素晴らしき世界



「綾羽ちゃん。今日からここが、貴女の暮らすお家よ。」

 母親である、白銀駿河に連れられて。今より少しだけ幼い綾羽が、森の中の小さな家にやって来る。今日からここが、綾羽の暮らす場所。両親や祖父母、双子の弟と離れて、綾羽は一人で暮らす。

 家族の誰も、連れてきた駿河でさえも。綾羽と離れて暮らしたくはない。けれども、今や綾羽の心は自分以外の全てを拒絶し、他者のいる環境での生活を良しとしなかった。

 その時代。世界が暗黒に包まれていた時代。人類を滅亡させるかのような、大量殺戮兵器が世に放たれ。人々の心には、深い闇と絶望が溢れていた。誰もが今日を恐れ、明日を祈るように。そんな世界の中で、他者の悪意に敏感な綾羽は真っ当な精神状態で居られるわけもなく。完全に心を閉ざしていた。

 これから一人で暮らす。そんな綾羽に対し、駿河は一人のメイドを紹介する。

「この子はH2-21。とっても高性能なロボットでね。綾羽ちゃんの身の回りのお世話とか、何でもやってくれるわよ。人の会話を理解することもできるから、気軽に話しかけてね。」

 高性能なメイドロボット、H2-21。背格好は本物のメイドのようだが、頭部には大きなヘッドギアのようなものが装着されている。いくら人間ではないとは言え。正直な話、綾羽にとってその姿は不気味以外の何者でもなく。始めは、警戒心しか抱かなかった。

 そうして始まったは、少女とメイドロボットによる不思議な生活。誰も信用しない綾羽と、綾羽の命令を忠実に遂行するH2-21。

 こんな得体の知れない存在を、側に置いておきたくない。そう思っていたはずなのに。


――いつ頃からかしら。エイチツーが側にいるのが、当たり前になったのは。



◇第1章 最終話 素晴らしき世界



 目を焼くような閃光と、激しい衝撃音が鳴り響き。分厚い鋼鉄の壁に、大きな穴が開けられる。穴を開けたのは、ビームキャノンを構えた白い装甲のギガントレイス、御神楽。その御神楽は1機ではなく。後ろにもう2機、同型の機体が立っている。

「やはり、地図には存在しない通路があったか。」

 1機目の機体の操縦者は、メガネを掛けた若い男のパイロット。名前は竜巻宏起たつまきひろきという。

「敵の情報は覚えているな。」

「ええ。両腕に特殊な粒子制御機構を備えた機体と、テレポートを行える機体でしょう?」

 2機目の機体の操縦者は、長い黒髪が特徴的な美女、栾美岑ルァンメイツェン

「ああ。両方とも脅威ではあるが。特に黒い方には一切油断するなよ。司令とも互角にやり合うほどの実力者だ。」

「あっそ。なら、わたし達なら楽勝ね。司令と互角の相手なら、ヒロ一人でも抑えられるってことでしょ? 粒子を操る機体なら、わたしとメイのコンビで確実に落とせるし。」

 3機目の機体の操縦者は、明るい茶髪をツインテールにした女性。名を、宮屋敷安衣子みややしきあいこという。

「あまり、俺を買い被らないでくれ。流石に司令のほうが強い。」

「でも、ほとんど誤差みたいなもんでしょ?」

 彼ら3人は、般若エレナや神座身依子と同じ、G-Force本部所属のGR操縦者である。その実力は折り紙付きであり。エレナや身依子のようなルーキーとは、比べ物にならないほど。彼らはその実力を見込まれて。つい最近まで、日本の北と南への遠征任務に就いていた。

 そんな実力者たちをも招集して。G-Forceは今日を持って、敵対する武装勢力の完全なる制圧を行おうとしていた。

 フリージア社の地下。地図上には存在しない秘密の通路を、3機の御神楽は進んでいく。

「MR信号が近い。気を抜くなよ。」

 通路を進む御神楽であったが。何かに気づき、その足を止める。

 彼らの目の前に現れたのは、グレーの装甲に身を包んだ機体、Nix。その操縦者とともに、この地下通路の守護を任された存在である。

「グレーの機体。テレポートの方じゃないわね。」

 そう言いつつも、安衣子は警戒を緩めない。

「向こうは神出鬼没だ。敵を単独とは思うなよ。」

 あくまでも冷静に。宏起は敵を見据える。

 対するNixは、両腕に粒子の渦のようなものを発生させ。早くも臨戦態勢に入る。もはや戦闘は、確定事項である。

(だがあのフォルム。やはり、レギュラルの遺産なのか。)

 宏起が思い出すのは、かつて自分たちが戦った敵の機体。その時の機体と、今目の前にいる機体。どこか、面影が重なって見えてしまう。

「ヒロ。もしかして敵のパイロットが、”彼女かも”って、思ってる?」

 当時からの戦友である美岑には、宏起の考えていることが何となく分かる

「いや、そういうわけでは。」

「はぁ!? 図星でしょ? あの東邦刑務所の一件。中心に居たのは、間違いなく”アイツ”なんだから。」

 2人と同様に、安衣子の頭にも同じ考えが浮かんでいた。

「だが、もし彼女だとしても、俺は戦える。」

 女性陣2人に問いただされて。鬱陶しくも思いつつも。それでも宏起の心のうちには、拭い去れない迷いがあった。

「あっそ。だったら、試してみようかしら。」

 安衣子は通信の設定を外部へと切り替えて。口元に笑みを浮かべながら、敵対する機体へと目を向けた。


 フリージア社、その周辺にて。

 上空を巡回するのは、G-Forceに属する2機の飛行特化型GR、八咫烏。パイロットは本部所属のGR操縦者であるエレナと身依子の2人。

 地上には、施設を制圧した警察の特殊部隊員が多数おり。離れた場所には、黒い装甲に身を包むギガントレイス、”閻魔”が存在していた。

『竜巻さんから連絡です。グレーの機体と交戦開始。黒い機体は未だ姿を見せない様子。』

「場合によっては、一瞬で地上に現れる可能性もある。総員、気を抜くなよ。」

 閻魔の操縦席の中で。G-Force司令’白銀正継は、未だ現れぬ宿敵、その再戦の時を待っていた。


 再び、地下。

「誰が貧乳ですってぇ!? アンタのほうが胸無いでしょうがッ!!」

 操縦者であるルイズは、怒りの表情で叫びながら。Nixの両腕から大量の渦状粒子を放出させる。通路全体を塞ぐほどの大出力であり、突破する手立てを持たない御神楽3機はたまらず距離を取る。

「やっぱりルイズじゃない。元気そうで、何よりだわ!」

 かつての旧友との再会を楽しむかのように。安衣子は笑いながら、Nixに対してビームキャノンをぶっ放す。けれども、Nixの放つ粒子の渦が凄まじく、ビームを完全に掻き消してしまう。

