第27話 ……だって、僕も一緒だったから

 ***


 次のとき、僕は観覧車のゴンドラのなかに座っていた。正面には、ついさっき、失ったはずの幼馴染が、真剣な面持ちで僕のことを見つめている。

 信じられない光景に、僕は息を呑む。


 ……戻っている、間違いない。梓に告白された、あの日に戻っている。

 ということは、梓のストラップにも、時間を巻き戻す力がある……っていうこと、なのか?


 だとすると……ここは、二度目ではなくて、三度目の世界、になるのか……?

 梓も、過去をやり直している、のか……?


「……凌佑ってさ……私のこと、どう思っているの……?」

「……へ?」

 頭のなかで思考を巡らせていると、焼き直しとなる梓の告白が今にも始まろうとしていた。


 まずいまずいまずい。このまま梓に告白をさせてしまったら、どう転んでも望まない結末を迎えてしまう。なんとかして、この告白を回避しないと。

 でも、こんな狭いゴンドラという密室空間で、そんな方法あるのか?


 いや、思いつかない。少なからず、僕には考えつかない。だって、もう「どう思っているの?」と聞かれている以上、なんて返事してもそういう流れになってしまう。

 それなら、いっそ……。


「……梓。ひとつ、聞きたいことがあるんだ」

「あれっ、えっ? りっ、凌佑?」

 逆質問されるとはつゆにも思っていなかったようで、真剣な面持ちを維持していた梓は拍子抜けしたと思う。


「馬鹿なこと聞くかもしれないけど、答えて欲しい」

「はっ、はいっ」

 そして、僕がこんなふうに続けるものだから、逆にこっちが告白するみたいな雰囲気になってしまった。


「もしかしてだけどさ……。過去、やり直してる?」

 どこか緊張していた彼女の顔は、僕が尋ねた瞬間ほんの少しの間だけ強張ってみせ、しかし何事もなかったかのように平静を取り戻しては、


「ちょ、ちょっと凌佑、急にどうしたの? いきなり何を聞いてくるかと思ってドキドキしちゃったよ、もう」

 明らかにわかる作り笑いとともに、そう跳ねのけてみせた。


「そんなことできるわけないよ。アニメやドラマじゃないんだから」

「冗談で言ってるんじゃないんだ。梓がスマホにつけているストラップ。それに、そんな力があるんじゃ」

 けど、僕がストラップのことにまで言及してみせると、穏やかな形をした瞳が見開かれて、


「……ど、どうして……それを……」

 もう事実上の肯定と言っていいだろう。顔を俯かせて、力ない声で僕に聞き返す。

「……だって、僕も一緒だったから」

「え……う、嘘。凌佑も……? なっ、なんでっ」


「……それは僕も聞きたいくらいだよ。こんな超常現象、どうして起こるかわかったら、世界の神様になれる」

「……そっ、そうじゃなくてっ。凌佑はどうして過去をやり直しているの?」


 ゴンドラが、最高到達点に差し掛かり、昇っていた景色は徐々に下降し始める。オレンジ色に染まる夕空に、東京の街並みがくっきりと映える。

 梓の問いに、僕はゴクリと唾を飲み込んでは、答えた。


「……梓が死ぬ未来を、変えるため」

「…………。え? 私が、死ぬ……?」

 彼女は、僕の言ったことをゆっくりと繰り返して、信じられないというように首を横に振る。


「……嘘じゃない。そんな洒落にもならない嘘つかない。本当なんだ」

「だ、だって……そんな、そんなこと……」

 僕らが乗っているゴンドラは、みるみるうちに地上に近づいていて、もう終わりの時間がそこまで来ていた。


「……ば、場所変えよう? りょ、凌佑の家で、ゆっくり話そうよ。こ、こんなこと、出先で話せることじゃ……」

 動揺しきった様子の梓は、幾度となく被っている麦わら帽子の角度を直したり、意味もなくトップスの裾を掴んだり。


「そうだね。じゃあ、そうしよっか」

 それに、梓に落ち着いてもらう時間も取ったほうがいいだろうし。そりゃ、いきなり自分が死ぬ未来を変えるため、なんて聞いたら、戸惑うに決まっている。ましてや、過去をやり直しているのが僕もである、ってことを知った直後に。


