第22話 ラブレターが送る唇
「ホントムカつくわ……死ねばい――ん~っ」
僕に向かっていつも通り汚い言葉で愚痴っていた秋夜さんが突然伸びを始める。彼女の視線を追って振り返って教室の扉を見れば、丁度飯田くんが入ってくるところだった。
「よぉ秋夜!」
「おはよっ、飯田くん」
二人が笑顔で挨拶を交わす。――秋夜さんの笑顔は仮面の笑顔だけど。尚、僕はいないものとして扱われていた。
「なぁ秋夜、そういや昨日さ」
「どうしたの?」
・・・ ーーー ・・・
「ん? なんか鳴ってね? ……トントントンツーツーツートントントンって聞こえるんだが」
「え~、私には聞こえないから気のせいだと思うよ」
「そうか。なにバタバタしてんだ? 手話か?」
「いや違うよ。なんか埃っぽい気がしただけ。それよりどんな話なの?」
「あぁ。それがよ……」
飯田くんと秋夜さんがお喋りを始めるとそこに僕の入り込む隙間はないし、『SOS』と秋夜さんがスマホからモールス信号の音を出すなり手話なりで送ってくるが何から『助ける』のか分からないので、いつも通り無視してポケットから単語帳を取り出して開こうとする。
が、今日は少し違った。
「一昨日のことなんだけどよ――」
「Hey飯田! 数学ノート見せてくり!」
「えっ、あ、おう。いいけど……」
「Andちょっと教えて! アタシこの範囲分かんない!」
「えぇ……まぁ、分かった」
「やった! じゃあこっちきて! Come on!」
飯田くんが話し始めた瞬間、金髪ハーフの金子さんが飯田くんに話しかけて、そのまま強引に教室の反対側へと連れて行った。
ちなみに、飯田くんは数学の小テストでいつも満点だった気がする。前回の中間試験も、数学は五位だった。物理も十位とかだった気がする。理系ってズルいな。
秋夜さんは何故か首を傾げて、麻衣ってまだ来てないよね……なんて呟いてた。金子さんの行動と原口さんに何が関係しているのか知らないが、これもまたどうでも良いことである。
とにかく、秋夜さんとお喋りする機会ができたのだ。何か話題はないか脳内検索をかけていると、両腕を伸ばして机に体重を預け、じーっと金子さんの方を見ていた秋夜さんが先に口を開いた。
「あれ? 金色モザイクハーフって
「ん? あぁ、そうなんだ。僕知らないから微妙な反応しかできないけど……。それにしても仲いいね、二人」
『版権問題』とツッコミを入れなければ『版権問題』は気にしないで済むので何も言わない。
秋夜さんはただ、『金色のモザイクがかったハーフ』を『金色モザイクハーフ』として、金子さんの呼称に置いているだけだ。気にするな。
金子さんが飯田くんの数学ノートを横に、時々手を止めながら問題を解く。そして首を傾げて飯田くんを見上げ、飯田くんはノートを指差して何かを説明する。
理解した金子さんがスラスラ筆を滑らせ、出てきた答えを見た飯田くんが頷くと、そのたびにハイタッチしていた。
「仲が良い? ふんっ、下衆同士お似合いじゃないかしら」
「言葉に毎回トゲがあるんだよなぁ……しかもツンデレじゃなくて本心で言ってるからなんというか……」
「月弥にはトゲは放たないように気をつけているわ」
「そういう意味じゃないんだけど。あのさ、実は金子さん、飯田くんのこと好きだったりして」
「――……はぁ……。はぁ」
秋夜さんは二度ため息をつく。
一度目は、悩ましげに、鈍感な人を哀れむような目で僕を見ながら。
二度目は、手に届かないオモチャを欲しがる子供の目で金子さん達を見ながら。
じっと見ていると、僕の方に目を戻した秋夜さんがビックリしたように椅子から跳ねて、慌てて言った。
「別に羨ましくなんかないわっ! 私いつも素直だものっ」
「え? 何?」
「私だって、自分の気持ちにも素直になってるのよっ、鈍感な方が悪いのよっ。だから愚民の素直さが羨ましいとかっ、思ってなくて! 違うわ! だから私はっ——」
「——秋夜さん、よく分かんないけどさ」
錯乱し始めた彼女の名前を呼ぶと、ピタリと動きを止めた。間が長いと再び錯乱する可能性があるので、二拍だけ置いて続ける。
僕が落ち着いていると思ったら大間違いだ。何を言えば正解なのかも分からない。話す内容なんて何も考えていない。でも、口から出任せに彼女に言いたくなった。
