第八夜

今日は来るかもしれない。

時計の針は18時50分を指している。

キーボードを叩きながら意識はドアへ。

しばらくして、コンコンと金属の薄い扉が叩かれる。


加納蓮かのうれんさんはいらっしゃいますか?」


前と同じ震える声。

そして目を瞑り思う。

来たか。


「入れ」


来客が誰なのかは知っているから、名前も聞かずに入室を促す。

ガチャリとドアノブが回されて扉が開き、背中に入室した気配を感じる。

俺は振り向かずに未花が話しやすいように質問を投げかける。


「おい、早く戸を閉めろ。

用件は何だ?」


「私は白井未花しらいみか

感覚移行研究所の白井稔しらいみのるの娘です」


ああ、知ってる。

またなんだな。

未花が相当な覚悟なのも分かってる。

俺はダメ元で調べるのをやめるように訴えかける。


「所長を調べるのはやめろ」


今度はドンドンドンと扉が乱暴に叩かれたので、俺は来客から未花を隠す。

やって来たのは、内通者の齋藤さいとうだった。

奴が俺の足元から見える未花の白い足を覗き見ていやらしく笑っているのは気に食わないが、それ以外は予定通りだ。

この時間に未花が来るかもしれないことを踏まえて、齋藤に資料を持ってこさせている。

もちろん未花が俺に興味を持つよう仕掛けるためだ。

案の定、机の上に置かれた感覚移行研究所と書かれた資料を食い入るように見つめている。

俺はそれを取り上げる。


「お前の父親は怪しい。

それを調べてたらクビになったんだわ。

この件からは手ぇ引け」


俺は再度諦めるよう勧めるが、もちろん未花には受け入れられない。

結局協力することになってしまう。

また避けられないのか。


「ま、とりあえず、今日は帰れ。

歓楽街の外まで送る。

お前も帽子とマスクしろ」


「え、ちょっと!

話は⁉」


「協力はする」


未花のために用意した帽子を頭に被せ、使い捨てマスクを手渡す。

俺も同様の格好をする。

未花を安全な所まで送り届けて自分も事務所に帰る。

冷えきった部屋に戻る道すがら、目に痛いほどの電飾が煌びやかな通りの真ん中で俺は力なくこぼす。


「なぁ……知ってるか……俺たちが知り合うの、これで3回目だ……」


毎回、同じ時間に未花はやって来る。

やって来ては、いつも今さっきのやり取りをする。

未花は所長のことを調べているうちに記憶をなくす。

初めて来た時は去年の夏で、俺がクビになった直後だった。

追い返そうと思ったが、うっかり所長のことを調べているのを知られてしまった。

俺は仕方なく協力する羽目になった。

後に未花から聞かされた話では、所長のスマホで俺のSNSのアカウントを見つけて居場所を割り出したらしい。

つまり、未花は所長のスマホのロックを解除できた。

所長が警戒していないうちなら、スマホから何か有益な情報が見つかるのではないかと俺は提案をした。

俺の考えに賛同した彼女は実行した。

……と思う。

というのも、彼女から接触がなくなったのだ。

そして次に会った時には、記憶がなかった。


今年の春になった頃に、俺たちは二回目の出会いを果たした。

俺は初対面ではないことを未花に何度も説明したが、分かってもらえなかった。

そこで初めて未花が所長の人体実験に関わっているかもしれないと気付いた。

所長のスマホから再度情報を得ようかとも考えたが、所長が二度も同じミスをするとは思えなかった。

違う計画を立てる必要があった。

そこで浮上してきたのが、未花の家にある所長の仕事部屋に侵入するという案だ。

仕事部屋の入るには、扉に付いているセキュリティロックを解除するための四桁の暗証番号が必要だった。

俺たちは所長に見つからないように監視カメラを設置し、その暗証番号まで手に入れた。

だが、計画を実行する前に未花が俺を誰だか分からなくなってしまった。

恐らく未花は何かを知ってしまった。

そうして未花はまた記憶を消された。

初めのうちは所長の悪事を暴くために未花を利用しようと思っていた。

が、今は違う。

俺は彼女を助けたい。


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