第五夜

「何かしたら、即行でお父さんにあんたが調べてるのバラすから」


 私は助手席で警戒しながら、きょろきょろ車内を見回す。

 古っぽい見た目に相反して、中のオーディオなどは最新式だった。

 横で運転する加納かのうは、私の脅迫を受けて答える。


「だから、しねぇって。

 それに、あんたじゃない加納蓮かのうれんだ。

 知ってるだろ?

 れんでいいぞ」


「蓮……ね。

 私のこともお前って呼ぶのやめて」


「はいはい、未花みか


「それで、前もってここに車停めてたの?」


「そ。

 父親である所長が未花の居場所を知らないわけないだろ?

 俺が簡単に居場所を割り出せたようにな。

 だから、居場所を誤魔化すためにわざと電車移動させたわけ。

 だが、念のためスマホの電源は切っとけ」


「あんた……蓮と違ってお父さんはそんなことしない」


 口ではそう言いつつも、スマホの電源を落とす。


「今から未花の最寄り駅まで戻る。

 ルートは基本的に線路沿いを走るつもりだから、バレないはずだ。

 あとは、適当に嘘でもついとけ」


「蓮、適当すぎ」


 蓮はふっと笑ってから、ハザードを消して車を発進させる。

 車が走り出してようやくエアコンの風で体が冷えてきた。

 落ち着いたところで私は切り出す。


「お父さんについて話してくれる?」


「俺が研究所をクビになった理由は知ってるか?」


「お父さんのこと調べてたからでしょ」


「所長は、何か怪しい事をしてる。

 んで、証拠をつかむために探ってたら、勘づかれてクビになった」


「怪しい事って何」


「人体実験」


「え……」


「巧妙に隠してて証拠はないがな」


「それって、やってないからじゃない?」


「どうかな。

 所長が作り出したSCTって、突然登場した技術なんだよ。

 元になった技術がよく分からない。

 確かに、所長は俺と同じくらい天才だよ。

 だが、ゼロから発想できる技術じゃない。

 よっぽど人体でも使わない限りな」


「お父さんが優秀なだけだよ。

 私と調べていけば、お父さんの無実が証明されるから」


「俺の勘違いなら、それでいいんだがな。

 んで、未花の情報は?」


 赤信号で止まり、蓮が私の顔を見てくる。


「私は、SCTを施して偵察してる。

 お父さんが大事にしてるクマの人形の瞳にね」


 蓮は目を見開き、今にも卒倒しそうな顔だ。


「嘘だろ!?

 そんな安っちぃもんに自分の視覚を移すとか馬鹿なのか!?

 車が止まっててよかったよ!

 驚いて事故起こすわ!」


「それだけ必死なの。

 そこから知れた情報は二つ。

 まず、私の母の名前はたぶん美月みつき

 もうひとつは、家にあるお父さんの仕事部屋に重要な書類があるみたい」


 蓮は呆れつつも落ち着きを取り戻し、運転を再開する。


「そうか。

 仕事部屋は調べたのか?」


「ううん、ドアに暗証番号のロックがあって開けられない」


「そのセキュリティ、俺が突破してやろうか?」


「え、そんなことできるの?」


「俺は天才だからな」


「お父さんには劣る」


「言うね。

 このファザコンが。

 んで、その重要そうな書類ってのは、どこにあるか分かるのか?」


「書類は引き出しにあると思うんだけど、鍵がある。

 それがどこにあるか分からない」


「大体の場所も分からないのか?」


「クマの目を通した時は、そのクマの近くに鍵をしまったのは分かったんだけど」


「もしかして、クマに鍵を隠したんじゃないか?」


「そうかも!

 でも、そのクマは今研究所にあって触れることもできないよ」


「んー、じゃあ、そのクマの人形が手に入ればいいんだな?」


「できるの?」


「たぶんな。

 楽しみに待ってろ」


 それから蓮は今の仕事や研究所でのことを、私は父のことなどを話した。

 他愛ない話だったけれど、いい気晴らしになった。

 蓮もなんだか楽しそうだった。


「よし、最寄り駅まで着いた。

 降りる前にこれを持って行け」


 手渡されたのは、スマホだった。


「次は、これで連絡する。

 早く下りろ。

 誰かに見られるぞ」


「うん、また」


 私が降りた後、蓮の運手する車は走り去って行った。

 スマホまで用意して協力してくれるのはありがたいが、そこまで父を疑っているということでもある。

 人体実験……。

 そんなわけない。

 証拠は出てこない。

 帰宅して玄関の扉を開けると父が出迎えてくれた。


「おかえり。

 出かけていたんだね。

 どこに行っていたんだい?」


「ちょっと海が見たくなって、前住んでた家の近くの海まで行ったの」


「電車で行ったのかい?」


「うん、そうだよ。

 結構遠くて時間かかっちゃった」


 父の質問に、まさか本当に居場所を知っていた? と疑ってしまう。

 暑さではない嫌な汗がにじむ。


「そうだね、あそこは遠いから。

 さ、夕ご飯にしよう」


 父はそれ以上聞くことなくリビングへと歩いて行く。

 探られていると思ったのは、私の勘違いかもしれない。

 そう思いたかった。

 モヤモヤしたまま、その日は疲れもあって深い眠りに就いた。

 蓮からの知らせに気付いたのは翌朝だった。


『今日はお疲れ。一週間後、会えるか? 場所は任せる』


 来週か。

 場所はどこにしようか。

 私はまた父に嘘をつくことになった。

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