第8話 ……僕が気づいてないとでも思った?
「ふう……」
沼袋駅近くにある平和公園のベンチに腰掛け、澄み渡る青空を眺めていた。
これで梓も落ち着けたかな……。
あの場に僕が居続けたら、気まずい空気のまま、話が始まっただろう。それはなんとなくぎくしゃくした関係に繋がりそうだから嫌だった。僕は別にプールはどこでもいいしいつでもいいから席を外して先に話してもらったほうがいいだろうと思ったから、こうして外に出てきたわけ。
目の前にある広場には、緑いっぱいに草むらが続いていて、ところどころタンポポの綿毛がひらひらと舞っている。
辺りには自転車に乗る練習をしている親子や、キャッチボールをしている小学生など、子供たちの歓声が響いている。
僕も小学生とか幼稚園のとき、ここで梓とよく遊んだっけな……。
梓は今でも変わらず運動音痴で、キャッチボールとかしようとするとほぼボールを取りそこなった。勿論、柔らかいボールでやっていたけど、何回かに一度は梓のおでこにボールを当てて泣かせるってこともしばしばあった。それで父親に怒られたこともあって、そのうち梓とここの広場で遊ぶときは、梓のやりたいことに付き合うようになった。花摘みとか四つ葉のクローバー探し、おままごとも僕は一緒にやった。当時遊びたい盛りの年だった僕にしては、もっと体を動かすことをしたかったし、男友達からからかわれたりするのも嫌だったから複雑な気持ちもしていたけど、梓に服の裾をつかまれて「……クローバー探そう?」とか言われると、なぜか断れない僕もいた。
懐かしいな……。
「危ないっ!」
そんな思いに身を沈めていると、甲高い声が近くからした。
声がした方を見てみると、自転車の練習をしている子供が歩いている高校生とぶつかりそうになっていた。
「すみません、すみませんっ」
付き添っていた母親はぶつかってしまった高校生に頭を下げている。幸い、高校生の方もそれほど気にしている様子はなく「大丈夫ですよ、気をつけような、ぼく」とだけ言い、また歩いていった。
まあ、その後、自転車をこいでいた子は怒られていたけど。
さ、そろそろ戻るか……。
そう思い、ベンチから立ち上がり、家へ帰ろうとしたとき。
「凌佑……」
僕の正面に、制服を着た一人の男子が立っていた。
ベンチの両端に座り、おもむろに話が始まる。
「その……悪かったよ、お前のエロ本漁って……」
近くにある自販機で買ったコーヒーを一口飲んでから、彼はそう謝った。
「べつに気にしてないから、いいよ……」
「……気づいているだろ? 凌佑だって」
「何が?」
真面目な雰囲気を描きながら、彼は声を低くして続ける。
「……高野がお前を好きだってこと」
ふと、僕と佑太の間に無言の時間が流れる。子供たちの楽しそうな声が、代わりに耳に入ってくる。それに混ざるように、救急車のサイレンが近づいては遠ざかる。
「……僕が気づいてないとでも思った?」
気づいてないわけないだろう。だって。
もう「告白されたこと」だってあるんだから。僕しか覚えていないけど。
「ま、だよな……。凌佑が気づいてないわけないか。……俺はさ」
ひとつ間を持たせて、大事なことを伝えるかのように彼は、ゆっくりと呟いた。
「高野と凌佑がくっついて欲しいんだよ」
「…………」
「出会った頃から気づいてた。あ、高野って凌佑のこと好きなんだなって。そこからもう一年半だ。未だ二人の関係は幼馴染のまま。段々俺の方もやきもきしてきてさ」
佑太は、片手に持っていたコーヒーを一気に飲み切り、ベンチの端に置いた。
「……無理やりにでも凌佑のそーいう部分を見せたら高野も少しは意識するんじゃないかと思って、ああしたんだ。悪気はなかったけど……やり過ぎたよ、ごめん」
わかっていた。佑太は、そういう奴だって。
でも、それが僕にとって果たしてプラスになるかどうかなんて、わからなかった。
「……いいって、もう。……そろそろ家戻ろうって思ってた頃なんだ。行こうぜ」
そう言い、僕も一緒に買ったコーヒーを飲み切った。
いつもより、苦い味がしたように思えた。
「あ……保谷帰ってきた」
戻った僕と佑太を見て、開口一番羽季がそう言う。
「……その、ごめんね」
「いいよ。別に。で、いつどこに行くことにしたの?」
「ああ、うん。練馬のとましえんにすることにした」
先に断っておく。練馬とは、もちろん佑太のことではない。東京都練馬区にある遊園地のことを指しているのだろう。
って言うか、幸か不幸か僕等の名字が全部同じ路線の駅名だからか、こういう会話をするときたまにややこしくなるんだよな……。
「うん、わかった。日にちは?」
「えっと、お盆前がいいってことで、八月のあたま、三日で考えているけど、いい?」
「オッケ―、わかった。そこは空けておく」
「よし、じゃあ決まりだね! 楽しみだなープール!」
プールに行く予定も立て切った僕等四人は、その後バナナが飛んだり甲羅が投げられたりするレースゲームをして、テスト終わりの解放感を味わっていた。
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