「あのさ、その〜……素直ってなんだと思う?」
「何よ突然……」
「えと~僕は純粋ってことだと思うんだ。その分、秋夜さんは人に対して至極素直じゃない。とても濁ってると思う。
……でもさ、僕に対しては至極素直だと思うんだ。仮面を外した秋夜さんはトゲが多いしエグいところもあるけど、それが秋夜さんの本性でしょ?」
「何が言いたいのよ」
「だから~その……」
秋夜さんが僕の言葉を待っている。でもいつまで待ってくれるか分からない。
思考を諦め、ギアダウンもせずに無理矢理に話を着陸させた。
「あ~もうっ、僕にとって秋夜さんはすごい素直で純粋で可愛い人だからっ、素直がどうとか思春期みたいなことで苦しまないでよっ。秋夜さんは秋夜さんでいいじゃんか!」
「――……月弥、あなたが錯乱してるわ。恥ずかしいこと言わないで、バカ」
「急に冷静にならないでよっ! こっちだっていろいろ考えてたんだから!」
言い返してから秋夜さんを見ると、彼女は目の下を真っ赤にして、口元を手で隠していた。
見るなバカ、と秋夜さんは乱暴に言って僕に背中を向ける。
黒髪が恥ずかしそうに揺れて、言葉を発した。
「月弥も、月弥のままで良いわ。取り繕わない月弥が好き」
「バカはどっちだよ、バカ……」
秋夜さんを視界に入れていることがもう恥ずかしくなってしまって、僕も彼女に背を向けた。
*
「あれ? 何これ」
「どうしたの?」
靴箱を開くと、中に白い葉書サイズの封筒が入っているのが見えた。取り出して、ひっくり返してみると、ハートのシールで封がされてある。
僕の声に反応した隣にいた秋夜さんが僕の手元を覗き込む。
ふわり、と優しい花の匂いがした。顔に髪の毛がかかり、その柔らかさにビックリして肩が跳ねる。秋夜さんがこちらを振り向く。
「ラブレターね。あら、顔赤いけれど大丈夫?」
「だ、大丈夫問題ない! ……その、顔が近くて、ドキってしただけ」
「そ……。で、月弥はどうするの?」
秋夜さんがぷいっとそっぽ向いて素っ気無く言い放つ。質問の意図するところがわからず首を傾げると、バカなの? と呆れた目で僕を見た。
「え? 何が?」
「このラブレターよ。月弥の封筒に入っていたということは、月弥宛てなんでしょう?」
「えっ!? 僕にラブレター!?」
「……話聞いてなかったの?」
秋夜さんが呆れた目から一転、ジト目で僕を睨み、ため息を一つして僕の頭を小突いた。そして僕からラブレターを取り上げ、表裏を見て肩をすくめる。受け取り主である僕への断りをナシにシールを剥がし、無地の葉書を取り出して眺める。
内容が気になって彼女の後ろに回って覗き込むと、僕のためか、秋夜さんが声音を甘ったるいぶりっ子の声に変えて読み上げてくれた。正直、差出人の像に『ぶりっ子』のレッテルがついてしまうのでやめて欲しいが、まぁいい。
靴に履き替えながら手紙の内容を聞く。
「『遠空月弥くん、話があるので今日の放課後に屋上階段に来てください。待ってます』……完全にラブレターね。良かったじゃない」
「え、ぼ、僕どうすればいいの……? こんなの初めてで」
秋夜さんは人差し指を立てて目を瞑り、靴箱に背を預けた。
「一つ目、待ち合わせ場所に行く。その場合、答えはハッキリすべきよ。断るならしっかり断りなさい。でもトモダチから始めましょ、ぐらいの定型句は送った方が後腐れしなくて楽よ」
「おぉ流石、経験豊富なだけあってアドバイスがしっかりしてる」
「私は処女よ。ヤリ○ンみたいに言わないで」
「そんな情報聞いてない! あとJKがそんなこと真顔で言うな!」
「そうかしら。これぐらい日常会話用語でしょう? 普通に言うわ」
「言うな!」
パチリと片目を開けて、聞きたくなかった新情報を教えてくれた。下ネタは嫌いじゃないが、秋夜さんが言うとは思えなくて愕然とする。
脱線した話を、立てる指に中指を加えた秋夜さんが戻した。自分で壊したものを自分で直すその精神、嫌いじゃない。
「二つ、告白を受ける気がないなら行かない。無視して帰るのは後腐れはあるかもしれないけれど、手っ取り早いわ」
「……もし待ち合わせ場所に行ったらさ、秋夜さんどうする?」
