第4話 青春赤色

 多目的室の主な用途は何なのだろうと考えてみると、言葉の通り多の目的なのだろう。


用途を行う名前を分かりやすく記している。

音楽室や図書室、変わり種ならパソコン室など多様なものだ。


美術室もまた例外ではない

少しばかり自由度は高いが...。


「ギぃッ!」


「ドウシマシタ?

ヤハリ唯のラクガキダッタヨウデスネ。」

黒く汚れたインクまみれの床に倒れ、血を流したドガが息を切らしている。


「オマえ...!

コんナ事、シてイイと思っテンのカ!?」


「〝神に仇なす行為〟トデモイイタゲダ。」


「ヴェぅウッ!!」


「知ったコトデハアリマセンヨ、元ヨリワタシハ、無神論者デスカラネ。」

道化は神に逆らっても従う事は無い

寧ろ信者を嘲笑うのか彼の生業だ。


「バチが当たレっ!」


「..シツコイデスネ。

信じテナイッテイッテイルデショウ?」

ドガの真上に身体を覆う程の大きな平手を描く。掌の影が大きな体躯にかかる。


「ヤハリお仕置きガヒツヨウデスネ!」

パブロが己の掌を振り上げ腕を振ると、描かれた平手が思い切りドガを叩く。ドガの身体は床にめり込み、平手と共に模様となった。


「暫くソコデ寝てイナサイ、ヨケイナ事ガデキナイヨウニネ。」

床を叩く大きな掌、これもまたアートだ。


「...従順な者を動かせるのはまた同じ従順なる者、上と下とはそういうものだ。しかし私は神であり始祖、平和で平等な世界線を望み創世したい。」

神の独り言、世界構築の思想を開拓前に確認しておく。卵は未だ、孵化しない。



「何なのよアンタッ!」


「言っただろ、修正屋だよ。」


「なんでもいいから潰れなさいっ!」

鎧を着た象が大きな脚を振り下ろす。スタンピングは床に衝撃を与え、浅いヒビを入れる。


「お前が聞いてきたんだろ。

.,いきなり襲ってくる奴があるかよ。」


「いいから潰れなさいっ!」

ムチのようにしなる鼻による攻撃。孵化して成長した生き物はここまで強力なのか、相手が象であれば仕方の無い事だが。


「なんなんだよその力は。」


「私の描いた鎧は動物を操るコントローラーになる、ペイントビーストテイマーとはアタシの事なのよ!」

動物に鎧を描き、着せる事で獰猛性を増した^武器となる。乗って操るも良し、指示を出して動かすも良しと扱いは自由自在。そのインクの効力は驚く程動物園と相性が良い。だからこそこの管轄は彼女に任された。


「聞いた事無ぇよ。

..まぁそれはお互い様だけどな。」

飄々とした態度は相手の怒りを増幅させる。

怒りはそのまま物理的な力となり攻めてくる


「ストンプスタンプ!」

大きな脚での容赦ない踏みつけ、隙が大きな分避けやすくはあるが当たれば一溜りも無い。


「技名かそれ?

初めて見たぜ、唱えて繰り出すやつ。..にしてもポップな名前だな、流行りのスイーツかよ」

難なく脚を避け宙に浮きながら軽い口調で話すように問いかける。


「何調子ぶっこいてんのよ!?

象の武器は脚だけじゃないわよっ!」

長い鼻が天を捉えて大きくしなる。自由の効かない空中でこれを避けるのは難しい。


「..さっき見たよ、象の武器は基本鼻だろ?」

手に握る槍のようなチューブの先端を象の頭に向け、狙いを定めるように構える。


「悪いけど、修正させて貰うぞ?」

先端の穴から水流が噴射する。直撃を受けた象の頭は水に濡れ、分厚く装着されていたインクの鎧を綺麗に剥がされた。


「な、何あれっ..⁉︎」


「修正液だよ、見りゃわかるだろ」


「わからないわよっ!」

修正屋と言うだけあってエモノは修正器、というよりは高圧水流を飛ばす射出機と言うべきだろうか。どちらにせよ発射されるのは修正液、インクを消す以外に余り害は無い。


「はっ、なによ!

インクが落ちただけじゃない、モトは全く傷付いてないわよ?」


「傷付ける仕様じゃねぇんだよ。

..それに加減はしてる、本息でやりゃそこそこ痛い筈だぞ。象相手にゃわかんねぇけどな」

あくまでも業務は汚れの修正、戦う為の武器じゃない。


「なぁんだ、ならやりたい放題じゃないっ!」

鎧を着せた動物たちを一斉に放つ。

陸海空と様々いる環境では、本来手も足も出すべきではない。取って喰われるのがオチだ


「..はぁ、あるんだよなぁ偶にこういう馬鹿。

手間を増やしてくれるなってのに。」

修正器を下げていたのとは逆側の腰から、折り畳まれた器具を取り出す。器具を手で動かし変形させると、先の少し角張った身長程のある長い棒へと組み変わる。


「..なにソレ?」


「棒だよ、見りゃわかるだろ。

修正液塗る棒だ、当たると痛いけどな。」

数が多ければ腕を増やせばいい。

邪魔な汚れは一掃する、それが仕事である。


「だから本来はな...こうして、塗ってから棒を振り回さないと意味がないんだよ」

先端から出した液を棒に塗り振り回す事で、空を舞う鎧を着た鳥を消滅させる。


「あ、ヨロイドリっ!」


「もっと名前考えてやれよ。

...掃除する俺の身にもなってくれ。」

消すならせめて、名のある汚れであれ

同じ汚れと区別はしないが心持ちが異なる。


「ところで料金だが、見た所払えなそうだな。

..その綺麗な玉で勘弁してやる。」


「はぁ? ふざけないでよっ!」


「汚したのはお前だ。

きっちり対価はいただくぜ?」


学校内階段下

 廊下に蔓延るラクガキの軍勢から身を隠しながら、コレオンは様子を伺っていた。


「消しても消しても湧いて来やがる。

..ここ何階だっけか、もうそれもわからねぇ」


「マズイぜ、敵はうじゃうじゃいやがる。

正面から突破するのは多分ムリだ!」


「……」


「……。」


「...お前だれ?」


「.....え?」

足下で同じ動きを取りつつ様子を伺っている長丸でくびれのある謎の生き物。まるで仲間のように振る舞っているが、いつから共にいたのだろうか。


「なんだその形、ひょうたんか?」


「瓢箪だと? オレの名はウリーボよ!

それよりどうする、あれだけの数の連中じゃマトモに相手するのはキツ過ぎるぜ?」


「それよりじゃねぇ、何勝手に濁してくれてんだ。お前は誰だって聞いてんだよ」


「オレの名はウリーボ!」


「名前じゃねぇよ!

素性を教えろって言ってんだウリ坊!」


「ウリ坊じゃない、ウリーボだ。」


「どっちでもいいわんな事!」

膝に頭が来るようなミニマムサイズの生き物が相棒を気取っているが、不思議とどこか憎めない愛嬌のある印象がある。役に立つ気は一切感じないが、離れろといっていなくなる程謙虚でも無いだろう。


「で、どうすんだあの集団?」


「正面からはムリなんだっけか、方法なんか知らねぇよ。ていうかここ何階だ」


「2階だな」


「また二階にいんのか!

いつになったら図書室に辿り着くんだ!?」

ラクガキを消して逃げてと動き回っていたら、同じ箇所をグルグルと巡っていた。


「目的地は3階の図書室だろ?

だとすりゃ廊下を突っ切るしかねぇな。」


「...おい、なんで目的地知ってんだ?」

レイサと酌み交わしたのみの目的地をウリの妖精が何故か知っている。感知能力が備わっているのだろうか、何か凄まじい能力を隠している可能性がある。


「背中にがっしりへばりついてたら小耳に挟んだ。あ、図書室行くんだ〜って」


「盗み聞きかよ、とんだウリだなっ!」


「ウリじゃない、ウリーボだ!」

早い段階で側にいたという訳だ、長らく見つからなかったのは特技といえよう。


「結局んところここ真っ直ぐに進まなけりゃ辿り着けねぇワケか。」

消しても溢れる無限地獄、いくら業者といえど消えない汚れを消すのは骨が折れる。


「俺に良い手があるぜ!

何でもいい、何かゴミを持ってねぇか?」


「ゴミ?」

周囲を探った。廊下や階段には見当たらず、身の回りを探り始める。


「...あった、これでいいか?」

ポケットの中に入っていた銀色の紙切れ、指でつまみウリーボに差し出す。


「ほう、ガムの包み紙か」


「捨てる為にとっといたんだけどな、結局ティッシュにくるんで捨てたから使わなかった」


「あるある〜! あるよね!

銀紙って良く残るんだよわかる〜っ!!」


「いいからさっさとやれ」


「はい...。」

デッキブラシで思い切り頭を叩いてタンコブをつくる。こっちだってこんなベタな事したくない、だが仕方がないのだ。


「んじゃあ、いっちょやるかっ!」

口をあんぐりと開け、銀紙を飲み込む。

すると喉から音が弾け幾つもの種が飛び出す


「うおっ、なんだコレ!?」


「まぁ見てろって。ほら〝芽吹く〟ぞ?」

飛び出した種は急速に成長し、見た事のある独特な形状を模していく。緑色をした成長体達は、不快な産声を一斉にあげ始める。


「ウィー..。」


「朝だー!」


「ヴァンブルディエ! ボンバイエ!」


「何だコイツら..。」

奇妙な小踊りをして騒ぐ連中に呆れを催すも期待は無く可愛げも無い。そして信頼も無ければ期待も無い、しかし何故か憎めない。


「フハハハ! どうだ!

ウリーボ軍団の誕生だ、心より頼れ!」


「沢山のお前じゃねぇか。」

頼りがいも無ければ期待も無い

とにかく期待が著しく無い。


「コレで何するつもりだよ?」


「まぁ見てろって。

ウリーボ共! 隊列を組め!」


「ウィー...」


「コケコッコー!」


「アルカトラズ! マザーテレサ!」

無数のウリが一つの列を為す。よく見ると先頭のウリのみ若干色が違う。


「進め! 荒波を掻き分けてっ!!」


『イエッサー!』

全員が一斉に敬礼し、全身し始めた。


「おいおい大丈夫なのか?

ただのウリだろアレ、別に強い連中じゃ..」


「フェロモン噴出!」


『はっ!』

コレオンの話を無視した指示で敬礼と共にフェロモンを噴出。廊下の真ん中でラクガキ達がウリに釘付けに、ウリ達がそのまま進行するとラクガキは共に連いていく。


「連中が消えてく、どういう事だ?」


「ウリーボフェロモンは特殊な匂いを発して気分を惑わせる。それが丁度ラクガキ共のインクにマッチしたんだろう。安心しろ、お前には影響を及ぼさねぇ筈だぜ」

片目を瞑り、親指をサムズアップさせているが〝折っていいよ〟の合図だろうか。


「さ、行こうぜ!

突っ切るって階段を登ったら直ぐだ!」


「...うざいけど、走り姿とか可愛いんだよな」

オリジナルの愛嬌は軍団の比じゃない。



「...うん、中々綺麗だな。

石の価値はまるでわからんが報酬は報酬だ、これ貰っとくぜ?」


「……。」「って聞いてねぇか、悪いな」

洗浄され、濡れた床で無様に伏している、女といえど多少の品を補って欲しいものだ。


「もう悪さすんなよ?

..ウチの仕事が増えるだけだからな」

戦利品は得たものの実質タダ働き、労力と照らし合わせると余りにも割に合わない。


「帰るか」

動物を見に来た訳では無いので、業務が終われば即刻帰る。振り返る事もなく颯爽と、でなければ体力が持たない。


「..まだ終わりじゃねぇぞ、クソボケ。」


「ん、何か言ったか?」

振り向いても何も無い。気になれば振り向く、そこにポリシーがある訳じゃない。


「あれ、アイツもういなくなったのか。

..逃げ足早い奴は器用だよな」

追いかけるつもりは無い、仮に居場所を知っていようと後は追わない。


「あ、あぁ..!」


「.....どうした坊主? 迷子か。」

膝をついて涙を流す少年、何かを訴えたいようだが怯えて声が出せていない。


「...あ、あぁ..!」


「大丈夫だ、心配すんな。

..もう皆暴れたりしねぇよ、檻の中だ」

安心しろと、頭を撫でる。

安寧は取り戻した、元の動物園に戻ったと。


「違うよ..後ろ...!」


「何、うし...」


『パースパース!』「なん、タコか⁉︎」

背後に巨大なタコの姿が。

気付いた頃には襲う寸前の状態だった


「離れろ坊主!」「あっ!」

少年を突き飛ばし、己だけ触手に捕らえられ自由を奪われる。


『パースパース!』


「コイツ、何処行くつもりだ?」

タコが目指す場所といえばただ一つ、水場だ。


『パース!』

スミを空虚に丸く吐く。奥行きがあり、中に入る事が出来る仕様となっているようだ。


『パース!』「うおっ..」

スミのワープホールを抜けて辿り着いたのは、インクの壁で周囲を煽られた閉鎖的な空間。


「ここは..学校か?」


『パース!』

大きなタコはフィクを触手に捕らえたまま、プールの中へ飛び込み水を得た。


「ガボガボガボガボ..!」

(こんなのアリか..? ムリが有り過ぎる..)

恐らくペイントのタコと水中戦。

こんな馬鹿げた話があっていいものだろうか


「ガボッ!」

(水の中じゃ修正液は滲んじまうな..。

だとすりゃどうすればいいのか?)

タコの吸盤は筋肉、下手に刺激して強く掴まれれば抜け出すは愚か潰されてしまう。


(かといってそのまま放置って訳にもいかなそうだしな...万事休すか。)


「ドドドドッ..!」(……ん?)

八方塞がりに諦めかけたそのとき、何かが近付く大きな足音が聞こえてくる。一つではない、二つ三つどころで無い無数の足音が響く。


「ウィー!」


「バイセコー!」


「プエルトリコ! エキゾチック!」

水の中から聞こえるのは窓の割れる音、それに次ぐ奇怪な幾つもの叫び声。


『パース!?』

声はタコに付着し、重なっていく。一つが上に乗る度に、フィクを捕らえる触手は緩み拘束を柔らかくしていく。


(なんだ、何が起きてる?)「プハッ!」

触手から身をほどき泳いで外に顔を出す。目に飛び込んで来たのは、タコを凌駕する衝撃。


「...なんだアリャ?」

ウリと歴史上の人物がタコの上に乗りプールに浮かんでいる。地獄絵図にしてはトリッキー過ぎる。共演にしては夢が無さすぎる。


「学校ってこんな場所だったのか?

..同級生にこんな奴らいなかったけどな。」

フィクがプールから上がった後もタコの上には人?が大量に乗ったままだ。


「丁度窓開いてるな、よっと。」

割られた窓に壁を伝って登りタコを眺める。どうやら重みで身動きが取れていないらしい


「..これは修正チャンスだな。

でもわからねぇ、何処までがヨゴレだ?」


「ウィー!」


「スパークリング!」


「ラスベガス! フェニックス!」

ウリ三匹が手を上げて整列しながらこちらを見て訴えかけている。


「お前らは違うのか、なら上がってこい。

...後は纏めて修正かけるぜ?」

フィク同様壁を伝いかなり気持ち悪い動きで二階の窓まで登り、縁に手を掛け格好付けながらタコを眺める。


「最大出力、消す量が多いからな。」

修正器を逆手に持ち標準を真下へ向ける。両手で絞り出すようにして強く握り、スプリンクラーの如くタコに目掛けてプール事白く塗り潰す。


「ウィー..」


「アイスバー。」


「ブラジル! ボロネーゼ!」

各々思う事があるようだが無理も無い。ひしめき合ってラクガキと重なっていたタコが一つに纏まって白く大きな塊となってプールと一体化している、衝撃すらも失せるだろう。


「たこ焼き...いや、焼き餅だな。」

行く末が皆関西風味だとは限らないのだ。


「..それにしても何が起きてんだ?

少し徘徊してみるか。」

異様な光景は校内から訪れた。だとすれば中に何かがあるのだろう、そう察した。


「お前らも来るか?

..ていうかわかんねぇから連いて来てくれ。」


「ウィー!」


「イエッサー!」


「エジプト! コーカサス!」

歓喜の頷き、彼らは頼られると百人力の強さを発揮する。...気がする。



「..何か騒がしいな、まぁいいか。

やっと辿り着いた訳だけど、待ったか?」


「まぁまぁ待ったわ!

児童本幾つ読んだかわかんないわよ」


「なんで児童本なんだよ。」

約束の地、図書室に漸く着いた両者はお互いの情報を交換するべく席について話していた。


「マァでも良かったじゃねぇか、こうして二人で再開できたんだからよ! ナァ?」


「……」


「……。」


「……え、誰?」

最早テンプレになるやもしれぬ、見ず知らずのウリを見れば誰でもそうなるに決まってる。


「ウリです。」


「あ、ウリね。成程」


「ウリじゃねぇ、ウリーボだ!」

ウリではある。但しウリーボでもある。


「それより何かわかった?」


「それよりって何だっ!」


「ああ、何となくな。

学校中をこんな風にしたのは、日渡って教師の仕業らしい。普段は大人しく控えめだったらしいが急に態度を変えたんだとさ」


「態度を変えた..成程ね。

その日渡って教師にペインターが近付いた訳なのね、余計な事するわまったく。」

線が繋がった。大元がペインターだとわかっていたが、ここまでの事をする理由が分からなかった。悪戯にしてはやり過ぎる、悪戯程度でここまでの事をする連中ではあるのだがそれにしては手間が掛かる行動だ。


「つまり日渡の弱みや何につけこんで利用してる訳か。酷いぜ、許せねぇ!」


「……」


「……」


「…クソッ!

このままじゃアイツ利用されて終わっちまう!

待ってろ、今助けてやるからなっ!」

ウリはタフな食感が売りである。

無視如きではめげない強みを持っている。


「なら消すべきは首謀者と利用者だな。

お前は首謀者を頼む、オレは利用者だ」


「...いや、ペインターは大丈夫だと思う。

もしかしたらもう、死んでるかも」


「死んでる?」 「なんだって!?」

遮られたといえど見たままを話した。ペインターが現れた事、そのペインターと言い争ったペインターがいた事。そのペインターが、一度会ったことのある人物だという事。


「アイツが...また出たのか⁉︎」


「..なんか、赤い玉を欲しがってたみたい。」

ドガが手に持っていた赤い玉、透き通る輝きの勾玉に近い色をした石に何か意味があるのだろうか?


「赤い玉...」


「何か知ってるのかウリーボ?」

顎に手を当てて真剣な顔で考えている。何処がアゴかなど気にするべき部分ではない筈だ。


「その玉...。

7つくらい集めれば願いとか叶いそうだな!」


「……」


「...くたばれ。」


「..え、今くたばれって言った?」

正式に言える、ウリーボはここでくたばっていい。いやくたばらないといけない。


「そういえばここに来る途中、教室の中に卵みたいなのが沢山あった。生徒は一人もいなかったがその代わりにそれがびっしり...」


「それがリミットよ。

多分時間が経ったら一斉に孵化して..そうなったら完全に支配が始まる!」

わかりやすい痕跡は予想しやすい未来を創る


「早く日渡を止めねぇと!」


「急ぎましょう、直ぐに奴を見つけて叩く!」

標的が完全に定まった。

後は討つだけ、探して止める。


「お、これはウリーボ軍団の出番かねぇ!?

いつでも出せますぜ旦那達?」


「……あ、頼むわ。」


「……何、そういうの出来んの?」


「..あれ、ちょっと予想外。」

思っていたよりの好感触に照れながら隊を編成する。軍団生成に限界は無い、その気になれば校内中をウリーボで埋め尽くす事だって出来る、ただし超キモい。


「よし、では紹介しよう!

まずはウリーボ調査隊、整列!」


「ハイヤー!」

探検服を着用し、双眼鏡を首に掛けた奇怪な集団が辺りを見渡して列を組んでいる。


「そして更なる細かい情報を伝える。

ウリーボ偵察隊!」


「キャッハー!!」

全身タイツのスパイ風の格好に身を包んだ隠密行動を得意とするウリーボ達、早速隙間から外へ飛び出し偵察に向かう。


「キャッハー!!」


「偵察のノリじゃねぇだろそれ。」


「そして最後に!

皆様をお守りする影の守護者!

ウリーボ防衛隊 (feat.オレ)!」


「防衛隊?」

二人の前に数本のウリ。そしてオリジナルのウリーボ、完全に邪魔である。


「進もうぜ相棒!」


『「どっちの事言ってんの!?」』


「あぁ?

そんなもんどっちもだコノヤロー!」

かくして始まったウリーボによる捜索、意外にも効率良く事は進み情報も着実に集まっていった。認めたくはないが、ウリも使いようというやつなのだろう。


「ウリー!」


「お、偵察隊から情報が入った。

....そうなのか、あの教室の卵は正式には繭らしい。中には生徒が入っていて、生誕の刻を迎えると新たな姿で生まれ変わるらしい。」

電子機器に送られてきた画像と文言を読みながら説明する、さながら隊長のようだ。


「へぇ、そこまでわかるのね!」


「てかスマホ持ってんのか、お前ら。」


「当たりめぇだろ! ウリップル製だ!」


「何処だそれ、聞いた事無ぇぞ。」

〝uriple社〟から製造された最新モデル、どんな障害物があろうと電波を受信する優れ物でなんといっても凄まじく軽い。軽量化を超えた軽さ、最早持っている感覚は無いに等しい


「新たな姿っていうのは何でしょうね?

..まさか化け物に変わるとか。」


「さぁな。

それはわからねぇが、危険な事は確かだ。後は奴の居場所さえわかればいいんだが...」


「ウリー!」「お、電報だ!」


「それ着信音か?」

送られて来たメッセージを確認する。

するとそこには一言『体育館』の文字が。


「体育館..!

奴の根城は体育館だ、皆行くぞ!」

防衛隊が一斉に駆け出す。


「ついてこい相棒!

オレ達の進む道に、奴はいる!」


「…頼りにはマジでなるな。」


「……隊長。」


「ウソだろ、隊長って呼んでる..」

瓜あるところに希望あり、ひと知れず語られてきた言葉である。知らない者も多いだろう、彼らはこれを敢えて公に語らずして日常に溶け込んでいたのだ。気付いた者だけでいい、知られた者だけにでもいいと密かに世界を動かしていたのは、いつも彼らウリだったのだ。


「はうっ!」


「ははぁっ!」


「ボ、ボンジュールッ..!」


「..おい、どうした?

突然立ち止まって、何か見つけたのか。」

フィクと行動を共にするウリ達にも影響を与えていた。廊下で突然立ち止まり、足先をピンと立て何かと交信をするように手を上にあげている。


「伝わる..!」


「情報がっ...!」


「アニョーハセヨ〜....!」


「……終わるまで待ってるぞ?」

おかしな動きをするおかしな連中を放ってはおけず側で見守る事にした。けなげなどではない、放置しても野放しにしても面倒な事が起きる想像しか出来ないからだ。


「はぁっ!」


「キターッ!!」


「ボーノ! ボーノー!!」


「..おい、なんなんだソレ。」

三体のウリが宙へ浮き、回転しながら一つのウリになる。見た目の変化は余り無い、色が少し濃くなった程度で数が束ねられただけだ。


「……。」


「どうした、大丈夫か?」


「体育館。」「何?」

ボソリと何かを呟いた。


「体育館へ向かえ。」


「..体育館に行けばいいんだな?」


「左様。」


「わかった、体育館行くぞ。」


「御意。」

訂正が一つ、彼はけなげで素直な良い奴だ。



光あるところに影あり。

真っ暗な部屋では、別の動きが当然生じる。光が無ければ、闇の動きは生まれない。


「...ジャナティエか、失敗したな。」


「失敗?

 冗談でしょ、ちゃんと持って帰ってきたわ」

手元に光る青い玉、暗い場所では一層輝く。


「奪い取られたように見えたが?」


「あれはレプリカ。偽物掴ませてやったわ。」


「気付いて逆上という可能性はないか?」


「それも想定済み。しつこくて面倒なタコの絵を描いてやったから、暫くキツいわよ〜?」

姑息に姑息を重ねトンズラをこいた。

彼女の言った〝美しさ〟は何処に行ったのか。


「..まぁいい、これでまた一歩近付いた。」


「フフッ、そうね。」

暗躍は闇の中にこそ存在する。


「それよりドガの奴はどうした?」


「知らないわよあんなヤツ、またどっかで道草頬張ってんじゃないの?」


「...フン、どうなるかは奴次第だ。」

光とも繋がる男は表情を見せない、賞賛も批判も彼にとっては同じ事。皆平等に言葉という一カテゴリーに過ぎない。


「さぁ、創作を続けよう。」



「させるかよ旦那!」


「..何だ貴様は。」

ウリが指差す先には創設者気取りの新校長もどき、まさかウリに居場所を特定されるとは。


「ウリーボとその仲間たちだ!」


「違う!」


「旦那ってなんだよ、ていうか本当に体育館で当たってたんだな。」

集う調査隊、そして街のお掃除屋さん。

目的は肩書き通り校内のお掃除だ。


「なんだそれは?」


「ん、これか?

見りゃわかんだろ、ブラシだよ」

コレオンの握る大きな棒を指差し聞くが言わずもがな清掃道具だ。しかし言わなければわからなかったようだ、変わった男である。


「ブラシ..!! ブラシだって!?

まさかそれで落とすつもりなのか、私の創りし新しい安らぎの世界を!」


「..そのつもりだけど、それがどうした。」

滑稽だと笑い上げる様は神のそれであり権化、創造主ともなれば汲む必要すらないようだ。


「無駄なんだよ! もう手遅れだ!

..見ろ、生誕の刻だ。」

指差す大きなモニターに、一つの教室が映し出されている。教室内では机に植え付けられた繭が次々とひび割れ、孵化していく様子が伺える。


「フフフフフ..アハハハハハハッ!!

産まれる、誕生するぞ! 我が生徒達が!」


「気を引き締めろ、テメェらァッ!」


➖➖➖➖➖➖➖➖


エキドナ高校 2年B組


「起立、礼!」


「先生、おはようございます!」


「うむ、おはようみんな!」

爽やかな挨拶と共に、教師と生徒が顔を合わせて一日の始まりを確認し合う。


「では教科書を開いて、今日は...」


「応仁の乱からですよね!

もうそのページを開いています!」


「あっはは、そうかぁ〜!

お前たちは準備が良いよなぁ。」


「先生が忘れてるだけですよ?」


「あ、そうか!」


『「アッハハハハハハ!!」』

朗らかな笑い声に包まれた優しい教室。そんな教師と生徒のやりとりを、廊下から笑顔で眺める校長の姿...。


➖➖➖➖➖➖➖➖


「あぁ..幸せとはこういう感覚なのだな...。」


「満足しマシタカ?」


「いや、まだだ...。

これからだろう、夢の実現は....。」

長年見た夢の続きを、見ずにして何を欲すると言うのか。他に欲しいものなど何も無い。


「ソウデスカ..。

デスガ残念、ジカン切れデス」


アブソリュートの頭上に鼻提灯のように風船が膨らんでいる。頭の中の構想を、つまんで拡げて手描きて再現し映像化させたものだ。


「時間切れ?

...どういう意味だ。」


「コウイウ事デス!」

針の先端で、風船を割る。

大きな音を立てて弾けた風船は、包んでいた夢や想いを破裂と共に崩壊させる。男の夢は、僅かばかりの空想で事切れた。


「...なん、どういう事だ!?

私の夢は...新しい生徒や教師は何処だっ!」


「申し訳ゴザイマセン。アナタノ頭ヲ模写シナケレバナラナカッタノデ、サンプルハ画面の中の映像カラハイシャクシマシタ。」


「はっ!」


『テトラポットの表面積を求めなさい!』


『黒船で日本へ!』


『はらぺこミドリムシ。』


『トランプしながらメシ食いたい..』


「随分とカタヨッタ仕様にナッテマスガネ!」


「う....うあああぁっー!!」

人体模型が織りなす授業をラクガキ偉人が受けている。これをベースに良く描き仕上げられたものである、賞賛に値する才能だ。


「ちょっとやり過ぎじゃねぇか?」


「..同感だ。」


「ハテ、ソウデスカ?

コノクライ気に留メルホドデハアリマセンヨ」

顎に指を当てて戯けてみせた。

流石は道化師、揶揄には頃合いだと使い捨ててはまた次の玩具を探す。


「ていうかお前誰だよ!」


「...オレはフィク。

修正屋をやって..言ってもわからねぇか」


「言えよ! わかってるから!

ようアレだろ、同業者かなんかだろ?」


「..わかってんじゃねぇか。」


「だから言っただろ!

それよりもお前! どっから出てきたっ!」

怒号に次ぐ怒号、相手を変えて次々と。

このまま全員に回っていくのだろうか?


「騒がシイ人デスネ、ドコカラデモアリマセンヨ。..出処ヲ簡単に教エルト思イマス?」


「お前、敵を増やしたいのかよ..!」


「元々ドチラノオナカマデモアリマセンヨ?」

 両者犬猿の如くバチバチの様子で歪み合いは長く続きそうだ。仲間割れと言いたいが、そんな意識は毛頭無いらしい。


「もぅ..そんな事より、アイツいいの?」


「あん!?」「ナンデス⁉︎」


「……。」

小煩い喧嘩をしている向こう側で床に膝を突き生気を失った日渡の姿が。アブソリュートの装飾は半分剥がれ、名残り程度に身体に辛うじて張り付いているようだ。


「..大丈夫なのか、あれ。

完全に希望を無くした顔をしているぞ」


「アレガ夢ノ果テデスヨ。

叶ウ瞬間ナド、一刻ノモノデス」

硬く乾ききった姿は、まるで生涯を終えた樹木のようだ。見るに耐えない、視界に入れず目を背けるべきか? いや...。


「..カラダの汚れ、落としてやるか。

手伝ってくれ、修正屋。」


「はいよ、何でも落としてやりまっせ..。」

道具を持ち日渡に近付く、二人は唯の掃除屋。

気配を探る力など持ち合わせていない。


「...マズイ。二人トモ、離れナサイッ!!」


「あん?」「どうしたんだ急に?」


「イイカラ離レロト言ッテイルンダッ!」

掌から延ばしたインクのロープで二人を囲い、力一杯引っ張り上げる。咄嗟の行動に受け身を取る事も出来ず、捕られられた掃除屋たちは勢いのまま離れた床に打ちつけられた。


「テメェ何しやがんだっ!」


「本っ..当に限度を知らない奴みたいだな。」


「..オマエ、マダ動けタカ...!」

日渡の背後の床、美術室から黒く穴を開け脚の長い民族仮面が登場する。


「びっクリしタ?

穴ぬケ、びっクリしタでショ?」


「アイツ...美術室にいたペインター!」


「なんだアイツ..!?」


「そうか、アレから俺達を遠ざける為に..」


「ドガ...!」


「ばバーンっ!

ドガだヨ、ボくドガだヨ。」

人を食ったような掴み所の無い態度、大きな掌を拡げたパントマイムがより不快を煽る。


「隊長〜..なんだかアイツ、凄っげぇっヤ〜なカンジがするぜぇ〜..?」


「何を恐れているニガウリ特攻二等兵!

よし! ここはひとまず..,!!」

体育館の隅に駆け、うつ伏せになって床と一体化して止まる。


「……死んだフリだ!」


「隊長..!

皆んなぁ〜! 死んだフリだー!!」


『オー!!』

一斉に隅に向かい、うつ伏せに。

体育館の一部に軽いウリ畑が出来た。


「..何をしてんだアイツら。」


「……夢、砕けタ?」


「……。」

返事が無い、既に放心状態のようだ。


「そッカ、砕けチャったカ。」

膝を下ろし背後から抱くように左手を顎に、右手を左のこめかみに添える。


「だっタラ、いっそノ事ゼンブ壊しチャエ!」

添えた手に力を込め、日渡の首をへし折る。


「ひっ..!」


「アイツ、平気で殺しやがった..!」


「..用済みってワケか。」


「イイエ、彼を〝コレカラ使ウ〟ンデスヨ」


「……あぁっ..!」

折られて宙ぶらりんになった首筋に切れ込みが入り、赤い液体が噴水の如く大量に溢れ出す。生臭くはない、確実に血液では無い何か。


「..何だコレ?」


「塗料の暴走。宿主を失ったインク達が溢れ出して、逆に主格になろうとしているのよ」


「ホウ、ご存知ナノデスネ。お嬢サン」


「おばあちゃんに散々本を読まされた。

..今はもうその本無いけど。」

祖母の葬式の際に棺桶に共に入れろと、形として残る物はほぼ処分した。代わりに書物の内容は、全てレイサが記憶している。


「だから形見といったらそのブラシくらいよ」


「これがか..。

ていうかそんなもん平気で渡していいのか?」


「アナタに渡せって言われたのよ元々。」

孫娘では無く街の業者を最後に選んだ、結局形として残る物は手元に何も無い訳だ。


「だから大事に使いなさい。」


「...なんか、面倒なもん受け取っちまったな」


「思イ出バナシハ終ワリマシタカ?

..コノ瞬間ガ最後にナルカモシレマセンヨ。」


「あぁぁぁっ...!!」

赤い液体は学校中のインクを呼び、集め一つに纏めていく。隆々ザビエル、ハーレー信長、それらが総て赤色に。


「赤は後悔のアカ!

夢をミタ後悔? 破レタ後悔? 叶エタ後悔?

かんジョウは色とナリ、形とナル。

教えてクレ、君ノかんジョウは...なにイロ?」


「なんだよアレ..本当に人か?」


「..これを消せって言うのか、キツイぜ。」


「後悔の色、私の色は...」


「ハァ! 死んだふり死んだフリ!」


赤い後悔は化身となり、凄まじい巨躯を誇る怪物となった。顔は重厚な金属のヘルメットで覆われ、胸には肩と腹をクロス状に拘束した鎖付きの大きく丸い錠が付いている。


「夢ヲ見、叶エル事モ諦メル事もデキナカッタ末にミズカラノ心トカラダヲ無理矢理拘束サセタ姿、アワレナモノデスネ..。」


「..夢の果て、ってやつか。」

彼に最早夢は無い。感情や理性すらも捨て、見境無く見えた物を殴り潰すだけの存在。


「彼に手加減ハイリマセン、ムシロ油断シタ者カラ死ンデイクデショウネ。」


「よっしゃ行くぞ修正屋っ!」


「いっちょやってやりますかね。」

各々エモノを構え消しにかかる、恐れはいらない。脚を止めればそれは死に直結する。


「うッソ! 自分カラ死にニイク?

ばッカだネ! あイツ誰だカわかっテル?

どんなヤツでも見境ナシに平気で殴ッテ...」

ドガの頭上に大きな影がよぎる。


「……エ? ぎゃふンッ!」

化身のお眼鏡に叶ったようだ。長い脚が蟲のように無様に痙攣している、正に虫の息だ。


「フフッ!

アナタも例外デハナイトイウ事デスネ?」

拳の外れた床は指の形で深く抉れ、窪みに潰れたドガがおかしな格好で倒れている。


「酷っどいわね...」


「ソウデスカ? 面白イデショウ?」

瀕死の様を見てクスクスと笑っている。余程彼の事が嫌いなのか単に趣味が悪いのか、どちらにせよ善人では無いだろう。


「いテテ..あーいタイ。

いろンナとコロが折れテる...ナっ!」

真横に曲がった首を唯一無傷で残った右腕で修正し、表情のわからない顔で溜息を吐く。


「ウソでしょ...まだ生きてるの!?」


「流石はバケモノ、シブトイデスネェ。」


「ボク帰るネ、これジャ痛すギル。じゃネ」

おかしな動きで他の部位の関節をかろうじて直すと、壁に作った扉を開けて出ていった。


「..なんなの、アイツ?」


「伝わラナイト思イマスガ、アアイウ奴デス」

言葉は不要、変わったやつだという事だ。


「そっちばっか見てんじゃねえっ!」


「相手は俺たちだぞ、忘れたか?」

ドガの様をゆったりと見ているうちに、化身の半身には掃除屋達が登っていた。


「……!」

気がついた化身が脚を振り上げると、いとも簡単に弾き飛ばされてしまう。不意を突く前に宣言すれば当然警戒する、理性や感情が無くとも反射的にそうするだろう。


「くっ、ダメか..!」


「仕方ねぇ、最新式を使うか。」


「最新式?」

槍状の修正器の先端に、ハンマーヘッドシャークの頭が取り付けられる。形状の同じ部品がこの世にあったとは、驚きだ。


「なんだソレ、掃除機か?」


「吸引力は強で安定だ、行くぞ。」

再び駆け寄る二人の掃除屋、諦めは悪い方だ。


「...サテ、ワタシも還ルトシマショウカネ。」


「帰るって何処によ?」

戦闘に参加しようとせず、ただ傍観していただけのパブロをレイサは常に警戒していた。


「デスカラ、出処ハ云イマセンヨ?

..イッタトコロデ、何も変ワリマセンシネ。」


「変わらないって何がよ」


「オット、正確にハ〝現時点〟デハ。

トイウ事にナリマスガネ..」


「現時点では..。」

含みの有る言い方、揶揄っているようなふざけた振る舞いには余り見えない。遠回しに、レイサに何かを伝えようとしているのか?


「コノお遊ビに上手くシュウシュウガ付イタラ、彼ラヲ導イテアゲテクダサイ。」


「導く..って一体何処に...。」


「シツモンガ多イデスネ..。

アナタナラ知ッテイルハズデス、休息ノ地。」


「休息の...地..!」


「ヤハリ知っテイマシタカ、アノカタモ抜カリハ無イ。デハ頼ミマシタヨ?

彼ラノ力は今後役にタチソウナノデ。」

例のマークを空間に貼り、生み出したワープホールに脚をかける。


「当然、アナタノチカラもネ。」

気持ちの悪い気遣いの言葉を残しつつ、穴へと潜り姿を消した。彼もまた〝こういう奴〟と呼べる類の男といえる。


「やる事が増えたわね。

取り敢えず先ずは...アイツをどうするか」


「らぁっ!」


「そのまま攻めな、補助はしてやる。」

剛腕の拳を避けながらブラシを槌として叩くと微動だにしない。補助といいつつフィクの方は吸引性を帯びた風を遠くから吹かすのみで決定打に欠ける振る舞い、勝機など有るのだろうか? 現状はまるで見えない。


「おい、何してんだお前⁉︎

脚にそよ風当てたってコイツの武器は拳だろ、ずっと死と隣り合わせなんですけどっ!」


「..体勢崩して転ばそうとしてるんだけど上手い事いかねぇんだよなぁ、難しいのか?」

体幹はビクともしていないが、脚部は僅かに揺れている。意味が無い訳では無さそうだ。


「それならそうと早く言えっての!

控えめだけど充分喰らうだろ?」

化身の腕をバネに跳び上がり、腹部を目掛けてデッキブラシを逆手に構える。


「空中ハーフバーストッ!!」

斜め上空中から、容量一杯から半分の洗剤をチャージした中撃砲。


「……!」


「..結構やるな、そのままいくぜ?」

砲撃が腹に直撃した事で体幹がよろめき、脚部への送風も相まって化身の体勢は不安定に。


「おら、仕上げだ。」

フィクが魚を釣り上げるように修正器を振り上げると、風は化身の脚を掴み転げさせる。


「一気に畳み掛けるぞ!」

空から床に足を着き、そのままの勢いで倒れる化身に近付くと表面を引っ掻くように何度もブラシで擦り出す。


「..何をやってんだ?」

化身は悶えているが、この程度の打撃では多少痛みを帯びる程度で消すには至らない。策無しで挑むには余りに無謀過ぎる。


「よし、溜まった!

