第6話 救い
公園。
噴水の水が吹き出し周囲に冷気を振り撒く。空は青く夏の日差しは復アスファルトを焦がして陽炎をつくる。入道雲が発達して暗くなる空。
黒い雲。
夕立。
夜になって暗い空に星の光。白い月。
ヘッドライトをともして通り過ぎていく車。ネオンサインの街。
光を背に浮かぶ黒い影。
歓楽街。
「ああ居ましたよ先週まで」
居酒屋のマネジャーは手を休めずテーブルを拭く。
「連絡先が知りたいのですが」
「何か身分証ある?」
歓楽街を少し外れた一角。
木造モルタルの古いアパートが立ち並ぶ。
集合郵便受け。たまっている郵便物。
一軒だけ郵便受けを使っている様子。
ノックする。ドアホンはない。
「則子、居る?」
ノブを回すと開いている。ドアを開けようとしたら後ろから声をかけられた。
「誰?」
買って来た缶紅茶。百円のビスケット。
「何もないけど」
則子は済まなさそうに勧めた。
遠慮するのも難なのでいただくことにした。
口にビスケットを頬張りつつ尋ねた。
「鍵、ないの?」
「有るけどスペア押さえられててさ」
則子は紅茶をカップに入れアルコールを注いだ。
「借金してるの?」
「隣が知ってるんじゃない」
則子は睨むように佐藤を見た。
「お支払いが今月は未だ」
佐藤は悠然と紅茶を飲む。
「どれくらい借りたの」
「元は十万程度」
「総額は?」
「忘れた。二億程度かな」
佐藤が則子を睨む。
則子は紅茶ハイを飲み干す。
なぜそんな額に成るのか訊き辛い。
俯いて則子は言う。
「ごめん、洋夏。これ以上話せない。
最後に洋夏に会えて良かった。」
今時タングステンの白熱灯。
キッチンというより流し台。
凡そ則子の趣味でない。
「ちょっと待って。――」
携帯を取り出す。
「――もしもし、洋夏だけど」
歓楽街を少し外れた夜の歩道。
息を吸って、吐く。
「救出に成功、と」
「うちとしては支払ってくれさえすれば」
「本当に?」
二人と対峙して黒い影。
年齢不詳な黒い背広の男がこっちを見ていた。
「うちも基本的に同意しますよ」
「……どちら様ですか」
佐藤の側の男だという気はするが雰囲気は佐藤と異なる。
「横槍入れましたね、客からクレームが来た」
「勘弁してください」
男は硬い笑顔を貼り付けて言う。
「好かったら契約しませんか、優待しますよ」
「遠慮しておきます」
「積み荷の出港は来週ですので」
何かするならお早目に、と聞こえた気がした。
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付記
「九、十、と。確かに受領いたしました」
佐藤が洋夏から受け取った札束を数える。
十万。
学生にしては痛い出費だった。
バイトに精を出しても十カ月は返済に追われてしまう。
「で、板とかメモリーは」
「オンライン処理ですので必ずネット環境で使ってください」
「情報に十万か。何かきついな」
「試しに何かやってみますか」
「試し?」
「ええ」
「じゃ、これを」
以前書いた降雨の描写でリアルドライブを掛けてみた。
エラーメッセージが出て初期画面に戻ってしまった。
「ああ、それ。そのままじゃ無理ですよ」
「何故?」
「プロットであって描写じゃないですから」
「何がまずいの」
「筋道になってないと」
「普通にプロットを打てばいいの?」
「ウィザードに従ってください」
「ウィザード,ね」
先ず初めに、起こしたい事象を列挙して貯め、それから列挙した事象をウィザードの指示に合わせて埋めていく。正しく並べられたら実行で現実になる、らしい。
「雨を降らすのに事象が足らないんだけど」
「そういう時はブラックボックスで自動補完してください。
プログラムが勝手にやります」
「出来た」
「時間待ちですね」
実行するとプログレスバーが出て、現実化までの進展を%で表示していた。
雨が降った。
屋根をたたく雨の音。
窓の外の灰色の町。
「ダメだった?」
則子を救うために打った手のうちの一つ、返済金額の減額診断は上手く行ったらしい。二億円あった借金が二十万程度に減額可能だったとのことだった。二十万でも学生には返済困難な額だが、クレジットが利用できれば二十四回払い程度で完済できる額ではあった。
問題は返済期限だった。既に返済期限が切れていて相手は直ちに返済することを要求しているとのことだった。
そして、則子の現在の信用はブラック状態だった。
カンパでしのげなくもない額だが時既に遅かったらしい。
相手の目的は金額よりむしろ則子の身柄、らしかった。
脱法、というわけだ。
所在国外移送。刑法該当ならそれで方が付くはず。合意によっている、とは言え借金を理由に、というのであれば強要が成立するはずだった。
実際成立した。
契約の意思表示を民法で無効にした。
相手は。。
……逃げられた。国外、へ。
借金と証書だけが残った。が。
これで助からないわけはなかった。
にもかかわらず。
則子は再び失踪した。
何がダメだったのだろう?