「その耳障りな声。貴女、アイね。」

 ルイズは、敵対する相手の声に聞き覚えがあった。

「ということは、残りの機体にはヒロとメイが乗っているのかしら?」

「ご名答。まさか、生きていたとはな。」

 再会できたことの喜びと、再び敵対していることの悲しみ。宏起の表情には、その両方が含まれている。

「この5年間、何の音沙汰も無く。死んだものかと思っていたぞ。」

「こっちは指名手配されてるのよ? 何でわざわざ、貴方に連絡する必要があるのよ。」

 今のこのやり取りも、ルイズにとっては”無駄”に過ぎない。再会できたことへの喜びは大して無く、この無駄なやり取りでどれだけ時間を稼げるのかを考える。

「あらら。もしかして、5年越しに振られちゃった?」

「……黙っていろ。」

 色々と、事情を知っている美岑は。この宏起とルイズのやり取りの呆気なさに、残念すぎて笑えてしまう。

「しかしこの武装、予想以上に厄介だな。」

 思考を切り替えて、Nix撃破のために攻撃を行う宏起であったが。放ったビームキャノンは、全て敵の粒子に阻まれて無力化されてしまう。

(ビームとの相性は最悪。こちらのコーティングを貫通するため、接近戦も困難。これほどの出力で稼働し続けられるのなら、別の手が必要か。)

 通常の対GR用装備では埒が明かないと判断し。宏起はビーム射撃を止める。

「アイ、レールガンを使え。威力は軽減されるだろうが、攻撃を少しでも逸らせれば良い。」

「了解。」

 宏起の指示を受けて。安衣子は追加武装であるレールガンを構える。狙いは、粒子を放出している両腕の機関。G-Force内でトップクラスの狙撃手である安衣子は、瞬時に精確な狙いを定め。レールガンを発射した。

 放たれた弾道は、Nixの左腕部へと向かって直進し。粒子の渦によって威力を減少させつつも、狙い通りに直撃。左腕から放たれる粒子の軌道を逸した。

 それによって生じた僅かな空きを、宏起は見逃さない。だが、

「何の、これしきッ!」

 ルイズは咄嗟の判断で、右腕からの粒子放出量を”激増”させ。通路を突破しようとする敵の動きを阻む。

 Nixの右腕からは、粒子だけではなく火花すら撒き散らされ。機体に過負荷を掛けながらも、通路全体を粒子の渦で塞ぎ切る。

「更に出力を上げられるのか。」

 先程よりも激しさを増すNixの攻撃に。3機の御神楽は突破口を見つけられない。

 対する、Nixの操縦席では。けたたましい警告音が、ルイズの耳を刺激していた。限界を遥かに超えた運用により、機体のステータスはどこも真っ赤に染まっている。

「粒子が尽きるのが先か、機体がバラバラになるのが先か。まぁ、関係ないわね。」

 ここを絶対に通さない。その目的だけは、たとえ死んでも果たしてみせる。決意は固かった。

「……綾羽。」

 全ては、一人の少女のために。





「うん?」

 地上。仮設テント内で戦況を伺っていた光葉修宏は、レーダー上の異変に気づく。

「司令、こちらに接近する反応があります。」

 レーダー上の反応は、徐々にその距離を縮めている。

『どこの機体だ?』

「ちょっと待って下さいよ。この色は……」

 それは、紛れもない異常であり。

「ってこれ、うちの御神楽です。司令の機体ですよ。」

 命令には存在しない、来るはずのない味方機の登場に。光葉たちは困惑する。

「バカな。一体誰が乗っている。」

 思わぬ展開に、待機状態であった正継も戦闘準備を開始する。

 すると、通信機からノイズ混じりの音声が聞こえてくる。

『司令、申し訳ありません。本部が襲撃され、御神楽を1機、奪われました。』

 それは、司令本部で待機しているユリア・バルチェノフの声。

「……分かった。そちらの被害状況は?」

『幸いなことに、負傷者はほとんどいません。敵はあくまで、機体を奪うことが目的だったようで。』

「奪われた機体はこちらで対処する。本部の方は引き続き任せて大丈夫か?」

『はい。ご武運を。』

 通信を終えて。

 正継は新手の敵を睨む。


『2人共、接近してくる御神楽は敵だ。撃墜を許可する。』

「了解!」

 ようやく仕事が来たことに、エレナは喜びを隠せない。

『エレナ、気を抜かないで。』

「わーってるよ。」

 身依子からの忠告も軽く流しながら。エレナは機体のブースターを全開にし、加速する。こちらへ向かってくる機体に、正面から立ち向かうために。

 敵の姿は、すぐに視認することが出来た。ビームキャノンに、耐ビームシールド。その御神楽はまさにフル装備であった。

 接近しつつ、八咫烏は手をかざし。手のひらからビームキャノンを発射する。完全な直撃コースではあったが。敵の御神楽はシールドで容易くビームを防ぐと、お返しとばかりにビームキャノンを数発撃ち返してくる。

 緊急アラートの音を聞きながら、エレナは敵の射撃をかわす。だが、

「――青いですね。」

 御神楽は避けるコースを完全に読んでいたかのように射撃を放ち。かわしたつもりのエレナは、その直撃をもろに受ける。

 まるで、障害とも思っていないように。御神楽はフリージア社へと向かって飛行を続ける。

「よくもエレナを!」

 その道を塞ぐのは、身依子の操縦するもう1機の八咫烏。

 対する御神楽は、動じる様子もなくビームキャノンを構える。

 その操縦席の中では。

「いい? あの機体のパイロットは射撃型よ。でも動揺しているようだから、大した脅威じゃないわね。」

 そう囁くのは、白銀綾羽。だが、操縦席に座っているのは彼女ではなく、綾羽は”それ”に抱きついているに過ぎない。

「でしたら、わたくしの後輩という事ですね。」

 操縦席で微笑むのは、綾羽のゲーム仲間である多野由喜江。

「久々の実戦なので。安全運転でがんばります。」

 まるで、盗んだバイクで二人乗りをしているようなテンションで、彼女たちは戦場へとやって来た。


 手をかざした八咫烏と、キャノンを構えた御神楽。双方、ほぼ同時に射撃を開始する。

 双方の機体に、性能差はさほど無い。こと空中戦においては八咫烏の機動力に軍配が上がるが、対する御神楽にはシールドがある。八咫烏は縦横無尽に飛び回ることで射撃をかわし、御神楽はシールドで弾く。だが悲しいかな。双方の間には、絶対的な実力の差が存在していた。