「どうするって……そうね。帰るわ。人の告白を覗く趣味はないし、今日は予定があるから早く帰りたいの」
言いつつ秋夜さんは靴箱から起きて、ラブレターと自分の手を僕に向けて差し出す。どちらかを選べ、ということだろう。少し考える。
すると、秋夜さんが分かり切っていたことを残念がるように、現実が想定通りに進んだことを悲しむように、だけど笑みを浮かべて肩をすくめた。
「なんてね、冗談よ。行ってきなさい」
その顔が作り物じゃないと勘でわかって、すぐに答えが決まる。自惚れな勘違いだったとしても、秋夜さんを悲しませることはしたくない。
「ごめん、意地悪したわ。待っててあげるから行ってきなさい」
「いや、いいよ。どうせ断るだけだし」
「え? 相手も見てないのに断るの? 正気?」
「自惚れかもしれないけど、秋夜さんには僕しかいないからね。秋夜さんがボッチになっちゃうよ」
「っ……自惚れよ、バカ。私は男なんて選り取り見取りなんだから」
秋夜さんはポッと頬を赤くして、僕を殴った。だがその顔は、にじみ出る嬉しさを隠し切れていない顔だ。
可愛くて抱き締めかけて、慌てて宙に伸びた腕を引っ込める。
秋夜さんは胸に手を当てて深呼吸を一つ、すぐにラブレターを破った。
「えっ!? ちょっ、それ僕のラブレター……」
「必要ないでしょう?」
「で、でも折角書いてくれた物だしっ、それに記念に――」
「折角書いてくれた物、ね。じゃあ靴箱の中のカメラは何かしら?」
「え? あっ、何これ!?」
言われて靴箱の中を覗けば、奥の方にそこには黒い小型カメラがあった。緑色のランプが点灯していて、つまり撮影中だと言うことが分かる。
秋夜さんはため息を一つ、破ったラブレターをゴミ箱に投げ、僕からカメラを引ったくって側面からSDカードを取り出す。その後、カメラを僕の靴箱に戻し、SDカードは大切そうにポケットに入れた。
そして軽やかな足取りで校外へ出る。慌てて僕もそれを追いかけて隣を歩く。秋夜さんは肩をすくめ、ポケットから取り出したSDカードを摘まんで見つめ、呆れたように言った。
「最近流行ってるのよ。冴えない男子に告白してみたっていう悪戯。実に低俗に極まりないわ。流石は末法の世ね」
「……じゃあこのラブレターはウソってこと? あと僕って冴えない?」
「そういうこと。でも、私がSDカードを持っている時点でもう手出しはできないから、報復はないから安心して。あと月弥は私の欲目でも冴えないわ。カッコ可愛いけど」
「う、うん。あ、ありがと。でもカメラ残したらまた同じことが――」
「いいえ、その逆。小型カメラなんて高い物まで没収したら向こうは怒り狂うはずよ。そしたらもっと面倒くさいことになるわ。でもSDカードだけなら、懲り懲りして、少なくとも月弥には手を出してこないでしょうね。
本当の策士は、敵に引き際を作って円満に場を終わらせるの」
「そ、そっか。でも惜しいなぁ……人生初のラブレターかと思ったのに……」
ため息と共に呟くと、秋夜さんは言葉にならない声で憐れみを含んだ音を返してくれた。
「今時葉書でラブレターとか、どこぞの和服美少女みたいなラノベじゃなきゃあり得ないわ」
「そっか」
それから数歩ほど歩き、一つ目の分かれ道につくと、いつもはそのまま歩く秋夜さんが立ち止まる。
首を傾げれば、今日は予定があってここでお別れとのことらしい。
「じゃあ」
「えぇ、また――いえ、その前に」
「何?」
「月弥、ラブレターが欲しいのよね」
「……まぁ。そうだけど」
首だけ振り向いていたのを、体ごと振り返ってそう答えれば、秋夜さんは鞄のサイドポケットから、淡い水色の水玉の模様のついた、先ほどと同じ葉書サイズの封筒を取り出す。
「私から、月弥へのラブレターよ」
「え?」
「じゃあね、また明日」
そう言って投げキッスをするみたいに、だけどそれよりかは少し長めに唇を落とした封筒を僕に向けて宙へ滑らせる。反射で受け取れば、秋夜さんは流し目でニコリと笑って僕に背を向けた。
PS:ラブレターの渡し方、大好き。ちなみにこのフラグは次々話に回収します。
タイトルがほとんど間を空けず『唇』続きなのは申し訳ない。
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