第39話 フラグ回収は早々に、ラブレターは直々に




 終礼前。荷造りが終わった僕はリュックを机の上においてボーッとしていた。秋夜さんは鼻歌混じりに鞄に教科書を詰め、うぅんと伸びをした。

 ――頬にキスしたことがそんなに嬉しかったのか。そんな有り得ないことを考えて、上機嫌な秋夜さんを前に首を傾げる。

 すると彼女がわくわくを押さえきれていない顔で聞いてきた。


「ねぇ月弥、封筒ある?」

「何で僕が持ってると思うのさ。茶封筒なら職員室にあると思うけど」

「そうよね……茶封筒か。ん……もらってくるわ」

「何に使うの?」

「ヒ、ミ、ツ」


 秋夜さんは一音一音を区切ってウインクを残してポニーテールを振った。その背中が教室の扉に消えたあと、我に返った僕は赤くなった顔を伏す。

 ただのウインクにドキッとしただけ。

 頭の中で『ただの』の度合いが強まれば強まるほど、僕が如何程に秋夜さんに首っ丈なのかが知れた。


 ガラガラガラ、と大きな音がして教室の扉が開いた。


「おい! 一学期のラブレター事件の犯人! 二組の篠原だってよ!」


 教室に顔だけ入れてそう叫んだ男子が別のクラスへ情報を回しに走って行った。どこの学校にも情報伝達好きなヤツはいるものだ。僕の中学にもいた。


 ちなみにラブレター事件とは、冴えない男子生徒の下駄箱にウソのラブレターと小型カメラを入れておき、そのキョドった様子を撮影してネットに投稿するという悪質な青春冒涜である。

 一度、僕もその第二十二話参照ターゲットにされたことがある。秋夜さんのおかげで告白の待ち合わせ場所で一人待ちくたびれるなんて悲しい思いはしないで済んだが……。


「あの篠原が……」

「……許せねぇ。マジで復讐してやる……」


 誰かが濡れ衣を着せた可能性や、そもそも情報が間違っている可能性もあるのに、教室は物騒な雰囲気になっていた。

 恐ろしいったらありゃしない。


 そんなことを考えていると、上機嫌な秋夜さんが戻ってきて、クラスの雰囲気に首を傾げた。


「どうしたの? クラスの空気が私並みに真っ黒ね」

「——自覚症状はあり、っと。ラブレター事件って分かる?」

「えぇ分かるわ」

「あれの犯人が分かったんだって。被害者多かったみたい」

「――……月弥は嫌な思い出ある?」

「ラブレター事件に? あるわけないじゃん。秋夜さんが助けてくれたんだし」

「そ……ならいいわ」


 意味深な頷きをして、秋夜さんは肩をすくめた。

 そういえば封筒はどうしたの――と、聞きかけたところで先生が教室に入ってきて、後で聞けばいいかと口を噤んだ。



 *



 帰り道。歩いていると、秋夜さんは一歩進んで僕の前に周り、


「ねぇ月弥。ラブレター欲しい?」

「……なにそれ。秋夜さん宛てのやつを僕に流す気?」

「そんなことないわよ。私を低い女と見積もるのもいい加減にしなさい」

「ごめん。じゃあ何? 秋夜さんがくれるの?」


 『当たり前じゃない。そう言ってるのよ。バカ?』ぐらいは言われることを覚悟しつつ確認の為に聞けば、予想に反して秋夜さんはいつの間にか赤くなった顔をコクリと縦に振った。


 そこにドギツイ言葉も人を揶揄する言葉もない。


「えっ……? マジ?」

「その……だから、そう言ってるわ」


 一瞬の思考停止の後、ボフッと爆発音と共に僕の顔が真っ赤に染まった。普段のゲスの一面はどこへやら、すっかり鳴りを潜めたようで、秋夜さんが普通の恋する乙女のようにもじもじと手をすりあわせている。


 ……あれ? 秋夜さん、僕のことが好きなの?

