第8話危険な放課後


「ねぇ、そこの女の子。うお、めっちゃ可愛いじゃん」


 道端でたむろしていたガラの悪い二人組の男が立ち上がり、私に声をかけた。

 ここは裏路地。そして突然現れたのは不審な男。これはもしかして…………雨乞い師?


「よかったら俺らと今から遊びにいかない?」


 ナンパ師だった。

 一人は下唇と耳にはたくさんのピアスを付け、髪は右目が隠れるくらいの長さで毛先の端々が赤く染められており、V系感のあるファッションをしている。もう一人はオールバックで厳つい風体だったが、隣の人間の影響か地味に感じられた。


「ごめんなさい。約束があるので」

「約束は破るためにあるんだよぉ!ヒャハハ!」


 ピアスくんいきなり飛ばしてきたな。

 さっきまでは普通のナンパみたいな流れだったのに。

 見た目からして、過激な発言自体は別に違和感ないけれど、もう少し段階踏んでくださいよ。せめてもう二、三回やりとりしてから『ヒャハハ!』するべきだと思う。


「おい、木崎きざき、飛ばし過ぎだ。ナンパ下手くそか」


 ほら、お仲間にも注意されてる。


「うるせぇ、こんな可愛い女そうそういないぜ。見逃せるかよ」


 木崎と呼ばれた男が、私の行手を邪魔するように立ち塞がった。

 どうしよう。全力で引き返せば逃げられるだろうか。そこそこ足は速い方だと思うけど、男の人から逃げ切れるかは自信がない。

 ゆっくりと近づいてくる男を前に、逃げる踏ん切りがつかず、後退りしかできない私。

 ──その時、その人は現れた。


「すいやせん。お待たせしましやした」


 力士の塩まきの如く放線状にたくわえられた緑のトサカに、細く剃られた眉、そしてそ下にある垂れ目が特徴的なこの人は……

 誰なの。


「誰だテメェは」


 そっちも知らないのかよ。


「き、木崎さん。俺ですよ、浦林うらばやしです」

「浦林はそんな変な頭してねぇよ」

「実は今日、散髪屋に行ったんすけど、お任せで頼んだらこんな髪型にされちまって」


 私そのお店知ってるかも。


「あ、その子可愛いっすね。木崎さんの彼女っすか?」

「まだだ。これから、だよな?」


 木崎はそう言って薄く笑みを浮かべ、私に手を伸ばしかけた──


「あれ、君こんな所にいたのか。帰ってしまったのかと思ったよ」


 こ、この声は……!


「伊勢くんっ」


 私と木崎達を挟んで、伊勢くんが向こう側に立っていた。


「なんだお前。何か用か?」


 木崎が後ろに振り返り、鋭く伊勢くんを睨みつける。

 あぁ、こんなタイミングで現れてくれるなんて、本当に物語の主人公みたいだ。きっと、伊勢くんならきっと……


「え、いや、僕はその……」


 威圧されて、急にオドオドと弱腰になってしまう彼。

 い、伊勢くん?


「言いたい事があるならはっきり言えや」

「……へへ、僕も混ぜてよ」


 おい、こら。どういうことですか。


「なんだ?お前も木崎さんの舎弟になりたいのか?」


 緑のモヒカンの彼が、品定めでもするように伊勢くんをねぶり見ている。


「まぁ、そんなところ、かな」


 寝返った。

 あんまり、あんまりだよ伊勢くん……


「だそうです木崎さん」

「ふーん、中々いい目をしてるし別にいいけどぉ、最初は雑用から。分からないことがあったらちゃんと先輩達に聞くようにして、同じ事繰り返さないようにメモも取れよ」

「頑張ります」


 新人アルバイトですか。


「とりあえず、そこの女を捕まえろ」

「それはやめておいた方がいいんじゃないか」


 木崎の指示に、オールバックの男が口を挟んだ。


「俺に指図すんな。おい新入り、やれ」

「分かりました。そこの君、僕達と一緒来てもらうよ」


 どうして、伊勢くんなら彼らを蹴散らすなんて簡単だろうに。

 ……本当に?

 伊勢くんが今まで見せてくれたスキルは相手を直接どうこう出来そうなものはないし、魔法はよく分からないけど使えないみたいだし、身体能力も並以下だ。

 ……そうか。私が勝手に伊勢くんを特別視していただけで、彼は異世界の一般人なんだ。

 確かにこの世界で特殊な力が使えたらそれは凄いことだけど、でも本当にそれだけなんだ。見た目こそ私の好きな漫画やアニメの主人公に似ていようが、中身も同じだとは限らない。少なくとも、私の主人公ではなかった。そんなものはやっぱり、創作物の中にしかいないのかもしれない。


「……嫌。私、あなた達と一緒にいたくない」

「そんなこと言わずに、僕と来てくれ」


 伊勢くんが木崎達の前に出て私の腕を掴む。


「やめてっ、離し──え、な、なに」


 そして気付けば、私は彼に引っ張れるように駆け出していた。


「……あ、おい!待てやこら!」

「だから言っただろう。やめておいた方がいいと。なんか知り合いっぽかったからな」

「先に言えよ!!」


 後ろから怒号が聞こえた時に、私はより強く地面を蹴って走る速度を上げた。

 伊勢くん、寝返ったわけじゃなかったんだ。隙をうかがっていただけなんだ。

 戦わずに逃げる。もしも物語の主人公であるならなんだか情け無いような気もするけど、私には伊勢くんの背中がとても頼もしく見えた。

 彼の横顔は凛々しかった。既に息を荒くしているが、ただ前を向き、私の腕を強く掴んでいる。

きっと私を逃すことしか考えていないんだ。

 振り返ると、やはりさっきの男達が追ってきている。モヒカン、オールバック、前髪で片目の隠れた男。そして、両目に前髪がかかりそうな男の子が私の視界に加わった。


「伊勢くん足遅っ!私追い越しちゃったよ!」


 彼はいつのまにか私から手を離して、後ろを走っていた。


「はぁ、はぁ、もう走れないよ……」

「まだ数十メートルぐらいしか走ってないのに。今日の長距離走とかどうやってタイム計ったの」

「君に勝っていた記録があっただろう?実はあれ、数字を誤魔化していたんだ……」


 伊勢くんもやってたのか。私達お似合いだね。


「ふぅ、仕方がない。僕が足止めをするから 君だけ逃げてくれ」

「だ、だめだよそんなの!」

「大丈夫さ。よく考えたら、僕は逃げる必要がなかった」


 そう言って伊勢くんは立ち止まった。

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