第11話 決戦、夜の校舎
僕と先生は、ふたたび夜中に学校に忍び込んだ。
今日は、大雨が降っており、いまにも雷が鳴りだしそうだった。
「じつは富樫とは小学校からの幼馴染でね」
僕は驚いた――幼馴染が同じ学校で教師をやっていて、どっちも非合法なブツの密売人だなんて。
「中学生のとき、同じバスケ部になった。わたしが入部した後で、富樫が入ってきたのだ」
わたしがエースで、やつはセンターだった。とのこと。
僕は中学生時代の二人を想像してみた。朝倉先生は小柄で、メガネをかけた温厚そうな感じ。対して、富樫先生はでかくて、スキンヘッドの顔面凶器。うーん。喧嘩では富樫先生のほうに分がありそうだ。
「わたしは富樫を出し抜いて、三年でキャプテンになった」「それが、やつにとって屈辱だったのだろう」
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富樫は時刻どおりにやってきた。一人で。
僕と先生。そして、富樫――教室の端と端で、互いに睨みあう形。
間には、実験室特有の長い机、パイプ椅子。
電気はついていない。大雨の降る音だけが、静寂を支配していた。
イナビカリ。遅れて、落雷音。富樫の強面に光が反射する。かなりの迫力だ。
右手にはでかいバッグをぶらさげていた。僕たちから盗んだ大麻が入っているのだ。
最初に言葉を発したのは、富樫だった。
「俺のヤクを返してもらおう」
朝倉先生が言い返した。
「わたしの葉っぱを盗んだのは、そちらが先だ」
富樫の表情は暗くてみえなかった。
「なんのことか、わからんな」
「くっ…」
先生は気持ちで、ちょっと負けているきがした。
僕はがっかりした。先生は、僕と似たりよったりのヘタレだった。
「…わかった、ヤクをみせる」
先生は持ってきたダッフルバッグを、顔の高さにまで上げてみせる。
それから、バックのジッパーを開けて、中をみせた。
都合よく雷が光って、中身を一瞬だけ照らし出す。
富樫にも、バッグの中の錠剤の束がみえただろう。
「こっちにバッグを投げろ」
「ふざけるな。そちらも、盗んだものをみせろ」
富樫がバックのジッパーを開けて、中からなにかをとりだした。
暗闇の中で、もっと真っ黒な深淵がこちらをのぞきんでいる。
それは、ショットガンの銃口だった。
ショットガンというのは、散弾を発射する横長の銃だ。撃たれると、文字通り蜂の巣みたいな穴ぼこだらけになる。
僕と先生は思わず、「ひぃ!」となさけない悲鳴をあげて、机の下に隠れた。
もう、パニックだ。なんで、化学教師がショットガンなんて持ってるんだ。
そんな疑問を、親切にも富樫が解説してくれた。
「俺の趣味は鹿撃ちでね。この銃にはトリプルAサイズの鹿弾がこめられている。人間の体なんぞ、一撃でミンチするだけの威力がある。俺が、引き金をひくまえに、盗んだものを返すんだな」
僕はもう、はやくおうちに帰りたかった。綾瀬さんの顔が浮かんだ。
先生と僕は机の下に隠れたままで、先生は胸にバックを握りしめて叫び返した。
「富樫。あれは中学のときだろ」「おまえは、わたしがキャプテンになったのが、気に入らなかったんだ」はぁ、はぁ、はぁ「そうだろ。おまえは、わたしに嫉妬してるんだッ」
富樫はそれを聞いて、おかしそうに笑いはじめた。くっくっくっく。
怖すぎる。これ、映画だと絶対撃たれるフラグやん、と僕は絶望した。
「まさか、バスケ部のことをいってるのか?」あっはっは。「おまえは形だけのキャプテンで、試合ではベンチウォーマーだったろう」「俺は、一年からレギュラーだ。なぜ、嫉妬する必要がある?」
先生は、「くっ」と苦い顔をした。僕は思わず聞いてしまった。
「先生、ほんとですか?」「―事実だ。わたしは補欠キャプテンだった」
あんた、自分はエースだったとかなんとか、言ってたんちゃうんかい。思わず、大阪弁でつっこんでしまった。
また、綾瀬さんの顔が浮かんだ。きみが好きだと、叫びたかった。
