第10話 思い違いならごめん、だけど。
やはり夏休みということもあり、プールは子供連れで賑わっていた。
更衣室の前で並んで立って待っていると、通りかかる人達から「ねえ……」「うん、いいね、物憂げそうな顔をしている人の方」「格好良くない……?」とかなんとか聞こえてきたけど、とりあえずスルーした。きっと僕と佑太の隣に立っているイケメンのことだろう。
「ああ、水着の美女がたくさん……これだけで高い入園料を払った甲斐があるよな凌佑」
既に少し鼻息を荒くさせている佑太が、興奮気味に言う。
「落ち着け佑太。あまりガツガツしているとモテないぞ」
「そ、そうか……」
そして一分。
「み、見ろ凌佑、あそこにアイドルにすげー似た可愛い子いるぞっ」
一分しかもたなかった……。
「はいはい……どこにいるの?」
と僕は凌佑が指さした方に視線をやりその美少女を目で追っていると、別の方から見慣れた顔二つが入ってきた。
「あ、来た来た、梓に羽季」
太陽の光をバックに姿を現した二人は「お待たせ―」と言いつつ僕等のもとへやって来た。
さっきの私服の印象そのままの水着を、二人は身にしていた。羽季は一番メジャーどころなビタミンカラーの三角ビキニ、梓は上にラッシュガードを羽織って、下はひもの飾りがついていて少し可愛い。
……少し、可愛い。
「どーよ、練馬」
ドヤ顔しつつ佑太に聞いて来る羽季。それとは対照的に、梓はどこか恥ずかしげな様子を見せ、体を縮こませていた。
「いや、普通に似合ってるよ。元気っぽいし」
「お、それはよかった。ね、梓のも可愛いでしょ」
「ああ、高野もすげー可愛いじゃん。な? 凌佑」
「あ、ああ。うん」
直射する太陽を片手で覆いながら、僕は頷く。
「だってさ、良かったね、梓」
「う、うん……」
手をモジモジさせつつ、彼女は小さくそう呟いた。いつも伸びている長い髪もプールに入るためか結ばれていて、それが新鮮だったりもした。
「さ、とりあえず適当に荷物置いて、プール入ろうぜ」
「賛成、泳ご泳ごっ」
一足先に佑太と羽季は僕と梓を置いてプールサイドにある草むらに向かう。ここにレジャーシートを引いて荷物を置いて動くのが基本の動線になる。
「梓も行こうか……二人、先行ったし」
「そ、そうだね」
何年振りかに見る幼馴染の水着姿は、僕の心をどこかむず痒くさせた。
きっと、夏の太陽のせいだ、なんてことを言ってみたいけど、そうじゃないから困るんだよな……。
「んじゃ、俺と石神井はウォータースライダー行ってくるから! 二人も好きにしてていいよ」
荷物の配置もそこそこに、佑太はそう言い残し水色の建物が映える方へ消えていった。羽季も「じゃあ、私も行くから、楽しんでね」とだけ残し後について行った。
「ど、どうする? 別に無理に泳ぎに行くことないと思うけど」
レジャーシートの上、隣に座る梓に話しかける。まだ少しドキドキしていて、上手く話せる気がしない。
「えっと……じゃあ、私達は流れるプールに行かない? そこだったら、泳げない私でもなんとかなるだろうし」
「そ、そうだね……どうする? 一応色々持ってきてはいるけど……」
僕はバッグの中から、ボールやボートを出してみる。
「あ、ボートいいね。それ乗ってみたいなー」
向日葵のように無邪気な笑顔を浮かべる梓。やっぱり、こういうふうに笑うのは、僕の前だけな気がする。
思い違いならごめん、だけど。
その笑顔が、僕はやっぱり好きだ。
普段は真面目な委員長なのに、こういうときは子供っぽく笑うタンポポも。
アスファルトから反射される熱にも負けず「暑いねー」と苦笑いしつつ言ってくれるゼラニウムも。
冬支度始める長袖から腕を伸ばし、飛んでいる赤とんぼを捉えようとするコスモスも。
白い息漏れだす寒空に、少し俯くシクラメンも。
やっぱり、僕は好きだ。
「凌佑? 凌佑?」
「あっ、ご、ごめんごめん。ボートね、オッケー。少し待ってて」
我に返り、僕はボートに空気を入れるために息を吹き込み始める。
久々に入れた空気は、僕の肺活量では少ししんどいもので、ボートが形を成す頃には、少し息が切れてしまう有様だった。
ボートを小脇に抱え、流れるプールに僕と梓はやってきた。
楕円に広がる、穏やかに水が流れていくプールはやっぱり子供で賑わっていた。
「……こいつら、なんでこんな元気なの……?」
プールサイドで思わずそんなことを言う僕。……ほんと、子供は苦手……。
「凌佑、子供駄目だもんね」
「……高いテンションで動き回っているのとか、苦手」
「まあまあ。そう言わずに。きっと凌佑も将来子供できたらそう思わなくなるって」
え?
隣に立つ彼女のその言葉を聞いて、不意に固まってしまう。待て、待て待て。何を考えている僕。落ち着け。深呼吸。よし。
「……そうなるといいけどね」
「じゃあ、私達も入ろっか?」
「そだね」
そうして、僕と梓は一緒に流れるプールに足を踏み入れた。心地よい冷たさの水が自分の体を包み込み、日に当たっていた皮膚をやんわり冷やしてくれる。
「ああ、気持ちいいー」
つまり、そういうこと。
「涼しいね、凌佑」
ラッシュガードを着たまま入った梓も、水のなかに入って気持ちよさそうにそう言う。一瞬、というかまあ、その上着が水に張り付いて体のラインが浮かんでくるのが……その。
「そ、そうだね、涼しいね」
「ねえ、ボート乗っていい?」
「いいよ」
「やった」と言い彼女はよくあるいかだみたいな形をしたゴムボートに乗り込む。
僕は梓がしっかりとボートに乗ったのを確認すると、後ろから少し押してみた。
「あっ、すごい、動いてるっ」
その歓声を聞いて、少し調子に乗った僕は、押すスピードを速めてみた。
「わ、ちょ、はやい、はやいよ凌佑!」
ただ流されていく人達よりは明らかに速くなるので、どんどん追い抜いていく。
ボートの上からそんな声が聞こえてくるけど、少し意地悪して、構わず維持してみる。
「ストップストップ! 落ちちゃうって! きゃっ!」
やり過ぎたかな……。
梓はバランスを崩しボートから落ちてしまった。僕は慌てて水の中に潜って梓を探す。
いた。案の定足をばたつかせている幼馴染が。
僕は泳げない彼女を背中から抱き寄せて水上へと引き上げた。
「ごめんごめん、やり過ぎたよ」
「はぁ……はぁ……ほ、ほんとだよっ、私泳げないの知ってるのにっ」
梓は頬に風船を膨らませ、僕をポカポカと叩いてくる。
「ごめんって、ごめん」
なんて幸せな時間なんだろうって、思った。
こんなふうに、遊ぶことができるなんて。
できるなら、ずっとこの時間が続いて欲しい、そう思った。
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