第46話 洋菓子に泣き、和菓子に笑う
*絶対に言ったことを守らない系ライター
で、ホテル。
関西ザル――西園寺さん、いや、西園寺様の祖父祖母がやっているらしい宮大工の見学をさせてもらった。その後、京都散策でも彼らの伝手で鴨川の遊覧船にまで乗せてもらって、なんとか一日目を乗り切った。
いや、乗り切った、と言うよりもめちゃめちゃ楽しんだ。他の班よりも楽しい経験ができたのである。感謝感激雨あられ。
ここからは行程表に則って動けばいい。
「ささ、西園寺様、どうぞお入りください」
「あ、そぉ~? ほな」
余裕を持ってホテルに着いた僕らはすることもないので先にお風呂に入って、夕食時間に至る。浴衣を持ってきていた西園寺さんはキューティクルにスリッパを脱ぎ捨てて夕食会場に入る。僕は後ろで散らかったスリッパを整えて、他の班員が入れるように
原口さんが僕をジト目で見て、ため息を吐いた。
ちなみに夕食は行動班がそろったら各自で食べ始めて良いことになっている。
「皆様もどうぞ。スリッパは私が整えておきますので」
「いやぁ~いいよ、自分でやるから」
他のみんなはラフにパジャマだったり、私服だったり。未だ湿って黒光りする髪を肩に掛けたタオルで拭く彼女たちは苦い顔をして、自分たちのスリッパを整えてから夕食会場に入った。
夕食会場は畳敷きで、それぞれの盆の前に座布団が敷いてあった。
端から邪魔にならないように西園寺様を抜かした僕は、自分の分の座布団を上座の座布団に重ね、西園寺様を誘導し、その場で平伏して西園寺様を迎える。
「どうぞ、暖めてはおりませぬが、お座りください」
「ん、ええやん。気が利くのぉ」
丁重にもてなされるポジションに気分がいいのか、満足げな顔で西園寺様はずどんと腰を落とす。灰色の浴衣がはだけ、麗しい御足が開き、白色に眩しく光った。ん? パンツ?
気のせいか。西園寺様はスカートの下に体操着を履くお方だ。
金子さんがドン引きの顔で僕を見下ろし、飯田くんの腕にしがみついた。
何がおかしいのか分からないが、気にする程のことではない。
「好み、苦手な物はこの食事の中にございませぬか?」
「せやなぁ、このポテトサラダはいらんから、唐揚げくれんか? この米の量やとおかず足りへんかもやから」
「御意、どうぞ。私の分のデザートのプリンも召し上がってください」
プリンを差し上げると、うむ、と西園寺様は頷く。
飯田くんがゴミを見るような目で、いや、ゴミを見る目で僕を見た。
「よろしゅう、なぁ遠空、ウチの召使いにならんか?」
「ははっ、では――」
土下座した状態から顔だけを上げると、秋夜さんもカスを見るような目で――違った。下唇を噛み、ぎゅっと爪痕が残るぐらいに強く拳を固めて、今にも泣き出しそうな目で僕を見ていた。
罪悪感と保護欲をかきたてるその顔に、どう振る舞えばいいのか分からなくなってしまった。
何が原因か知らないが、秋夜さんを泣かせるヤツはカスだと思うし、鴨川に葬り去ってやりたく思う。しかし西園寺様は僕の恩人。無下には扱えないので、秋夜さんの涙の元凶に気をやっている場合では――
「あ、いや、えと~」
「ねぇねぇ遠空く~ん」
名前を呼ばれて原口さんを見上げると、彼女はいつも通りの和むような目で――しかし、その奥に冷たい冷静な氷と、熱い怒りの炎を
「私、失望しちゃうかな~。一足遅れてなかったら私が狙ってたのに~とか思うぐらいに感じてた私の選定眼に」
その瞬間、秋夜さんがため息を吐いて僕の左隣に座り、もう一度ため息を吐いた。直後、部屋全体を鎖が這い回り、何人たりとてその動きを封じられる。
彼女の顔には、先ほどの悔しそうな顔はなくて、華やかな笑顔が咲いていた。だが、その花は周囲を絶対零度まで冷やした。
「もう遠空くんはやり過ぎだって。ごめんなさいってみんなに謝って、静香ちゃんにはありがとう、でいいんだよ。だよね、静香ちゃん?」
「ひぃっ――う、ウチはもらえるんなら全部もらえる主義で――ごにょごにょ……まぁ、ええで」
一音一音ハッキリと喋る秋夜さんの朗らかなはずなのに冷たいその声に、西園寺さんは口の中でもごもごと喋る。
「ほら、みんな座って食べようよ。お味噌汁冷めちゃうし――わぁ、お吸い物かぁ。静香ちゃん、
西園寺さんは青ざめた顔で即座に僕に唐揚げの皿を返し、ポテサラの皿を取り返した。
だが、プリンは浴衣の胸元に突っ込み、上から抱きしめる。
今しがた、そのプリンの価値は爆上がりした。
「プリンは! ウチがもらうからな! なんてったってプリンやから!」
「――まぁ、それぐらいはいいんじゃない?」
秋夜さんはようやく部屋の鎖を解いて肩をすくめる。
それから、ほっ、という安堵の息が重なって、間もなく僕たちは夕食を食べた。
「あれ、柚菜っちって左利きだっけ?」
「いや、両利きだよ? 今日は左利きの気分なの」
「それにしてはあんまりうまくないね〜」
「久しぶりだからね」
両利きだと言い張るほどには左手での食事が上手くない隣の彩香さんに、手を握られながら。強く、とても強く。
おかげで左手を使わずにご飯を食べるという行儀の悪いことをしてしまった。
「ん? 遠空くんどうしたの?」
「あ、いや。な、なんでもない」
「そっか。ん、唐揚げいらないから一個あげるね」
「あ、ありがとう」
そう言って僕の皿に唐揚げを寄越した彼女は、ニコッと笑った。
私はここにいると、激しく自己主張をする彼女が、華やかに笑った。
*
「ねぇ月弥、バレたらすっごく怒られるわよ?」
「いいからきてって」
夕食後、みんなが部屋に戻る時にこっそり秋夜さんを呼び止め、エントランスの土産屋さんを見回るフリをして、ロビーで監視する教師の目を掻い潜り、ホテルの外へ出た。
繋いだ手が重いのは、彼女が教師からの叱責をビビっている証拠だ。
何よいきなり。露天風呂でも待ってたのに全然来なかったし、夕食は
とかなんとか、ごにょごにょと文句を垂らす秋夜さんを引いて、碁盤の目の街の中、ホテルの隣の目まで歩く。
グーグル先生の言うとおり、夜の九時までやっているらしく、その店は煌々と明かりを焚いていた。
「ねぇ、何かしらここ。ご飯ならさっき食べたからもう入らないのだけれど」
「まぁまぁ、これは別腹なんだからきっと入るよ。いざ入店」
なんてことはない、栞の地図に載っていた和菓子屋さんである。
新幹線で要求された夜のデザート、ここで奢るからね。
そう秋夜さんに囁いた。彼女はビクッと肩を跳ねさせて、僕を見て、頬を真っ赤に染めた後、慌てたように僕から手を離し、ショーウィンドウにべったりと張り付いた。
喜怒哀楽の激しい彼女の喜色満面の笑みを見るに、喜んでくれているようでなにより。
「月弥、これって店内で――」
「それは時間がかかってみんなに疑われるので、お持ち帰りでお願いします。ロビーで食べよう。あそこ広いし、人目につかない席もあるから。
団子でもザラメ菓子でも饅頭でも好きなの選んで。でも三個までね」
「そ、そう。でも――これ一個三百円ぐらいするわよ?」
「いいからいいから」
店員さんがにこやかに秋夜さんを見て、僕を見る。
僕らの会話が聞こえていたのか、持ち帰り用の箱を準備し始めた店員の若い彼は気が利くようで、多分僕みたいに秋夜さんを泣かせるような事はしないのだろう。
少し悔しくなった。
泣いてない。それに私は月弥がいい。
その彼女は不満げに漏らし、僕は赤くなった顔を俯かせた。
じっくりと全ての商品を見て、両手の指を折って欲しい物を挙げ、一つ一つ躊躇いながら指を戻していく。
しばらくして、ようやく決め終わったらしい。彼女は子供のようにはしゃいだ声で店員の彼に言う。
「じゃあ~これと、これと、これ! お願いします!」
「はい、かしこまりました。彼氏さんはどうしますか?」
「じゃああれを一つ」
秋夜さんが決めかねていた四つ目の選択肢を指差して、財布を取り出した。
秋夜さんは顔を真っ赤にして、まん丸な目で僕を見つめて、その視線がとても面映かった。
PS:明日は卒業式。帰りに遊んでくる。
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