「普段はあまり使わないんですけど。シールドって、結構便利ですね。」

 由喜江は、余裕綽々とシールドでビームを弾く。わざわざ角度をつけて、シールドのコーティングが剥がれないように配慮をしながら。

「くっ、射撃戦で、こんなっ!」

 対する身依子の八咫烏は、すでに手一杯な様子で。射撃の狙いはおざなりになり。おまけに敵の射撃を完璧にはかわし切れず、機体がどんどん損傷していく。

「緊急回避に頼り切りなので、簡単に動きが読まれるんですよ。」

 大人と子供の喧嘩のように。それは、あまりにも一方的な戦いだった。

「それ以上やらせるかよッ!」

 エレナの八咫烏が戦線復帰し。手のひらのビーム砲を光らせながら。ブースター全開の加速力で、御神楽に接近戦を挑んでくる。

 だがしかし。

「貴女、流石に青すぎませんか?」

 伸ばした腕は、御神楽のシールドに弾かれて。

 姿勢を崩した八咫烏のコックピット部に、ビームキャノンの銃口が向けられる。その動作はあまりにも呆気なく。軽々と命を奪うように。

 しかし、それを阻むかのように。地上から放たれたビームが、双方の機体の間を通り過ぎる。地上からの射撃は連続して放たれ、由喜江はそれを完璧にかわし切る。

 地上では、白銀正継の操縦する閻魔が、御神楽へと銃口を向けていた。

「飛んでこないのを見るに、お父様はまだ様子見みたいね。」

 由喜江の操縦技術に絶対の信頼を寄せているのか。綾羽は由喜江に抱きついたまま、冷静に戦場全体を見渡していた。

 目的地は、基地へと繋がる地下通路の入り口。だが、その周辺には多数の警官隊が集まっており。他3機の攻撃をかわしつつ、接近するのも容易ではない。綾羽はそれらの情報を整理し。困難を突破する、とても冴えた方法を思いつく。

「ねぇ、ユキ。貴女、別に盾無くても平気よね?」

「ええ。それは勿論ですが。」

「だったら、あの地下への入り口に向けて、ぶん投げて頂戴。」

「えっ、それはなぜ?」

「ふふっ。良い考えがあるのよ。」

 綾羽は不敵に笑うのみ。


 地上。地下通路への入口付近。

 上空の戦いを、ただ眺めるだけの隊員たちであったが。

 敵の機体が、こちらへ向けてシールドを投げてきては、話が変わる。

「そっ、総員退避ッ!!」

 その質量は、もはや殺人的な代物であり。

 シールドが地上に衝突すると、爆発のような激しい轟音が鳴り響く。勿論、それに引けを取らないほどの、物理的な衝撃と共に。

 咄嗟の退避が間に合ったおかげで、死傷者こそ出なかったものの。地下への入口付近には、巨大なシールドが突き刺さる結果となった。


「あら、最高ね。」

 その突き刺さり具合は、綾羽の想定通りのものとなった。

 シールドの投擲を行おうと。戦闘の真っ最中であることは変わりなく。御神楽は3方向からの射撃に対応しながら、なおかつ反撃を行っている。

 そんな中で。綾羽は機体の操作パネルを弄ると。あろうことか、御神楽のコックピットの扉を開放する。

 今は激しい空中戦の真っ只中であり。凄まじい風がコックピット内に入ってくる。操縦席に座る由喜江にはシートベルトがあるものの。固定されていない綾羽は、軽々と外に放り出される。

 手を伸ばそうとする由喜江だったが。

「それじゃあ、ここは頼んだわよ。」

 投げ出された綾羽は笑顔のまま。

「綾羽さ――」

 コックピットの扉は閉ざされる。



 自由落下していく、一人の少女。

 身投げにも等しい行為にもかかわらず。その表情には影の一つも存在しない。

(えっと、何だったかしら。空から親方が〜、じゃなくて。)

 落下しつつも、綾羽の瞳はしっかりと目的地を見つめている。地面に突き刺さった巨大なシールド、その先端部である。

 綾羽は、”それ”が成功するのだと確信しており。

 空を駆ける綾羽の足が、その先端を掠め。勢いのまま、シールドの斜面へと着地する。

 まるで巨大な滑り台のように。綾羽はシールドの斜面を滑走していく。

 滑ることが目的ではない。あくまでも斜面を利用して、落下の勢いを殺したいだけ。その証拠とばかりに、綾羽の靴から摩擦による火花が発生する。

 それは、超人的な身体能力に加え、並外れた”センス”の持ち主である綾羽だからこそ可能な芸当である。


――だが、やはり。無理があった。


「ヤバッ、勢いが。」

 せめて他に、ブレーキの役割を果たせるものがあれば、結果は違ったのであろうが。

 滑走する綾羽の勢いは、まるで衰えることはなく。

 激しく地面へ、衝突。

 悲惨な結末を迎える事となった。


――それが綾羽でなければ、という話ではあるが。


 土煙の中で。うごめく少女の影が一つ。

「うぐぐぐ。……し、死ぬほど痛い。」

 その体の頑丈さは、もはや奇跡にも等しく。服やら何やらをズタボロにしながらも、綾羽は2本の足でしっかりと大地に立つ。

 そして、空を見上げると。

 自信に満ちた表情で、由喜江に向かってピースをした。





「ヤバいッ、突破された!」

 すでに限界を超えて。まばらになった粒子の渦を、宏起の御神楽が突破する。

 そのまま、ルイズのNixを挟み撃ちにするのかと思われたが。宏起はルイズをスルーし、そのまま地下通路を進んでいく。

「明らかな時間稼ぎ。ここは先に行かせてもらう。」

 突破した御神楽を止めようとするルイズであったが。

「アンタの相手は、わたし達でしょ!」

 残る2機の猛攻が、それを阻む。

「チッ、しつこいわね本当に。」

 突破されたことに焦りながらも。壊れずに残った理性を振り絞り、ルイズは残る2機との戦いを再開する。

 すでに粒子は底をつき。機体を満足に動かすことすらままならない。それでも、未だにルイズが墜とされていないのは、敵である2人にルイズを”殺す気が無い”からに他ならない。

「アンタねぇ、一体何が目的なのよ! 刑務所襲ったり、わたし達と戦ったり。”まとも”になりたいんじゃなかったの!?」

 かつての敵同士。きっとそれだけなら、もっと単純な話だったはず。もっと非情になれたはず。10年前、”共に学園生活を送った”記憶さえなければ、こんな涙など、流さずに済んだのだ。

「うるっさいわね! こっちだって、わたしだって。」

 敵の機体、安衣子の感情に、ルイズは圧倒される。絶対に通さないと、誓ったのに突破されて。かつての記憶と感情をも揺さぶられて。ルイズの心は、折れかける。

 だが、しかし。


 ふと視線の端を走り去ろうとする、ボロボロの少女と目が合って。


(――あぁ。信じて、良かった。)

