周防分区は報いる

「え、それは何かの間違いだ」

 

 阿波分区あわぶんくの場合は直接見た。聞いただけの錦分区にしきぶんくも、凄まじく甚大な被害を出しているようだった。そんな襲撃に自分が関わっている? そんなはずはない、少なくとも後者の存在は知らなかったし、起こっている間、ヘロンの謎の空間に閉じ込められていたはずだ。


「何も関わってないぞ」


 言うと、四方の柱がぐるぐると周り、紐が縛りのきつさを増していく。ぎりぎりと締められる身体。このまま上半身と下半身が分断されるかと思ったが、そうではないらしい。ほんの数秒で紐は灰色に変色して千切れた。腰を持ち上げてテーブルを見ると、立札の火も吹き消え、吐き戻した飲料とカップの破片で造られた字は『真』に書き換わっている。


「まぁ、そりゃそうだよね……」

「わ、なに、どうし――ふぺ」

「んぶぇ」


 凛とした表情を崩したかこいは真後ろに倒れ、その頭は瞬間移動して間に挟まったセスごと長椅子でお気楽していたメーゼの腹に直撃した。少しして、下段がぴくぴくしている三段団子の隣を通ってガタイの良い壮年の男性が姿を現した。ジアだ。

 肌着一枚でぺしゃんこになっている周防分区長すおうぶんくちょうと違って、銀の口ひげを揺らすジアは皴のないきっちりとした服を着こんでいる。威厳と穏やかさを秘めた瞳がこちらに動く。アイコンタクトだ。受け取ってわずかに視野をずらすと、やや満足げな表情でもちもちと真ん中に挟まれていたセスが一瞬消えて長椅子の後ろに立った。


「――かこいよ。この様子だと、想定通りらしいな」

「うん。ブレは何も知らないみたい。良かったけど、これはこれでややこしくなってきた……」

「あんたちょっとどきなさいよ」

「はいはいはい」

「灰にするわよホント」


 長椅子のクッションと同化したまま抗議するメーゼから腰を浮かせ、常権じょうけんで濡れたテーブル等を片付けると、青年はこちらに一通りの無礼を謝って、新たな席を用意した。セスを別の場所に移して、メーゼ――ひとりだけ眠たそうに机に突っ伏している――、かこい、ジア、自分。周防分区の大人たちが集まって始まったのは、分区会議についての話の続きだった。

 まず、今回の分区会議において議題となったのは、二つの問題だった。三王国と連絡が付かなくなったことと、阿波分区の襲撃について『異種が操られた可能性』が浮上したことだ。


「今まで異種が徒党を成して分区を襲撃するなんてことは滅多になかった。あんな異常な規模は一度もだ。だから、僕らは奴らが操作されていた可能性を想定した。強力な常権なら――それが可能だ」


 前者は、三王国側の機器の老朽化や、阿波分区動乱における空気の乱れのせいではないかという結論に達し、暫くの経過観察をすることになった。距離が距離なので、能力を使っても常権を使っても、今までも数日連絡が取れなくなることが度々あったらしく、短期間本国と連絡が取れなくなったとしても、大きく困ることはないという。万一の時は次の渡弾列車の乗員に話を聞けば良い。そんな気楽さで、第一の議題は幕を閉じた。

 そして、第二の議論に会議時間のほとんどが費やされた。常権が使われたとして、誰がやったのか。あの規模を誘導し得るには、少なくとも権限九以上の常権が必要だ。仮に誘導し得たとしても、『日本』内に本人が留まっていない限りは、効果範囲的を維持することが出来ない。条件から確実に首謀者を絞り込んでいって、結局、誰も当てはまらなかった。


「さらなる襲撃が起こる可能性が高い。各分区とも連絡を密にし、それに備えるように。こんな感じで会議が終わって、直後、今まで話した通りになった」


 阿波分区を凌ぐとんでもない襲撃。今度の異種は明確に操られていた。そして、操られていたのは異種だけではなかった。


「錦分区には強力な能力者や、権力者たちが複数人いる。彼らが数重の結界を張り、防御線と警報ライン、有事の迎撃設備や避難経路を整えてくれているお陰で、『回生造かいせいづくり』も合わせて、あそこは難攻不落とも言えるほどの堅牢さを誇っていた。本国にそのまま移転しても、大要塞として機能するほどにね」


 それらが一つでもまともに起動していれば、塵埃圏の防御結界が破壊される前に、異種に占領される前に、警告が会議室へ届いただろう。しかし、実際にはそうはならなかった。学校施設へ避難させた人員の惨状を見た彼らの気持ちは察するに余りある。彼ら、会議参加組と増援以外の生存者の二割が、エッカーナとはまた別なおかしな状態だったらしい。


「そして、ここに君が疑われる理由がある。操られて虚ろな人々は、一同にこう繰り返していた」


 周防すおうに住まう、青服を讃えなさい。

 何故なら、彼は世界の真実を知っているから。

 

「強力な常権だった。集団阻却しゅうだんそきゃくするのにもかなりの時間が掛かった。誰が掛けたのか特定は出来なかったけれど、最初の言葉が指すのは、君以外には考えられなかった」


 目を覚まして自分が着ていた服の色は青だった。だから、青服野郎ブレ・ベストなんて名前をメーゼにつけられた。さらに、そもそも、周防分区に権力者は二人だけ。栫がそうでなければ、自分が首謀者、あるいはそれに関連する人間ということになる。自分の記憶喪失は強力な常権を使えないと主張する根拠にはなるだろうが、事件の関係者であるという疑いをとんでもなく深める。


「君に記憶がないということは、阿波分区長と副長以外には伝わっていない。錦分区襲撃後の事後処理会議で君について聞かれた時にあえて隠した。正直事後会議は殺気立っていた。冷静さを欠いた人間の動きは極端で思慮が浅くなる。阿波分区が周防こちら側に立ってくれなければ、君はいま錦分区にしきぶんくの監禁室にいただろう」


 阿波分区襲撃で命を助けることが出来た親子が、強く進言してくれたらしい。垣間見たその人柄が、他者に策謀を仕掛け、大勢の死人を出すようなものではないと思えた。阿波分区長はそんな言葉と共に、自分を信じてくれたという。栫は続ける。


「それでも、君には一週間後に錦分区に来てもらう必要がある。君の疑惑は全く晴れていない。全分区長による審問会議が開かれる予定になっているんだ。会議に出られるのは分区長だけ。僕は弾かれてしまった。メーゼに弁護なんてできるわけないから、。……本当のことを言うと、僕も君が恐らくこの一件の関係者だとは思っている。けれど、首謀者側じゃない。君は、何かしらの理由で嵌められた被害……」

「ちょっと、さらっと侮辱してんじゃないわよ」

「割り込まないでくれるかな」


 話の途中で、机に突っ伏していたメーゼが顔だけを上げて抗議した。彼女は起きてこれまでの流れを聞いていたようで、額にテーブルの跡をくっきりと残したまま付け足す。


「私も、ジアも同意見よ。聞いて回ったけど、他の分区員もそう。昨日のエッカーナの件、改めてありがとうね。周防分区はあんたに報いるわ。ちゃっちゃと首謀者しばいて解決にしましょ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

過去より未来へ Aiinegruth @Aiinegruth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