第2話「夢で会えたら」

目が覚めると楽しい夢も終わってしまう。だから私は目覚めたくなかった。現実の白い天井を見たくなかった。私は目が覚めると嫌でも目を瞑りまた寝つこうと必死になるのだ。終わらない夢を夢見て。

しかし永遠に夢を見続けるわけにはいかない。寝るにしても体力を使うので物を食べなければいけないし、排泄物を出さなければいけない。そして私の体は簡単に寝付くことができない。


また今日もベッドの上に横になったまま4時間ほど動けないでいた。トイレは行った。あとは何か腹に入れなきゃ眠れないか。食欲はあまりないが腹は痛む。どうでもいい。寝かせて欲しい。


「起きなさいよ!もう12時!お昼ご飯でしょ!」

最悪だ。リラが起きてしまった。リラが起きるとずっとしゃべりかけて私に行動を促してうるさいから動かざる得ない。

「食べなくていいんじゃない。今日も動かないから」

私が乾燥したベタベタした口を開くと、彼女は水を得た魚のように躍起になって次々と喋り出す。

「あなたねぇ!腹が減っては息することすらできなくなるんだから!私だって苦しいのよ!お腹空いた!早くして!」

「うるさい」

「私のためにも起き上がりなさいよ!話し相手は私しかいないんでしょ!私がいなくなったら困るでしょ!」

「どうでもいい」

「ムキー!!あー!もうイライラする!腹が減ると私イライラするの!今日は特にお腹空いたわ!たくさん食べなきゃ!」

「うるさい!うるさい!」


私は耐えかねずにベッドから勢いよく起き上がり、私は台所へと向かった。生憎食料は冷蔵庫に魚肉ソーセージが一本だけあった。

「あら!ごちそうじゃない!」

リラはウキウキでたまらないっと言ったご様子だ。

私は心が揺れることもなく淡々とソーセージを口に入れムシャムシャと機械的に口を動かすだけだ。喉が渇いたので水道の水を蛇口から直接飲んだ。

「おいしいおいしい!」

私に反してリラはいたく食料に感動していた。

「これで終わり?まぁいいわ、空腹は解消したしね」

リラは満足したのか完食した後は静かになった。


「死にたいなぁ」

私は再びベッドの上に横になり、意味もなく同じ言葉を呟いていた。

やはりまだ私は寝付けないでいた。今日も嫌というほど窓の外は晴れ渡っていて、部屋は日に照らされて明るかった。

「あなたさぁ、いつも同じことつぶやいてるじゃない。もっと他に話すことないの?」

リラはついに煮え切らしたのか、食事後ずっと黙っていた口を開いた。

「話すことないよ、だって引きこもりだもの。あっ、そうだ今日見た夢すっごい面白かったよ。また寝て続き見るんだぁ」

「人の夢の話ほどつまらないものはないわね。もっと建設的な話できないの?」

リラはそう言って私を咎める。

どうしろっていうんだよ。どうせ私には未来などないし目標もない。この怠惰な時間を貪ることで死に向かうしかないのだ。


「もう考えるのも嫌になっちゃった。リラはうるさいし。また寝たいだけなのに邪魔ばかりする」

「あなたが今眠れないのってさ、きっとネタ不足なんじゃない?夢だって現実であなたが見たり聞いたりしたもので構成されてるんでしょ?じゃあネタ探しに行けば解消できるじゃない」

リラが軟化した態度を見せたと思ったらとんでもない提案をしてきた。

「ネタ探し!?作家じゃあるまいし、なんでそんなことする必要あるのさ。もう私は今ある知識だけで十分楽しいから」

「あなたはもう何回も同じ登場人物を使い回してる。もうそろそろ限界が来るに決まってる」

「そうかなぁ。今でも常に新鮮な夢を見れて全然楽しいけど」

「あー!あと体動かした方が寝やすいっていうでしょ!だからより良い睡眠のためにも外出して太陽光浴びないと!」

リラはどうにかしてでも私を外に出したいらしい。はあ、憂鬱だなぁ。リラは外が怖くないんだろうか。昨日外出ただけでもキツかったのに。

「わかったよ、でも昼間はあんまり外出たくないなぁ。人いるし。夜ちょっと散歩してみるか」

「それがいいわ」

リラは嬉しそうだった。


だがリラの意思に反して私はこのまま明日まで、いやそれ以上に寝ようとしていた。正直なところ、リラに言ったのは建前だ。今夢の世界に行くほど私にとって面白いものはないのだ。

私はひたすらに念じながら目を瞑り夢の世界への突入を試みていた。

「夜までまた寝るつもり?」

リラに聞かれても私は素知らぬ顔で目を瞑り続ける。

「今日は出かけるのやめる」

「はいはい、いつもの先延ばしね」

そう答えるとリラは何も答えなくなった。きっと呆れられたんだと思う。


瞳を閉じると瞼の裏側を私は見る。瞼の裏側の世界が眼下に広がる。私が目を瞑っても眼球は動き続け、視界を完全に遮断することはできないのだ。つまり夢で見る景色は瞼の裏で上映されているのだ。

いつも不思議に思う。なぜ行ったことも見たこともない場所の景色を鮮明に夢の中で映し出すことができるのだろう。

視覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚、が夢で感じたものは何だ?誤作動か?

たまに夢の世界が現実なんじゃないかと思うことがある。この苦しい世界が夢で幻なんじゃないかって思う。

そうであって欲しいのだろう。


眠りに入る感覚は体が宙に浮くように感じ、全身の感覚が薄らいでいき、最終的に頭のてっぺん集中して消える。

そのような感覚を自覚すると私は今から寝れるんだなっと安心するのだ。


今、まさにようやく眠れそうなのだ。このまま空に浮かんで消えたい。夢の世界へ行こう、目覚めない夢へ。


気がつくと私は見知らぬ部屋で目覚めた。どうやら別荘のようだ。

白い壁、白い天井、白いベッド。いつか旅行雑誌で見たような典型的なリゾート施設。くり抜いた大きい窓から青い空と海が見えた。南の島のようだ。私はバルコニーに立つ人の姿を見た。誰だろう。はっきりと顔は認識していない。ただ、男性のように見えたのは確かだ。私は彼に甘えるように駆け寄り抱きつく。すると彼も胸に私を抱き寄せた。

私はしばらく現実で感じていなかった胸の高鳴りを強く感じた。高揚感とも言うべきものだ。

なんだろう、現実よりもこの世界の方がずっと感情があって感覚がはっきり存在しているような気がする。


だがそんな浮かれ気分の私を絶えず冷めた目で見つめている自分がいた。

現実にも居続けるそいつは今夢の中では少しだけ存在感が薄い。私の心にある冷めた感情に目を背けながら私は楽しい夢を見続ける。


あなたは誰?と、会ったことのない彼に私は尋ねようともせず、あたかも恋人のように振る舞うのだ。




「気持ち悪いな」

つまらない現実世界で私はつぶやいた。

「誰?夢の中に出てきたのって」

寝起きで機嫌が悪い私にリラが遠慮なしに聞いてくる。

「勝手に私の夢を見たのか?」

「しらなーい」

どうやらリラは私の夢の内容を知っているらしい。正直気持ちのいいものではない。今まではてっきりリラは私の夢を見ていないと思っていたから。

「変な人。見たことのない男が出てきた。私はなぜかそいつと恋人になっていて、気持ち悪かった。まだこんな馬鹿げたこと考えてるんだって自分が嫌になる」

「結構乙女チックなのね、南の島にランデブーするの?」

「うるさい!黙れ!」

私はつい感情的になって手元の枕を壁に投げ捨てた。

「あっ」

そしてすぐに冷静になって死にたくなるのだった。

夢からのバッドトリップだ。こういう時に限ってリラは出てこない。枕を私が投げると同時に彼女は消え、部屋には空虚な私の生活音だけが響く。


助けてくれ助けてくれ助けてくれ…

欲望にまみれた自分にどうしようもなく嫌悪して、また頭の中の苦しみが復活して私を追い続ける。

また夢に戻らなきゃ、夢ならこの苦しみが消えるんだ。

可能な限り、私は夢の中で生き続ける。


ベッドの上で頭を掻きむしりながら無意味に体をジタバタさせた後、疲れて私は仰向けに倒れた。

また同じ白い天井。目覚め続けていれば決して代わり映えのない天井。夢で見た白い天井に変わることは決してない。

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自殺エンカウント らなっそ @konripito669

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