「十秒だけ待ってやる。バッグを返せ。さもなければ、二人ともハチの巣にして、飼育小屋で飼ってるウサギの餌にしてやる。腹がへったウサギは、人肉を食うらしいぞ。あと、九秒だ」
僕は凶悪なウサギが、鼻を真っ赤に染めながら、僕の肉をむさぼり食うところを想像して、吐きそうになった。
「先生ッ。ヤクを返しましょう」「だめだッ!!」
先生は死んでもバッグを離さないというように、胸に抱きかかえている。アホだ。
富樫はゆっくりと数をかぞえて、今は「六(ろぉーく)」だった。サディストのやり口。
先生は手をポケットにつっこんで、なにかを取り出した――「えっ」――拳銃のようなもの。
「たかはしくん、これで対抗するんだ。わたしは、みてのとおり右手が使えん」
と先生がいって、右手をあげてみせる。包帯でぐるぐる巻きにされた手。「今朝、寝ぼけて、パンのトースターに手をつっこんでしまったんだ」
「そんなアホな!」僕は思わず、また大阪弁でつっこんでしまった。
先生から拳銃を手渡される――回転するシリンダーがついた、馬鹿でかい銃。
リボルバーというやつだ。先生が、これは四十四口径のマグナムだと説明する。火力ならショットガンに負けずおとらず、ということだった。だから、どうした。
「先生、どこでこんなものを!?」「物理の我孫子先生だ。彼は実弾の入った拳銃を、物理実験室の戸棚に置いている。わたしは、さっきこっそりと忍び込んで、それを借りてきたんだ」
この学校の理科の先生はどうなっているんだ、と僕は一瞬だけ恐怖を忘れてしまったほどだ。
「2だ。さぁ時間がないぞぉ。どっちからヤルか、きめておかないとなぁ」
なんか、返しても撃たれそうな雰囲気になってきた。でも、返さないよりマシだった。僕だけでも助かりたかった。
もはや、スプラッター映画の猟奇殺人犯だ、と僕はぶるぶる震えながら思った。
窓の外はいよいよ大雨で、ざーざーとすごい音になっていた。
「先に撃て、撃つんだ!!」先生は叫んだ。「無理ですッ。僕には撃てません!!」僕も叫んだ。
富樫が「1」と叫んで、ショットガンの下のほうについてるやつを「ガチャン!!」と鳴らす音が教室に響き渡る。
その音を聞いて、先生はついに観念した。
「わかった。ヤクを返す!撃たないでくれッ」
先生はそう言って、バッグを掲げて立ち上がった。
僕は机の下からそれを見ていた。先生はバッグをゆっくり振って、富樫のいる方向にむかって投げる。
バッグが落ちる音がして、富樫がそれを拾い上げるのを感じた。
「よぉし。いいだろう。じゃあ、背をむけて、さっさとここから消え失せろ」
「ま、待てッ。わたしの葉っぱどこだ!?交換の約束―――」
先生があせったはずみに、パイプ椅子に足をひっかける。
パイプ椅子が床に倒れて、かん高い音をたてる。
僕は思わず、拳を握りしめて飛び上がった。
「ヴァァーーーン!!」――「ガシャァーン!!」――ガラスが割れる音。
一瞬、なんの音か理解できなかった。
銃声。鼓膜がキーンとなって。音が遠のく。
僕はびびったはずみで、四十四口径マグナムの引き金をひいていたのだ。
教室の窓ガラスが粉々になっている。
「やりやがったな!!」富樫の叫び声が、破れかけた鼓膜の奥で小さく聞こえた。
反対側から「ズドォーン!!」という銃声――富樫のショットガン。
教室の黒板に散弾の穴。穴。穴――それをみた瞬間、ぼくの理性はふっとんだ。
先生のことなんかどうでもよくなって、僕はひとりで教室の外に逃げだした。
廊下の窓にかけよって、無意識のうちに窓の鍵を開けて、外に飛び出した。
ここは二階だ。落ちても、大丈夫―――僕は飛べる!!
そのあと、落ちて、走って、なにかにつまづいて、僕は頭をうった。
遠のいていく意識のなかで、さらに遠くで聞こえるサイレンの音を聞いた。
僕は、ついにムショいきになるんだ、綾瀬さんとは二度と会えなくなるんだ――。
僕は絶望して、気絶した。さよなら、綾瀬さん。
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