第六話 幽霊なカノジョ

槍男に有効な攻撃を当てるためには奴の能力をかいくぐる必要がある。 




 奴には未来が見える。目に見えてさへいれば、どんな攻撃ですらも反応されてしまう。




 だからこそ、奴の能力を機能させない暗闇を作ったというわけだ。しかし、人の目は闇に簡単に適応できてしまう。この異世界でもおそらくそうであろう。


 だったら、暗い状態からいきなり明るい物を見てしまったらどうなるか。


 俺は残りの魔力を使って創造した閃光弾を奴に向けて投げる。


 こっちからもはっきりとは見えないが、声で大体把握できるのだ。


 利き腕の右手がもう動かないため、左手で投げたが、うまくいったようだった。




 空気を割く破裂音とともに、目を焼くような強烈な光が空間を包み込む。




「グアーーー!?なんだ、何が起こっている!?」




 槍男は悶絶している。


 視界を塞ぐだけで良かったのにわざわざ光を直視してしまったらしい。


 それは、良好。良い誤算だ。


 そこへ… 




 「グッ!?誰だ!?首が…お前はあの獣人!?逃げていたのではなかったのか?」




 「いーや違うな。奴は隠れてろとは言ったが、逃げろとは言っていない。私は相棒だからなあ!」




 そう…カイネは看守室から逃げているように見せかけ、隠れやすそうな大きな箱に身を潜ませていたのだ。




 カイネは槍男の背に回り、首を絞めつけにかかる。打突や投げ技では触れた瞬時に対応されてしまう。相手の行動と体力を確実に奪える締め技を選択したのだ。




 目には見えない相棒と目を合わせる。




 『信じてた。』


 お互いがそう思っている気がした。




 そして、俺が今やるべきは…




 「おらーーー!いくぞ、やり男―――!」




 声を張り上げ、「俺」という可能性を奴に知らしめる。


 最悪の可能性はカイネがやられ、俺単体で奴と戦うことだ。


 カイネの身体能力が高いとはいえ、今の俺達では純粋な力比べでは槍男には勝てない。




 「クソが!まず最初に男から殺る!」




 そう言い放ち、槍を構える。視力はぼんやりと戻ってきているようだった。




 正解だな。




 首を絞められたとはいえ、魔力を首筋に回せば、致命傷とはならない。


 カイネ自身も奴を押さえつけているだけで他の攻撃に転ずることが不可能だ。対して、今一番フリーである俺を野放しにはできないだろう。もしかしたら一人で逃げ出す可能性があるからな。






その時槍男は口を開く。




 「まあよくやった方だと思うぜ。視力が戻ってきた未来が見えた。お前の位置もな~。これで終いだ!」




 風を置き去りにする鋭い突きが未来にいるであろう場所に向けて放たれた。




 「でも死んでねえだろ。」




 「な!?なにっ?」




 「お前は未来を信じすぎだ。確かにお前の予知通り俺はそこにいる。だが、槍の方はどうだ?」




 「ない!切られている。クソファッキンウルトラフェイズ獣風情が!それなら…」




 カイネは槍男を締め付けにかかる前に、日本刀を使って、槍の腹を切っていたのだ。奴に直接攻撃すれば、反応されちまうが、槍に向けた攻撃ならバレずに通る。


 使った日本刀は持効により消滅しちまったがな。




 俺は槍のリーチ範囲を容易に超え、拳の間合いへ、武器はない、創造できる魔力は全て行使してしまった。




 だから頼む今ここにこいつを倒せるだけの魔力を拳に!






 例え、武器で攻撃をしたとしても、魔力で練られた体には一撃で落とすことは難しいだろう。




 どこから攻撃が来るか分からない状態だから、予知に魔力を費やすのではなく、ガードに魔力を回すからだ。






 ならば、どこを狙うのか…




 『体の細部に行きわたらせることは難しい』




 「例えば、金的とかな!」




 微かに魔力が回された左の拳が槍男の息子に吸い込まれる。








 ズン!!!






 感じるは確かな温もり、将来生まれるだろう新たな命の息吹、その光が死滅する。




 「おぴゅうおあkdぴあうhづsびvfsづたrscヴぃあうそいど」




 この世の生物とは思えないうめき声を発し、泡を吹きながら倒れる父親がそこにいた。




 同じ男だからこそ同情するぜ…




 「やったか?」




 こいつ平然とフラグを立てやがって。




 そのフラグ折ってやる    エイッ!   よし折れた。




 「ああ。恐らくな完全に気絶してるだろ。さあ今の内に脱出しようぜ。て…なんだこれ?」




 槍男の右手が不自然に光っていた。銃で打ち抜かれた魔石の破片と似ているような…






 まさか!?




 「やられたな。この男最後の最後で、魔石を破壊していた。やられたときの保険をかけていたのだろう。負けず嫌いな奴だ…」




  試合に勝って、勝負に負けたというわけか…


 って…やばくね、これもう修復とかできないんじゃ…




「安心しろ。これくらいの破損なら魔力を回せば、直すことができる。任せておけ。」




 得意げな顔はちょっと腹立つが、それなら安心だ。




 …ん?ちょっと待てよ?