 観覧車を降りた僕らは、そのまま東京テレポート駅に戻り、まっすぐ家に帰宅した。行きの車内ではよく話したけど、帰りのとき、会話は皆無と言ってよかった。


 そんな調子で僕の家に着くと、示し合わせたかのようにリビングに向かい合って座る僕ら。

「……あの、えっと……わ、私が死ぬって、どういうこと……? なのかな」

 外で買ってきたペットボトルのお茶をコクンと飲み込んだ梓は、恐る恐る僕に尋ねる。


 ……もう、何もかも話してしまおう。隠す意味なんて、どこにもない。

「……梓が僕に告白して、付き合い始めると、必ず、梓が最終的には酷い目に遭うんだ。具体的に言うなら……死んでしまうんだ。……どうやっても、最後は」

「こっ、告白っ、しっ、知ってたの? わっ、私があれから告白しようとしてるの」


 はわわわ、と顔を真っ赤にして湯気を出し始める梓。……いや、あれは仮にタイムリープできなくても気づけるレベルだよ。

「……まあ、一度やり直しているから」

 ただ、今はそれを茶化すべき場面でもないので、言われたことに答えておく。


「そ、それに……必ずってことは、私何回か凌佑に告白したってこと?」

「う、うん。……き、今日のを除いて、十九回。うち十八回は付き合い始めて、全部駄目だった……」

「……そ、その告白、もしかして、全部覚えてる?」


 カァと頬をリンゴみたいに染め上げた梓は、残っていたペットボトルのお茶を飲み干しては、恥ずかしそうに視線をテーブルに下げる。

「お、覚えているけど……」

 忘れられるはずがない。僕が、踏みにじり続けたものを、忘れられるわけがない、のだけど。


「わっ、忘れてっ! は、恥ずかしすぎるから忘れて……!」

 当の梓は黒歴史を踏まれたくらいの勢いで僕にまくしたてる。テーブルに身を乗り出して、じいっと僕の顔を見つめる。


「え、な、なんで……」

「だって、絶対私、思い出すだけで恥ずかしくなるようなこと言ってるもん、一度っきりだからって色々思い切ったことしてるもん……」

 なんか、口調が幼くなってるし。確かに二十回目はされたこっちも赤面してしまうような告白だったけども。


「ぜ、善処します」

 忘れるわけないし、忘れることなど許されるはずがないのだけど、梓を落ち着かせるという意味でも、「行けたら行く」くらいの信用度の善処するを口にした僕。


「ほんとだからね? 嘘ついたらだめだからね?」

「は、はい」

 僕が気圧されたように首を縦に振ると、ようやく梓は落ち着いたみたいで、きちんと席に座りなおして一呼吸置く。


「……それで、私が死んじゃうって話だけど……」

 本題に移ると、今まで熱を帯びていた彼女の頬は徐々に通常運転に戻ってきたようで、一瞬幼児化した口調も普段通りの穏やかな優しいものになった。


「何か、理由、あったりするの?」

「……いや、わからないんだ。ただひとつ、共通点があるとすれば、僕と梓が付き合っていることくらいで」

「そうなんだ……」


 意外なほどに、梓の反応は落ち着いていた。確かに疑問は抱いているみたいだけど、もっと取り乱すものかと思った。それとも、タイムリープっていうクッションが挟まっているおかげで、中和されているのか。


「じゃ、じゃあ、今まで私が告白しようとしたときで、なぜか凌佑とタイミングが合わなかったのって」

「……僕が意図的に梓を避けて、告白されないようにしたんだ」


「七月頭の大雨のときも?」

「……うん、そう」

「羽季や練馬君と一緒にプール行ったときも?」

「そう、だよ」

「…………。そういうことだったんだね」


 梓は納得したのか、自分のなかで考えを整理するためだろうか、しばらくの間何も言わずに口元に手を添わせていた。

「梓は。……梓はどうして、やり直していたの?」

 そして、今度は僕が梓に尋ねた。


 僕にタイムリープする理由があるのと同じように、梓にだってタイムリープをする理由があるはずだ。何もないはずがない。


「……逆だよ。凌佑と、逆」

 僕が聞いて数秒した頃だろうか、ゆっくりと梓が口を開いて、そう答えた。

「逆って……え?」


「ああ、えっと、私と違って凌佑が死ぬってことはないよ? でもね、何もしないと、凌佑がクラスから浮いて、色々よくないことになったから」

 ……もしかして、二十回目の僕への嫌がらせも、その一環だったのだろうか。


「それで、最後は必ず、私と疎遠になる結末。……凌佑が私に泣いて謝って、『もう僕に関わらないで』とかも言われたなあ……」

「……どんな状況だよ……それ」

「聞きたい? あまり楽しい話じゃないけど」

 自嘲するような笑みを見せた梓は、僕の覚えていない昔の話を思い出そうと宙を見上げては、記憶のタンスを開けているようだ。


「……一応、聞いておこうかな。これから先、何が起こるかわからないし、知っておくに越したことはないだろうし」

「それも……そうだね」


 僕がそう言うと、梓は彷徨わせていた視線を僕の顔に戻して、ぎゅっとテーブルの上で両手を握り合わせ、穏やかに話を始めた。

「例えば、ね。一番はじめのときだと──」


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