第十夜

 一週間後に指定された場所へ出向くと、ガラス張りのおしゃれな店内で若い女子たちがお茶を楽しんでいる。

 昼下がりの日がガラスに反射して眩しい。

 まるで俺の入店を拒んでいるようだ。


「んで、呼び出されて来たはいいが、んな所入れるか!」


「だって、お父さんに友達とカフェに行くって言っちゃったんだもん!

 お願い!」


 所長の監視があるとしたら、場所を変えるのは悪手だろう。


「はぁ……わぁったよ。

 今回は、未花のお願いを聞いてやる」


 俺が折れる形でカフェに入ることになった。


「よかった!

 ありがとう!」


「だがな、そのうち俺のお願いも聞いてもらう」


 と言いつつも、この約束がいつまで有効かは分からないなと思う。

 俺たちは席に着き、未花はニコニコとデザートを美味しそうに口に頬張っている。

 だが一刻も早くこのカフェを出たい俺は、二人で話せる場所かつ女子高生が行くような場所を必死で考える。

 俺の高性能な脳が出した答えは……カラオケ。

 未花は不満そうだったが、俺は彼女がケーキを全て食べ終えるのを見計らってカラオケに連れて行く。

 案内されたのは、二人で使うには広すぎる部屋だった。


「ここなら監視カメラはあっても、声は大丈夫だろ。

 だが、何も音楽がかかってないと怪しまれるか。

 適当に曲入れろ」


「なんで私が」


「俺は最近の曲知らねぇんだよ」


「おじさんじゃん」


「うるせぇよ。

 んな暇ねぇんだよ」


 俺の話を未花は聞き流して、曲を入れる。

 すぐに爆音で伴奏が始まる。

 これで聞こえるのかと疑問に思いながらも、クマの一件について話す。


「クマの件だが」


 やはり俺の声が届かないらしく、未花は首をかしげている。

 俺はもどかしくなって、爆音でも声が聞こえそうな距離まで未花に近寄る。


「これで聞こえるか?」


「き、きこえる」


 返事をした未花の顔が思ったよりも近くにあって、動揺する。

 それを悟られないように、俺は話を進める。


「んで、クマについてだが、あの後ちょっと調べてみた。

 鍵はあの中にある。

 だが、恐らく人形に何かしらセキュリティがあると思っていい」


 俺の話を聞いた未花が背筋を伸ばして俺の耳元で喋る。

 濃厚な甘い香りがする。


「お父さん前にクマをなくしてるから、対策はしてるかもしれない」


 香りに全てを持って行かれそうになるが、かろうじて頷く。

 意識から無理やり香りを追い出し、自分を話に集中させる。


「……してるだろうな。

 少し調べた感じだと、クマの人形を動かしても所長にはバレないみたいだ。

 だが人形がなくなったことが分かれば、所長が探してすぐバレちまう。

 だから、クマを手に入れたらすぐに重要書類のある仕事部屋に入らないといけない」


 爆音の中で未花が頷く。

 理解していると思っていいだろう。

 話を進めたが、途中で未花が慌てて俺の話を遮る。


「待って!

 仕事部屋にあるセキュリティの暗証番号はどうするの!?」


「番号は分かってる。

 あとは確認だけだ」


 未花は腑に落ちない顔で頷く。

 なぜ俺が暗証番号を知っているのか疑問なんだろう。

 それは今の未花には知る由もない。

 俺は自分の考えた計画を展開し、未花は熱心に内容を理解しようとしている。

 その姿が可愛らしくて集中が途切れそうになるが、俺は最後までどうにか計画を伝える。

 そしてタイミングよく流れていた曲が終わり、決行日は一週間後と俺が決めた。

 その間、俺と未花は計画がより完璧にいくように綿密に打ち合わせをした。

 あまり多く会うと所長に目を付けられてしまうので、スマホで連絡し合った。


 そして、計画実行前日。

 俺はどうしても未花に会っておきたかった。

 もし計画が上手くいかなければ、今後一切会えないかもしれない。


「蓮、お待たせ」


 時間通りに待ち合わせ場所に現れた未花。

 動きやすい服装を好む未花だが、今日はワンピースを着ている。

 思わず見惚れてしまい、反応がわずかに遅れる。


「おう。

 車あっちに停めてあるから、ついて来い」


 未花は何も言わず一緒に来てくれた。

 初めよりも俺を信用してくれているのだろうか。

 商業ビルのエレベーターで駐車場の階まで上がる。

 俺の車まで歩いて行き、停めてある車の後方まで来るように呼ぶ。


「こっち」


 柵の向こう側には未花の街が一望できる夜景。

 ここに未花を連れて来るのは初めてだ。

 未花が俺を誰だか分からなくなった二回目の出会いの後に偶然見つけた。

 いや、偶然ではないのかもしれない。

 記憶を消された未花に思い出してもらいたくて、彼女の自宅周辺をうろついていた時に見つけた場所だった。

 さながらストーカーだなと自分でも思う。

 そんな事をしてしまうくらい忘れ去られたことが切なかった。

 俺がそんな想いを抱えていることなんて知らずに目の前の風景に感動する未花。


「わぁ……きれい」


「だろ?」


 だが、あの時のやるせない気持ちが未花の嬉しそうな顔で少し成仏したような気がした。

 もう二度とあんな気持ちにはなりたくなかった。

 この計画を絶対に成功させる。


「最後におさらいしておくぞ。

 明日は所長が家を出たら、クマと鍵を渡す。

 未花がセキュリティを解除したら、所長は俺が見張っておくから仕事部屋に入れ」


 俺が計画を口にすれば、未花も間髪を入れず応じる。


「書類を素早く撮影したら、お父さんが帰ってくる前にクマと鍵を持って家を出る」


「んで、もし暗証番号が間違ってて、扉が開かなかったら計画中止だ」


 これだけが心残りだが、クマさえどうにかできれば未花は無事なはずだ。


「うん、わかってる。

 散々確認したでしょ」


「だな。

 ……決行前に俺のお願い聞いてくれるか?」


「キスとかじゃなければ」


 俺はいたずらっぽく笑う未花をかわいいと思う。


「ちげぇよ」


 俺は柵に置かれた未花の手を握る。

 明日失敗に終われば、俺の存在が所長に分かってしまうだろう。

 そうなれば未花とは、もう会うこともないだろう。

 恐怖が俺を襲う。

 血の気が引いていく。


「もしも覚えてたらでいい、これが終わったらまた俺の所に来てくれ。

 俺はずっとあの雑居ビルの一室で待ってるから」


「うん……わかった」


 俺は未花を救いたい。

 そのために明日の計画は成功させなくてはいけない。

 気持ちを新たにし、俺は未花の手をそっと離した。


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