 「紋章の効果で魔力が使えないんじゃ?」




 「あ」




 おいおいやめろよ。そんな間抜けな声出して、帰れますよね?こっからすぐ出れますよね?治りますよね?




 「こっちだ!地下牢屋から音がしたぞ!何かあったのか!?」




 不味い!




 瞬時に牢屋へと繫がる扉を箱で塞ぐ。




 「おい!お前ら何をしている?ここを開けろ!」




 「緊急事態だ!ローム様を呼んできてくれ!何者かが立てこもっている!」




 やばいやばいやばいやばい。




 完全に退路が塞がれた。ここから地上に出るための道は一つしかない。そこすらも通れなくなってしまったら…




 「こうなったら戦力が揃う前に、敵兵を蹴散らすしかな…」




 「おい待て冷静になれ!そんなことは自殺行為だ!まだどこかに別の出口があるはずだ。少しは落ち着けスカポンタン!」




 「誰がスカポンタンだ!私はカイネだ!いい加減にしろ全裸変質変態野郎!」




 「俺は変態じゃない!あれは服を着てなかっただけだ!」




 「変態じゃないか!」




 「変態だったわ!」




 まだだ、まだ何か、あるはずd…




 刹那




 カノジョはそこにいた。




 白い肌に白い髪、こういう人ってアルビノって言うんだったか?だけどカノジョはいろんなものが抜けたかのような…




 少しでも触れたら折れてしまいそうな、近くにいるはずなのに遠い所にいるような、


純白のカノジョはそこにいた。




 周りは敵だらけ、ここにいるカイネ以外の人は全て敵とみなしていいはずだった。


 しかし、カノジョに対して敵意又は、警戒心を抱くことができなかったのだ。




 「あなたは誰だ?」




 これしか言葉を発することができない。この質問を出すことも不思議に思えてくる。




 「ああ、痛いなあ。誰かそこにいるのか?ここは何処だ?何時だ?私はいったい誰だ?眠たい。だるい。煙たい。臭い。煩い。優しい。静かだ。ああ、いいにおいがする。」




 「おい!どうした?誰かそこにいるのか?」




 カイネがそう訴える。




 どういうことだ?俺にしか見えていないのか?それじゃまるで幽霊…




 「見えてないのか?砕けたワープ石の前に女性が立っているだろ。」




 「はあ?そんなのいないぞ。冷静になれ。不安で幻覚が見えているんだ!天井に通気口らしき穴があった。そこから脱出した方が感づかれにくい!早く肩を貸してくれ!」




 その時、カノジョが砕けた魔石を拾い、眩い光を放ち始めたかと思うと、たちまち魔石が元の輝きを取り戻していた。




「え?どうして勝手に石が…」




 カノジョの姿を確認できないカイネにはそう見えるのか。




 魔石が手渡される。




 「いつ助けに来るの?そうか私は独りだったわ。なんでこんなに寂しいの?独りだから?誰かそこに…」




 行動と言葉が一致していないように見える。さっきから俺と全く目が合わない。何処か遠くを見ているようだ。




 「カイネこれで行けるか?魔石は使えるか?」




 「あ、ああ、これならいける!使える!帰れる、帰れるんだ!」




 カイネは安堵の声を漏らし、床に座り込んでしまう。よく見たら涙目になっていた。




 初めてカイネと出会った時を思い出す。


 環境が良いとは言えない牢屋小屋、聞けば一週間真面な食事を与えられていなかったらしい。


 そうだな、帰れるんだ。




 っと、そうだ。


 言葉が通じないとは言え、感謝の握手はしとかないとな。




 助けられたら、相応の誠意で返す。高橋も言ってたしな!




 「ありがとう!通りすがりの誰かさん!あんたのことは忘れない!」




 俺は左手で、留守となっていたカノジョの手を握る。




 うお!普通に触れられた。


 俺は人類で初めて死者と手を握った人のなったかもしれない。




 「あ、ああああ、あああああああ、誰?ああ、か。そう、やっとね、来たのね。暖かい、温かい。優しい。」




 初めて、俺を認識したらしかった。それとともに確信した。 


 この幽霊は何も見えてないし、何も聞こえてない。ただ、手をつなぐことにより、俺に気付いたらしかったのだ。




 「お」


 カイネが俺の右手に手を伸ばし、魔石を起動させている。


 俺たちの体自体からも光を放ち始める。


 この幽霊にもお別れを…




 「いつか、いつしか、いつの日か、又…会いましょう………………カイネ………………」




 「え?」






 それが、俺が耳にした最後の言葉だった。


                   *             






  ここは、森?木漏れ日に目がくらむ。太陽の日差しは何年振りにも感じさせる。




 「何を泣いているんだ?」




 一緒にワープしたらしいカイネが口を開く。どうやら成功したらしかった。




 泣いてる?




 「え?」




 手を当てると、確かに目から雫が零れ落ちていた。




 分からない。俺は寂しさも痛みも今は感じていないはずなのに。








 この涙はきっと日差しが目に染みたからだろう。

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転生したけどこの旅にはチートも無双もハーレムもないだろう @ASINU

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