第26話 最終話




 たっぷり一分間、凍り付いたように誰も言葉を発しない時間が流れたが、我に返った三人が叫んだ。


「……なんだって?!女神の鉄槌だと?!間違いないのか?!」

「え?!だってそれって……お姉ちゃんが……?ってこと?」

「まさか……いや、でも……ルカ様がそう思う根拠があるんだよね?」


 ……全っ然話についていけない。


 多分私関係ない話よねと思って、他人事みたいな顔で黙っていたら、司祭様が『あなたが当事者ですよ』と言って私に向かって女神の鉄槌の意味を説明してくれた。



司祭様の話によると、それは聖女が持つ女神の加護だそうで、聖女を守るために天から遣わされる力だという。


教会に残る記録や伝承には『聖女に刃を向けた者に神の鉄槌が下った』という記述がたくさん残っていて、聖女に害をなす者に雷が落ちるというのは有名な話らしい。とはいえ、司祭様も実際に見たのは初めてで、それまではおとぎ話のようなものだと思っていたそうだ。


 その女神の鉄槌らしき現象が先ほど司祭様の目の前で起きたらしい。


 しかもなんと、私を拉致したあの聖女様の手先みたいな人たちの船に直撃して、その船は真っ二つに裂けて川に沈んだというから驚きだ。



「そんな大変なことが起きていたんですねえ……って、なんでその『女神の鉄槌』が聖女様の仲間に落ちるんですか?あの人たちなんか聖女様にやらかしたんですかね?まあやらかしそうな人たちだったですけど」


 あまり人を悪く言うのもなんだが、正直あの人たちはアホの部類に入る人間だった。よく分からないけどやってみよう!みたいなアホなノリで、聖女様に対してもなにかやらかしていてもおかしくない。


 そんな風に一人で納得していたら、司祭様が心底呆れたような顔でため息をついた。


「はあ……この期に及んでまだそんな認識とは……。女神の鉄槌が彼らに下ったのは、あなたが本物の聖女だからに決まっているじゃないですか。さっき自分で聖女のしるしを見たでしょう。彼らはあなたを傷つけ殺そうとしたのですから、当然です」


「はああぁ?!何言ってんですか?!」


司祭様がとんでもないことを言い出したので思わず叫んでしまった。


「セイランが持つ癒しの力、女神の鉄槌、そして完璧な形の女神のしるし。あなたこそが本物の聖女であることは疑いようがありません」


 司祭様はきりっとした顔で言い切ったけど、その自信たっぷりな態度が逆に嘘くさい。


雷が落ちたとか……そんなのたまたまじゃないの……?

 なんか目が覚めたら怒涛の展開で、いきなりお前が聖女だ!と言われても何もかも嘘くさく聞こえてならない。


 聖女のしるしとかいうのも、司祭様が言い出すまでこんなあざがあることすら気付かなかったし、女神の鉄槌というのもちょっと胡散臭い。

あの信者の方々ちょっとアホだったから、間違って自爆したとかじゃないかなと疑っている。



はっ……!まさか……これは……わがまま聖女様に嫌気がさした司祭様が、ニセモノの私をホンモノに担ぎ上げて、あちらを排除しようという計画なのでは……?!


 最初っからバリバリ暗躍していた司祭様だもの。それくらいやりかねない……。


どうしよう、どう考えても私が本物の聖女様なわけないのに……。


 助けを求めて騎士団長さんと双子を見ると、三人ともポカン顔で司祭様をガン見していた。


 あ、よかった。多分騎士団長さんと双子がきっと『そんなわけあるか』と言ってくれるだろう……と思ってみていたら、バッとこちらに向き直ってパアァ~と顔を輝かせ、三人そろってこう叫んだ。


「「「やっぱりそうだったか!」」」


 まさかの反応に目を白黒させていると、三人は嬉しそうにワイワイと話し出した。



「いやー、そうじゃないかと思ってたんだ。やはりあの女はニセモノだったか。何故アレが聖女に認定されたのか、不審に思うな」

「よかったぁ~やっぱりお姉ちゃんが本物だったんだね!……ってことは、赤子だったアイツを聖女として用意した黒幕がいるってことじゃない?教会での聖女教育を受けさせなかったのも、黒幕が手をまわしていたからと思えばつじつまがあうよ」

「取り巻きがやたらにアイツを囲い込んで隠すのも、考えてみれば不自然だったよね。今回巡礼の仕事から逃げたのも、聖女じゃないのがばれると思ったからだよきっと」


 三人とも司祭様の話に全乗っかりした!

 え?そんなすぐ騙されるとかってある?



 ……あ、違うか!多分これ、三人が司祭様の言葉の裏にある意図を読んで、分かった上で『それいい案だね!』って司祭様の作った話に乗っかったんだ!

