第十三夜
「
何も手につかなかったよ。
ただただ生かされるだけの毎日。
そんな時にね、手紙が届いたんだ。
その手紙には、美月の卵子が冷凍保存されていることが記されてあった。
私はね、すがる気持ちで美月の卵子で体外受精を行い、代理出産を進めた。
体外受精も代理出産も奇跡的に上手くいき、
未花は、正真正銘私と美月の子供だよ。
今まで黙っていてすまなかったね」
未花はようやく父親が母親のことを話さなかった理由を知る。
「だけどね、どこからか代理出産の話が漏れてしまったようで、私が未花を迎え入れられないように仕組まれてしまった。
そう仕組んだのは国で、奴らは困難に陥っている私に条件を出したんだ」
所長はうつむき顔をしかめる。
「未花を実子として迎え入れる代わりに、クローンについて研究しろ……とね。
人口減少に歯止めが効かない現状に終止符を打つために、彼らは各分野の専門家を集めてクローン計画を進めている。
その一端を脳科学者である私にも担えと言ってきたわけだ。
血の繋がった子を無条件で迎え入れることもできないこの国が、そうした形で人口減少を食い止めようとするなんてね。
おかしいことだよ……。
しかしね、私には未花を手放すことなんてできなかった。
クローン計画に手を貸すしかなかったんだよ」
「んなバカな話ないですよ!
今からでもそれを公表して世間に訴えるべきです!」
話を聞いた蓮は怒りを露わにして声を荒げる。
「別にいいんだ。
私だけがその計画に携わり続けていくだけなら」
「所長!
あなたがそんな事やって未花が喜ぶと思いますか!?」
「じゃあ公表したとして、その矢面に立つのは私だけじゃないんだよ。
未花はどうなる?
今までと同じ生活ができると思うかい?」
一瞬言葉に詰まる蓮だったが、所長を見つめて一言。
「それでも、未来を選ぶのは未花です」
白井稔はハッと息をのみ、娘の未花の瞳をじっと見つめる。
「そうかもしれないね。
もう知られてしまったからには、未花が自由に決めたらいい」
未花は聞いた話に狼狽え声が出ない。
「すぐにどうするか決めなくていい」
蓮はそう言うと、未花の肩に手を置く。
静かに頷く未花。
「所長、まだ未花の記憶を消したことについては、何も解決してませんよ?」
蓮は白井所長に向き直り、問い詰める。
「加納くん、君ならもうSCTの正体が何だか分かっているんじゃないかな?」
白井所長にそう指摘され蓮は少し黙った後、ぽつりと返答する。
「『SCT』の『C』は、ConversionじゃなくてClone」
「その通り。
『Sense Conversion Technology』ではなく、実際は『Sense Clone Technology』なんだよ。
SCTは、脳の記憶をクローンする技術を応用したものなんだ」
蓮は信じられない事を確かめるように一語ずつゆっくり口に出す。
「記憶を外部に移すということですか……?」
「そう。
脳の記憶を電気信号にして、体の外にある記録媒体に記憶させる。
手順を踏んで正しく記憶を移した物と脳のリンクを切れば、脳の記憶だけがなくなる」
未花の記憶が失われた理由が所長の口から語られる。
蓮が答え合わせをするように述べていく。
「SCTは、体内に注射した受容体を通して外部から五感情報を受け取りますよね。
そのSCTと同じと仮定するなら……外部にある記録媒体の情報を体内にある受容体を通して受け取れれば、未花の記憶は元に戻せますよね?
未花の記憶はどこに?」
所長は静かに頷き、ポケットから何かを取り出す。
「うん、未花の記憶はここに」
未花は見覚えのあるソレに驚きの声を上げる。
「引き出しの鍵!」
「外からは鍵に見えるが、記録媒体なんだよ。
壊れてしまえば、未花の記憶はなくなってしまう。
それに乱暴に扱えば痛みを感じるかもしれない」
それを聞いた未花は、父が自室で鍵を落とした時や自分が慌てて鍵穴に差し込もうとした時に頭痛を感じたことを思い出す。
彼女は強い口調で伝える。
「私の記憶を返して」
「分かった。
仕事部屋に行こう。
加納くんも来てくれるね?」
「毛頭そのつもりです。
ちゃんと未花に記憶が戻るまで見届けます。
行こう、未花」
蓮が未花の手を取り立ち上がらせる。
それを待ち、所長が二人に声をかける。
「じゃあ行こうか」
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