《下》 海の魔女


 塩辛い。

 まず浮かんだ感想はそれだった。鴨川の淡水とは違うそれが、口や鼻に容赦なく入ってくる。唯々、混乱していた。

 想定外の事態の所為で身動きがままならないが、どうにか足を動かす。すると、石だらけの川底ではない柔らかでひんやりとした感触が足を包み込む。

 両足が地に着いたことで、多少落ち着いた自分は、右手にいる存在と共に光が見える上へと引き上げた。

 大海原だ。自分達は今、海にいる。下半身が浸かるぐらいの深さの海。そんな場所に、何故か自分達は立っている。

「あらま、何かくっついてきた」

 口元を押さえて必死にせき込む彼女を支えながら、声が聞こえた方へと目を遣る。そこには、息も絶え絶えな自分達とは違って、涼しい顔で佇む耳飾りの女性がいた。

 小花模様の華やかなワンピースが濡れているのも気にせず、顔に張り付いた前髪を掻き上げた女性は、橙色の瞳を輝かせる。

「私に何か用かな?」

 これに隙を見せたら不味いと感じた自分は彼女を背後に隠し、相手を睨め付けた。用なんかあるもんかと気持ちを込めて、じっと。

「おや、ひどい。私はいつも通り移動しただけなのに、睨まないでくれよ」

「ここ、どこ……?」

「御覧の通り、大海原の真っ只中。あぁ、竜宮浜って言えば分かるかな。…………うん? もしやあなた達、私のことも知らずに着いて来たのか」

 自分と同じく混乱している様子の彼女の呟きに、女性はパチリと夕焼け色を瞬かせる。

「いきなり、底が無くなって吸い込まれっちゃっただけだよ……」

「あらら、運が良いんだか悪いんだか。そうか、じゃあこれは事故かな。ごめんごめん、巻き込んじゃった」

 全く悪びれの無い様子でヘラヘラ笑う女性。何が面白いんだと顔が歪んでしまう自分とは違い、背後の彼女は気にした様子の無い声色で疑問を重ねた。

「あの、どうやって鴨川から海に……?」

「なぁに、私の手にかかれば瞬間移動なんてちょちょいのちょいってね。なにせ、私は海の魔女だから」

「……魔女?」

 不思議なものに溢れている京都に住む自分でも、魔女という存在は胡散臭っ! と思った。それは彼女も同じらしく、きょとんとした表情と変わらぬ様子に色が変化している。

「おや、ピンと来ない顔をしている。そういえば、場所によって私の知名度は全然違うんだった。そりゃ京都じゃ私の名は知られていないか」

「魔女さんは、どんな魔法が使えるの?」

「うん? それは……まぁさっきみたいに移動したり……、海で揺蕩う人間を海底に迎え入れたり……」

「わ、悪い魔女なんだ……」

「おいおいおい、勘違いしてもらっちゃ困るよ。無差別に迎え入れるわけじゃない。現実と縁が切れた子達だけ。魔女さん、こう見えて優しいんだぜ。色んな子と契約して、命を助けたりもしているんだ」

 こう見えて、ではなく、どう見たって怪しいんだが。

 そんな言葉さえ紡いでくれない自分の口は、ただ引き結ばれたまま。だから、反論も出来ずに魔女は勝手に話を進める。

「そうだ、巻き込んだお詫びに、何か願いを叶えてあげよう。例えば、少年のその眼を快適に使用できるようにしてあげようか? ……あるいは、少女の寿命を延ばしてあげようか」

 ……眼? そんな馬鹿な。この眼を知っている存在は限られている。何故、今さっき出会ったばかりの魔女が、彼女にさえ教えていない眼の事を知っているんだ?

それに、彼女の寿命を延ばすだって?