 


 というか、とっくに私がニセモノだとバレていた前提で話が進んでいるんだけど……ひょっとして最初っからみんな知っていたの?だったら一生懸命聖女様のフリをしていた私の苦労を返してほしい。



 なんか色々騙されていた気分で、一人で『ぐぬぬ……』となっていた私のことなどお構いなしに彼らはどんどん話を進めていく。



「あの性悪女には早々に退場してもらわなくちゃ。お姉ちゃんが座る椅子にいつまでも居座られては迷惑だからね」

「偽物のくせに散々僕らを苦しめてくれたアイツには、相応の罰を受けてもらわないと。お姉ちゃんを傷つけた罪もしっかり償わせるから」

「職務放棄はまだしも、取り巻きを使っての殺人教唆……。それでも王が許すと言ったらもう俺は従うことはできない。いっそ政変もやむを得ないだろう」

「王がこの件に無関係ではないだろうが、誰か裏で糸を操っている者がいて、王は黒幕の言う話にうまく誘導されている、というのがおそらく正解だろうな。

であれば、新たな聖女を教会が認めたとしても黒幕は王に認めさせないだろうから……場合によっては早めにご退場いただくしかないな」



 なんか私そっちのけで難しくて不穏な話で盛り上がっているけど、ちょっと待ってほしい。私はその聖女様入れ替え案に一度も同意してないので勝手に話を進めないでほしい。

私はワイワイと楽しそうな四人に待ったをかけた。



「ちょっとちょっとちょっと……どんどん話が進んでいるみたいなんですけど、一旦待ってもらっていいですか?あのー私、巡礼で代役務めるだけの契約で仕事受けているから、それが終わったらウチに帰るつもりなんで……。その後の聖女役のお仕事はお断りしたいんですけど……」



 そこまで言ったところで、四人が同時にぐるんっ!ってすごい形相でこちらを向いたので、『ひっ……!』と小さく叫び声をあげてしまった。




「……は?帰る?僕らを置いて?お姉ちゃんは僕らのお姉ちゃんになってくれるって言ったでしょ?それなのに、置いてくの?そんなわけないよね?お姉ちゃんはあの性悪女と違って、嘘つかないもんね?」

「ずっと一緒にいてくれるって言ったのに、やっぱり仕事が終わったらバイバイ?そんなの許せるわけないんだけど。じゃあ、帰るところが無くなればいいのかな?それとも約束を守るのとどっちがいいかな?」


「俺を置いていくんですか?!もうこの椅子は必要ないと?!別の椅子がいいと仰るんですか?!」


「セイラン……私たちが先ほど誓いを立てたのをお忘れですか?この先なにがあっても私はあなたのそばに居ると誓って、あなたは『分かった』と言って受け入れてくれたではないですか。それなのに、仕事が終われば家に帰ると?

残念ですが、誓いというのは覆せないんですよ。それに私は未婚のあなたの肌をみてしまいましたから、妻に迎えなくては姦淫をした罪人になってしまいます。私を罪人にするのはあなたの本意ではありませんよね?」


 四人が距離を詰めてきて一気にまくしたてるし、何よりみんな顔がめちゃくちゃ怖いんで私は半泣きになってすぐ謝った。


「え?……え、えーーーっと……ごめんなさい?私が悪かったです……?」


「では、我々と共に来てくれますか?セイラン」


「お……お給料がちゃんと出るなら……」


「もちろんです。何不自由ない生活を保証します」

「僕らこう見えても高給取りなんだよ!まかせて!」

「僕ら司祭様より金持ちだよ。僕らと一緒に暮らそう?」

「俺は生涯あなたの専属椅子兼護衛となるから、今後なにがあっても身の安全は絶対保証する!」




 怒涛の如く四人に詰め寄られて、全方向からいろんなことを言われ目が回った私は、気付けば、聖女役のお仕事を続投することで話がついていた。

 



 私の答えに満足した四人は立ち上がって、『じゃあ帰りましょう』と満面の笑みで私に手を差し伸べてきた。


「王都に帰ったらまず騎士団の再編成だな。あの女のシンパを徹底的に炙りだしてやる。忙しくなるぞ」


「お姉ちゃんが本物だと名乗りをあげたらあの女の取り巻きが絶対に何か仕掛けてくる。やられる前に潰さないと」

「まずは教会で聖女認定を受けようよ。でもさ、王が認めないと考えて早めに手を打っておいたほうがいいんじゃない?」


「ダレンの言ったように、政変もやむを得ません。王がただの傀儡であったとしても、女神の意思を踏みにじったのです。欺かれ続けた教会も、もう現王に従うことはできないでしょう。あちらの出方によっては、戦争になるかもしれませんね……」



 不穏な話を四人はとてもいい笑顔で話している。というかその不穏な計画で私が聖女様役で働かなきゃならないんだよね?それなのに完全に蚊帳の外で話が進んでいくのはどうしてだろう?





 ―――うまい話には裏がある。

 

でもこんな裏が待っていたなんて、誰が想像つく?

 


 



 とりあえず、お給料の相談をしないとなあと、私は彼らの会話を聞き流しながらそんなことを考えていた。







***






―――――――その後、新婚旅行に出かけた聖女様の船が戻ってくることはなく、現王は突然精神を病み、側近と共に静養地へ送られ政から離れてしまったため、予想されていた新旧の争いが起こることはなかった。



船旅から帰らないまま聖女の認定を外された元聖女はどこに行ったのか。

新天地で新しい生活を始めたんだろうとか、難破したのかもとか色々な噂が飛び交ったが、どれだけ行方を捜しても手がかりのひとつも見つからず、結局真相は分からずじまいだった。





おわり

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ニセモノ聖女が本物に担ぎ上げられるまでのその過程 エイ @kasasagiei

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