第9話スキルも強い
「何か秘策があるの……?」
「そういうわけでもないんだけどね。これでも秘密組織の一員だったから、彼らぐらいは相手にならないよ」
そういえばそんなこと言ってたっけ。でも私それ、果てしなく嘘でしかないと思ってるんだけど。
「逃げるのはやめか?でも今更謝ってもダメだ。俺は今イラついてるからねぇ!」
追いついた木崎はいきなり伊勢くんに殴りかかった。
この男容赦がない。
「伊勢くん避けて!」
「大丈ぶへっ!」
全然大丈夫じゃない!
木崎の右ストレートが伊勢くんの顔面にクリーンヒットし、まるで操り糸の切れた木偶人形のように、伊勢くんは殴りとばされてしまった。
「そ、そんな……」
「おいおい、そんな怯えた顔するなって。お前さんには酷いことしないからさぁ。優しくしてやるよ」
「……待ってくれ」
一発KOでもおかしくない殴られ方をしていたが、伊勢くんは再び立ち上がった。
「不公平じゃないか。僕にも優しくしてくれよ。でなければ彼女も殴るべきだ」
なんてこと言うんだこいつ。
でもよかった……。平気、ではないだろうけど、大事には至らなかったみたいだ。
「はぁ?好みの女殴るわけねぇだろ」
木崎って実はいい奴だったりしないかな。
「つーか立ち上がっちゃうとか、転がってればいいのにさぁ」
「僕はこの程度でやられたりはしないよ」
まるでそれがごく自然、当たり前のことだとでもいう風に伊勢くんは言ってのけた。
「い、伊勢くん、無茶しないで……」
このままだと彼はもっと酷い目に遭わされてしまう。
彼は私を助けてくれた。今度は私が、私がなんとかしなくちゃ。でも、一体どうしたら……
「……かっこつけもその辺にしとけよ。死なないように加減してやったってのに。いいぜ、だったら本気でやってやるよ」
木崎は一瞬、呆れ憐れむような面持ちを表し、その余韻を残しながら懐に手を入れた。そして、街灯の明かりを受けて銀色に光るそれを取り出した。
ナイフだ。
「ヒュー!木崎さんがナイフを取り出したらもう終わりだぜ。この街のワルで『切り裂き木崎』の通り名を知らないやつはいねぇ。またの名を『ナイフ取り出しの木崎』だ!」
モヒカンの男が興奮気味にはやし立てた。
……またの名は本当に必要かな。そんな呼び方する奴本当にいるの?
ってそれどころじゃない。刃物は本当に危険だ。木崎は躊躇なく人を殴るような奴だし、脅しの道具では済まないかもしれない。
「なにせ最近じゃナイフを取り出しただけで、相手がブルッて逃げちまうからな!」
「黙ってろ浦林。ほら、俺相手に舐めた態度取ったことをさっさと詫びろ」
木崎はそう言いながら卑下た笑みを浮かべ、手元で器用にナイフを回した後、その峰を舌先でなぞった。
「僕に刃物は効かないよ。殴り続ける方がまだ有効的だけれど、それも根本的には無意味だからやめてほしいね」
「はぁ?何言ってんの?」
「君に勝ち目はないということさ。出来れば引いてくれないかな」
「……もういいわお前。喋り方といい癪に触る」
そう言って木崎が一歩踏み込んだところで、
「あ、あの!」
私は声を張り上げた。ただ、思ったよりも大声は出ず、少し音が震えていたかもしれない。
「あの、私行ってもいいですよ」
「なんだ?」
「木崎さん、怖い人なのかなって思ったけど、私には優しくしてくれるらしいし、別にご一緒してもいいかなって……」
「庇ってんのか?なに、もしかしておたくら付き合ってんの?」
「やだなぁ、こんな冴えない男と違いますよ。遊びに行く前に血生臭いのとか見たくないですし、気分萎えちゃいますから」
「……まぁ、それもそうだな。いいぜ、こっち来いよ。楽しい所に連れてってやる」
本当は行きたくない。でも、私のせいで、私に巻き込まれただけの伊勢くんが傷つけられてしまうのなんて嫌だ。
「君、行くべきじゃないよ」
「……伊勢くんもしかして嫉妬してるの?でもごめんなさい。私、木崎さんの方がいいから」
「いや、友人として見過ごせないよ。君がどうしてもというのなら止められないけれど……」
「じゃあ放っておいて。木崎さんちょっと恐いけど、普通にかっこいいと思うし」
「でも、悪い顔しながらナイフを舐めているような奴だよ。絶対ロクな人間じゃない」
それはごもっとも。
「おい、こっち向けよ」
その呼びかけに、
「なんだい?」
息を呑む暇もなかった。
瞬間、木崎の殺意が伊勢くんを捉え、そしてそれを──彼は受け止めていた。
「んなっ?!」
木崎が驚くのも無理はない。私も今の伊勢くんが、さっきまで殴り飛ばされていた人と同じだとは思えない。
彼は木崎が振るったナイフを、指先二本で止めていた。
「ナイフは効かないと言ったじゃないか。僕は『斬撃無効化』を持ってるんだ」
斬撃無効化を“持っている”って…………そうか、スキルだ!
「ぐっ、この!」
木崎は一度身を離すと、再び伊勢くんを八つ裂きにすべく、右手に持ったナイフ突き出した。
が、それはフェイントだった。
まるで瞬間移動のようにナイフは左手に投げ持ち替えられ、下から振り上げる胸元を目指したその刃(やいば)は、しかしながら彼の肉を裂き鮮血を飾ることはなかった。
伊勢くんの人差し指と中指に捕まった刃(は)は、赤色一滴したたらせることなく微動だにしない。
スキルによる効果だろうとはいえ、まるで武芸を極めた達人のような見切りの動きに私は、
「ほあぁ………カッコいい」
気の抜けた感想を漏らしていた。
伊勢くんはそのままナイフを取り投げ捨てると、
「これで刃物が無意味だということは証明されたわけだね。君に勝ち目がないと言った僕の言葉にも、信憑性ができたとは思わないかい」
木崎は驚愕の面持ちで固まっていたが、伊勢くんが一歩踏み出すと、意外にも舌打ち一つで仲間を引き連れ去っていった。
「君、平気かい」
あまり広くは照らさない防犯灯の元で、彼は私に向かって手を差し伸べた。
少しだけ離れた、ちょうど明かりが薄れていく暗がりにいた私には、まるで彼がスポットライトを浴びて輝くヒーローのように見えた。
別世界からやってきた彼は主人公たりうるのか @handlight
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