第9話 何年幼馴染やってると思ってるの?

 六時を過ぎた頃に、佑太と羽季は帰っていった。二人を駅まで送っていったその帰り道。


「ねえ、凌佑が外に出たとき、練馬君と何話してたの?」

「え? あれだよ、男同士の熱い話だよ」

「うそうそ。練馬君はともかく、凌佑はそういうキャラじゃないでしょ?」

「……バレたか」

 ふふっと微かに笑みを浮かべる梓は僕を真っすぐ見つめながら言う。


「何年幼馴染やってると思ってるの?」

「敵わないなあ……」

 諦めたように僕は両手を広げて見せる。

 けど、内心焦っていた。


 いやいやいや。本当のこと言うわけにはいかないし、どうやって誤魔化す?

「で、本当のところは何を話していたの?」

「……秘密」

 誤魔化せてねえし……もういいや、これで通そう。きっと佑太も言わないだろうから、これでいい。うん。


「えー? 気になるなぁ。教えてよ、凌佑」

 彼女はおどけるようにして僕の前に踊り出し、両手を腰につけて立ち止まった。


「……別に、大したこと話してないよ。佑太がモテるにはどうしたらいいかの相談会」

「それを大したことないって言われる練馬君が不憫で仕方ないけど……あの流れでそれ話したの?」


「……どうだろうね?」

「えー? 何か今日の凌佑、秘密作りだなあ」

「なんでもいいだろ? それより、今日の夕飯どうする? 買い物するなら今寄っていこうと思うけど」


 僕は彼女を追い抜きつつそう言う。やはり時間が時間だからか、お腹がすき始めている。夏とは言え、この時間だと陽も沈んでいるし、もう夜だから。


「あっ、そうだね……でも結構時間遅くなったし……テスト終わった記念にたまには外で食べない?」

「珍しいな、外食だなんて。いいけど、どこにする?」

「うーん、ちょっと遠いけど、ファミレスにしない?」

「いいよ、まあ、いい散歩にはなるよ」


 家から一番近いファミレスは、駅を通り過ぎて北側にある。因みに僕等の家は南側。ちょうど反対。駅前にも多少お店は並んでいるけど、きっと平日のこの時間帯だと混んでいるだろうから、駅から少し離れたところにある店の方が空いているかもしれないし、別に悪くもないだろう。


 そうと決めると、僕等はまた戻ってきた道を引き返し、再び沼袋駅の方へ向かい始めた。


 狙い通りか、駅から少し外れたところにあるファミレスは他のお店より若干空いていた。おかげでスムーズに席に座ることができた。


「何食べる、梓?」

「ううん、そうだね……私は焼き野菜と和風ハンバーグにしようかな。凌佑は?」

「えっと……じゃあ僕は若鶏の竜田揚げにしよう」


 やはり高校生だからか、財布に優しい値段のものをお互い注文することになった。ステーキとか色々食べたいものはあるけど、お金も有り余るほどあるってわけでもないから、そこは堅実にいく。

 注文も済ませ、料理を待つ間、プールの話をすることになった。


「プール行くことになったけど、泳げないのどうしようかな……」

「……別にいいんじゃない? そんなガチで泳ぐ場面なんてないだろうし、浮輪とか持っていけばいいと思うよ」

「そ、そうかな……?」

「それとも、今から競泳選手目指す?」

「え、遠慮しておきます……」


 人の話し声が交錯する店内で、向かい合わせになりながらそんな話をしていく。

「水着も買わないとな……多分今家にあるの、サイズ合わないだろうし」

 ……身長が、だよね? いや、知らないけど。前の水着がいつ買ったのかなんて僕知らないけど。


「お待たせしましたー」

 すると、頼んだ料理がテーブルに運ばれてきた。一旦プールの話はそこで止めて、僕等は熱々の夕飯を美味しくいただいた。


 **


 夏休みに入り、宿題をコツコツ片づけたり、家で本を読んだり、たまに梓とどこか出かけたりしているうちに、約束のプールに行く日になった。

 待ち合わせ場所は、西武線の練馬駅だった。プールに行くにはもってこいの灼熱の気温と天気で、改札前で待っているだけで汗をかいてしまう。


「暑いね……やっぱり」

 白のノースリーブのブラウスから伸びる、スマホも手のひらに入らないような小さな手でパタパタと扇ぎながら梓は僕に言う。少し困ったようにしながら浮かべる笑みは、一瞬だけ僕の体感温度を高くさせる。


「そうだね……」

 僕は視線をあちらこちらにさまよわせながら、とりあえずそう返しておく。

 ……いや、なんか梓の脇が見えるのが恥ずかしくて……。


 別に脇フェチとかそんなんじゃないけど、普段見ることのない梓の白色の肌を見ると、少しドキドキしてしまう。

 そ、それに……。

 普段あまりノースリーブ着て外出ないのに、なんで今日は着ているんだよ……。

「恥ずかしいから」とか言って家の中でしか着なかったのに。

「悪い、待ったか?」

 僕がドギマギしていると、これまた夏っぽい涼しそうな格好をした佑太と羽季が待ち合わせ場所にやって来た。


 佑太は何か英語がプリントされているシャツって……こいつ、意味わかってこのシャツ着てんのか? さすがに隣歩くの恥ずかしいな……梓のとは別の意味で。

 羽季も短い丈のジーパンに黒のシャツと、梓とは対照的な雰囲気の服。天使と悪魔(いや悪意はないよ)、ふんわりと元気、そんな対照図。


「凌佑、暑くないの? ワイシャツって」

 そして僕は水色のワイシャツ。半袖だけど、そこそこ厚い服だから、かなり暑い。


「今後悔している途中だから、言わないで」

「おう、早く入ろうな、プール」

 うん。激しく同意するよ。でも、僕の近くには来ないでくれ。恥ずかしいから。

 全員集まった僕等四人はそのまま改札を通り、とましえんに向かう電車に乗り込んだ。


 やはり電車に乗る間、視線を集めたようにも感じた。あまり、いい意味ではない視線を。

 それでもこの練馬佑太という男は基本ポジティブだから、

「なあなあ、なんか俺等周りから熱い視線集めてなかった? やっぱ、これ俺の時代が来たってことなのかなあ!」


 電車を降り、とましえん最寄り駅のホームを歩きながら彼はそう言った。

 ああ、無知って最強。


「いや、多分視線集めたの練馬の服でしょ。意味わかって着てる?」

「え? なんて意味なの? これ」

「僕はチェリーボーイ! 誰か貰って下さい!」

 ……言ってしまった。彼は知識を得てしまった。


「いや事実だし、いいんじゃね?」

 ああ、彼は僕の予想を超えたよ。

 意味を知っても平然と歩き続ける彼は、きっと愛されるアホなんだろうなと僕は思ったりした。


 僕は絶対そんな服恥ずかしくて着られないけど。……事実だよ、悪いか?

 園内に入り、一旦着替えるため男女で別れる。

「なあなあ、二人、どんな水着だと思う?」

 男子更衣室で、例の童貞シャツを脱ぎながら、佑太はそう聞いてくる。


「……別に、興味ないし」

「またまたぁ。だってエロ本持ってただろう? 少しは気になるだろ」

「仲の良い女の子でそういう想像はしたくないから」

 まあ、これは僕のポリシーというか、何と言うか。


「じゃあ、想像じゃなくて現実なら?」

「……それは知らねーよ」

 僕もワイシャツのボタンを外し、上半身裸になる。


「ああ、やっぱ脱ぐと涼しいわ」

「それはよかった」

 それぞれ持ってきた水着に着替え、首からゴーグルをぶら下げて更衣室を出た。


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