第3話 本性もたいがい可愛いけれど、仮面だって負けてない
「いただきます」
「えぇ。頂きます」
昼、マックの中。美少女が目の前にいる。——仮面の下は魔物だけど。
手を合わせていつもの
僕の動きを真似してぎこちない動きで包みを開けた彼女が、机の上や辺りを見渡してから小声で聞いてきた。
「この店にナイフとフォークはないのかしら」
「あるわけないじゃん。かぶりつくんだよ。こうやって」
「……知ってるわ。食べ方ぐらい」
「じゃあなんで聞いたんだし」
「初めて食べるのよ。食べ方なんてわからないわ」
秋夜さんは眉をハの字にしてバーガーを睨んだ。
どっちなんだよおい。
目でツッコむと、秋夜さんも負けじと僕に睥睨を返してきた。
無駄な心配だが、秋夜さんがちゃんと食べられるか見守ってあげることにした。それに気づいていながらも、秋夜さんは僕に何も言ってこない。彼女自身、少し不安があるのかもしれない。
——ハンバーガーを食べることになんの不安があるんだよ。
秋夜さんはおそるおそる包み紙を両手で持ち、小さく囓りついた。
「ん……パンばっかりね」
「食べ方が小さいんだって。大きく開けて食べるんだよ」
「そんな食べ方これまでしたことないわ」
「じゃあ今しなよ。この世の前例に前例があったと思う?」
「ないわ。元は全て新しい試みよ」
ちなみに今のは国語の教科書の論説文で出てきた言葉だ。良文だったので覚えていたのだが、それは彼女も同じらしい。それだけの事が少し嬉しい。
少し思案してから毅然と彼女はそう答え、意を決したようにバーガーに齧りついた。
その効果音がこちら。
「……はむっ……」
やばっ、可愛い!
口に入れすぎたのか頬がリスみたいに膨らんでいて、可愛い。
そのせいで苦しいのか、目がバッテンになってて可愛い。
コーラを慌てて飲もうとするその挙動が可愛い。
一瞬にしてときめきが加速する。ずるい、普段エグいのになんでこんなんい可愛いんだ。
むしゃむしゃ食べてる秋夜さんに見惚れつつバーガーを囓ると、目測を誤って舌を噛んでしまった。痛い。
彼女は小さく口を動かし、長い時間を掛けて咀嚼した後、飲み込む。そしてコーラに手をつけ、再びバーガーに目を戻す。
口の中に入れすぎてしまったわ、と小さく独り言を呟いていた。
じっと見つめていたせいで、ふとこちらを見ていた秋夜さんと目が合う。彼女は、自分の口元を触りながら首を傾げた。
「何かついてるかしら?」
「いやっ、なんでもないっ……」
「そう」
慌ててバーガーに目を移し、それを口の中に押し込む。秋夜さんは首を傾げて僕を見ていたが、やがて自分のバーガーに意識を戻した。
少し、これからの学校生活に不安を覚えた。僕はちゃんと授業を受けられるだろうか。ずっと彼女ばっかり見つめたりとかしないだろうか。
「実は……その、可愛いなって」
「っ! ごほっ、げほっ——ちょっ、な、何突然言うのよっ!」
秋夜さんは口に手を当てて咳き込んで、僕に怒りの目を向ける。
「ごめん。いや、ほんと。さっき見てた理由……言っただけです」
「あなたのせいで手が汚れたわ。どうしてくれるのよ」
「ごめん。これ使って……」
自分のトレーの上のティッシュを彼女に渡して、もう一度謝る。
何を僕は言っているんだろうか。期待してた? 何を? 今のが告白認定されることを?
——違う。秋夜さんの本性が『可愛い』ことを伝えたかったんだ。前の学校で何があったかなんてよく知らないけど、本性の秋夜さんは仮面をかぶった秋夜さんより何百倍も『可愛い』ことを教えたかったんだ。
でも、今それを言っても逆効果になるのかな。
プンスカ怒りながら手を拭っていた秋夜さんに聞いてみる。
「あのさ、秋夜さんの聖女キャラって何を参考にしてるの?」
「聖女キャラ……あぁ。遠空くん、これのことかな?」
「そ、そう。それ」
秋夜さんは怒っていた割に、すぐに仮面をかぶってにこりと笑い、実演して僕に聞き返した。頷いて肯定する。
「参考元は私のことを虐めてた愚民共の
「ゲスは自分もだってわかってる?」
「一度死んで人生やり直した方があなたのためになると思うわ」
秋夜さんはバーガーを包んでいた紙の中に丸まったティッシュを入れ、セットで付いてきたポテトをつまんで食べる。
ちなみに、ポテトを箸の代わりにストロー二本で食べようとしていたのは僕が止めた。
「コツは? 仮面かぶってたら精神疲労が半端ないでしょ?」
「企業秘密よ。だけどあなたには教えてあげるわ。耳貸しなさい」
「え、あ……はい」
彼女はコーラで口の中を潤した後、机に体を持ち上げて僕の耳に口を寄せた。顔の前を揺れる髪の毛からいい匂いがする。
ぽーっとしていると、突然、耳の中で暖かい空気が渦を巻いた。
「ふーっ」
「ひゃぅっ! な、なにすんだよ!」
「ふふふっ、面白い反応をするわね。さっきのお返しよ」
「ビックリしたじゃんかっ、怒るよ!?」
「どうぞご勝手に。企業秘密は教えてあげないけれど」
「……教えてよ、怒らないから」
「いいわね、そういう素直なところ、嫌いじゃないわ」
じゃあ好きってこと?
冗談めかして聞くほど僕は彼女と縁が深くないし、女性慣れもしてない。一人でドギマギしながら、かったるそうにポテトを囓る彼女の説明を聞く。
——ものの数分で食べ方が板についてきた。
「簡単よ。本性が仮面、仮面が本性と思えばいいのよ。右利きの人が左利きを練習して左手で文字が書けるようになったとして、どう? その人は左利きかといえばそうでもなく、両利きになるでしょう?」
「なるほど。じゃあ……俺も一人称が俺だって思えばいいってこと?」
「何? 一人称変えたいの?」
「まぁ……ね。『俺』の方がいいかなって思って。『僕』だと頼りないでしょ? ——って、姉に言われた」
「へぇ。あなた、お姉さんがいるのね。何歳?」
「もうすぐ成人」
「そ。で? 一人称を変えたいなら好きにしたら? 私の知ることではないもの。でも一つ言ってあげる。私は――」
いや、聞いてきたのそっちの方じゃん。
その感想は飲み込み、僕は彼女の言葉を待つ。だけど、待てども彼女は何も言わない。見れば、彼女は視線を斜め下に逸らしてぷるぷるしていた。その目の下は赤く、何かを堪えているかのようにぎゅっと体を固まらせている。
「どうしたの?」
「私は――……す、す……好き、よ」
「っ――」
「そのっ、あなた本来の一人称がッ……」
あとから慌てたように付け足された条件に、別にしていなかった期待がポッキリと折れる。
恥ずかしがり屋さんな彼女は言い切った後、顔を両手で隠して席を立つ。トイレ、と一言だけ言い残して僕の後ろをツカツカと通り過ぎていった。
——僕は机に突っ伏して、誰にも聞こえないように小さく呟く。
「くそっ、ドキドキしてんじゃん僕……」
紛れもなく、僕の心臓はゴム鞠のように跳ねていた。
*
「遠空くんっていつも勉強してるんだね」
「えっ――……あ、あぁうん」
「すごいね」
「えと……ありがと……」
朝。いつも通り英単語帳を開いていると、いつもの女子メンバーがまだ来ていないからか暇していた隣の席の聖女が話しかけてきた。
ウソついた。聖女じゃなくて悪魔だ。
仕方なく単語帳から顔を上げて彼女の方に目を向ければ、思い当たる節のない、恨みがましい視線を向けられる。
秋夜さんからの視線じゃない。彼女の前の席の男子だ。ほら、よく秋夜さんに話しかけてる男子。名前は——知らん。
だから友達ができないんだろうけど。
「遠空くんって頭いいの?」
「――……何が言いたいの? いや、何が目的?」
――追加して、素でこんなこと言ってるから友達出来ないんだろうなぁ。
心の中の冷静な僕が呟く。別に僕は厨二病じゃない。ただ、秋夜さんが突然意味のない話題を振ってきたから訝しく思っただけだ。
「目的なんてないよ? ただお喋りしたいなぁ~って」
純真そうな、カマトトぶった顔で、間延びした声で彼女は喋る。その喋り方、あまり好きじゃないんだけどなと思いつつ、彼女の視線から送られてきた『ぶっ殺す』の視線に慌てて応える。
「ん~そこまで頭良くないけど」
「へぇ~――得意科目とかは?」
秋夜さんからの『ぶっ殺す』が強くなった。
なんだこれ、全部の選択肢が好感度下がる
——あぁ、そっか。前の席の男子と会話したくないから、僕との会話を盛り上げようとしているのか。トイレに逃げればいいのに。
そうは思いつつ、まぁいいかと彼女の策に協力する。
ちなみに、『あの恋愛ソシャゲ』とは僕がハマっているクソゲーのことである。十分の九の選択肢が全て好感度低下という、ソシャゲらしからぬ鬼難易度だ。
「国語は好きだよ? 秋夜さんみたいに難しい語彙はそんなに知らないけど」
「いやいや、私もそこまでだよ。じゃあ何か出してみてよ」
「……『破天荒』とか?」
「え~私分かんないなぁ」
秋夜さんはぶりっ子みたいに首を傾げて見せる。
『
「あっ、俺それ知ってるぜ。秋夜、豪胆で荒っぽい人のことだぜ」
ちなみにこっちの正解は『未開の境地を切り開く』って意味です。『天荒を破る』が書き下し文。これぐらいは常識。
——ってお前誰だよ。
ナチュラルに会話に加わってきたのは、先ほど僕を睨んでいた、秋夜さんの前の席の男子である。
秋夜さんは明らかにうざったそうな目を僕に向けた後、笑顔の仮面を被って彼に向けて手を叩く。——本性見せられないからって、フラストレーション僕に向けるのはやめてほしい。
「わ~飯田くんすごいね! 確かに、漢字の羅列がそんなニュアンスだねっ! あっ、私みんな分かんない単語知ってるのっ」
「へぇっ、秋夜すごいなっ。なんだそれ?」
飯田くんは大げさなリアクションをして、秋夜さんに出題を促す。
この男子、飯田くんって言うんだ。覚えておこう。
——秋夜さんの次に覚えたクラスメイトの名前が男子かぁと残念な気持ちになった。
「あのね、『
「しらかわよふね……?」
「だよねっ、流石に分かんないよね。遠空くんは?」
「一応、知ってるけど」
「あっ、お、俺も知ってる! 思い出した!」
「えっ、そうなの!? しょんぼり~。私だけ知ってるんだと思ってたぁ~。どういう意味だと思う? 言ってみて?」
エグすぎ。やり過ぎだよ。問題のチョイスが酷すぎるって。
視線でそう秋夜さんに訴えてみるけど、彼女は素知らぬ顔。絶対答えを分かってないであろう飯田くんが可哀相に思えてきたので助け船を出す。
「知ったかぶり、でしょ?」
「っ――そ、そうそう、知ったかぶりの意味だろ? 俺も知ってたぜ!」
「わぁっ、飯田くん凄いっ。じゃあ由来は?」
秋夜さんは笑顔のまま飯田くんに問題を出す。明らかに飯田くんは困った顔をした。
秋夜さんエグいよ! やりすぎだよ!
そんな思いを込めて彼女を睨むが、素知らぬ顔をされた。
ため息をひとつ、飯田くんに助け舟を出す。
「白河の地名を川だと勘違いしてた人が白河のこと聞かれて、夜に船で渡ったから良く分からん、って答えたから。でしょ?」
「そうそう、俺も言おうとした!」
「すご~い正解! 飯田くん何でも知ってるんだね!」
「いや~そうかな! でも俺なんか全然だぜ!」
秋夜さんが大げさに褒めて、飯田くんが満更でもなさそうに謙遜する。
よかった、飯田くんの尊厳はこれで守られた。——答えたのは僕のはずなのに、とかは気にしたら負け。彼女には『聖女』という大事な役目があるのだから。
ほっと一息、僕は単語帳に目を戻す。
「私さ、知ったかぶりってよくないと思うんだけど、飯田くんはどう?」
——場に沈黙が生まれた。
ニコニコしたままの秋夜さんと、引きつった笑みを浮かべる飯田くん。あまりのエグさに単語帳を床に落としてしまう僕。
その音がよく耳に響いた。
秋夜さんがニコニコ顔で何かを続けようとしたその瞬間、教室の扉から三人の、飯田くんの救世主が現れた。
「Heyユナちゃん!」
「柚菜ちん早すぎん?」
「おは柚菜~。今何の話してたの~?」
いつもの女子メンバー三人組である。英語の発音が異様に良すぎて違和感しかない金髪と、小柄で関西弁のショートボブと、語尾が間延びしたおっとり系ロング。——名前は全員知らない。
秋夜さんは彼女たちに挨拶を返して、にこりと笑った。
飯田くんは明らかにほっとした顔でいそいそと自分の机に向き直る。
僕もほっとして、拾い上げた単語帳を再び開いた。その瞬間、名前を呼ばれる。
「——遠空くん」
顔を上げれば、彼女と目が合う。
秋夜さんは片目をつむって僕にサムズアップして、なんてことないように言った
「やるじゃん。かっこよかったよ」
「ん? 柚菜ちんどうかしたん?」
「いや、なんでもない。こっちの話、ね? 遠空くん」
「う、うん……」
単語帳なんてとっくのとうに手のひらから滑り落ちてた。
自分の顔が真っ赤に染まってるのがわかる。だけど、嬉しくて笑みがこぼれた。
——仮面だって、たいがい可愛いじゃんか。くそっ。
PS:秋夜さんエグいねってのと、今後のフラグ。長くなってごめんなさい。誤字あったら教えてください。
お星様とかフォローとかコメントとか、してくれると嬉しいです。
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