第六夜

「んで、呼び出されて来たはいいが、んな所入れるか!」


 一週間ぶりに会った蓮が腕組みをして見つめる先には、流行りのカフェの看板がある。

 昼過ぎ、いわゆるおやつの時間なので、カフェには人が集まっている。


「だって、お父さんに友達とカフェに行くって言っちゃったんだもん!

 お願い!」


 私のお願いは声が大きかったようで、周囲の人がこちらに振り返っている。

 蓮は注目を浴びるのが嫌だったようで


「はぁ、わぁったよ。

 今回は未花のお願いを聞いてやる」


 と私に合わせてくれた。


「よかった!

 ありがとう!」


「だがな、そのうち俺のお願いも聞いてもらう」


「えっ!」


「当たり前だろ。

 ほら、行くぞ」


 失敗したと思いつつも、運ばれてきたデザートを口に頬張ればフワフワでクリーミーな甘さが口に広がる。

 幸せの味。

 ため息をつく蓮をよそに私はケーキを食べる。

 その時、何かを思いついた顔で蓮が話し始める。


「未花、友達とカラオケって行くか?」


「うーん、たまに」


「決まりだな」


「えぇー」


「明らかに不満そうだが、ここじゃ話せねぇだろうが」


 こうしてデザートを満喫した後、蓮とカラオケに行くことになった。

 幸い少し広めの部屋に案内された。

 私は蓮と離れた奥側の席に座る。


「ここなら監視カメラはあっても、声は大丈夫だろ。

 だが、何も音楽がかかってないと怪しまれるか。

 適当に曲入れろ」


「なんで私が」


「俺は最近の曲知らねぇんだよ」


「おじさんじゃん」


 蓮が何か言っているのを聞き流し、私はテーブル上にあったリモコンを取って自分の知っている歌手の曲を音声入力する。

 直後聞きなじみのある伴奏が流れ、蓮が話し出す。

 ところが大きな音に阻まれて蓮の声が私の耳に届かず、私は思わず首をかしげる。

 その様子を見た蓮がガタッと立ち上がり、私の隣に座る。

 逃げ場のない私に蓮が顔を寄せる。


「これで聞こえるか?」


「き、きこえる」


 私はパーソナルスペースに入られて緊張してしまう。

 蓮からいい香りがする。

 香水かな。

 あれ……私、この香り知ってる。


「んで」


 思考していた私は蓮の声で現実に引き戻される。

 私は考えることを辞め、顔を上げて彼の言葉に耳を傾ける。


「クマについてだが、あの後ちょっと調べてみた。

 鍵はあの中にある。

 だが、恐らく人形に何かしらセキュリティがあると思っていい」


 耳元で話されてゾワゾワするが、話し合いなのだから情報を共有しなくてはならない。

 やむを得ず私も蓮の耳元まで顔を寄せて話す。


「お父さん前にクマをなくしてるから、対策はしてるかもしれない」


 蓮は頷き、もう一度私の耳元で話す。


「……してるだろうな。

 少し調べた感じだと、クマの人形を動かしても所長にはバレないみたいだ。

 だが人形がなくなったことが分かれば、所長が探してすぐバレちまう。

 だから、クマを手に入れたらすぐに重要書類のある仕事部屋に入らないといけない」


 私は話す代わりに頷く。


「でだ、手に入れる前に段取りしておいた方がいい。

 計画はこうだ。

 俺が所長の出勤前に人形を手に入れる。

 所長が家を出たら、家にいる未花に人形と鍵を渡す。

 俺は近くに停めた車で所長の動きを見張る」


 私はハッとして蓮が話しているのを制止する。


「待って!

 仕事部屋にあるセキュリティの暗証番号はどうするの!?」


「番号は分かってる。

 あとは確認だけだ」


 なぜ蓮が番号を解読できたのか不思議に思いながらも、静かに頷く。

 それから蓮は、事細かにセキュリティ解除後の計画を耳打ちする。


「で、未花がセキュリティを解除したら、仕事部屋に入って書類を俺が渡したスマホで写真を撮れ。

 素早くな。

 所長が家と研究所を往復するのに約二十分」


 まず父が研究所に行くのに車で十分ほど。

 そして人形がないことに気付いて自宅にあるそれを取り戻しに来るのに、更にもう十分。

 私は意外に時間があると感じた。

 蓮は私が理解するのを待ってくれていて、聞こえるのはカラオケの音だけ。

 彼と視線を合わせれば、彼は笑ってはいなかったが力強い目で頷いて話を継続した。


 「未花は所長が戻るまでに部屋を出て、クマと鍵を持って家を出ろ。

 俺が未花を駅まで送るから、あとは所長にバレないように普段通りに行動しろ。

 クマと鍵は、俺の方で何とかする。

 分かったか?」


 ちょうど曲が終わる。


「分かった。

 決行日は?」


「一週間後でどうだ?」



 それからの一週間は、計画の確認などで時間が過ぎていった。

 作戦決行日の前日に蓮から会いたいとの知らせがあった。

 時間は二十時、場所は私の家から一番近い繁華街。

 待ち合わせ場所である駅の改札を抜け、蓮の姿を確認した私は声をかける。


「蓮、お待たせ」


「おう。

 車あっちに停めてあるから、ついて来い」


 言われるがまま後をついて行くと、駅近くの商業ビルに入る。

 エレベーターで上階まで昇れば、そこは駐車場だった。

 湿っぽい風で私の長い髪とワンピースが揺れる。


「こっち」


 車に乗るのかと思いきや、車の後方へ呼ばれる。

 そちらへ歩いて行けば、眼前には私が住む街の夜景が広がっていた。


「わぁ……きれい」


「だろ?」


 蓮は嬉しそうに微笑む。


「最後におさらいしておくぞ。

 明日は所長が家を出たら、クマと鍵を渡す。

 未花がセキュリティを解除したら、所長は俺が見張っておくから仕事部屋に入れ」


 私は即座に計画の続きを唱える。


「書類を素早く撮影したら、お父さんが帰ってくる前にクマと鍵を持って家を出る」


 遠くを見つめながら正解という顔で蓮が口角を上げたが、今度は俯いて残念そうに述べる。


「んで、もし暗証番号が間違ってて、扉が開かなかったら計画中止だ」


 私がこっそりとドアを調べた時に分かったのだが、液晶画面に毎回数字がランダムに表示される。

 そのため指紋跡からは暗証番号を確認できなかった。

 蓮が調べた暗証番号だけが頼りだ。


「うん、わかってる。

 散々確認したでしょ」


「だな。

 決行前に俺のお願い聞いてくれるか?」


 蓮は遠くを見ていたはずなのに、いつの間にか彼の瞳は私を見つめていた。

私は一瞬にして平静さを失い、とっさに冗談めいたセリフをこぼしてしまう。


「キスとかじゃなければ」


 私は動揺を隠して笑う。

 蓮が笑わなかったらどうしようかと思ったが、彼は表情を緩めて冗談を受け入れてくれた。


「ちげぇよ」


 短い言葉を発した後、蓮は私の手を取る。

 私は再び気が動転したが、それをかき消すほどに触れた彼の手は異様に冷たかった。

 真夏だというのに。


「もしも覚えてたらでいい、これが終わったらまた俺の所に来てくれ。

 俺はずっとあの雑居ビルの一室で待ってるから」


「うん……わかった」


 私の返事を聞いて、蓮は手を離した。

 それから私たちは別れた。

 蓮はこれからクマを手に入れに行くと言っていた。

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