 いやいや、からかう段階になって、偽とはいえラブレターを渡すことが恥ずかしくなっただけだろう。本気のラブレターを渡されるなんてことなんかない。


 状況整理をするうちに虚しくなってきて、はぁ、とため息を吐いて彼女に手を突き出した。


「何……かしら?」

「はい、受け取るから頂戴」

「う、受け取ってくれるのね……」


 からかい目的と知れば、彼女のくれる『ラブレター』にも興味を失う。素っ気なく言えば、秋夜さんはぱぁっと花を咲かせて、にっこり笑う。


 いつもの傲慢で自信満々な態度はどこ?

 そう聞きたくなったが、この態度も演技だと気付いた。手が込んでいることでなにより。それにしても聖女モードの秋夜さんと話しているみたいだ。

 ――本性見せてくれた方が嬉しいんだけどな……。

 そんなことを考えていると、手に茶封筒が渡された。――茶封筒である。


 え? ラブレターのくせに茶封筒?

 些か、からかい目的とはいえ彼女の演技力と小道具茶封筒の質に差がありすぎて不自然だ。すると秋夜さんは言い訳するように言葉を繋ぐ。


「その……書いたら、すぐに渡したくなって。あ、味気ないとは思ってるわ。で、でも、それしかないみたいで……」

「へ?」

「ご、ごめんなさい。やっぱりなんでもないからっ、明日渡すか――うぁ……い、今見ないでよバカ……」


 彼女の言葉を無視して茶封筒を開くと、中から巻き三つ折りされた半紙が出てくる。中に書かれた文字は、相変わらず角の立った綺麗な、少々言葉の意味とは雰囲気が懸け離れた『好き』の二文字だった。


 秋夜さんが顔を真っ赤にして呻くような声を出して僕を叩いた。


「これ、今日書いてたヤツ?」

「そう……。その、月弥にちゅーしてもらえたから、いつもより綺麗に書けて……分かる?」

「いや、いつも通り綺麗だとしか思わないけど……えと、何これ」

「だから、恋文よ……」

「告白してる? 僕のことが好きだって」

「……す…………さ、さぁ? どうかしら……」


 歯の隙間から息を漏らす、サ行の子音を出してから秋夜さんは口を噤み、それからドモリながら肩をすくめた。その動きも心なしか――いや、明らかにぎこちなくて。


 本当の告白なのかもしれない。

 もしかしたら、気持ちが先走ってラブレターを書いて渡してみたものの、今更告白する勇気が自分にはないことを気付いたのかもしれない。

 そう考えると心臓は鼓動を速くして、視線は秋夜さんに吸い寄せられて、彼女の作る音にすらならない空気の流れが聞こえるような気がして、気になって――


「そ、そっか……」


 もしかしたら、この恥じらった表情や、ラブレターを差出人の前で読むという僕の犯したタブーに怒った表情でさえ、演技なのかもしれない。

 だとしたら僕の負けだ。素直に負けを認めてしまって、彼女の揶揄を甘んじて受け止めよう。


 そう言い訳して思考停止の理由を作り、半紙を畳んで封筒に戻して、指の間に挟んだ。そして足の動きに合わせてブラブラと揺れる彼女の手に、タイミングを合わせて手を滑り込ませる。


「えっ……」

「その……手、握るだけ。一学期と一緒……」


 彼女の驚いたような声に恥ずかしくなって、口から出る声が尻すぼみになってしまう。


 秋夜さんはまん丸にした目で僕を見て、それからニコリと笑って、僕の手を握り返した。


「月弥、ありがと」

「――バカ」


 口から零れた言葉はただの暴言で、それも照れ隠しと完全に見抜かれるようなサイテーなもので、秋夜さんはただニコリと笑って僕の手をもう一度握った。

 僕には、彼女のこれを告白と断定して、彼女に好きだと伝えるにはあまりにも勇気が足りなかった。きっと、他人事なら彼等は両想いだと天地が引っくり返っても断定できるだろうに。






PS:ごめんなさい。前回のネタを半分に割ったせいでちょっと短くなった。

 レビューがそろそろ欲しいです! よければ書いてくださると嬉しいです!

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