第25話

***





 うう、寒い。

 そして背中が痛い。


 凍えそうな寒さと痛みで目が覚めた。


(あー、そういや水に落とされた挙句、槍だか銛だかで刺されたんだっけ)

 

あれからどうなったんだっけと思いながら顔をあげると、私のまたぐらに誰かが顔を突っ込んでいるという衝撃の光景が目に入った。


「ぎゃあああああ?!」


「うわっ!セイラン!……痛っ!わ、私です!落ち着いて!」


 なんと私の股を覗き込んでいたのは司祭様だった。


「えっ?!司祭様?嘘でしょ?聖職者が女性の股を覗くなんて世も末……ってイタタタ」


「ああ、動かないでください。傷が開きます。今火を起こすので、どうか安静にしていてください」


 そう言って司祭様は林の奥へ走って行った。司祭様もびしょ濡れで、見ると周囲の岩に服が干してある。状況から察するに、司祭様が川から私を助けてくれたんだろう。蹴り飛ばして悪いことをした。



 すぐに司祭様は枝や葉を持って戻ってきて、魔法でポッとマッチほどの火をつけて焚火を起こした。


「すごい。司祭様は火の魔法も操れるんですか」

「生活魔法程度です。教会は戦いに使えるような魔法は禁じていますから……」

「でもすごいです……マッチ要らず……あれ……?」


 司祭様と会話をしていると、急に視界がぐるんと一回転するような感覚がして、私は頭を起こしていられずパタリと地面に倒れた。


そしてもう瞼を開けていられないくらい暴力的な眠気に襲われた。




どうしよう……すっごく眠い。今日は色々あったから……水にも落ちたし、ものすごく疲れたせいだよね……眠くて意識を保っていられない。



寝ている場合じゃないとは思うが、眠くて仕方がない。だが司祭様はそんな私の様子をみて慌てて声をかけてきた。


「セイラン!自分に治癒魔法をかけてください!血を失いすぎたんです。傷をふさがないと……」

「すみません……眠いんで……あとでやります……」

「ダメです!その眠気は失血のせいです!まずは止血をしてください!死んでしまいます!」


 司祭様がなんか言っていたけど、もう眠くてしょうがないのでちょっと後にしてほしい。でも司祭様はゆるしてくれなくて、私の耳元でわあわあ騒ぐ。


「起きてください!今意識を失ったらもう目覚めないかもしれないんですよ!治癒魔法はあなたにしか使えない!どうか傷を!」


 もう目覚めない……明日が来ないってことかあ……。でも……。


「まあ、それでも……いいかな…………」


 私が呟くと、さっきまでうるさかった司祭様の声がピタッと止まった。



「時々……寝る前に……明日がこなければいいのにって……思うことがあるんですよ……」


「セイラン……?なにを……」


「私が頑張らなきゃって……家族を守らなきゃって……でも時々……明日がくるのが……辛いって思う時があって……」


 眠りにつく時って、なぜかいろんなことを考えてしまって、無性に弱気になることがあるじゃないですか?と口の中でモゴモゴ呟く。言葉になっていたかは分からないけど。



 眠くて意識が朦朧としてきた私は、今まで誰にも言えなかった弱音を口をついて出てしまった。


「もう、このまま目が覚めなければいいのにって……」



 家族の前ではどんなことがあっても『ダイジョブダイジョブ!』と言って、実際なんとかなってきたが、本当は不安でしょうがない時もたくさんあった。

 

 家族を不安にさせたくないから、みんなの前ではいつも気丈に振る舞っていたけど、ベッドに入って目をつむると急にいろんなことを考えて、明日が不安で眠れなくなるということが実は度々あった。


 そういう時は、『このまま目が覚めなければ明日のことを考えずに済むのに』という考えが浮かんできてしまう。



本気で明日が来なければなんて思っているわけじゃない。ただ不安で、眠る直前は明日が来るのが怖くて、そんなことを考えてしまうのだ。



でもそんなことを考えているなんて家族に対する裏切りのような気がして誰にも言えずにいた。


 ここにいる相手が司祭様だったから、つい弱音が口をついて出てしまった。


 司祭様なら、仕事柄懺悔とかも聞きなれているだろうし、という思いがあって、言ってもいいような気がしてしまったのだ。



ちょっと寝て、また元気になったらいつも通り頑張れるから、今だけ許してほしい。本当に今日は疲れたんです。弱音くらい聞き流してほしい。



 暴力的な眠気に逆らえず言うだけ言って夢の世界に旅立った次の瞬間、司祭様が叫んだ。



「セイラン!あなたが辛くてつぶれそうな時は、私が背負います!もう一人で全てを抱えないでください!私があなたを守ると言ったではないですか!この先どんなことがあっても、私はあなたのそばに居て支えると誓う!だから目覚めたくないなんて言わないでください!生きて……生きてくれ!お願いだセイラン!」