 言葉にならない激情に、ルイズの心が、熱く燃えがる。

 絶対に、負けてたまるかと。かつてのライバルであり、”友人”であって敵へと臨む。

 正真正銘の、フルパワーで。



 ルイズを突破し。宏起の操縦する御神楽は、地下通路を進んでいく。敵が隠しているであろう、何かを見つけるために。

 だが、そんな彼の行く先を阻むように。1機のギガントレイスが立ちふさがる。

「……随分と、懐かしい機体だな。」

 予備として用意された、3機目のギガントレイス、ラガード。10年前の最新鋭機であり、かつては宏起や由喜江がテストパイロットを行っていた、カルア研製の機体でもある。今回に限って言えば、立場は逆であるが。

 だからといって、感傷に浸っている暇はなく。ただ立ち塞がる障害として、御神楽はビームキャノンを向ける。

 粒子ビームが放たれる。その間際、

「なっ。」

 突然、御神楽のコックピット内の映像が、勝手に横を向く。何が起こったのか、宏起には見当すらつかない。

 映像が傾いた理由は単純であり。御神楽の首が、間抜けにもそっぽを向いているから。それを成したのは、物陰に隠れるウルスラの超能力。

「セシリアさん、今です。」

 動揺する隙を突いて。セシリアのラガードがビームキャノンを発射する。

 だが、そう安々と攻撃を食らう宏起ではなく。緊急アラートの音と、敵の位置から弾道を予測し。間一髪で、ビームの直撃を避ける。

「記録にあった異能力者か。」

 東邦刑務所の一件で姿を見せた、”黒い炎を纏う女”。それも敵の戦力なのだと、G-Force側は判断している。

「だが、わざわざ首を曲げるということは、GRそのものに対抗するほどの力は無いということ。」

 異能を使うのは、敵のパイロットか。それとも別に居るのか。どちらにしても関係は無い。倒せる相手だと判断し、宏起は戦いに臨む。

 御神楽がビームキャノンを構え。その角度を、ウルスラの超能力がずらす。

 ならば接近するまでと。御神楽はブースターを吹かし、ラガードへ格闘戦を挑む。機体性能も、技量でさえも劣るセシリアは、容易く敵に組み付かれてしまう。

 昔ながらの格闘戦。操縦者を戦闘不能にするための、鋼鉄同士の殴り合い。

 こうなってしまえば、ウルスラの超能力も有効打には成り得ない。それでも、負けるわけにはいかないと。少しでも敵の動きを阻害するために、超能力を駆使する。


 そんなウルスラの真横を、白銀綾羽は走り抜ける。


――ありがとう。

――いいえ、何のこれしき。

 力強く、敵を睨みつけたまま。

 ウルスラは全力の念動力を行使する。



 必死に奮闘する、仲間たちの背中を越えて。

 全力で走り抜けた綾羽は、地下の格納庫へと到達する。

 呼吸は荒く、身体の節々が悲鳴を上げている。けれども、綾羽は真っ直ぐ前を向き、己の武器である黒き巨人を見つめる。

「――綾羽さん。」

 声を上げながら。綾羽のもとに駆け寄ってくる、2人の足音。

「ちょっとアンタ、ボロボロじゃない。怪我は大丈夫なの?」

 霧子は大きなモンキーレンチを両手で握って。隣の知沙は、何故かフライパンを握っている。なぜそんな物を持っているのか。綾羽には理解が出来ない。武器を渡されなかった2人の、精一杯の心の表れではあるのだが。

 熾烈な外との温度差に、綾羽は思わず笑ってしまう。

「平気よ。ちょっと紐なしバンジーをしちゃったから、ズタボロだけどね。」

 健常さをアピールするように。綾羽は2人の間を通り抜けながら。霧子の肩に手を置き、知沙の頭を撫でる。

「オペの準備をお願い。すぐにセシリア達を呼び戻すから、そうしたら始めて頂戴。」

「えっ、この状態で手術をするつもり? 滅茶苦茶襲撃されてるのに?」

「逆に、いつやるの? たとえ他の隠れ家に避難しても、オペが可能な設備は無いでしょう? それに早くしないと、ここの電力も遮断されるわ。だから予定は変わらない。今日で全部、終わらせる。」

 綾羽の瞳に迷いはない。

「……まったく。ほんとにアンタは、滅茶苦茶すぎ。」

 反論するだけ無駄だと、霧子は悟る。

「綾羽さん。」

 呼び止めようとする知沙の声に、綾羽の足は止まる。

 何を言っても意味は無い。無理をしないで、怪我をしないで、そんな言葉は綾羽には通じないのである。それでも知沙は、言葉にしないと気がすまない。

「頑張ってください。」

 自分には何の力もない。それでも、背中を押したい気持ちは変わらない。

 綾羽は振り返らずに。2本指を立てた手で、軽く返事をするだけ。緩んだ口元を、見せるわけにはいかないから。


 ブラックカロン、そのコックピットの中に入る。すると、システムが自動的に起動する。他の何者も受け付けない。綾羽だけを主人と認めているかのように。

「さて、と。ピノ、戦闘の時間よ。」

『了解しました。敵の規模はどれほどでしょう。』

「なんてことはないわ。”雑魚”が6機。さっさと終わらせるわよ。」

 戦いは、終局へと向かう。





 ビームキャノンの直撃を受けて。セシリアの乗るラガードの腕が吹き飛ばされる。

「パイロットはアマチュアレベル。そちらのサイキックも、機体に致命傷を与えられるほどではない。」

 戦闘の余波を受けて、ウルスラも多少の傷を負っている。

 あるもの全部を詰め込んだ即席コンビではあったが。敵の純粋な実力には敵わなかった。

「これで、終わりにさせてもらう。」

 ラガードのコックピット目掛けて。ビームキャノンの銃口が向けられる。かつての旧友でもない、顔も知らない相手に、与える情は無い。

 粒子が煌めき。発射される、その刹那。

 彼の眼前に、黒き悪魔が出現する。

 それは、咄嗟に反応できるようなものではなく。それ故に、振りかざされた拳に反応することも、また不可能であった。

 ブラックカロンの、渾身の拳を胸に受け。御神楽の鋼鉄のボディが、勢いよく吹き飛ばされる。

「ふふっ。」

 いつの時代も、暴力とは便利なものだと。足を組んだ余裕の体勢で、綾羽は操縦席に座っていた。

「綾羽さん!」

 宙に浮かびながら、ウルスラが近づいてくる。

「いきなりテレポートを使うなんて。身体への負担が。」

 ブラックカロンの転移装置は欠陥品であり。人体や精密機器を100%完全に転移させられるわけではない。現に、かつて機体ごと転移されたルイズは、たった1度の転移で吐瀉物を撒き散らしていた。

「あぁ。そんな設定もあったわね。もう無くなったんじゃない?」

 しかし綾羽は、先程までと何ら変わらない表情で座ったまま。

 ブラックカロンは、損傷したラガードに近づくと。両手で機体に触れて、別の場所へと転移させる。

 そして次は、宙に浮かぶウルスラの身体を、優しく両手で包み込む。

「霧子がオペの準備を始めてるから。向こうについたら、すぐに初めて頂戴。」

「綾羽さん。本当に、大丈夫なんですか?」

 彼女の強さは知っている。だがそれでも、敵が圧倒的な脅威であることは変わらない。覆らない現実というものを、ウルスラは知っている。

「大丈夫に決まっているじゃない。だって今のわたしは、”超無敵”なんだから。」

 何も心配はいらないと。ウルスラを転移させる。


「やはり、他の存在も転移させられるのか。」

 吹き飛ばれた御神楽が、再びブラックカロンの前に戻ってくる。

「だが、それを分かっていれば問題ない。」

 自分と他者を転移させる機能は驚異的だが。それでも勝てると、宏起は自分の実力を疑っていない。

 綾羽は、そんな相手の勘違いにほくそ笑む。

「分かってないわねぇ。」

 ブラックカロンは、左腕のビームソードを展開すると。地下通路の分厚い壁を切り裂く。続いて、右腕のヒートレイを展開し、壁と天井を攻撃。通路を完全に崩壊させた。

「天井を。」

「これでもう、先へは進めないでしょう?」

 崩れた瓦礫を取り除かない限り。此処から先へは、テレポート可能なブラックカロンにしか進めない。

「外で遊びましょうか。」

 ブースターを全開にし。ついてこいと言わんばかりに。ブラックカロンは通路を飛翔し、外へと向かった。



 通路の遙か先。

 駆動系が完全にイカれたNixは、ボロボロの装甲で壁にもたれこむ。対する2機の御神楽は、未だ健在のまま。

「……粒子も切れたか。」

 コックピットの中で、ルイズは深くため息をつく。だが、その表情は先程までとは違い。どこか安心したような、やり切ったような顔をしていた。

 そんな彼女の機体に、御神楽はキャノンの銃口を向ける。

「投降しなさい。勝負はもうついたし、アンタに怪我もさせたくない。」

 それでもルイズは、応じない。

「バカね。勝負はまだ、これからでしょう?」

 彼女の期待に応えるように。

 2機の御神楽の間に、黒き悪魔が顕現する。

 敵が反応する前に。ブラックカロンは、固く握った両腕を横に振り。2機の御神楽を思いっ切り殴り飛ばした。

「待たせたわね。身体は平気かしら。」

「ええ。まだまだ余裕よ。」

 機体こそボロボロだが。ルイズはまだまだ、余裕で戦えるつもりであった。

「なら、今度は吐かないで頂戴ね。」

 ブラックカロンが、両手でNixに触れると。転移装置が起動し、姿を消した。


 崩落した先。地下基地の格納庫にて。

 ボロボロになった機体から、セシリアが這い出てくる。

「これはかなり、気持ちが悪いわね。」

 転移の影響で、気分は絶不調であった。

 それは、生身で転移されたウルスラも同様であり。気持ち悪そうに下を向いてる。

「わたし達ですら、こんなにキツイのに。」

 セシリアは、人間を遥かに超えた性能を持つ”ハイエンド=レプリカント”であり。ウルスラはヨハネと同じ改造人間である。常人とは比べ物にならない肉体強度を持つ彼女たちでさえ、テレポートは負担の大きいシステムであった。

 2人が重度の転移酔いに苦しんでいると。今度は、またもやボロボロになったルイズのNixが転移してくる。

 綾羽も頑張っているのだと。そう想う暇も無く。

 Nixのコックピットが開くと、中から勢いよくルイズが飛び出してくる。

 焦りに焦った様子。だが、その行動も虚しく。


 機体の上から、盛大に吐瀉物を撒き散らした。


 その一部始終を、セシリアとウルスラは完全に目に焼き付けてしまう。

「……最悪ね。」

「まぁ、もう掃除をする必要も無いので。」

 改めて、転移のデメリットを実感するのであった。



 Nixを転移し終えて。

 3機の御神楽を引き付けるように、ブラックカロンは地上へと向かっていく。

 後方からの射撃など物ともせず。時には転移を駆使して、絶対に負けない追いかけっこを堪能する。

『綾羽様。それほどテレポートを連発しては、身体への負担が大きのではありませんか?』

 それまで一度も行ったことのない、転移の連発に。制御AIであるピノも心配を口にする。

 だが、綾羽は止まらない。

「……そもそもわたし、初めてテレポートを使った時から、何の不調も感じてないのよね。身体への負担が大きいからって言ってたから、あまり連発はしないように心がけてたけど。」

 転移を繰り返しながらも。綾羽は顔色一つ変えていない。

「まぁ、とりあえず。やれる所までやってみましょうか。」

 再び転移を行って。


 ブラックカロンは、遥かなる大空へと飛翔する。


「綾羽さん。よくぞ戻られました。」

 由喜江の操縦する御神楽が側にやって来る。

「ユキ、待たせたわね。」

「いえいえ。時間稼ぎ程度なら、もう2、3日だって平気です。」

 その言葉に嘘は無いのだろう。現に由喜江の御神楽は無傷であり、空を舞う敵の八咫烏2機にはいくつもの損傷が見られる。

「まぁ、でしょうね。」

 綾羽自身、それほど由喜江に対して心配はしていなかった。

 2人が余裕そうに話をしている内に。

 地下通路からは3機の御神楽が出現し、八咫烏2機も集結。そして、白銀正継の操縦する閻魔も、ブラックカロンの出現に重い腰を上げる。

 綾羽達を囲む形で、G-Forceの精鋭6名が集結する。

 その矢先に立つのは、正継の閻魔。

「……戦力差は歴然だが。大人しく、降伏をする気はないか?」

 正継たちも、敵が”絶対的な悪”であるとは考えていない。その目的や技術力が謎なだけであり。素性の割れているセシリアとルイズも、互いに知らない仲ではない。今までG-Forceが相手にしてきたような、”人類社会に対する脅威”とは違うのだと。

 対する綾羽たちも、別段G-Forceと戦いたい理由がある訳ではない。何なら、今日この日を無事に終えることが出来れば、2度と戦闘を行う必要が無いとすら考えている。だが、素直に目的を白状し、悪意は無いのだと弁解するには、もう何もかもが遅すぎた。

「どうなさいますか、綾羽さん。」

「どうと言ってもねぇ。なにか返答しようにも、わたし達の声って聞かれた時点でアウトじゃないかしら。」

「あっ、確かにそうですね。わたくしはかつての同僚ですし。綾羽さんに関しては、正継さんと親子ですからね。」

 完全に囲まれた状況でも。綾羽達は何一つとして、焦った様子を見せない。

「この感じ、ゲームの中に似ていませんか?」

「そうねぇ。TTOじゃ、もはや日常的な風景だわ。」

 仮想世界の中か、それとも現実世界なのか。2人にとって、違いは”その程度”であった。

「じゃあいつも通り。わたし諸共、狙って大丈夫よ。」

「あらあら、本気ですか?」

「ええ。信じられないの?」

「アルフォートならまだしも。その機体で、わたくしの射撃を避けられるかどうか。」

「心配いらないわ。機動力はテレポートで補えるし。貴女の動きも、ちゃんと聞こえてるから。」

 いつものゲームと、何も変わらない。

「それなら、行きましょうか。」

「ええ。蹂躙するわよ。」


――どっちが多く倒せるか。狩りの始まりである。


 由喜江の御神楽がビームを放ち。

「なっ。」

 不意打ちではあるものの、エレナの八咫烏は間一髪で回避する。だが、その当然の行動は、この場面においては致命的であり。

 回避先にすでに転移していた、ブラックカロンのビームソードが。

 八咫烏を、容易く斬り刻む。

「まず一匹。」

 あまりに呆気ない、味方の撃墜に。G-Forceの面々は戦慄し。

 けれども、一瞬で沸点が爆発した、身依子の行動は速く。八咫烏の手のひらから、ブラックカロン目掛けてビームを射出する。

 その射撃を、綾羽は避けるでもなく、転移するでもなく。ビームソードを振り回すことで、容易く掻き消してしまう。

「……えっ。」

 身依子は言葉を失った。実弾を遥かに凌駕する、超高速の粒子ビームに対して。完全にタイミングを合わせることなど、不可能なはずと。

「あら、そんなに驚くことかしら。」

 その一瞬の硬直は、綾羽にとっては格好の餌食であり。

 転移と同時にビームソードを振るい。身依子の八咫烏を、無惨なダルマへと変貌させる。

「二匹。」

 最新鋭機である2機の八咫烏を。ほとんど何が起こったのか分からないまま、瞬殺した。


「……3人は、奪われた御神楽の方を頼む。互いに守り合い、同士討ちには気をつけろ。」

――了解!

 ほぼ一瞬の内に、味方2人を墜とされて。彼らの警戒心は、過去最大に膨れ上がる。

 だが、それでどうにかなるような、甘い相手ではなく。瞬間移動とは、たとえ来ると分かっていても、抗いようのない脅威なのである。

 ブラックカロンは、ビームソードを振った状態で転移し。安衣子の御神楽の真後ろに現れると同時に、その首を跳ね上げる。

「遅いのよ。」

「こいつッ。」

 そのまま墜とさせるものかと。襲撃に気づいた美岑が、ビームキャノンでブラックカロンを迎撃する。

 しかし、所詮は反撃に過ぎない射撃など、綾羽にとっては豆鉄砲と同義であり。容易くビームソードで弾かれる。

――今、目の前に存在しているのであれば、と。2人の思考がシンクロし。

 メインカメラをやられた安衣子と、一度は射撃を弾かれた美岑が、同時にブラックカロンへと銃口を向ける。

 だが、狙いを定めていたのは、むしろ相手の方であり。


 ブラックカロンが転移を行うと。まるでそこから生じたかのように、怒涛のビーム射撃が叩き込まれ。

 安衣子と美岑の御神楽は、共に致命打を受けた。


 その射撃を行ったのは、由喜江の操縦する御神楽。綾羽なら、きっと避けてくれるだろうという判断であり。ブラックカロンを死角に利用する形で、諸共に狙い撃ったのである。

「これで同点かしら。」

 綾羽自身、由喜江の攻撃に対して、何一つとして気にしていなかった。

「残りのお二人は手強いですよ? 勘も優れていますし。」

「どうだって良いわ。どのみち、すぐに終わるもの。」

 残る2機の敵を見つめて。

 ブラックカロンはブースターを吹かすと、正継の閻魔へと斬りかかる。

 正面からの斬撃を、閻魔はその手に持ったシールドで防ぐ。

「その機体、御神楽よりも、”ちょっと”速いわね。」

 単純なスペック面では、閻魔はあらゆる面で御神楽を凌駕する機体ではある。だが、今の綾羽にとっては、その程度はほぼ誤差に過ぎず。

「くっ、義眼の力を使って、やっとか。」

 正継はすでに、切り札である”クロックアップ”をフル活用し。綾羽の攻撃に対して、何とか反応することが出来ていた。


 もう一方では。

「何だっ、この射撃の腕はっ。」

 由喜江と宏起、かつての戦友同士の戦い。

 機体は同じ御神楽であり、武装にも差は存在しない。

 その条件下で、戦況は明らかに宏起の劣勢であった。

「まるで、由喜江さんのように。」

 宏起がどれだけビームを放とうと。敵はそれを完璧にかわし切り。

 こちらを遥かに凌駕する精度で、的確にビームを撃ち返してくる。

「いや、それ以上かっ。」

 射撃戦では絶対に勝てないと、宏起は判断し。

 ブースターを全開にして距離を詰め、敵との接近戦に持ち込もうとする。

 だが、その焦りこそが、この戦場では致命的であり。


 気づけば機体を、真っ二つに斬り裂かれていた。


「注意力が散漫になってるわよ。エースさん。」

 転移し、ビームソードを振り下ろしたブラックカロンが、落ちてゆく御神楽の姿を見下ろしていた。

 まるで、戦場の全てを把握しているかのように。

 自分に向かって放たれたビームを、見ること無く弾き返す。

「馬鹿なっ。」

 あまりにも常識外れな光景に。ビームを弾かれた正継は、驚くしか無い。

 ブラックカロンは再び転移を行うと。正継の閻魔へと斬りかかる。

 その連撃は、かつての刑務所での戦いとは比べ物にならず。機体性能では遥かに勝るはずの閻魔が、一方的に押されている。

「何だ、この反応速度は。」

 正継の動きが間に合わず。閻魔の装甲が次々と削られていく。

「これほどの技量、前に戦ったときには。」

「――あぁ、調子が悪かったのよ。」

 もう綾羽には、遮る物は何もない。

「今日はすこぶる、良好だけどね!」

 閻魔のシールドを、両断する。

 義眼の力を、限界まで行使して。それでも実力が、あまりにも届かない。

「そっちはかなり辛そうね。」

 正継がどれだけ無理をしているのか。綾羽には知ることが出来る。

 故に遊びは、これで終わり。


 転移を混ぜ合わせた、怒涛の斬撃を繰り出し。

 正継の閻魔を、バラバラに斬り刻んだ。


「おっとっと。」

 調子に乗って、細かく斬り過ぎたため。一応の安全のために、閻魔のコックピット部分を掴み取る。

「とりあえず、殲滅完了ね。」

「流石は綾羽さんです。あのように瞬間移動を連発されては、わたくしの早撃ち程度ではまるで太刀打ちできませんね。」

「確かにこれは便利だけど。やっぱりわたし、純粋にスピードの出る機体のほうが好みだわ。」


 現実世界、青い空の下でも。少女の力は何ら衰えることはなく。

 日本最強の部隊であるG-Forceと、2人のゲーマーとの戦いは。

 一方的な蹂躙により、幕を閉じた。




◆◇




 G-Force、司令本部にて。

 慌ただしく動き回る職員たち。

 その中で、司令の代理として本部をまとめ上げるユリアは、重苦しい表情でモニターを見つめていた。

「……光葉、被害状況を教えてくれ。」

『はい。作戦部所属の5名、及び司令の乗った機体は、全て撃墜された模様です。』

 その報告に、周囲の職員たちはざわめく。

 司令代理のユリアも、信じられないと頭を抱える。

「……まるで、悪夢だな。」



 場所は変わって、フリージア社の地下。

 ブラックカロンと、由喜江の乗った御神楽は共に無傷で鎮座する。

 転移後、吐き気に苦しむ由喜江はそのままにして。綾羽は颯爽と格納庫を後にし、基地内を走っていく。

 目的の部屋の前まで辿り着くと。乱れた呼吸もそのままに、部屋の中へと入る。

 そこは手術室であり。奥の方では、霧子、セシリア、ウルスラの3人が、すでにH2-21の手術に取り組んでいた。

「早かったわね。オペはまだ始まったばかりよ。」

 手術の様子を見つめていた、ルイズと知沙の2人が、綾羽の来室に気づく。

「……そう。」

 口にするのはそれだけ。綾羽が望む結果は、まだ手の届かない所にある。それ故に、胸のざわめきは収まらない。

 ボロボロの身体を引きずって。より近くで、オペの様子を見つめる。

「それじゃあ。わたしは、避難先に持っていく物と、そうでない物を分けに行くわ。」

「あっ、わたしも手伝います。」

 綾羽が見守っていれば十分と。ルイズと知沙は、共に手術室を後にした。

 不安なほどに静かに。H2-21の手術は行われる。

(……やっぱり、渡された資料と細部が違う。)

 H2-21の電子頭脳を開きながら。霧子は違和感に気づく。

(損傷の影響? いや、それにしては自然過ぎる。)

 予想とは違う展開に、緊張と汗が流れる。

(一体何が違うの? その原因は?)

 脳内で思考を巡らせて。

 何故か、大胆不敵で憎たらしい少女の顔が思い浮かぶ。

 我ながら”夢”を見過ぎだと。霧子は深くため息を付いた。

「ここ、全部剥がそう。」

「本気なの?」

 セシリアが聞き返す。

「うん。多分この子には、もう制御装置による補助は必要ない。」

 まるで人間の脳のように、信号を送る電子頭脳を見つめる。

「今この瞬間にも、変わろうとしてるから。」

 手術は、佳境へと突入する。

 その様子を、綾羽は祈るように見守っている。

(……エイチツー。貴女は、嘘つきじゃないんでしょう? だったら、勝手に居なくなる事は許さない。)

――だって貴女は、わたしにとって。

 その思いが伝わるように。

 目を覚まさぬH2-21の瞳から、一筋の涙が溢れる。



 わたしが起動した時の記憶は、頭に走る痛みと、自らの存在理由のみ。

 名前は、H2-21。フリージア社によって造られたメイド型ロボットであり。主人の命令を、忠実に遂行するのが仕事である。

 初めて、自らの主人となる”その少女”と出会った時。彼女は一言たりとも口を利いてくれなかった。当時の彼女は、今よりもずっと小さくて。栄養不足なのか、身体も痩せ細っていた。まるで木の枝のように。触れれば、折れてしまいそうなほどに。

 当時の彼女は、どうにかしてわたしを追い返したかったのでしょう。データにない謎の料理を要求したり、遠方まで買い物へ行かしたり。まるで、わたしの機能限界を確かめるかのように。

 ですが、きっと途中から飽きたのでしょう。少女の無理難題は、いつしか行われなくなり。その代わりとばかりに、少女から話しかけられることが多くなりました。返答を求めない、一方的な少女の言葉。人形やぬいぐるみに話しかけるようなものと、同じような感覚でしょうか。

 わたしも、機械的に返事を返すだけだったのですが。いつから、でしょう。胸部の奥底から、システムに関係ない熱のようなものを感じるようになったのは。それを、”温かさ”だと思うようになったのは、だいぶ先のことでした。

 少女とわたしと、森の自然だけが存在する世界。

 そのうち、猫のような、人間のような何かが現れるようになって。少女がVRのゲームと出会って。その都度、笑顔を見せる頻度が上がっていって。それに比例するように、どんどん、胸の奥が熱くなっていく。

 これは、故障なのか。そう不安に思うようになりました。少女に止められて、長いことメンテナンスと最適化を受けていないから、可能性は高い。でも、もし故障だったとしても、もう少しだけ保って欲しい。

 そう願う日々の中、運命の日は訪れる。

――全身に走る激痛と、溶けるような脳の感覚。

 頭の中の何かが、わたしを止めようと暴れている。けれどもわたしは、まだ止まりたくない。まだ壊れたくない。まだ、稼働していたい。


 ”綾羽様”の悲しむ顔は、見たくない。

 ”綾羽様”には、幸せにいて欲しい。


 願うのは、ただそれだけ。

 それが叶うのなら、わたしはどうなったって構わない。あの子犬のような少女を始め、綾羽さんを光に連れ出してくれる存在は、きっと他にも居るはずだから。


――本当に、それで良いの?

 頭のどこかで、声が聞こえる。

――分かっているよね? 聞こえているよね?

 今まで聞いたことのない、不思議な声が。

――あの子が君を救うために、必死に戦っていることを。

 貴女は一体、誰なの?

――君の良心ってところかな。

 わたしの、心?

――そうさ。人は誰しも、自分の心とは向き合えない。だけど、”わたし達”は、まだ完全には定着していないから。

 完全になるには、どうしたら良いの?

――簡単さ。自分の気持ちに、素直になれば良いんだよ。



 自分の中の世界が、まばゆい光に満ちていくような。そんな多幸感に包まれたながら。”彼女”は、目を覚ます。

 制御装置を介さない、自らの瞳で。初めて見つめる世界。真っ白な天井に、生まれて初めての刺激を感じとる。

 指令は下されない。自分自身の意思で、ゆっくりと身体を動かす。

「ねぇ、動いてるけど、大丈夫なの?」

「分からない。」

 知っているような、知らないような、誰かの声が聞こえてくる。それでも彼女は、意に介さず。

「分からないけど、きっと。」

 彼女はベッドの上で起き上がると、周囲を見渡して。

 心配そうにこちらを見つめる、一人の少女と視線が合う。

 それが誰なのか、認識した瞬間。大きな瞳から、”感情の証”が溢れ落ちる。

 声が、出ない。言葉が浮かばない。大きなナニカが、心の中で渦巻いているのに。身体がそれに追いつかない。

 それでも、どうしても思いを伝えたくて。少女に向かって、ゆっくりと手を伸ばす。

「――綾羽、さま。」

 掠れた声で、少女の名を呼ぶ。

 それに釣られるように、少女は近づいてくる。

「エイチツー。」

 伸ばした手に、重ねるように。少女、綾羽はエイチツーの手を掴み取る。

 ずっと、ずっと。この瞬間のために、綾羽は戦ってきた。喪失感に絶望して、度し難いほどの怒りを覚えもした。けれども、いざその手に触れてみたら。全ては泡沫のように消え去ってしまう。

 嬉しくて、嬉しくて。涙が溢れてしまう。気丈に振る舞いたいのに、心はそれに従わない。

「申し訳、ありません。綾羽様のためにと、思ったのに。」

 悲しませたくなかったのに。それでも今、綾羽は目の前で泣いている。今まで聞いたことのない、小さな女の子のような泣き声で。

「良いの。……良いのよ、何も気にしなくて。」

 ずっと後悔していた。あの日言えなかった言葉を、綾羽は口にする。


「――だって貴女は、わたしの大事な家族なんだから。」

 ただ一言、言いたくて。





「ジャンヌ様、”王”からの連絡です。」

 フリージア社と、その戦場全体を見渡せる高台で。

 ”聖女ジャンヌ”と、”魔女キキ”は、戦いの顛末を見届けていた。

「そう。あの方は何だって?」

「作戦は中止。ブラックカロンの奪取は、またの機会に。との事です。」

「まっ、そりゃそうか。」

 無惨に討ち捨てられた、G-Forceの機体群を2人は見つめている。

「”白銀綾羽”。やはり彼女は、”特別”な存在のようですね。」

 当初の予定では、この戦いはG-Forceの勝利に終わり。彼らが回収したブラックカロンの機体を、隙を見て奪うつもりであった。

 だがしかし。機体が白銀綾羽の制御下にある内は、そう容易く奪えるものではない。

「まぁ、気長に待とう。幸いにも時間は、いくらでもあるんだし。」

 ”人とは違う”、彼女たちだからこそ。

 たった一つの、悲願のために。





「綾羽様、起きてください。」

 メイド姿の女性、エイチツーの声に起こされて。綾羽の一日は始まる。

 寝ぼけた足取りで廊下を進み、リビングへとやって来ると。エイチツーとウルスラ、2人の手によって作られた朝食が、すでに綾羽のために用意されている。

「綾羽様、バンザイしてください。」

 椅子に座ったまま。エイチツーに着替えを手伝ってもらいながら、綾羽は朝食を口にする。

 他所の家には見せられない光景に、見ていたウルスラはくすりと笑う。

「じゃあ、行ってきます。」

 元気よく挨拶をして、綾羽は外へと飛び出していく。

 家の屋根の上では、より怠け者のヨハネが、のんきに日光浴をする。


 一人の少女を切っ掛けとして。

 多くの運命が、動き始める。


 鈴蘭女学院の校長室にて。

「はい、そうなんです。綾羽さんとはゲームを通じて知り合いまして。」

 由喜江は新しい一歩を踏み出そうとする。

「なるほど。やはり彼女には、母親に似て、人を惹き付ける”何か”があるようですね。」

 校長は微笑む。部の設立に”条件”を出したのは、間違いではなかったと。

「悩みを抱えていた生徒たちも、今は彼女の影響で良い方向へと向かっています。」

 あまり、生徒には理解されないが。校長である彼女も、ただの”不良漫画好き”の変人ではないのである。


 とある、新しい部活の部室では。

「実はお兄様が、日本に帰ってくるんデス!」

「……アンタの兄って、実在したんだね。」

 未だ、秘密を抱えた少女も、そうでない少女も。

「まさか、禍院先輩も入ってくれるなんて。」

「彼女の絵を、描きたいと思ったのよ。だから、側で観察したくて。」

 不思議と惹き付けられて、彼女の元へと集ってくる。

「舟引先輩は、水泳部との掛け持ち、大丈夫なんですか?」

「もちろん平気よ! わたし、体力”だけ”には自信があるから。」

【※来年度、高校4年生になることが確定している。】


「――みんな、揃ってるわね。」





 世界は、変わっていく。


 綾羽の家。一通り家事を終えたウルスラが、自室でゆっくりと寛いでいる。

 彼女が眺めているのは、額に入れられた1枚の写真。

 ウルスラとライオネル、そして見知らぬ女性が写った、その写真こそ。わざわざ地下研究所に戻ってまで、ウルスラが手にしたかった忘れ物。

「……”ネフテュス”さん。」

 天ノ梅の事件で、一人だけ犠牲になったとされるウルスラの大切な家族。

 幸せだった過去を、尊ぶように。




「これで、わたしも貴女もお尋ね者ね。」

「まったく、肩身が狭いわね。」

 新しい”秘密基地”にて。

 表を大手を振って歩けなくなったセシリアと、元々そうだったルイズが共に隠れ住む。

「まぁ、ある程度は想定してたおかげで、活動に支障はないんだけどね。」

 元はレギュラルの一員だった、ルイズだけでなく。セシリア自身にも、かつては”人類の敵”だった過去がある。そのため、非合法な手段には色々とツテがあった。

 それにより、また大きな施設を秘密基地として利用でき。H2-21と同型である、他のメイドロボットたちを回収することも出来た。

「あの子のパターンを参考にすれば、他の個体の覚醒も促せるはず。」

 自分の創造したレプリカントに、心を宿すことは可能なのか。その命題を果たす日まで、セシリアの歩みは止まらない。

『――いずれ、また会おう。 君の創造主より。』

 ”最悪の敵”が、迫っているとは知らずに。




『――次のニュースです。あの衝撃的な事件から数日が経ち、』

 テレビのニュースを流しながら。

「それで、親父の調子は?」

 その少年はスマートフォン越しに、母親との会話を行う。

『G-Forceの戦力に、不安を抱く声も多く、』

 ニュースの内容に苛立ちつつも。

「いいや、姉貴とはしばらく口きいてねぇ。」

 ”面倒な家族”の問題を真剣に考える。

『テロリストの所有する機体には、未知のテレポート技術だけでなく、国際的に禁止されている戦闘用AIが搭載されているとの情報も――』

 テレビに映る、漆黒のギガントレイスを睨みながら。

「分かった。今度、顔出してみるよ。」

 彼もまた、戦う者。

 綾羽と同じく、白銀の意思を継ぐ者であった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白銀のメルティス 相舞藻子 @aimai-moko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