第17話 飴玉が転がる。心臓が跳ねる




 遠足も折り返し地点。山の頂上である。


「――はぁ、はぁ……ついたぞぉぉぉ!」


 僕らの到着から少し経った後、遅れて山を登り切った飯田くんが咆哮を上げた。彼は彼含め四人分の荷物を抱えて二時間ずっと山登りをしていたのである。その割に、僕らとのラグはほんの数分。

 感動して小さく拍手すると、女子メンバー三人とも合わせて拍手して、飯田くんからそれぞれ自分の荷物を受け取った。


「Nice! 飯田凄いね! ちょー感動した!」

「自分やるやん」

「飯田くんありがと~」

「おう! 俺はできる男だからな!」


 飯田くんはバシバシと金子さんに肩を叩かれて顔を顰める。金子さん的には賞賛のつもりだろうが、力加減が中途半端なせいかとても痛そうだ。

 ちなみに秋夜さんはその光景を白い目で見ていた。彼女曰く、口が四つ寄って心を一つにすれば『愚』になるらしい。こじつけな気もするが、彼女らしい方程式であることには違いない。


 一時間後にトイレ前集合だとみんなに言ってから、頂上のチェックポイントの先生に班員が集合したことを伝え、一人昼食を取る場所を探す。


 さて、昼ご飯である。 え? 班員? 一緒に食べる訳ないじゃん。ノリについて行けないし。

 適当に人気ひとけの少ないところに持ってきた茣蓙ござを敷いて腰を下ろす。リュックの中からコンビニ袋を出してふぅと一息つく。若い男女の女子三人+飯田くん交流は見ているだけでジジくさい僕には疲れるのである。


「ん~……ふぅ、いただきます」


 伸びをして、アルコールティッシュで手を拭いた後、おにぎりに手をつけた。コンビニのおにぎりは冷たさを失っていて口の中にイヤに張り付いた。もそもそと口に運ぶこと数分、隣に気配を感じる。

 見れば、むすっと顔をした秋夜さんだった。


「勝手にどこかに行くんじゃないわよ」

「何で怒ってんの? なんか悪いことしたっけ」

「怒ってない。探したのよ、いつの間にか気配消すんだから、バカ」

「ごめん」


 明らかに怒っている人の口調だ。でもツッコめばもっと怒りそうだったので、黙って謝る。


 秋夜さんが僕の隣に座ろうとしたので茣蓙の端に寄って彼女の分のスペースを空けると、彼女は『ん』と短く音を出して僕の隣に座った。

 不満げな顔が少し和らぐ。


「お昼は一緒に食べましょって言ったじゃない」

「言ったっけ? 覚えてないんだけど」

「――言ってなかったわ。でもそれぐらい分かって欲しいものね。これが乙女心よ」

「エスパーじゃあるまいし、分かるわけないじゃん」


 母は自称エスパーだが、僕はその遺伝子を引き継いでいないので僕には分からない――というか母の『自称』なのでどうせウソだ。


 閑話休題、秋夜さんはぼけーっと眼前の景色を眺める。遠くの方にぼんやり民家の並びが見える。少し横に目を向ければ隣の山の尾根が見えたりする。

 我ながらよく登ってきたな、と少し感慨深くなった。


 ぽつりと彼女が口を開く。


「月弥、私が第二チェックポイントまで口をきかなかった理由、分かるかしら?」

「あぁ、あれね。なんで黙ってたの?」

「月弥がずっと顔ばっか覆ってて、私と手を繋がなかったからよ。ちゃんと繋ぎなさいね?」

「っ――ごめん……じゃなくてっ、なんで繋ぐ必要があるの!?」

「繋ぎなさい。分かった? 分かったら返事よ」

「は、はい……」


 ドスの効いた低い声で言われたら誰だって相手の要望を受け入れるしかないのは分かってくれるだろうか。

 僕の消え入るような声に、秋夜さんは満足げに頷き、もうお弁当を食べ終えたのか、僕のリュックから干し柿を奪っていった。

 代わりにアメ玉が何個か僕のリュックに投げ入れられた。



 *



 秋夜さんの手はスベスベで、柔らかい。握れば握り返してくれるし、ただ繋いでるだけだと時々甘えるように握ってくる。そこで握り返せば、満足げに再びぎゅっと握り返してきて、隣からは上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。

 そのたびに僕の顔は赤くなってしまう。


 ただ一度握り慣れると不思議なもので、何かアクションが起きない限り手を握っていても恥ずかしさを感じなくなった。

 ――逆に、アクションがあったら恥ずかしくなる、ということだが。その特性を利用して秋夜さんに遊ばれた。


 先導は相変わらず関西ザル西園寺さん。その後ろに金子さんと、その彼女に引っ張られて歩く飯田くん。少し距離を挟んで原口さん、そして僕と秋夜さんである。

 原口さんはずっと無言で、時々ちらっと振り返って笑顔を浮かべているばかりだった。そのたびに秋夜さんは顔を伏していた。


 下山コースは登りとは別の獣道である。こちらは距離があるかわりに道が平坦なので、滑り落ちる危険もない。安心して秋夜さんと手を繋いで下山できるって訳だ。——心は全くやすからないが。


 余談になるが、先生に聞いたら正確には獣道ではなくて千年前の参詣道らしい。次のチェックポイントから先は現在のしっかり整備された参詣道なので、ずっと楽になるらしい。

 口の中で秋夜さんにもらった飴玉を転がし、重力に任せて歩く。

 ――と言うことで。


「Check point!」


 もはや日本語でない金子さんの声に、切り株に座っていた『無言の鬼』の異名を持つ先生が僕らを一瞥する。アイコンタクトだけでチェックポイントを通過した僕らは少し休憩を取ることにした。


 ここは山の中腹に建てられた神社である。こんな所に人が来るのかと思えば、意外と賑わっていた。バレーコートに四人ぐらいの人口密度だが。


 女子三人と、金子さんに引きずられた飯田くんが早速本殿の方へと歩いて行った。僕の隣の残った秋夜さんも結局トイレに行くと言って別れ、一人で辺りをぶらついてみる。

 すると売店が目に映った。信心深くない僕にとって神社で面白そうなものは手水ちょうずと投げ銭スポット、そして売店の三つぐらいしかない。

 しかし神社で利得行為とはこれ如何に。まぁ、実際は『売買』ではなく『神への奉納』という表現が用いられ、また『値段』の代わりに『初穂料』という言い方がされているのだが。


 各所からクレームが来そうなので思考を止め、はぁ、と僕はため息をついた。そして石の椅子に腰を下ろす。僕の手には『恋愛成就』と書かれたお守りが一体。そして財布からは五百円玉が消えていた。

 何で買っちゃったんだろ、ともう一度ため息を吐く。信心深くないのに。


 頭を抱えていると、突然手の中からお守りが消えた。消えた方を見れば、トイレから帰ってきた秋夜さんが僕のお守りを眺め、ニヤニヤしている。


「ちょっ、返して!」

「断るわ。月弥ってこんなの買うのね、誰が好きなの?」

「誰でもないよ! 返せっ!」

「誰でもないのね。っ、乱暴したら大人の人呼ぶわよ!」


 取り返そうとして秋夜さんの腕を掴むと、ギッと睨まれた。他人任せでガキっぽい脅しに屈服した僕は黙って引く。

 すると秋夜さんはリュックからノートとペンを取り出し、ページを小さく千切って僕に後ろを向くように指示した。リュックを下ろせと言われたら素直に下ろす。どうやら僕の背中を机として使うつもりらしい。


 背中に紙と服を挟んでペンの感触を得る。禾偏のぎへん卦算冠鍋蓋冠、これは木偏きへんで最後が草冠くさかんむり……? 何を書いてるんだ?

 書き終えた秋夜さんは紙を小さく折りたたみ、僕ののお守りの袋を開ける。お守りの中には『内符』と呼ばれる御札が入っているだけで、別にお守りの中を覗いたからといってバチが当たるわけでもないが―—秋夜さんはそこに先ほどの紙を入れた。


「何してるんの!」

「あら、知らない? この神社のお守り、お茶目要素があるのよ」

「他(神)社との商品の差別化を図るな! もう立派な経営戦略じゃないか!」

「私に言われても知らないわ。ただ、ここの恋愛成就のお守りは相手を指定できるのよ」

「それさ、ワザとぼかしてそれっぽいこと言ってる御神籤の主義に反してるじゃん。ダメじゃん」


 占いや予言も同じで、敢えてハッキリ言わないことで相手に想像させ、相手が勝手に納得するように仕向けるトリックを使っている。現実主義者の僕にとっては下らないの一点張りで押し通してしまう議論だ。夢のない性格で申し訳ない。

 ちなみにこの性格は自称超能力者の母の話を散々聞かされて、超能力に憧れた幼少期の反動である。僕のせいじゃない。教育が悪かったんだ。全く、親の顔が見たいもんだ。


 秋夜さんは僕のお守りを指にぶら下げてくるくる回しながら言う。


「このお守り、好きな人の名前を書いてお守りに入れると恋仲になれるらしいわ。ちなみに一度閉じたあとで開くと効果がなくなるから気をつけて」

「ってことは僕五百円損したってこと!?」

「好きな人がいないなら別に私が名前を書いても問題ないじゃない。そう怒らないでくれるかしら?」

「いや起こるよ! 誰の名前書いたの!?」

「さぁ、誰でしょうね」

「答えてよ! 誰なの!?」


 秋夜さんは肩をすくめ、淀みない手つきで僕のリュックにお守りを括り付けつつ言った。僕の詰問を秋夜さんは飄々と受け流す。豆腐にかすがい糠に釘、暖簾のれんに腕押し柳に風の四拍子が炸裂した。

 そうやってぎゃーぎゃー騒いでいたからかもしれない。

 音と音の合間にふと聞こえた女子大生二人組の会話に耳が傾く。


「ねぇ、あのお守りってそんなにすごいの? 何か特性でもあんの?」

「自分の名前を書いて好きな人に渡すと恋人になれるんだって。彼氏にあげよっかな~」

「何それ浮気予防? ウケる」


 彼女たちの会話を聞いて思考に数秒。結論が出て秋夜さんをジト目で見れば、彼女はバツの悪い顔をして僕から目を逸らす。


「その……これは……私の……勘違いだったわ」

「――……」

「だから、別に……し、しらなかったのよ!」


 じっと見続ければ、秋夜さんは赤い顔を僕に背けて、どこかへ走って行ってしまった。

 ふと手の中に目を移すと、いつのまにか小さな紙切れとボールペン、それと僕が買ったはずのお守りがあった。あれ、と首を傾げると僕のリュックで、のお守りが揺れた。


 彼女の『トイレ』はこの桃色のお守りを買う口実だったのだと気づく。

 ——お守りの効果、ちゃんと知ってるんじゃんか。全部分かっててやってたんだろ。だから僕に紙とペンを残してったんだろ。秋夜さんのバカ。


 紙切れに自分の名前を書きながら、これをどうやって彼女に渡そうか悩んだ。






PS:読みたいシチュエーションがあったらコメントからお願いします! 書けるだけ書いてみます。

 昨日はお休みしてごめんなさい。

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