20××年8月3日 17回目。
第7話 誰が隠語で答えろと言った
*
「はい、筆記用具置いてー後ろから答案用紙集めてー」
期末テスト最終日、最後の数学のテストが終わった。試験監督の先生が答案を回収していき、教室を出る。
「終わったぁー!」「来たぜ、これで俺等は自由の身だ!」「俺たちの時代の到来だ!」とかなんとか騒ぐクラスメイトがいるなか、
「おっし、テストも終わったし、プール行く日程決めようぜ! 皆」
僕の友達かつ、梓や羽季ともつるむモテたい系男子、練馬佑太もテンション高めでそう話しかけてきた。
「お、そうだね、どうしよっか」
羽季も僕と梓の席の近くにやってくる。
「僕はいつでもいいよ。大丈夫」
「私も、いつでも行けるよ」
部活に入っていない僕等四人は、基本長期休みに予定は入らない。よ、言うか少なからず僕は。
「あれ……いつでもで大丈夫なの? お二人は」
意味ありげにニヤつき顔を浮かべる佑太は、僕の肩に手を回し、耳元で何か囁いてくる。
「いいのか? ……デートの予定とか立てなくて?」
「……いいよ、別に……」
「はーい席つけーホームルーム始めるぞー」
すると、担任が教室に戻ってきた。一旦教室内のお祭り騒ぎは収束し、落ち着きが取り戻される。
「──テストは終わったけど、授業はあと数日残っているからなーまだ羽目は外すなよー」
よし、じゃあ終わり、と担任は号令を促す。
「きりーつ、れい」
「「さよならー」」
「今日は完全下校で掃除もないから早く学校から出ろよー」
ホームルームも終わると、さっきのお祭りがまた帰ってきた。
「な、どっか寄って計画立てようぜ!」
佑太は僕と梓のもとに駆け寄ってそう言ってくる。
「……ほんと、佑太はテンション高いよな……」
僕はいつもこんな感じの友達に、どこか羨ましいっていう思いを持ちながらそう言う。
「だって、楽しんだ方が面白いだろ? 高二の夏は一度しか来ないんだぜ?」
「……留年しなければな」
「ちょっ、冗談きついな凌佑」
「練馬の場合冗談で済まないかもしれないからねー」
「え、石神井まで?」
まあ、この四人組、佑太と羽季はテンション高め、それを見つめているのが僕と梓っていう立ち位置で。
話は大体佑太か羽季から始まる。
「なあ、凌佑の家で計画立てようぜ?」
「は?」
急に言われて、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「い、いや、まあいいけど」
「おし、決まりな。じゃあ、駅向かおうぜー」
……ほんと、テンション高いよな。
多分、僕はそういう軽い感じで、誰かと接することはできない。
「凌佑の家に遊びに行くの久々だなあ、一年の学祭準備で遅くなったとき以来かな?」
佑太の提案で、僕の家で計画を立てることになった。
家に上がりながら、佑太がそう口走る。
「ああ、そんなこともあったね。練馬は保谷の家泊まったんだっけ?」
「俺の家、学校から遠くて、帰るの面倒だったから、そうした」
「ふーん」
「はい、とりあえず僕の部屋で待ってて。今飲み物とお菓子持ってくるから」
僕は佑太と羽季を部屋に入れ、台所に向かった。ちなみに、梓は一旦家に帰って着替えてから僕の家に来るようだ。まあ、自然だね。
冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースとポテトチップス、カントリィマアムを持って部屋に戻る。
すると。
「……何やってんの? 二人とも」
何やら僕の部屋を物色している佑太と羽季の姿があった。
佑太はベッドの下、羽季は勉強机の引き出しを開けて、何かを探しているようだった。
って、いや、まあ何を探しているかなんて想像つくけど……。
「いや、その……普段、どういうの使って致しているのかなあって気になって」
「ははは、ほら、あれだよ。保谷がもし特殊な性癖持ってたら、梓に気を付けてって言わないしね、うん」
僕は部屋の真ん中に置いてあるテーブルに今持ってきた飲み物とお菓子を置く。
「……で、羽季が今手に持っているそれは?」
見逃してないからな、僕が部屋に入ったとき、サッと羽季が背中に何か隠したの。
「ああーあれだよ、うん。えっと……トレジャー?」
僕がそう聞くと、あからさまに視線を外し、下手くそな口笛を吹き始める羽季。
いや、誤魔化しかた……。
「誰が隠語で答えろと言った」
「……どの子で一番お世話になった?」
「言うわけないだろ」
僕はゆっくりと羽季のもとに近寄る。
「さ、とりあえず返して貰おうか」
背中に隠している「それ」を取り返そうと僕は手を伸ばした。
「わ、渡すものか、これを梓に見せるまでは断固として返さない! 練馬、パス!」
羽季は持っていた本を佑太に投げる。
本のページがパラパラと舞いながらそれは佑太の手元に届く。本を手に取った佑太はページを眺め、一言。
「凌佑、お前やっぱり高野みたいな少しおとなしめな子が好きなんだな」
「っ、よ、余計なお世話だってっ」
……そうだよ。僕は、本当は好きになったらいけないんだ。
今度は佑太のもとへ駆け寄るが「パスパース」と羽季に返ってしまう。
「ほんとだ……このグラビアの子、なんとなく雰囲気は梓に似ているね」
「だっ、だから!」
「はい。練馬パス」
「ほーい、ナイススロー。しかも、そこらへんのページだけ、なんかよれているっていうか使用感があるというか」
使用感とか生々しいこと言うなし……。
そんなループを何度か繰り返した頃。
「返せって言ってるだろ!」
「お待たせ……凌佑、来たよ……」
僕が羽季に詰め寄ってそう言うのと、梓が僕の部屋に入ったのが重なり、言葉がダブる。
「ど、どうかした? 凌佑」
血の気が引くような、そんな思いにさらされる。
「あ、梓ようやく来たー。ほい、これ見てみて。保谷のお宝本」
僕の腕を抜け、羽季はドアの前に立っている梓にさっきまで取りあっていた本を渡す。
「な、なに……? へ、こっ、これ……っ」
梓はページに視線を落とす。と、みるみるうちに顔が発火してきた。
「こ、これ……凌佑、の……?」
恥ずかしそうに声を小さくして、梓は尋ねる。
「うん、保谷の」
「へ、へー……ま、まあ凌佑も男の子だもんね……そういう本の一つや二つ持っていてもおかしくはないよね……」
……最悪だ……。いや、見られること自体はいい。そんな過激な本じゃないから。ただ。
これまで、梓にそういった類いのものを見られたことはなかった。ときどき自分から話題を振るくせに耐性はないから、すぐにこうなってしまう。ドラマやアニメのお色気シーンとかサービスカットが流れても同じ。
それに、男女を意識させるこういうもの見せて、梓がどういう行動に出るかわからないのも怖いんだよ……今は。
「はい……」
僕の手にポンと梓は本を置き、そそくさと僕から距離を取る。
「梓―保谷は普通の性癖みたいだから安心していいよー」
「えっ、あ、安心してって……え?」
あー、もう駄目だ。頭の回線がショートしてる。
……仕方、ないか。
僕は無言のまま机の引き出しのなかにその本をしまい、部屋を出ようとした。
「ちょ、どこ行くんだよ、凌佑」
佑太が慌てて引き留めようとする。けど。
「……ごめん、ちょっと風に当たって来る」
「お、おいっ……」
僕は構わず部屋を後にして、外に出た。
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