無理難題
メーゼは間もなく現れ、テーブル席の向かい側にドスンと座った。肘を付いた彼女が切り出したのは、意外にもさっきの少女、ルベラの話題だ。少し前のトラウマが蘇るのを押さえながら聞いていると、なるほど何やら彼女には重い出自の事情があるようだった。
この
しかし、これが三王国と呼ばれる他の地域では逆らしい。周防分区の人員はほとんどが外の生まれで、ルベラはここに亡命してくる以前、貴族の給仕係の一人として働いていたという。
「権力者って平均的にクズだと思うけど、あの子の所は当たりが良かったの。強大な公家っていうのかしらね。ともかく資金も封土も余裕があった。私からしたら癪だけど、仕えているだけで箔が付くような家で、
けどね、とメーゼは続ける。勝ち続ける者は嫌われるという理屈が、ルベラの仕える家を襲った。事故死した前公の代替わりを狙って、周辺の公家や伯家が血縁を理由に摂政の名乗りを上げた。やがて嫡男も幼くして亡くなると、今度は長女を嫁に迎え、その後の公領の分割を目論み始める。広い領土の四方を諸侯の軍に囲まれ、出席せざるを得なくなった婚約会議。簡単にいうと、そこでルベラが暴れたようだ。
彼女はその公家に深く恩義を感じていた上に、会議に持ち出された今後の公家の使用人たちの不当な扱いについて強い抵抗があったらしい。同席した彼女は、申し訳程度に譲歩したらしい同意書への調印を強要される少女を庇って、一人大立ち回りを演じた。ルベラは強かった。指まで出して出席者の全員を威嚇し、何とか口にさせたのが「閉会」の一言だった。
以降、公家の立場は良くなった。残された長女を立てる保守派が、ルベラのような強力な子飼いの存在を楯に、幾重もの政治工作と資金を使って端から同盟を切り崩していった。しかし同時に、ルベラ自身はすぐさま公家から追い出された。
「あっちの理屈を考えれば、妥当……というか、召使いが貴族に暴力を振るって殺されないように上手く計ってくれたって形になるの。能力者だしね。でも、あの子にはそれが裏切りに見えた。両手を血塗れにして守った家から、いきなり弾き出されたんだもの」
主観的か客観的か良く分からない語り口のメーゼは、深く息を吐くと、こちらを見て続ける。貴族を相手に下女が暴れた、と。噂は既に広まっていて、ルベラの居場所はもうその国にはなかった。悲しみは憎しみへ。自分を捨てた公家への恨みは次第に強まり、その矛先も、公家から、周囲の人間を経て、やがて権力者全体に至った。
恨みは彼女に強い悪影響を与えた。周防分区に来たときから、ルベラは食べることも話すこともほとんどしない。おぞましい怒りのようなものを背負って、日々を過ごしているように見える。しばらく遠い目をしていたメーゼは、色の異なる瞳を滑らせてこちらを確認すると、頷いて、こう締めくくった。
「だから、新入りのあんたから、もっと食べて喋ったほうがいいよって説得して欲しいのよ。私たち付き合いが長いから、今更口に出せなくて」
……は? いや、殺しに来た相手にこちらから? さっきまでちょっと同情しかけて薄まっていたトラウマが色を得て鋭利になる。権力者が理由で現状の様子になった少女に対して、同じ権力者が指摘する。それは、相手にとってはかなり軽薄で、過去の傷を抉ったり、怒りを再燃させるような行為になるだろう。ばっちり仕事をしましたみたいな顔のメーゼは、じゃお願いねと言い残して、立ち上がった。数秒間呆然とその背中を目で追ったあと、慌ててこちらも腰を浮かせる。足をぶつけたテーブルが放つ音だけでは、眠たそうに欠伸をしながら去る彼女は振り向かない。
「流石にこれは!」
断りたい雰囲気を出す。が、伝わらない。続けて発した、逆効果になると思うので、止めた方がいい! という叫びは完全に無視され、超然とした赤髪は広間の扉の向こうへ消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます