第45話 ポッキーゲームをしている場合ではない班長くんはバカである
修学旅行――の班決めの話は省いて良かろう。僕が傷つくだけだ。
部屋班は飯田くん、誠くん、僕の三人。なんだか問題児を僕に集められた感じがする。飯田くんはとりもなおさず、
え? 僕は問題児じゃないぞ。優良生徒だよ?
「何を言おうが、立派な問題児よ。ん――」
「ん、ありがと」
横から突き出されたポッキーを囓り、スマホに入れたPDFの修学旅行の栞を眺める。
このポッキーの代わりに僕は夕食で出てくるデザートを捧げなければならないそうだ。価値の違いに首を捻るが、彼女は素知らぬ顔。
この新幹線に乗って中学の時も行った京都に再び高校でも行く。修学旅行の課題の京都についてのレポートは既に完成してある。――もとい、中学の時のを使い回す。
ふと見れば、栞の行動表のページに新幹線の停車駅が載っていた。それを見て思う。
「こだまとひかりの違いって、京都までの十六駅中の三駅省かれただじゃん? 何? 音速と光速の比と停車駅数の比ってどういう関係してんの?」
「いきなり何よ」
「じゃあこだまで停まる十一駅を飛ばすのぞみってどれだけ速いの?」
「変な数学始めないでもらっていい? 会社の経営にとやかく言うものではないわ」
「のぞみは兵庫めっちゃ停まるよね。新神戸、西明石、姫路って。望み届くのおっそ。兵庫だけサンタさんとか三年前にお願いしたプレゼント持ってきそうだよ」
「日本七不思議にしときなさいバカ。人に聞くな、自分で調べなさいバカ」
強く頭を叩かれて、バカバカ言われて、拗ねる。
行動班は遠足の時の僕、秋夜さん、原口さん、金子さん、西園寺さん、飯田くんの六人だ。誠くん曰く、部屋班と行動班は分けた方が良いはずだ、と言って別の行動班に入っていた。
小学校教育の犠牲者め、人間、誰とでも仲良くなんてなれないのさ。特定の奴らと
まぁ、僕に連む人なんて、秋夜さんぐらいしかいないけど。
「ん」
「ん~――ん!? ちょっ! 危なっ!」
横から再び突き出されたポッキーを反射で咥えると、目を瞑ってこちらを見上げる秋夜さんがポッキーの反対側にいて、慌てて首を振ってポッキーを真ん中で折る。
秋夜さんは膨れ面で残りのポッキーを齧って口の中に収めた。
「む~……なかなか反射神経が鋭いわね。上手くいったと思ったのだけれど」
「むしろなんで上手くいくと思うの! やめてよね、万一キスしちゃったらどうするのさ」
「どうもしないわ。そのままぶちゅーっとキスしちゃいましょ?」
秋夜さんはニコッと笑って僕にポッキーを突き出したので、怒りを込めて齧り付いて、チョコの部分だけ綺麗に折り取った。
秋夜さんの手には短い棒しか残っていない。
「なっ――チョコ残しときなさいよ!」
「へへっ、チョコの割合が高い方が美味しいからね」
「これも食べちゃって、もう」
そう言って秋夜さんが僕の口の中に枝の部分を押し込むと、そのまま粉のついた自分の指を舐めた。――その指は僕の唇が当たっていたはずなのだが、気にしないことにする。
秋夜さんは顔を赤らめ、ウェットティッシュで指を拭った後、スマホを取り出して僕と同じく栞を開く。
「明日の夜って——」
「何?」
「いや、なんでもないわ」
「そう?」
気になったが、追求するとろくなことにならない。自制してスマホをスクロールする。
栞の最後のページには修学旅行委員お手製の地図があって、一日目のホテルの周辺には老舗屋の紹介が詳しくされていた。扇子や和菓子のお店があるらしい。
秋夜さんが唐突に聞いてきた。
「明日のホテルの部屋って何号室?」
「305」
「じゃあ多分私の部屋の真下ね。端っこでしょ? 私405だから」
「そ、そうだけど……ヤな予感」
「いいえ、イイ予感しかしないわね。楽しみだわ」
いいや、全く楽しみじゃない。
新幹線の窓で切り取られた代わり映えのしない田園の様子――なんてものがあればまだマシ。ただ真っ黒な窓を見つめて、その奥で小悪魔に笑う秋夜さんの顔を見つめた。
{トンネル}はフランス語の{tonne}つまり{樽}から来ているのだが、車内から見ると闇の一言それだけである。
高速道路と違って電気なんかないし、車内からだと筒形状なんて分かりやしないのだから。
ふと窓の向こうに白いお化けが見えた気がしてビクッと肩を跳ねると、後ろで秋夜さんがクスクスと笑った。ハンカチで僕を脅かしたらしい。
よかった、お化けじゃなくて。
ほっと胸を撫で下ろす。過って、彼女の豊満な胸を。
車内が車輪音で満ちた中、誰も、打撃音と僕の悲鳴を聞く者はいなかった。
*
「ごめんなさい、ワザとじゃなかったんです」
「だから許すって言ってるじゃない」
表面は固かった。ブラジャーって固い。でもその奥は柔らかい。
「言動が一致しないようなら謝るより先に首を吊って頂こうかしら」
「ごめんなさい!」
京都駅に着いて、飯田くんのトイレを待っている間のこと。思いっきり頭を叩かれた。
ちなみにその飯田くんはどうやら駅ではなく車内のトイレに行っていたらしく、発車ベルが鳴ると同時に電車から飛び降りてきた。
バカ――いや、彼には発車に間に合う自信と、駅構内のトイレを探している間に漏らす自信と、それをシミュレーションした時の100%成功の結論を持っていたのだろう。
バカとは言うまい。人は誰しも皆、考えがあって行動しているのだ。人間は考える葦なのです。考えのないやつはタダの葦。
まさか飯田くんはそんな植物じゃないでしょう。筋肉どころかセルロースしか詰まってない脳みそな訳がない。
「今日はヤケに豚男への文句が長いわね」
「僕は中学の時に同じ事をやって、失敗して、班員から総スカン喰らいました。成功した彼が憎たらしい」
「自業自得よバカ」
今日はよくバカと罵られるが、一体全体、バカと言う方がバカではないのか。
思えば、これまでの言葉は全て自分に返ってきていた。ごめんなさい、僕は脳にセルロースしか詰まってない葦です。
飯田くんが僕に向かって言う。
「班長、待たせた。で、どうすんだ?」
「班長さ~ん。これからどうするの~?」
「うんうん、Let's travel in Kyoto!」
「ほないこか~ウチの地元や! うちにまかせぃ!」
「静香ちゃんは奈良出身でしょ? 一日目は班長が行程考えてくれてるんだからさ」
「ま、祖父祖母の家はこっから歩いてすぐのとこにあるんやけどな!」
仮面を被った秋夜さんがツッコミを入れる。なにげにすごい情報が飛び出してきたが、僕がそれに構っている余裕はない。
僕は後ろを振り返り、誰も居らず、天井を見て、そこにスパイダーマンはいるはずもなく、天の橋立みたく股の間だから後ろを見ても天女も誰もいるわけがなく、途方に暮れた僕はまぶたの裏を見た。
僕に優しく笑いかける秋夜さんがいた。――すっごい恥ずかしい。
閑話休題、僕は僕を取り囲む人間を指差して数える。
飯田くん、原口さん、金子さん、
「え? 班長って誰のこと?」
「いや、遠空くんだよ?」
知ってはいたが、認めたくない事実。僕が班長なのである。
そして僕は――つい先ほど、飯田くんがトイレに行くと車内で僕に告げたとき、気付いたことがあった。そしてずっと焦っていた。
「ごめん、行き先考えてなかったっ! 忘れてました!」
両手の平をパチンと合わせて、僕はそれだけじゃ足りないと思い、その場に膝をついて土下座をした。
班長は一日目の自由行動の行程を考えておかねばならなかったのだ。そして、僕は旅行先で『あっ、アレ持ってくれば良かったぁ~』と後悔するような些細なグッズを忘れないようにするので精一杯で、行程のことなど完全に忘れてしまっていた。
「は?」
班員の五人全員の声が重なった。
そしてその驚きに満ちた声に、僕が少なからずみんなに信用されていて、そして今僕はその信用を裏切ったのだと知った。
罪悪感が半端ない。
「――遠空くんでもそういうことってあるんだ~」
「Well well well...」
「おい遠空! どうすんだよこっから!」
「ほんっと、申し訳ない!」
秋夜さんと原口さんはスマホを取り出して、どうしようどうしよう。おたおたわたわたして行き先を即刻で探そうとしていると、それまで黙っていた関西ザルが、いや西園寺さんがぽつりと言った。
「……祖父祖母の家、行く? 宮大工見学やねんけど、よくやっとるし、多分受け入れてくれると思うんやけど――」
西園寺さんがぽつりと漏らしたその言葉に、僕は救いや興奮や罪悪感やら、他のどんな感情よりもまず先に、ツッコミが浮かんでしまった。
西園寺家は藤原北家の
「いや、別に公望だけの家系じゃないし。他にも西園寺家に兄弟はいるから。それにツッコむところはそこじゃないでしょ? バカかしら?」
僕のまん丸な目を見て、呆れたように秋夜さんが呟いた。
今日はよくバカと罵られるが、甘んじて受け入れるしかなさそうである。
PS:勉強になった。(下部、引用文)
あと、これが最後だかんね!? もう更新せんからね!? 期待せんといてや!? (押すなよ!? 押すなよ!?)
(『ぼくはな』は三期をどうしようか悩んでて、新作は受験結果見るまでは控えたいし、リハビリ用作品は完結しちゃったしで、時たま、更新するかも)
以下、引用
あやまつ【過つ】[他五]
意味的には「過つ」がその犯罪的・道義的な側面が強調されるのに対し、「誤る」は単なる失敗を言う趣が強い。連用形で語形が重なる「過って/誤って」の場合も同様。「過って爆発事故を引き起こす」「過って重要書類にお茶をこぼす」「誤って(=誤認して)入れ違える」「誤ってお茶をこぼす」
部分引用:『明鏡国語辞典MX』
なるほどねー。
ハート、コメント、お星様、レビュー、よろしくお願いします!
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