 私の弱音をガチで受け止めた司祭様がちょう真剣に訴えかけてきた。



 大声で叫ばれ、ゆすゆす揺り起こされるので、睡魔と戦いながら薄目を開けると……司祭様が泣いていた。驚いて眠気が吹き飛んだ。


「えええ?!し、司祭様!なんで泣いてるんですか?ごめんなさい私のせい?!」


 慌てて起きて謝ると、司祭様は驚いたような怒ったような難しい顔をして、ふ、と息をついて涙をぬぐった。


「……っそうですよ。あなたが死んでしまうと思って……謝るくらいなら、起きて自身に治癒をかけてください」


「わ、分かった、分かりましたから、もう泣かないでください。ちゃんという通りにするんで……でも今疲れているんであんまり上手くいかないかも」


 疲れた状態で治癒の力を振り絞ると、逆に体調悪くなるので……と言いかけると、司祭様がぎゅうっと私を抱きしめてきた。


「ふぎゃ?!ちょ、司祭様?!」

「…………早く治癒を」


 なんだこの状況と思いながら治癒を自分にかけると、私の太もも付近が光りだした。


「?!?!?!しっ!司祭様―!なんか股のとこ光ってるんですけどこれなんだか分かります?!超恥ずかしいんですけど?!

えっこれ消える?!ずっと光ってたら私、股間が光る人ってみんなに思われちゃうんですけどどうしたらいいですか?!」


「落ち着いてくださいセイラン。まず股間という表現は止めましょう。光っているのは……おそらく聖女のしるしです。あなたの腿にそれがあるんですよ。さっきまでは光っていなかったので……治癒の力を使うとそれが反応するんでしょうか?というか、今まで自分で気付かなかったんですか?」


 セイジョノシルシ?なにそれ?

 訳が分からないよという顔をしていると、司祭様が私の足を持ち上げて、『ここにあざがある』と教えてくれた。

ほら、ここですと指さされたが、体堅いから自分じゃ見えないと言ったら、司祭様が私の足をグギギギと無理やりまげて見せてくれた。痛い痛い。



 それはあざというより……ちいさいけれど、緻密な文様?のような複雑な絵が太ももの付け根付近に存在していた。いやこんなとこ普段自分でも見えないし知らないよ。母さんからも聞いたことがない。


「こんなとこにあざがあったなんて知らなかったですよ。ていうかコレどう見ても自然にできたものじゃないですよね?記憶にないですけど、小さい頃に焼き印でも押されたんですかね?」


「違います、焼き印や入れ墨でこんなに美しい色味の文様が肌に浮かぶわけがありません。そもそも焼き印が光るわけがないでしょう。それにここの中央にある紋章のようなものは、古い聖典でみたことがあります……どういう意味を持つのか……」


 司祭様はブツブツ言いながらそのあざを撫でまわすので、くすぐったいし恥ずかしいことこの上ない。


「ちょ、や、そんなとこ触らな……ひゃあ!顔近づけないでくださいってば!」

「ああ、すみません。でもこれが何を意味しているのか知りたくて……」


 司祭様が足をがっしりとつかんでいるので、私はあられもない格好になっている。司祭様、いくら下心がないとはいえ、女性のまたぐらに顔を突っ込むのはどうかと思う。


 そうやってわちゃわちゃ司祭様と揉めていると、どこからか物音が聞こえてきた。




「おいっ!いたぞ!聖女様は無事かっ…………」


「お姉ちゃん!ルカ様!」

「お姉ちゃんは無事?!」


「「あ」」


 突然林の奥から、騎士団長さんと双子の三人が現れて、私たちの姿を見て固まっていた。

 

 司祭様が下着姿の私の股に顔を突っ込んでいるという、どう考えてもいかがわしい場面にしかみえない。

 全員しばらく固まっていたが、我に返った騎士団長さんが怒号をあげた。


「おおおおぉい!ルカァァ!俺たちが必死に探していたってのに、お前はなにサカってやがるんだぁ!ぶっ殺すぞ!」

「ルカ様さいてい!お姉ちゃんになんてことを!」

「僕たち二人が無事かって気が気じゃなかったのに、ルカ様はお姉ちゃんを裸にひん剥いてお楽しみ中だったなんてがっかりだよ!」


「いや違います、これには事情が……っ」



 見られた場面がアレだったもんで、しばらくすったもんだして誤解を解くのが大変だったが、私の背中の傷を見せて説明するとようやく事態を理解してくれた。






「銛で打たれたの?なんてひどい……。ねえ、でもその聖女シンパの奴らって、爆発して沈んだ船と関係ある?すごい轟音が町のほうまで聞こえてきてさ、僕らその時ちょうど司祭様が残した目印を見つけて川を下ろうとしていたところだったんだけど、そこまで波が押し寄せて船が転覆したりして大変だったんだ」


「川は船が通れなくなっちゃって、仕方がないから陸から川沿いを走って二人を探して回ったんだよ」


「あの爆発はルカがやったのか?戦ったのか?」


 三人は矢継ぎ早に質問をするが、司祭様が放った一言で全員が言葉を失った。



「いや……あれはおそらく『女神の鉄槌』だ。私はこの目でその瞬間を見たから間違いない」



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