「私、全然元気だよ」

「人間なんて、簡単におっ死ぬものだよ。それはあなただってよく分かっているだろう?」

「それは――、」

 ……契約? 願いを叶える、海の、魔女…………って、まさか。

「心当たりがあるんだろう? あなたみたいに死者に執着する子は、死により近づくのさ」

「私、まだやらないといけない事、たくさんあるのに」

「じゃあ私といくつか約束事をすれば――」

「それはアンタの事だ!」

 彼女に差し出された手を拒み、ようやく動いた口できっぱりと言い放ってやると、魔女は虚を突かれた顔を見せた。

「……私の事? 一体全体、何の話?」

「アンタ、京都の物の怪の間じゃ有名な『トモカヅキ』だろう。そうやって海に人間を引き込んで、勝手に悩みを暴いては願いを叶えて、その代償として無茶苦茶な契約で相手を苦しめて笑ってるんだ。アンタみたいなヤツと、誰が契約するもんか。死者に執着してんのはアンタの方だ! 色で分かるんだからな!」

 彼女が時々見せる『喪失』の色よりも、魔女の色は深く重たい。まるで、深海のように底が見えない色合いだ。その色を、魔女は嫌悪しているのだってちゃんと見えている。自分と同じ……しかも嫌悪している心情を持つ彼女を苦しめて、それで自分の『退屈』の色を薄れさせようとしているんだ。魔女のような行動原理は、やはり他とは一線を画す存在だ。

「そうか。こっちではそんな不名誉な名前で通っているのか。全く、酷いものだね。求めたのはそちらだというのに、私を悪者扱いか?」

「さっき誘導しようとしてクセに! こんなヤツ無視して帰ろう! コイツに頼るなんて絶対ダメだ」

「えっ、でも、どうやって帰るの?」

「そんなの、電車で――、」

 ようやく浜に上がった自分は、隣にいる彼女の戸惑った声で、はっと冷静になった。

 全身濡れ鼠の素足。しかも貴重品はごみ拾いの前におじさんに預けてしまったので、所持金は無し。彼女も自分と変わらない様子だ。

 魔女が嘘をついていないのは色で分かるから、今いるのが竜宮浜なのは事実。そこから自分達がいた二条大橋近辺なんて途方もない距離がある。

 自力では無理だ。と結論が出てしまった。同時に、視界に微笑みを浮かべる魔女が入ってくる。

「お困りのようだね」

 詐欺ってこうやって生まれるんだろうな。と頭のどこかで阿呆のような感想を抱きながら、自分は再び彼女を背後に隠す。

「そうやって騎士気取りしていたって、彼女の寿命はどうにもならないぜ少年。時にはプライドを捨てた方が男前だ」

「そんな嘘言ったって騙され――」

「噓じゃない。このままだと、君のお姫様は死んじまうんだよ。私が嘘をついていない事も、彼女の死期だって、その眼ならお見通しだろう」

「……そうなの? 本当に私、死んじゃうの?」

 ただ淡々と事実を告げているだけの色。そして事実に怯える色。

 こんな残酷な事実さえ知れてしまう眼を、大っ嫌いだと何度憎んだことか。

 だけど、最近は少しだけ、憎悪が薄れていたはずなんだ。彼女の穏やかな色が、あまりにも綺麗で。今日も会えるかなんて、柄にもない夢想をしては、自転車に乗ってやって来る彼女の優しい色合いに安堵を覚えて。

 だから、時々混じる赤黒い濁った色合いを、不幸な死を辿る色なんて、彼女に現れるわけがないと見て見ぬふりをして、自分は――。

「なぁに、送り返すのは特別サービスにしてあげるよ。だから契約は寿命の方だけだ」

「い、いらないです」

「…………何だって?」

 眉を顰めた魔女の呟き。それは、自分だって同意見だった。

 彼女の方を見ると、強張った顔で魔女を見据えている。

「……いらないです。わたし、そんな契約、したくない」

「おいおい、冗談だろ? 近いうちに死んじまうんだぜ? 未来ある若者がそんな悲しいコト言うなって。この海の魔女さんと契約しちまえば――」

「そんなのより、他の契約がしたい。私、大切な人達に、会いたい。会わせてください。本当に、あなたが願いを叶えてくれる魔女さんなら、月よりも遠い場所に行っちゃった、お父さんとお母さんに、会わせて……」

 あ、と間抜けな声が自分の口から零れた。

 瞳からきらきらと零れる雫が、砂浜に落ちて乾いていく。死なんて想像もつかない未知の恐怖に怯えていることなんて、色を見なくても手の震えで分かる。

けれど、それを抑えてでも、彼女は会えるはずない両親に再会したいのだ。

 親の顔なんて知らない自分には、分からない感情だった。だから、彼女に何もできずに、少しの間だけ沈黙が流れる。

 やがて、沈黙は魔女の重苦しい溜息によって断ち切られた。

「それはできない。私は全知全能の神様じゃないからね。どうしても叶えたいのなら、君の命でも貰わないと」

「なら、」

「おいおい、命差し出す気か? できないって言っただろう。勘弁してくれ。……月まで行けるなら、私が行きたいよ」

 今までの雰囲気とは一変した魔女は、渋い表情をしながら、真昼の月が浮かぶ空を見上げた。

「魔女さんの魔法でも、行けないの?」

「魔法は万能じゃない。それに、私は海だから。海はただ、地上で揺蕩うしかないのさ。どれだけ月に会いたくても、触れたくても、向こうが来てくれるのを待つだけ。あなたが両親に会いに行けないのと同じ、逆らえないルールなんだよ」

 目の前に広がる海のような色を濃くしながら、今にも消えてしまいそうな月へと魔女は手を伸ばす。しかし、当たり前だが掴めはしない。

「退屈だよ、待つっていうのは。暇を潰していても、心のどこかで相手のことを考えている」

「どうしたら、ずっと一緒にいられる?」

「さあね。何もかもを作り変えたらかな」

「何もかも……」

「そう、空も、地上も、星も、世界の何もかも変えなきゃ、ルールは覆らない」

「それって、私にできる?」

「……できるよ、私と契約さえすればね。まぁその代わり、かなり苦しい道のりになるよ。下手したら、人間じゃなくなる。普通なら誰もやろうとはしない。私だってやらない。それだけ苦しいものさ。それでも、やりたい?」

「うん、私が何もかも作り変える。そしたら、私は皆に会いに行けるし、魔女さんも月に行けるよね?」

「やれやれ。……だけど、そちらの少年は納得いっていない様子だね。さて少年、あなたは何を願う?」

 『何も言えなくなる臆病さを消してしまいたい』、『こんな眼を、周りと人と変わらないものにしたい』。叶えたい願いはいくらでもある筈なのに、自分の口から零れたのは、全く違う願いだった。

「アンタの欲しい物と引き換えに、彼女の寿命を延ばして下さい。彼女が全て作り変えて、大切な人達に会っても、その人達と末永く暮らせるように」

「きよちゃん……」

「全く、あなた達には呆れたよ。どいつもこいつもお人好し。頭が痛い。……さて、欲しい物ねぇ。例えば、七色の瞳かな。とても珍しい瞳でね、ある特定の人外しか持てない美しい色なんだ。ちょっと前に、片眼だけを奪取した人間が現れたらしい。ソイツから――」

「俺は盗みなんてしないし、他者を傷つけてでも奪った物で契約したくない」

「やれやれ、ワガママだね。退屈している魔女さんに刺激のあるモノを与えようっていう優しさはないのか。まぁ、瞳がダメなら、ドラゴンの鱗かな。それもまた素晴らしく美しい七色でね。だが、絶滅したから入手はかなり難しい」

 ……鱗?

「それってもしや、この『ごもく』?」

 ウエストポーチから一枚の鱗を出し、魔女に手渡す。

 すると、目を見開いた魔女は入念に手の中にあるそれを眺め、そして舌打ちをした。

「強運か? さっきも言ったが、絶滅した生き物だぞ? 何故こんな状態の良いものを、……あぁ、そういえば此処は『京都』だったね……」

「納得いかないなら、何度でも珍しい物を要求すればいい。京都のそこら中にある『ごもく』を探し回って、アンタに差し出す」

「……はぁ。ここまで気が乗らない契約を結んだのは久しぶりだよ」

「じゃあ……!」

「あぁ、契約は成立だ。少女の方もね。せいぜい、足掻くといいさ――」

 トンと、見えない力が自分と彼女の体を押した。

 そして、自分達は再び海へと――、



「大丈夫かい⁈」

 今度は淡水が口や鼻に入り、息苦しさで噎せながらも自分達はどうにか川岸に上がった。その直後、転びそうな勢いでのっぺらぼうのおじさんが駆け寄って来る。

「備品や自転車だけが置き去りで、どこにもいないから心配したよ……! あぁこんなに濡れて、ちょっと待ってね!」

 一旦おじさんはどこかに向かったかと思えば、すぐにタオルとポカリを持って戻って来た。

 ほぼ這うようにして乾いた陸に辿り着いた自分達はおじさんの優しさに甘え、疲れで震えている手でそれらを受け取った。

 優しい味わいのポカリが、生きて帰って来れたという事を実感させる。完全に力が抜けた自分は、日が暮れ始めたことで熱さが和らいだ地面に寝転がった。あぁ、いつもならうっとうしく感じる熱された大地が今は有り難い。

「わ、私、死んでないよね?」

「え? 何言っているんですか、いとさんお嬢さん。……もしや、厄介な物の怪に遭遇したんですか⁉ これはいけない、今すぐに報告に――」

「だ、大丈夫だよ、な、何ともないから! 伯父さんには言わないで!」

「いとさんは優し過ぎます! 貴女の身に何かあったら、ご家族の方が黙っちゃいませんよ! 勿論、京都中の物の怪達だって!」

 ……何だか大ごとになり始めている。安アパート暮らしの自分とは全く違う暮らしをしているんだろうとは考えてはいたが、彼女の家が京都中に影響力があるとは……。

「お願い、伯父さんには内緒にしておいて! 厳ついおじさんにリムジンで送り迎えされるの、やっと止めてもらえたのに、自転車の登下校禁止されちゃうよ!」

 禁止。という言葉に、傍観者になっていた自分は面食らった。

 それって、もう彼女が此処に来ないという事か?

「…………ただ、ひっくり返っただけです」

「えっ?」

「見ての通り、彼女は素足で川に入ったから、藻で足が滑って転んだんです。自分がすぐに助けようとしたけど、同じように滑って転んで、一緒に溺れかけました。死にかけて気が動転したんでしょう。……そうだよね?」

「あっ、うん! そう、おじさん、早とちりなんだから」

「そうなんですか?」

「ほ、本当だよ。みんな、心配性だなぁ、もう」

 若干目が泳いでいる彼女。それによっておじさんは訝し気な色を見せたが、すぐに安堵の色の方が濃くなり、つるつるの頭を撫でた。

「それならいいんですけどね。ほら、今日は暑いから水浴びしてる『トモカヅキ』にでも遭遇したんじゃないかと気が気じゃ――」

「えっ⁈」

「……ま、まさか本当に遭遇したんじゃ」

「噂に過ぎない話だから驚いたんですよ! ね‼」

「う、うん‼」

 全く、彼女の素直さは困ったもんだ。と溜息を吐いていると、おじさんが申し訳なさそうな色を見せる。

「君達には、いつも助けられているから……。つい心配してしまうんだ。有難迷惑だよね、こんな私に心配されても」

「そんなことない。…………ですよ」

 思わず、強い語調で返答すると、おじさんの色合いが穏やかなものへと変化した。

「君は、いつも優しいね。いとさんとは違う優しさだ」

 自分が、優しい? そんなはずない。ロクに喋らない所為でおじさんを困らせている自分が……。

「私はこんなナリだから、意思疎通がなかなか上手くいかないのに、君は私をしっかり見てくれて、考えを読み取ってくれる。そんな事をしてくれる人は、君が初めてだったよ」

「そんな、の…………」

 誰にでもできる。という言葉が出てこない。だって、他の人はこの眼を持っていない。

 けど、そんなのって、

「嬉しくてつい毎日のように君に話しかけてしまったけど、若い子にかけるべき話題なんて分からないから、変な事を聞いて困惑させてしまったよね。ごめんね」

 …………この眼が、必要だって、認めなきゃいけないじゃないか。



「きよちゃん」

 おじさんに、『今日は疲れたから』なんて適当なわけを言って帰らせてもらった自分は、変に震えている心臓と落ち着かせるためにただ鴨川のほとりを歩き、ぎりぎりと熱い眼を何度も瞼を開閉させて誤魔化す。そうしているうちに、横から真っ赤な自転車を漕ぐ彼女が現れた。

「どうしたの、おじさんに褒められてからずっと怖い顔してる。体冷えて、体調悪い?」

 立ち止まった自分はただ押し黙って、隣にいる彼女を見つめる。それに伴って、彼女も自転車のスピードをカラカラと緩めた。

「きよちゃん?」

 彼女の色は、唯々心配しているものだった。赤黒い色なんて、どこにもない。魔女はちゃんと叶えてくれたらしい。

「きよちゃん、何が見えてるの?」

 彼女の言葉に、自分は真実を答えられなかった。

今更、言えるわけがない。知っていたのに、黙って知らないふりをしていたなんて。

「せんぱ、……アンタの姿が、見えてる」

「……そっか」

 寂しげに俯いた彼女に、申し訳なさを覚えた。どうすればいいのか。誤魔化し方なんて、黙るしか分からない。慰めも、魔女が与えてくれたものを喜び合うのも、相応しくないだろう。

「高校って、」

「え?」

「どんなの。アンタの高校」

「うん? うーん……。普通、かな? 私、そんなにお勉強好きじゃないし、皆でワイワイ楽しむのも得意じゃないから……」

 適当で、唐突な質問。それでも、彼女は頑張って答えてくれた。五月頃の体育祭とか、テスト勉強とか、こんな先生がいるとか。

「きよちゃんは、どこの高校に行くの?」

「いかない」

「あれっ、そうなんだ。きよちゃん頭良いから、嵯峨野辺りに進学するのかと思ってた」

 担任から押し付けられたパンフの中にあった覚えがある高校の名前を彼女に言及され、思わず顔が歪む。

「へん?」

「ん? 変じゃないよ。けど、私と違ってお勉強好きそうだから、もったいないなって」

「……学校、嫌いなんだよ」

「そっか、残念だな。一緒の高校通えるのかなって、ちょっと期待してたから」

 …………一緒の高校に、通う?

「そうしたら、登校も下校も楽し――、……きよちゃん? どうしたの、いきなり固まって」

「まだ、時間あるし、…………もしかしたらアンタの高校に進学するかも、……しれない」

「えっ、ほんと? じゃあ、ちょっと期待してるね」

 ころころと意思が変わる情けない自分の発言。だというのに、彼女はその発言によってぱっと喜色を浮かべた。そして、五時の時報チャイムに合わせて鼻歌を歌う。

『ゆうやけこやけでひがくれて、やまのおてらのかねがなる、おててつないでみなかえろう』

 昔はこの音が大嫌いだったっけ。自分には、一緒に帰ってくれる人なんていないから、自分と同い年ぐらいのヤツらを路地裏の陰で睨んで、あんな音無くなってしまえって、何度も願ってた。

 今だって、昔とは違う想いの所為で、無くなってしまえとこっそり願っているけれど。

「チャイム鳴ったから、もう帰らなきゃ。伯父さん達が心配しちゃう。じゃあ、また明日ね。きよちゃん」

また明日なんて言いたくなくて、どうにか手を振って挨拶を返した自分は、今日一番に重苦しい溜息を吐く。

あぁもう。やっぱり彼女といると、自分の何もかもがおかしくなってしまう。



けれど、気に入った『ごもく』と同じぐらい、このおかしな変化を大切にしてしまうのは、自分の性分なのだろう。

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平安の国 チクタクケイ @ticktack_key

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