第12話 エピローグ

<<ライジングサン・タブロイド紙より抜粋>>

富樫祐介(48)容疑者、高校教師、ショットガンを乱射して逮捕。

深夜の学校で西部警察。令和の大門部長、あらわる。

昨日の真夜中、子供たちの学び舎たる神聖な校舎に、危険きわまりないショットガンの銃声がこだました。近所の住民によると、「時季外れの花火大会」と思ったほどの爆音だったそうだ。富樫容疑者は同校の化学教師で、二十年に渡って教鞭をとっているベテラン教師だが、公共の場での銃火器使用および、銃火器の不法所持の罪に問われている。本誌の入手した情報によると、富樫容疑者は「個人的な動画の撮影を行っていた」「銃火器の所有許可も持っている」とのことだ。さらに、覚せい剤がつまったバッグが校舎内でみつかっており、富樫容疑者は自分の所持品ではないと容疑を否定している。警察は、夜中の校舎内で麻薬の秘密会談が行われていたのではないか、という線で捜査がすすめられているが、いぜんとして富樫容疑者以外の人物が校舎内に存在していた形跡はみつかっていない。また、これに対する同容疑者の供述内容も、「わたしはひとりだった」というものである。


先生と僕は新聞を読んで、心から胸をなでおろした。ふーーーー。

富樫はどうやら、「悪党のルール」を守っているようだ。つまり、カナリアではないということだ。

僕は、逃げ出してゴミ捨て場につっこんで気絶したから、あのあと、なにが起こったのかは先生が教えてくれた。どうやら、近所の住民が通報したことにより、すぐに警察がきたらしい。先生は化学実験室からなんとか逃げ出して、掃除用具室に隠れていたおかげで警察にみつからなかったそうだ。僕も気絶して、きがつくと登校時間になっていたので、そのまま授業にでた。ラッキーだった。

校舎には、まだパトカーがとまっているし、事件のせいで授業は休校になった。校舎内にサツがうろついていた。


「先生。新聞には大麻のことが書かれていませんね」

「うむ。わたしたちのマリファナはどこに消えたんだろうか」

「富樫が、どこかに隠してるのかもしれませんよ」

「あるいは、悪徳警官が、みつけたブツをくすねたのかもしれないね」

まぁ、どっちにしろ、僕たちにとってはラッキーだった。


大麻がみつかっていたら、さすがに富樫でもダンマリをきめこむのは難しいだろう。


「僕がまちがって銃を撃ったことはバレてないんですかね」

「きみの撃った弾は、窓から外に飛びでていったからね。薬莢はどこか、みつからない場所におちてるんだろう」


まだ、完全に安心というわけはなかったけど、僕らはなんとか捕まらずにすみそうだった。


*********************************


それから数日して、学校が元通りなったある日、綾瀬さんによびだされた。

場所は校舎裏で、ゴミ捨て場と、小さなゴミ焼却炉がある。焼却炉には煙突がついていて、紙のゴミはここで燃やす決まりになっていた。

僕はちょっと期待して、ドキドキしていた。


「あの事件って、高橋君と朝倉先生が関わってるんでしょ」


僕は、予想していたはなしとまったく違ったので、思わずどもりながら「ごほんッ」どうしてそう思うのか、ときいてみた。


「麻薬の秘密会談、っていう記事でピンときたの。大麻と危ないドラッグだって」


綾瀬さんの推理力は、名探偵レベルだ。僕はおもわず、拍手を送った。ぱち、ぱち、ぱち。

でも、朝倉先生が大麻販売の元締めだ、ってことを知ってるのは僕だけのはずだ。生物実験室の奥以外で、朝倉先生と会話をかわしたりもしないから、僕と朝倉先生のつながりを知っている生徒はおそらく誰もいないと思っていた。


「きみのあとをつけたことがあるの。そしたら、生物実験室の奥に入っていった」


そういえば、尾行の気配を感じたことがあったが、まさか相手が綾瀬さんだったとは。しかも、僕は尾行をまくために、わざと男子トイレによったり、保健室に行って窓から抜け出したりしたというのに。


