着一枚で寝そべっている。ブレ・ベスト用と立札が置かれた食堂端の一席には、一杯のお茶が淹れられている。
「あんまり面白くない話だから、それ飲みながら聞いてね」
少し冷たくて、甘い。こちらが口をつけたことを確認すると、仰向けの姿勢で右手をひらひらさせた彼女は、昨日のことについて話し始めた。
分区会議は全六分区――
事件は会議終了後に起こったらしい。参加者が帰り支度を整えていると、とんでもない地鳴りが部屋を駆け抜け、会議室の窓が黒い砂に覆われた。
「日本の各分区には大きな結界が張られているの。
一人に一つ特殊な力を持つ能力者は、
しかし、参加者の対応は素早かった。まず、『
同時に、
「けど、砂が晴れた
眼下、八階建ての学校や、群設マンションの形をした居住区、点在する総合病院に、広い公園と
合わせて、数回の砲撃があった。
襲撃だった。それも、先の
「まずやらなきゃいけなかったのは、全分区員の救助。もちろん甲棟上層だけに入り切る人数じゃないから、私たちは学校施設の奪還を目指した」
出羽と出雲の老練な分区長たちが敵の塊を跳ね飛ばしながら街道を駆ける。彼らの上を飛び越えて要塞に迫る数百の砲火や、直接突っ込んで来る
「
会議参加者たちは、七や八などの上位権限の常権を乱発しながら時には空を半分焼くような劫火を呼び、時には自ら輝く一振りの大剣を握って弾幕に突っ込んだりと奮戦していたが、強力な砲撃と膨大な数に押し負けていった。途中からデイツに着弾した謎の物体を調査するために集まっていた集団の内ジアを含めた戦闘班が合流したものの、戦況はあまり好転しなかった。
「でも、私がマジなら五秒よ、五秒」
仰向けの姿勢のまま開いた右手をわきわきさせながら、メーゼは続ける。さらに時間が経ち、勢いを増すばかりの攻撃の半数が弾幕をすり抜け、結界に直撃するようになった頃、ようやく二つの吉報が届いた。
一つは、学校施設の奪還が成功したこと。
「要塞で敵を半分以上引き付けたのが正解だったわね。何だっけ、それで、出羽と出雲のじいさんたちが共同してそれを……」
「亜空間に移したんだ。常権でね。特に必要ないと思っていたけど、この際だから、君に『
『
発動には、行使者同士の物理的な接触が必要で、しかもかなりの危険が伴うようだ。南棟への食事運びから帰って、いきなり話に割り込んできた
「本来に……失礼、
追訴、権限八から九へ、
それでも、一、二キロ四方の学校を一〇枚の防護幕に守られた亜空間にねじ込むには、分区長二人の『越権』が必要だったと
「んで、権力者が小癪にも上手いことやってる間に、こっちでも前進があった。余計な奴らは大体消えたわね」
もう一つは、
「みんな施設内に収容出来たから、分区内部の残り数十万は簡単。私がバンってやって、|錦んとこの
「メーゼ、雑」
分区員の全員を近江と阿波の分区長が『追訴』を以てして虚空に消えた学校施設へと集めた。ひとり中空を駆けまわっていたメーゼは、全員が避難したのを確認して――避難が遅い住人は起動中の『
公園も移動も居住区も凍りついた居住区で、煌々とした彼女は墜落する。上空一三〇メートルから、五秒。接地。爆発的な閃光と激震の後に残ったものは、半径四キロメートル分のすり鉢状の洞だった。錦分区そのものの消失と引き換えに、戦闘は終了した――わけだが、
「錦分区が実質『日本』の首都であることと、その高い人口密度の理由の一つに、
『
「これが、昨日起こった襲撃の始終だ。で、問いたいことがある」
常権、権限八、
途端、腹のなかが蠢いた。喉から遡って口元に弾ける、熱さと苦み。吐き戻すと同時に、カップが砕け、液体と破片が丸テーブルに『審』の字を形作る。狼狽える間もなくテーブルに置かれた立札が天井付近まで伸び、ブレ・ベストと――メーゼがつけた仮の自分の名前――書かれた先端部分が燃えた。立ち上がれない。座っていた席の周囲にも四本の石柱が生え、それぞれから伸びた白い紐に身体が縛られる。
「君は、阿波分区、錦分区襲撃に関わっているね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます