第2話 塗る者と塗らざる者

 マガイモノタウン駅前

 様々な飲食店や雑貨屋を豊富に取り揃えた若者集まる社交場だが、集うのは良識ある者ばかりでは無い。地元のヤンチャ坊主やゴロツキ、いわゆる〝イカツい〟と称される連中も度々訪れる。特に夜中は奴等の主戦場、夜の月と共に駅前の景色はインクに汚される。


「描こうぜイラスト♪ 彩るぜ毎日♪

オレはお前はハイセンス♪

街を歓ばす....アーティストッ!!」


スプレーインクを噴射させながら回転し、己の芸術を所構わず表現する。壁や床、描ける所はどこでもキャンパス、夢は無限大。


「よぉ、楽しんでるか兄弟?」


「あたぼうよ!」


「今日はいい夜だな!」

ラクガキパーティ、描ければ気分が爽快らしい。好き勝手に彩を付けていく、ネズミの絵など薄れる程に。


「ホント、イイ夜デスネェ...。

ソノ調子でドンドン描イテシマイナサイ」

掌で大きくインクを生成し、フリスビーのようにして駅前の入り口に投げる。フリスビーは弾けると色彩豊かな薄い壁となり、入口を封鎖した。


「街と駅前ノ境を閉ザシマシタ、マダソチラノ〝段階〟デハアリマセンカラネ。」

汚すのは駅前のみ、欲を張る必要は無い。


「...ホームモ潰しテオキマショウカ。」

駅のホームにも同様にインクの壁を生成、今回の目的はあくまでも駅前に留まる。


「..マ、コンナモノデショウ?」

ビルの先端に優雅に座り、紅茶を飲みながらラクガキ鑑賞。パブロの癒しのひと時である


「インクリーチャー? 何だそれ?」

走りながら次々と湧いて出る動くラクガキを掃除しながらレイサの話に耳を寄せる。


「今掃除してるのがそう、特別なインクで描かれたモンスター達の総称!

おばぁちゃんはコレが出てくる事を随分前から悟ってたみたいなの、だからそれを託した」


「前から悟ってた? これをか?

だからって何でオレに託したんだ?」


『グルォォッ!!』

正面から獣のラクガキが牙を剥く。コレオンは容赦なく首を跳ね飛ばすと再び走り出す。


「うわぁ、キモォ..。」

身体だけになった獣はバタバタと脚を振るわせコンクリの床で暴れている。


「オレがラクガキを消してたからか?」


「..だろうね、適任だと思ったんでしょ。」


「ただの業者だぞ、オレは」


「消せないよりはマシでしょ?」


「……」

確かに洗剤を買いに行く度行いを褒めてくれていた。笑顔や言葉に嘘は無い、託した意味にも理由にも嘘は無いと信じたい。


「違げぇ無ぇかもな。」


『ピギーッ!!』「くるわよ!」

バジリスクの群れの一斉突進。

最早避けるなど無駄な動き、一気に片付ける


「うぅらぁっ!」

デッキブラシを手放し思いきり投げる。凄まじい速さで列をなし攻め入るバジリスクは速さが勝り投げ飛ばされるデッキブラシを咄嗟に避ける事が出来ず、胴体のインクを落としてしまう。戻らないブーメランブラシ、大量のバジリスクが洗剤に還元される。


「はやくキャッチしなさいよ!

何処かに飛んでいっちゃうでしょ!」


「わかってるよ!」

放り投げたデッキブラシを追いかける、見えなくなる前に追いつかなければ。


「はい、キャッチ!」「良かった..!」

狭い通路から開きに出たところで見事キャッチ、なんとか手元に戻す事が出来た。


「何アレ?」


「...アイツら、いつものヤンチャ坊主達。」

中心の噴水広場で暴れている三人組、駅前をナワバリとしているよく見る連中だ。


「知り合いなの?」


「ああ、ここらへんでよくハシャイでる奴等だよ。..でも何かいつもより様子がヘンだな」

 風貌はいつもと同じBボーイ系だが、目元に趣味の悪いマスクを着けている。心無しかいつもよりハシャぎが強い感じもする。


「オラオラどんどん描け!

夜が明けるのは早いぞテメェら!」


「わかってるよぉっ!」

スプレーで描いた絵が次々と動き出していく

さっき見たバジリスクもそこにいた。


「コイツらが作り出していたのね」


「そうか..コイツらだったのか。

今まで駅にラクガキしてたのは!」


「..気付かなかったの?

まぁどちらにせよ厄介者よ。」

あの三人をどうにかすれば、暴動は止まる。

間違いなく無視は出来ない対象だろう。


「..あぁ? 誰だテメェら?」


「ん、なんだ客かよ?」


「オレらの絵が見たいんだよな!」

人を見て反応を示す辺り自我はあるようだ。

立ち向かうべき相手ならば先に話し掛けてきたのは好都合、あとはどうにかするだけだ。


「アンタたち、迷惑かけてるのわからない?

汚いラクガキ描くのやめた方がいいわよ」


「汚ねぇラクガキだと?

まだオレの絵の素晴らしさがわかってねぇみてぇだな、それは恥ずかしい事だぜ!」

自画自賛は無敵、何をいっても耳にすら入らない。一番のファンは自分であり鑑賞者は二の次、自分の為の絵は非常に描きやすい。


「そらそら!」

絵を描く度にボルテージは上がる、止まるどころかエスカレートしていくのが若者の性。


「お前そんな能力あったか?」


「能力じゃねぇ、才能だ!!

俺たちは三人一つのアーティスト、絵を描きゃそれで大感動よ!」


「オレたち天才!」


「ギャハハハ!」


「三人一つ...。」

個々で光るというよりは複数で華を添えていくタイプらしいが、果たして一人ではどれ程の力が発揮されるのだろうか?


「見せて貰おうかしら!」

好奇心を働かせた洗剤屋の孫娘は手を出さずにはいられない。人を突き動かすのは思い付きの簡単な発想力だ。


「蜘蛛の洗剤スパイダーデタージェント!!」


蜘蛛の糸状に伸びた洗剤の鎖が三人のうちの二人を捕らえる。


「何だコレ、外せ!」


「動けねぇ..邪魔なヒモ!」


「これで動けないでしょ?」

二人を拘束している鎖をもう一本作り適当な方角に投げる。アーチ状に突き刺さった鎖はまるで駅前に掛かった橋のようだ。


「てめぇ相棒達に何しやがる!」


「..本当に何するつもりなんだ?」


「三人を離すのよ、一人じゃ何も出来ないみたいだからアナタでも安心でしょ?」

戦力を分散させて戦いやすい環境を作ると簡潔に言えばいいものを、皮肉たっぷりの遠回しに言う感じから察するに酷く舐めている。


「じゃ私は行くけど、気をつけなさいよ?

..まぁいざとなれば〝奥の手〟もあるし。」


「奥の手? 何だよそれ、オイ!」

アーチの鎖に身を任せ何処かへ消えていく。


「JPくん!」


「オレらどこいくの!?」


「アルゴラ! ラデュー!」

二人のゴロツキは共に橋を渡る事になったが行き先はレイサにしかわからない。下手をすれば、レイサにすらわからない。


「使い方くらい教えろよな..ったく。」


「お前は居残りか?」


「だったらなんだよ。」

睨み合う一対一の構図、確かにこっちの方がやり易い。一人を止めればそれで終わりだ。


「俺の絵をそんなに見たいか?

いいだろう、見せてやるよ俺の芸術をっ!!」

スプレーでさらさらと空に描く。

描き慣れているせいか下手では無いのが腹の立つポイントだが、そんな事は関係ない。上手い絵でもラクガキはラクガキ、消すに限る。


『グルアァッ!!』


「見ろ、JP様直筆スカイタイガー!!

空を疾るトラなんて初めてだろ、おい!?」


「知るか!」

牙を剥こうが腕を伸ばそうがデッキブラシを振りさえすればインクは落ちる。インクが落ちれば洗剤が溜まり、より簡単に落ちる。


「走ってようが飛んでようがトラはトラ..。

動いてようが止まってようが落書きは落書き」


「まだ俺の芸術がわかんねぇか?

..ならよぉ、納得いくまで見て回れやっ!!」

無数の形のラクガキがJPを取り囲見み、こちらを睨む。空を飛ぶ者、地を駆ける者。


「一つ残らず消してやる...!」



未知の世界は恐れの入り口。

把握出来れば主戦場


「よっ..と。ここは、やっぱりだ。あると思ったんだ小さい通路の細道が」

駅前の建物の裏に隠れた第二の街、細過ぎる程狭い通りだが幾つか店があり〝裏駅前〟と

一部で呼ばれる隠れ家スポットである。


「ここなら目立たず戦える。ごちゃごちゃしたのあんまり好きじゃないのよね」

ロープのようにして移動手段に使用したアーチ状に延びる洗剤の橋を、容器に戻し蓋をする。幾つも並んで腰に下げた筒状の容器の中には様々な用途の潜在が入っている。


「さぁもう自由よ!

それとも手を上げて降参する?」


「ふざけてんじゃねぇぞ..!」


「好き勝手にさせるかよっ!」

チンピラは挑発すれば乗ってくる。口車に乗るのは物理的に派手な奴、偏見だが読みは上手く当たったようだ。


「そう..なら来なさいよ、狭い道だけどハマれば随分楽しそうなところだからっ!!」


両手に洗剤の筒を握りしめる。

洗剤の役割は汚れを消す事、挑発したのは相手の起動を促す為だ。


「お前はもうオレ達のテリトリーの中だ!」

通路に連なる店や壁にインクがべったりと浮かび上がり、長い一本道になる。


「..え、どういう事!?」


「この道を知らねぇと思ってたか?

甘ぇんだよインドア派のクソガキが!」


「裏駅前は駅前よりもオレたちの庭!

余り出歩かねぇ奴にはわかんねぇだろうな。」

レイサ以前にあらかじめ既に塗装済み。導いたのは洗剤屋では無く落書き屋、当然不利なのはレイサの方だ。


「左右を固めてどうするつもり?」


「左右だけだと思ってんのか、正面もだ!」

手元に拳銃、飛び出す銃弾。

ラクガキにしては出来が良過ぎる、ある程度は物理補正が掛かるのだろうか。握りの良さそうな持ち手がしっかりと付いている。


「避けたか!」


「当たり前よ、撃つとこ見せてるんだから。

..ラクガキで人が殺せる時代か、便利になり過ぎるのも考えものよね。」


「何を避けてんだよ?」

塗りつぶされた壁のペイントから、チンピラの一人が飛び出しレイサを捕らえる。


「ラクガキの腕!?」


「いいぞラデュー!

そのまま掴んでろ、オレが撃ち抜くっ!」

壁に施したペイントを隠れ蓑とし強化されたラクガキの腕でレイサを包み込む。


「ドキドキしてるか?」


「..っざけんな馬鹿が。」

腕のラクガキが根本から捥ぎ落ちる。床に落ちた腕は泡を吹き消滅する。


「いぃぃ〜染みるゥッ..!

この匂い..洗剤かテメェコラァッ!!」


「酸性の洗剤、腕にインク付けてればそりゃ染みるわよ。当然でしょ」


「ふっざけんなぁっ!」

傷付いた腕を抑えながら反対側の壁へダイブ、

波を立てながら壁一面を泳いでいる。


「..なぁにアレ?」


「アイツは器用でな、自分で描いた絵の中を自由に移動しながら進む事が出来る。」


「丁寧に教えてくれるのね」


「教えたところで勝ち目無いからな。

アンタにオレ達は倒せないだろ?」

壁や店の上に絵を描いて繋げたのは道を増やして可動域を増やす為。移動中に中から絵を描けば奇襲をかける事も出来る、まさに自由。


「そして正面は〜...このオレが取るっ!」

拳銃を二丁に増やし乱射する。弾の上限は永遠に無い、何故ならただの落書きだからだ。


「中々面倒ね、やってられないわ」

小さな容器の蓋を開け、中の液体を足元の靴に垂らす。白い膜に包まれた靴は足踏みをすると泡立ち始め、レイサに〝滑り〟を与えた。


「一気に駆け抜けて距離を取る。

..その間少し考えないとね、倒す方法。」

銃を構えるアルゴラに背を向け位置に付く。

その後は当然、よーいドン! だ。


「待てテメェ! 追えラデュー!」


「逃がすかよ!」

こちらとて追われる程手こずるとは思っていない。どちらとも予想外の展開である。


「下手すると、向こうより長引く可能性がありそうね。」


噂をされる向こうといえば..。


「どうした掃除屋ァ?

息切れてるみてぇじゃねぇの、オレの芸術を消そうとするからだ勿体ねぇ!」


「..うるせぇよ、落書き師。」

あられも無い苦戦を強いられていた。無数に湧いて出るラクガキに洗剤の生成が追いつかない。使っては減り使っては減り、タンクの中はインクを消し続けているにも関わらず殆ど空っぽだ。


「どうしたもんか..洗剤が底をついちまう。

あいつに限界は無いのか?」

洗剤に限界があるのなら、インクにも限界がある筈だ。消耗品は限界が来る、お互い条件は同じ。戦力に言う程の差は無い。


「試してみるか..!」


「お、まだやるのかっ!」

限界を引き出すには無理を強いる必要がありそうだ。


「生憎だけどお前のファンになったみてぇだ、もっとデカイ絵を見せてくれよ!」


「デカイ絵だと? アッハッハッハ!

いいぜ、見せてやる。とびっきりをなぁ!」

チンピラは挑発に乗る、やはりレイサの持論は当たっている。



「足が遅くなってますよ〜?」


「...狙いやすくなってよかったわね。」

所戻して裏駅前の攻防はやはり二人組が優勢、地の利を使われては無理も無い。


「立ち止まってる場合かよ?

家で寝てた方がいいんじゃね、インドア女」


「動くわよ、言われなくても!

あと勝手にインドアって決めつけるな!」


「違うのか?」


「...そうだけど、だったら何よっ!」

壁の中から煽りを受けては腹を立て言い返す。一つ言い返せば動きが遅れ、行動の軸は大幅に変化する。そしてまたズレを障じさせる


「逃げるのは無駄なのかしら?

だったら少し近付いて..」


「そらっ!」「あっ!」

一歩踏み込んだ足元にペイント鉄球を投げ込まれる。咄嗟の事に足を引く事は出来ずに踏んだ足には微量の洗剤、鉄球と洗剤が交わればレイサに巻き起こるのは〝転倒〟一択だ。


「ギャハハハハハハッ! だせぇ女!

こんなイタズラに引っかかってやんのっ!」


「痛った...クソガキ共、今に見てろ。

..いや、今見なさい。全部消してやるわっ!」

花火のように筒を床に置き洗剤を散布する。勢いよく跳ねる洗剤の雨は壁や床に大きく飛び散りインクを徐々に落としていく。


「うわ、やべっ!」


「ドリップ•デタージェント!」

滴る滴が汚れた道を清めていく。


「ひぃ、脱出だぁっ!」


「この野郎、くたばりやがれ!」

リボルバーの絵を打ち鳴らす。角度を決めてレイサを狙ってはいるが、徐々に滴に落とされて威力を減少させていく。


「何やってるの?

洗剤にインクで攻めても勝てる訳ないでしょ」


「...っざけんなコラァッ!」

武器がダメなら腕尽くで、拳を握り攻めてきた。やはり機動力は抜群だ。


「..足元気を付けてね。」


『カチッ』「は?」

一歩踏み込んだ足元の床で何かを踏んだ。小さな音と共に床は破裂し、衝撃と共にアルゴラを吹き飛ばす。


「てめぇ何しやがった! オレの相棒がっ!」


「マイン•ウォッシュ、まぁ地雷よね。」

ただ闇雲に走っていた訳ではない、しっかりと反撃の策を施している。


「地雷だとぉ!? 

なんちゅう危険なもん仕掛けてんだオイ!」

溶けかけた壁のペイントから身を乗り出し、コンクリの床に足を掛ける。


「アンタにはスペシャル大サービス。」

言ってるそばから無警戒、踏み込んだ先の床には無数の地雷洗剤が。囲むようにして置いたので吹き飛ぶ事は無く、爆柱を上げて直接的に身体を焦がした。


「なん..で...洗剤で爆発するの....?」


「全身にインク付けてるからでしょ。」


「あ〜、成程..そういうこ...。」

夜通し騒いで疲れたようだ、目を瞑って眠ってしまっている。


「ふぅ..さぁて、後処理しようかしらね。」

中途半端に汚れの残る裏駅前を綺麗にする必要がある。本当はただの時間潰しなのだが、そうしておけば格好が付く。


「正直慣れないうちは〝アレ〟を使わせると被害を被りかねかいからね。何かやってるフリでもしないと巻き添え食うわ」

強力なギミックは反動が大きい、並びに周囲に及ぶ被害も大きい。そんなもの避けるが吉に決まっている、そうに決まっている。



「まだ見てぇかオイ?

熱烈なファンはオレも大歓迎だぜっ!!」


「はぁ、はぁ..!」

(おかしい、全くインクの減る素振りが無ぇ)

消耗品に限界が無い筈も無い。持っているのは中程度の大きさのスプレー缶一つ、限界を待てばそう長くは保たない筈だが一向に中のインクが枯渇する気配が無い。


「無限インクか? いやそんな訳ないよな。

...無限インクってなんだ?」

己に問いかけてもわからない、かといってぎむしゃらに動くのも体力を消耗させるだけ。


「何か方法は無ぇか、例えば一発でアイツがぶっ倒れるようなとんでもない必殺技...ん?」

聞き覚えのある響きだ。

表現は異なっていた気がするが誰かに言われた役に立つ要素、コレオンはもう一度頭を使い己に問いかける。


「...そうだ、奥の手。」

レイサが残した気になる言葉、しかし使い方が分からない。肝心な所を考える程頭に情報は無いので結局はがむしゃらに動くしかない


「..もういいか、どうせ疲れるんだ。

おい落書き師!」


「なんだ掃除屋!」


「もうお前の絵は見飽きたぜ。一番の自信作描いてみな、オレが評価してやるよ!」


「なにぃ..?」

徐々に疲労していくのなら一度に力を使い果たす。落書きは念入りよりも大雑把、直ぐに消して済ますのがいい。


「ハッハッハッ! 面白ぇじゃん!

いいぜ見せてやる、とっておきの芸術をな!」

夜空を大きなキャンパスとし、スペースいっぱいにインクを使う。


『キキュン..キューン...』


「なんだよ..これ...!?」


「ハーハッハッハッハ! どうだっ!

これがオレの最高傑作、マシンマスター!」

規格外の巨躯を誇る大機械。

これをラクガキと本当に呼ぶつもりなのか、原作者は鼻高く肩に乗って見下ろしている。


「は、何あれ? ロボット!?」


「..オヤ、アレはヤリスギデハ?」

スケールは一対一ではおさまらす、裏駅前や他の連中の目にも当然止まる。大概ドンチャン騒ぎの駅前の住人は慣れてしまい家から出ずに起きても来ないが、このままでは夜の静寂すらも破壊しそうな勢いだ。


「おら、くらいなっ!」


『ウィーン..』

大きく開いた口から横一列に放たれるインクの光線。被弾した駅の風景は彩に汚される。


「……!」


「どうした! すぱらしさに声も出ねぇか!

好きなだけ見せてやるぜ、いくらでもな!」


『ウィーン..!』

口をあんぐりと開け吐き出した大きなインクの玉を手に取り、地団駄を踏んで回転する。手に持つ玉は形を崩し足で振動を起こす度に無差別に景色に飛び散る。


「アッハッハッハ! 彩れ彩れっ!」


「無茶苦茶しやがって..!」

あれだけやって一切汚れずに肩に乗り続ける原作者も大したものだ、足踏みの振動にも決して動じない。


「まだ足りねぇか!」


「何も言ってねぇよ!」


「仕方ない、大サービスしてやるっ!」


「だから何も言ってねぇって!話聞け、話!」


『ウィーン..ガシャンッ!』

わかりやすい機動音と共に腕を変形させ拳を銃口に変える。連射式の銃口から無数に放たれるインクの弾丸、おそらく名前はカラフルマシンガンだろう。


「おらおらおらおらぁっ!

街を彩れカラフルマシンガンッ!!」

当たった、感性は同じか。

腰を360度回転させ全方位を虹色に近いインクの銃弾で染めていく、その感性と同じなのだ。


「うおぉぉぉっ!!」

ビルの陰や他の建物に身を潜めながら巨大ロボの一撃から己を護る。インクといえど威力は絶大、当たればひとたまりも無いだろう。


「こりゃ一刻も早く奥の手とやらを使うしかねぇんだが...どうやって使うんだよ?」

肝心な事を言わずに去っていったレイサの罪は重い。お陰で今こうして一つの街の一角が邪悪な色に染まっている。


「何グズグスしてんのよ!」「え?」

ロープのような細い線を伝い、ジャングルの英雄のように降りてくる見知った顔。コレオンに奥の手を教えた張本人だ。


「何で〝アレ〟使わないの!?」


「アレってなんだよ、使い方知らねぇよ!」


「はぁ? 教えたでしょ!」


「教えてねぇよ!」

ビルの陰で言い争う二人だが、単純にレイサが己のミスを忘れているだけである。


「ブラシ構えて」「...ったく。」

遅すぎる講師に呆れつつ指導に従う。


「違う、こっち。」「は?」

ブラシを逆手に、持ち手の先端を正面に向けるように促される。


「いいのか、後ろ向いてるぞ?」


「いいのよ。」

銃のように先端を向け両手で握る。ブラシの部分は重力に傾き下に向く為、全体的には自然と斜めに天を突く形となる。


「フルチャージって言いなさい。」


「は?」


「聞こえたでしょ。

〝フルチャージ〟って言うのよ!」


「フ、フルチャージッ!」

先端に光が集まり握りの洗剤タンクと共鳴する。文字通り何かをチャージしているようだ。


「な、なんだよこれ?」


「そのまま表に出てなさい。」

ビルの陰にいては奥の手が全てビルを破壊する兵器になってしまう。目的はもっと先、暴れ狂う機械に向けて放つものだ。


「これ持ちながらか!?」


「そうよ、怖い?

..だったら溜まるまで私が引きつけといてやるわ、それまでしっかり生きててよね。」


「は、お前何言って..」


「いいから構えてなさいよ!」

滑る脚で床を走りながら颯爽と機械の元へ。付着させる洗剤の量を増やせば可動域は増加し、建物すらも道と化す。


「...ん、なんだアイツは?」

肩に乗る己と同じ高さでビルの壁を走る者がいる。


「それ、アナタが描いたの?

イカすわね、もっとよく見せてくれない?」


「あぁ? なんだ、お前もファンか!

いいだろう、やってやれマシンマスター!」


『ウィーン..ガパッ!』

動くレイサに弾けるインク爆弾、口から吐かれる丸いインクはビルの表面に被弾すると音を立てて色を付ける。彩られた部分は深く抉れ、大きなダメージを受けている。


「おらおらおらおらおらっ!」


「ビルがあんなに..一撃でも受けたら危険ね、長く逃げるのは難しいかも。」


『ウィーン..』 「休む暇も無しなの?」

少し考える程の時間も薄く、狙いを定めては大きな弾を打ちこんでくる。既に道に選んだビルは殆ど汚され足場が無い、余りにも反撃のペースが速すぎる。


「あっちのビルに移れるかしら?」

右側のビルから、洗剤のロープを使って左側のビルへ移る。その際マシンマスターの間を通る事になるが、余りにもリスクが高過ぎる。かといって密かな移動は手段が無い。


「仕方ないわね、やってやるわ。」

マシンはこちらを向いている、手前を横切ろうと背後を狙おうと隙は付けない。


「こっちよ、ついてきなさい!」

ロープを向かいのビルに着け、迅速に移動する。長い虚空の距離マシンを背景に映り飛ばなければならないが、当然相手がそれを無視する訳は無い。


「どこに行く気だ?」

伸縮するロープを掴み前を飛ぶレイサをマシンの腕が掴む。ロープは腕の圧で切れてしまい、レイサは囚われの身に。


「よし、捕まえたぞ?

握りつぶされてみるか、光栄だろう!」


「くっ、離せ..!」


『ウィーン..』

目元を怪しく光らせ機械が見つめる。

心は無い、しかし描かれた絵はしっかりと金属の重みと圧を持ち合わせている。


『ウィーン...』

握り締め付ける腕。身動きが完全に止む前にどうにか抜け出そうと奮闘するが、あと一歩で腰に下げた洗剤の容器に手が届かない。


「フタさえ開けられれば..」

指はかかっている、あとは開けるだけ。

しかし腕が強く握って放さない。


「届け...届けっ..!」


「潰せ、マシン。」『ウィーン..!』

腕が限界の締め付けを与える。指はフタを捉えたが、完全に開ける事は出来ていない。


「喜べ、オレの絵に潰されるんだぜ?」


「あ..あっ...。」


『ウィーン...ガチ..ブチャアッ!』


「なんだ!?」

レイサを握るマシンの腕が手首から落とされ消滅する。


「レイサ? アイツ落ちてないか?」

落下するレイサ。一度は身を案じたが重たい腕のインクがクッションとなり、服は多少汚れたが柔らかく地面に寝かされた。


「あぁ〜! 何しやがんだオイッ!

今すぐ描き直さねぇと、オレの芸術をっ!」

絵を描き足している内にレイサが正気を取り戻し歩き始めた、取り敢えずの隙は与えたという解釈をするのが都合良い。


「..ちょっも漏れてたと思うけど、そんなに洗剤効いてたかしら?」

フラフラする頭を抑えて元いた場所へ、奥の手を待つ男に放ち方を伝授する為に。


「...随分待たせたわね、いくわよ。」


「お前大丈夫か?」


「見ての通りピンピンしてるわよ」

隣でブラシを二人で挟むようにして握り、狙いを定める。やり方は至って簡単だ。


「これは随分と負担が大きいから、一緒に支えてあげるわ。アイツ目掛けて狙ったらあとは〝フルバースト〟って唱えるの、いい?」


奥の手に必要なのは標的と、限界まで蓄えた溶液。そして使用者の肉声。これらが混ざり合い、それは協力な〝奥の手〟となる。


「よし、出来だぞ!

マシンマスターフルメタル!

新たな腕を振るうがいいマシンマスターよ!」

ドリルと化した右腕がスクリューを始める。


「どこだ...いた、そこだぁっ!」

迫り来る大きな右腕、回転する金属のインクはビルの横にいる小さな獲物に鋭く穿つ。


「抉れろおファン達よっ!!」


「いくわよ?」


「..あぁ。」

汚す輩は、消し去るに限る


「フルバーストッ!!!」

放たれる清めのエレルギー砲。ドリル状の右腕は先端から形を崩しやがれ腕を壊しカラダにヒビを入れ、巨躯を徐々に溶かしていく。


「ウソだろ..オレの芸術が...!」

肩を溶かされ落下するJPにも容赦なくエネルギーは放出される。しかしカラダを溶かす訳では無い、あくまでもデッキブラシは落書きを消すための道具だ。人の命を取る事は無い奥の手を食らってもせいぜい寒さで風邪を引くくらいだ。


『ウィー....ガチ..プス...』

残った顔のみが、床で弾ける。ブラシの中の洗剤は空、街は汚れているが、ブラシで擦れば簡単に落ちる。


「....はっ!」

インクの山の中から原作者が身体を汚して姿を表す、手元にはまだスプレー缶を持っている


「どうした? お前の絵は消えたぞ」


「落書き...じゃなくて芸術だったかしら。」


「ば、バカにすんじゃねぇっ!

もう一度書いてやる、少し待ってやがれ!」

スプレー缶からインクを出すと、絵を描く。しかし実体化はせず、色のついた線が伸びて下へ落ちるだけ。


「あ、あれ..? なんでだ?

オレの絵が、芸術が形にならねぇ!」


「トウゼンデスッ!」

突如鋭い声が聞こえる。発したであろう黒い影が向こうからこちらへゆっくりと近付いてくる、雰囲気から察するに只者ではない。


「誰だ?」


「……成程ね。」


「あ、アンタはっ!」

傍観者は姿を見せて、怪しく笑う。それは本来の役割が一度終わりを迎えた事を意味する。


「ジカンギレデスヨ、夢はオワリデス。」


小柄なピエロのようなメイクの人物。派手な燕尾服に身を包み、性別は不詳だがおそらく男とみるべきだろう。


「夢は終わり? どう言う事だ。」


「..おい、もっとあるだろ?

もう少しくれよ、あの〝インク〟!」


「充分サシアゲマシタヨ?

ソレヲ無駄にツカッタノハアナタデス。」

何かをせがむJPに対し冷たい態度を貫くピエロ風の人物は、口振りを聞いた限りどうやらこの騒動を引き起こさせた張本人らしい。


「お前、何もんだ!」


「ワタシデスカ?

ワタシはパブロ、彼に色ヲアタエタモノ。」


「色を与えた?」


「エエ、ソシテエキマエヲ塗リ替えサセタ。」

結果暴走により失敗に終わったが、余り後悔はしていないように見える。寧ろケラケラと、何かを愉しんでいる。


「ソノデッキブラシハ?」


「..アンタたちの為の武器よ」「ホウ?」

満を持してレイサが口を開く。

男の登場を目にしても特段驚いた様子は無かったが、やはり存じていたようだ。


「インクを操り、描く事で世界を汚すテロ集団。アンタも〝ペインター〟の一人でしょ!」


「ペインター?」


「ゴメイトウ! シカシ嫌なカンジデスネ。

汚シテイルノデハアリマセン、イロトリドリニ染めアゲテイルノデス。」

パブロが大きく指を鳴らす。駅前に散らばったインクは剥がれ落ち、手元に持った小さな丸い容器に収まっていく。遠くを見渡すと、駅前と街を隔てる壁も消えている。


「マタオアイシマショウ。次は、ワタシモ気ヲツケナケレバイケマセンネ。」

空間に絵を描き中に入ると消えていった。

描いた謎の模様、始めに見たおかしな落書きと同じ形をしているように見えた。


「..アイツ、一体何なんだ。」

パブロと共に、JPも何処かへ消えていた。隙を突いて逃げたのだろう、謂わば彼も被害者だ。特殊なインクはゴロツキを狂わせた。


「..決めた、会社立ち上げるわよ。」


「はぁ?」

突然の一念発起、長年の夢だったのか。


「私が受け継いだ洗剤会社、そのままアナタの落書き業者と合併させる。個人だからどうせオフィスなんてないでしょ?」


「なっ、お前勝手に!

..まぁ確かにビルなんて持ってねぇけど。」

仕事の依頼は自宅に何がしかの連絡を貰って受けていた。その殆どが悪戯なので、正直ストレスがピークに達していたのは事実である。


「よし、なら決まりね。

会社名はそうね...〝ペイントデリーター〟」

確実にとある集団を意識しているだろうが名前は悪くない、角ばった煌めくロゴでクールに決めたいものだ。


「何か厄介な事になったな。」


「早速取り掛かるわよ、準備してなさい。

以前よりずっと忙しくなるから!」

長かった休日は、今日から激務に変貌する。































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