疑い
静かな病床。目覚めた真白い空間は、第七層の医務室と全く同じ作りをしていた。簡易ベッド二つと治療台、壁付けの長椅子に、閉まったロッカー。違う所といえば、ベッドの内一つを自分が占領していること、そして、長椅子にメーゼの姿があることだ。
目が合って、メーゼが口を開く。緩やかに過ぎる時のなか、彼女は淡々とした様子で語り出した。
めちゃくちゃすぎる話だが、どうやら、あれは自分がここに受け入れられるかどうかの試練のようなものだったらしい。神妙な面持ちが長く持たなかったようで、黙って座っていたメーゼは、その長い髪を広げながら長椅子に横になった。大きく伸びをして、試すようなことしてごめーん、でもついでに聞くわね、と欠伸交じりに口を開いたあと、天井を見上げたまま続ける。
「あんた一人で三号車から降りてきたのよね、駅で記録されてる」
「あぁ」
「奴隷の
メーゼが指折り数えながら身を起こす。視線が合った。氷のような白と、燃え滾る赤。色の違う両の瞳は、ベッドの上の身体を威圧感で張り付ける。そこから放たれた言葉に、心臓が止まりかけた。
「あんたを図書室に置いてから、連絡があったのよ。三号車の床下と
真実を突く刀のような眼光が全身を打ち据えている。メーゼは言外に、お前がやったんじゃないのか、と告げていた。三号車で常権とやらを使って、乗っていた全員を殺した? 自分が? 何のために? 疑問を解決しようと手を伸ばして、記憶の壁に弾かれる。分からない。人を殺すはずなんてないのに、その可能性が否定できない。刻まれた血の線と争いのあと。たった一人そこにいた自分。使えたかもしれない力。ない記憶。
「……違う」
「証明できる?」
「……できない、けど――」
「そこまでだ、メーゼ。壊した図書室の入り口の修理をしてくれ」
「おわぁ、
「そいつを見張るために君が図書室に敷かせた
「あー」
「あーじゃない」
ベッドの上で追い詰められる自分を助けたのは、瞬間移動で隣に現れた青年の声だった。
しかし、視線を他に向けることができない。薄明るい照明のなか、トントンと進む足音。遠ざかる彼女の一歩ずつが、とても長く、重いものに思えた。六歩目、部屋から出る直前で、振り向かれる。長く赤い髪が拡がり、その奥の色の異なる瞳がこちらを捉える。
「ごめんね、さっきのは嘘よ。連絡によると、二〇体の死体が
――言葉は聞いてわかるから、制限しなかったけど。
身体の芯が冷えていく。全く気付かないまま、メーゼに疑われていた。不機嫌な態度の彼女が腰かけた荷車を運ばされたときから、荷替えを手伝わされ、荒れ狂うトロッコごと墜落するまで、常権を使わないかどうか見張られていた。隣の栫の言葉も耳に入らない。お大事に―、と去る彼女の赤髪が見えなくなっても、しばらく扉の奥の暗闇から視線を外すことができなかった。
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