電話の向こうは、あまりかかわらない方がいい、と言って通話を終えた。
付記二
*******1
港直通の電車の中。
冷房の効いた車両に乗客は五、六人。
互いに寄り掛かるようにして眠る則子と佐藤氏。
窓から漏れる夏の光。
リアルプロッタ―はプログレス99%程度。
エラーコードを呈示してフリーズしたままだった。
夏なのに蒸し饅頭を食べている男性が気になる。
「先に動いた方が、負け……」
要求はされた方の勝ち、の状況だった。
*******2
外国へ行く船が停泊中の埠頭。
全てが合法なので、警察も軍も来ていない。
車も雑踏も遠く、船のエンジン音だけが響く。
夜11時。
終電まであと少しだった。
「報酬は指定の口座に振り込んでください」
我ながら勝ち誇ったようなセリフ。
タブレットを手にした男性に何か囁く会社の人。
何か何度も確認を取っている。
男性は黙って報告を聞いているようだったが帰りかけた洋夏に声を掛けた。
「大口叩くのは額面を入力してからの方がよくないか」
リアルプロッタ―に入力した数式が現実に成れば稼ぎで全て賄える。
請求金額を入れても同じことだった。
「純利益ですから。宜しく」
男性が慌てもせず言う。
「現実を確かめてから、帰ったらどうか」
携帯が聞きなれない電子音を出した。
「え?」
リアルプロッターがエラーメッセージを出してフリーズしていた。
*******3
社食のテーブル。
席に着くと女給さんが料理を次から次へと給仕してくれる事を想定したが、出てきた女給さんはお茶と茶菓子を給仕してさっさと引っ込んでしまった。
経費。
その視点で見ると何もかもが経費に見えてくる。
お茶はティーパックの緑茶。湯吞茶碗は青磁色の瀬戸物。茶菓子は一人羊羹二切れだった。
「どうぞ」
男性が飲食を勧める。中々手を付けないでいると
「奢りです。遠慮なくどうぞ」
と笑った。
リアルプロットを出して苦情を言おうとしたら
「フリーズの件ですね。」
「どうなるんですか」
則子と佐藤は未だ眠そうだった。
*******4
食堂での会談を早々と切り上げて、一階下の階に降りた。
開発室という事だった。
「御覧の通りで」
60平方メートル程の部屋に整然とデスクトップが並び、平均年齢30少し過ぎの男女がディスプレイ相手に格闘していた。
「あの、使いはしますが、疎いんですが」
「ご指摘の問題も現在調整中で」
「動くんですかリアルプロット。動くとこっちの勝ちですよ」
「数値が少し、問題で」
「数値は変数で、数式、不等式が成立するか否かですから」
「1+1=5では数式になりませんよ?」
「演算はプロッタ-がするのでは」
「それでフリーズと言う訳です」
*******5
男性が部屋の奥、窓際の席に座る。
「どうぞ」
応接間の調度のようなソファーに腰を掛ける。
「開発にお金がかかるのはわかりますがこっちはユーザーです。プロットを書けば現実になる、というソフトウェアに既に十万払ってます。開発費はそこから賄ってい貰うしか」
「プロットが現実になる。漫画、アニメのような発想ですが、こういうアイテムが現実にあったらな、とおもった事ないですか」
「まぁ。ありますよ」
「人助けが、そのまま事業に成らないかな、と」
「それで、人身売買ですか」
「そう言う訳では」
「数値を代入して報酬を払っていただかないと」
「無理ではないからリアルプロッタ―が起動したわけですが」
男性=社長は何か既に別の事を考えているようだった。
「一体何を収入とするのですか」
則子の肩をゆする。
「則子、出番」
*******6
ビルの屋上。
則子に作品の説明受け何冊かサンプルを渡された社長は、ヘリコプターに乗って何処かへと去って行った。
三人とも手すりに肘を乗せて地上を見ている。
出費≦収入の数式は現実になるのだろうか。
リアルプロットは未だフリーズしたまま。
「雲の上の人、か」
「助かった」
「そう言う訳で、ちゃんと働いてね。
それが、
現実になるプロットだから。」
思考支援ソフトを用いた小説T20210714wed.レアルプロット 一憧けい @pgm_T
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