「大麻を盗んだのはわたしだよ」


彼女のはなしは、つねに僕の予想の斜め上だった。僕はびっくりして、びっくりしすぎて、それは冗談だと思っていた。

だけど、彼女はゴミ捨て場の裏のブロック塀の間から、中身がパンパンにつまった黒いビニール袋をいくつもとりだして、「これだよ」といった。僕がひとつをあけて中身をみてみると、なじみ深い、あの葉っぱの香りが漂ってきた。

ほんとうに、彼女が大麻泥棒の犯人だったのだ。ということは、僕と先生はとんだ勘違いをして、富樫のブツを盗んでしまったわけだ。富樫は、せっかく作ったヤクが売れず、しかも盗まれて、最後は警察に捕まったわけだ。僕は富樫に、心の中で手を合わせた。成仏してください。


「あの頑丈なドアを綾瀬さんが開けたの?」「うん。まあね」

「先生がプロの仕業だっていってたよ」


彼女がふふ、と笑ってからいった。


「子供のころって、父親からいろんなこと、教わるでしょ?」「自転車の乗り方とか」「釣りとか」


僕は、父がすごく絵がうまくて、それを教えてもらったことを思い出した。


「わたしは、ピッキングで他人の家の鍵を開ける方法を教えてもらった」


僕は、思わずポカンとしてしまった。「…いまのって、ボケた?」ときいてしまった。綾瀬さんは「いや、マジだから」と真剣な表情だった。「あのドア、開けるのにかなり苦労した」「恐ろしく複雑なトリプルシリンダー構造」「わたしじゃないと、開けれないよ、あれ」彼女はどや顔をしていた。僕はまた、パチパチと拍手してあげた。そういえば、空き教室にも鍵かかってたのに、なぜかすぐに開いたのは、彼女のスキルだったというわけだ。

綾瀬さんの父親が刑務所に入っているというはなしを思い出した。

父親が娘に泥棒のやり方教えるってどういうことやねん、と僕は彼女のパパにつっこんだ。


「このカードも、お父さんにもらったの」


彼女が、最初にみせてくれたカードをとりだす。へたくそな赤いトカゲが描かれている。ムショにいる父親から娘あてに手紙が届くことを想像した。


「お父さんが、レッドドラゴンの組織員で、その活動資金のために泥棒をするんだっていってた。真の悪者を倒すために、しかたのないことだってわけね」「わたしは今でも信じてるよ」


彼女は遠い、お空の彼方をみつめていた。空は晴れていて、飛んでいたのはドラゴンじゃなくて飛行機だった。

綾瀬さんはもっていた黒いゴミ袋を、「はい」といって、ぜんぶ僕のほうに押しつけた


「この大麻は返すよ」


僕は意味がわからなかった。せっかく盗んだのに。

でも、僕は「なんで?」なんて聞かなかった。なぜなら、僕はガイジで、そんなことはもうどうでもよくなったからだ。

彼女はうまくやって、僕らはヘマをした。それだけだ。


「この大麻、どうするつもりだったの?」

「燃やして、捨てちゃおうかなって」

「じゃあ燃やそう」


二人で、学校の焼却炉に大麻をつっこんで燃やした。

心の中で、先生ごめんと謝った。だけど、まあ先生ならまた新しく大麻を育ててくれるだろう。僕もこの商売で、ちょっとは貯金ができたから、しばらくはお金を稼がなくてもなんとかなる。これを機に、足を洗ってもいいかもしれない。つまり、彼女は自分が宣言した、「悪者を倒さず、仲間にする」という目的を達成したというわけだ。

僕と綾瀬さんは、煙突から大麻の煙が大空にただようのを二人でながめた。

風が吹いて、流れてきた煙をすった僕と綾瀬さんはぶっとんだ。

彼女と僕は、まっかなドラゴンにのって、宇宙の果てまで旅をした。

それから十年後に、僕と綾瀬さんは銀行から十億円を盗みだすことになるけど、それはまた別のお話だ。


おしまい

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この物語はフィクションです TKSD @riukenichi

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