覚悟しろよ後悔巨人、消し潰してやるからよ」

空中で使用した洗剤の分を化身の表面からこそぎ落とした汚れで返還し、胸を足蹴に持ち手の先端を中心に突き立てる。


「万全な体勢でってワケか、成程な。」

チャージを開始する、最大砲撃の合図だ。


「……!」


「文句言っても終わりだラクガキ!

全身で受け止めろ、フル....バーストッ!!」


「……!!」

距離を取らずに眼前で放たれる、汚れを落とす怒涛の一撃。大きさ強さを区別せず、落書きという汚れを一掃して無き物にする。


「..〝どれほど上手く描けようが場所を間違え

れば総て迷惑の産物〟おばあちゃん、やっぱりアイツに渡して正解だったかもね。」

赤い後悔は白く染まり、跡形も無く夢は砕かれた。形無き物を形とすれば、いずれ壊れる刻が来る。それが遅い刻か早い刻か、ただそれだけの事だ。


「ふっ..はっ! どうだ..!

これで文句ないだろ、しっかり消してやった!」


「..誰も文句なんて言ってねぇよ。」


「....はっ! 勝ったぞ!

皆の者、我々は生きてるぞ! ウリーッ‼︎」

辺りには多少漏れた修正液や洗剤が流れているが、難が去っても校内の雰囲気は余り変わらず。平和というのは元々そういうものだ、何も変わらない日常を唯生きている。


「ったく、手間掛けさせるよな〜。

世界を救う勇者じゃねぇってんだよオレは!」


「違うのか?」「違ぇよ!」


「だったら気をつけた方がいいぞ?

..お前の後ろ、魔王がいる。」


「……!」

僅かに残った破片から、化身のカラダが再生していく。洗剤を帯びているからなのか、表面は少し白い。


「ウソだろ..まだ生きてんのかよ。」


「もう中身カラよ?

フルバースト撃てないじゃない..!」


「ブルバースト?

...さっきのスッゲェ砲撃の事か?」

死んだフリをしていてもわかる奥の手を、二度は続けて放てない。しかし化身はそこに居る、怒りを増して更に強靭となり...。


『憎い...赦せない..!!

だけど夢はもう..トウに壊れた...!』


「喋ってるのか..?

お前もしかして、日渡なのか!?」

理性は無いが感情が溢れる、形を溶かした日渡の姿がそこにあった。絶望を超えた非難、自暴自棄はその身すらも滅ぼした。


『壊れたナラ...全部、イラナイ。

皆一緒に..ブチ壊れロッ...!!』


「..なんだ?」

日渡の身体が白く光り出す。眩しく鋭い白光は視界を阻害し、強く放たれる。


『壊レロッ...!!』


「...待てよ、全部壊すって事は..」


「もしかして、自爆ッ..‼︎」

夢見た学校という城諸共に、己を終わらせるつもりだ。これが彼の夢の果てらしい。


「そこまでするのかよ、日渡!」


「どうすんだ?

このままじゃ俺たち全員吹っ飛ぶぞ。」

最早成す術無し、業者といえど爆発による破壊は落とせない。ましてやブラシや修正器では太刀打ち出来る筈も無い。


「あたし達、終わりなの..?」

諦めかけたのならまだ希望は有る、しかし完全に諦めては救出は不可能だ。


「前を向け隊員達よ!

見えるか、あの大きな標的がっ!」


『「ウリー‼︎」』


「ウリ公下がれ! 何ふざけてる!?」


「下がれだと? 正気かよ相棒。

舐めてもらっちゃ困るぜ、なぁお前らっ!」


『「ウリー‼︎」』

敬礼し、整列する軍団達。

指揮官は当然ウリーボ、対するは化身日渡。


「これより隊員に、最後の命令を発する!

覚悟のある奴はついてこい。オレの元へな!」


『「ウリー!!」』


「..おい、お前何するつもりだよ?

まさか..アイツと戦うんじゃねぇだろうな。」


「そのマサカよ!

オレ達は..お前らをサポートするバディだぜ?」


『「はぁっ!」』


「はぁっ!」

カラダを拡げ、平たいガムのように漂いながら一枚一枚が化身に張り付いて光を抑えていく。


「離れろ相棒! ソイツら連れてな!」


「何してんだウリーボ!

お前そのままどうなっちまうんだっ!」


「..ヤボな事聞くなよ。オレはなぁ!

元々生徒のガキが描いた落書きなんだ!

それがここまでやってんだ、文句言うなっ!」


日渡が姿を変えるとき、ウリーボだけは中に取り込まれず吸収されなかった。それは、書かれた後に個として感情を得たからだ。


「…何を、している..! 離レロ...‼︎」


「へへ、忠告どうも。心配してくれんのか?

礼といっちゃあナンだが、この学校を残してやるぜ。オレも此処が好きだからよ!」

規模は小さく体育館に留まる。

夢は小さく、気付かれず密かに散っていく。僅かな心と幾つもの瓜と共に...。


「ウリーボ!」


「じゃあな、相棒。早く行け!」


『「ウリーッ‼︎」』


「ハヤク!」


「ソイツを..!」


「ツレテイケッ...!!」


「..お前達。

行くぞ、入り口へ走れっ!」

コレオンの腕を引っ張り、フィクが走る。その後をレイサが追いかける。


「おい、離せ! ウリーボがっ!」


「うるせぇ黙って走れ。

..業者なら、目の前の絵くらい消してやれ。」


「……アイツは落書き。どんな形でもね」

皆平等、特別は無い


『離レロッ..離れろっ!!』

扉が閉まる。

閉じる寸前のフィクの目は、しっかり中を見つめ一度も逸らす事は無かった。


「...有難うな。

お前らのお陰で、オレはいい夢が見れたぜ。」


瓜達の最後の言葉は、伝わらず爆音が隠した。

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