第10話 倍返し
僕たちは、夜中に化学実験室に忍び込んだ。
盗まれた大麻のかわりに、富樫のメタンフェタミンを盗み返すつもりだ。そのあと、取引をもちかける。おまえのブツを返してほしかったら、僕らの大麻を返してもらおう。というわけだ。もちろん、先に手をだした富樫には、それなりの”報い”をうけてもらう。さすが、先生は頭がきれる。
「富樫はヤクを化学準備室に隠している可能性が高い」「自宅だと、捕まったときに言い訳がきかないからな」
先生が、変顔でそんなまじめなことを言うので、僕はふきだしてしまった。
だれかに顔をみられたらまずいから、という理由で、僕たちは頭からストッキングをかぶっていた。
「先生の顔、ブルドッグみたいになってますよ」
「きみだって、マントヒヒみたいになってるぞ」
富樫は扉の鍵を改造するほど用心深くはないようで、職員室から借りてきた鍵であっさり扉を開けることができた。
薬品の瓶や三角フラスコなどの実験道具が、金属ラックに並べられている。
僕たちは棚とか引き出しとか、とにかくヤクが仕舞ってありそうな場所を、かたっぱしから調べた。
でも、そんな簡単にみつかるような場所に隠しているわけはなく、時間だけがどんどん流れていった。僕の集中力も流れていく。準備室は暑くて、湿気があって、変な匂いがして、僕はすぐにあきらめた。僕はガイジだった。
「先生、もう帰りましょう」
「こういうことはいいたくないが、あえて、いわせてもらう」「きみはガイジだ」
先生は壁をコツコツと叩いていた。壁の奥に空洞がないか調べているのだ。
僕はこっそり、自分用に持っていた大麻に火をつけた。ふー。最高だ。
「富樫はどこでアンフェタミンを作ってるんですかね」
「さぁ、わからんね。ここじゃないってことは確かだから、どこかの山小屋とか」
先生は全部の壁を叩きおえて、どうやら準備室にはこれ以上、怪しい場所はないようだった。
僕は大麻がきいて、ハイになってたから、もうなんでもよかった。
「壁には空間はない…。ということは床か!?」
今度は床に仕掛けがないかどうか、四つん這いになって探した。
床はほこりだらけで、僕はアレルギーなのでくしゃみがでた。鼻水がたれる。
僕の集中力は完全に消えて、まったく違うことを考えていた。
「先生」「ん?」「ちょっと相談なんですけど」「ふむ」
「綾瀬組子さんのことです」「というと?」
「ほら。噂とかなんでもいいです」
「ははぁーん。なるほど、ね」「そ、そんなんじゃないですよ」
「ほんとかなぁ」「ほんとです!」
「しっ。声が大きいよ高橋君」「お願いしますよ」
「綾瀬さんのはなしだっけ?」「そうです」
「まぁ、ちょっとは聞いたことがあったかなぁ」「ほぉ」
「あー…、でも、こういうのは、あんまり生徒にはなぁ…」
「だれにもいわないです」「でもなあ」「オフレコでお願いします」
「彼女の父親が、ちょっとね…」「じらすのはやめてください」
「父親が、どうも”コレ”らしいんだ」
先生が両手を並べて、前につきだして――「太極拳ですか?」「手錠をかけられたという意味だ」
僕はびっくりしてしまって、思わず大声で「捕まったってことですか!?」と叫んでしまって、先生にまたまた注意されてしまった。あんなに正義感の強い彼女の父親が、犯罪者だったなんて、そんなこと信じられなかった。
「いまも刑務所にいるらしい」
先生の情報によると、だけど新聞にのるような大きな犯罪じゃないから軽犯罪者ということらしい。ふつう、軽犯罪で初犯なら執行猶予というものがついて、保護観察処分ということになる。例えるなら、高校生が初めて校則をやぶったとしても、いきなり退学ということはなく、生活指導つきで自宅謹慎、というようなものだ。僕は自分が悪党なので、その手のことは調べてあった。つまり、どいうことかっていうと、犯罪の常習犯ということだ。
先生も、それ以上は詳しいことは知らないらしく、僕はもやもやした気持ちになった。
かわいそうな、綾瀬さん。父親がムショにはいる苦しみを知っていたから、誰かが同じ過ちを犯すのを黙って見過ごせなかったんだろう。僕を更生させようとする彼女のおせっかいは、家族関係のトラウマだったのだ。僕は、自分が大麻を売っていることを、はじめて”うしろめたい”と思った。
僕がそんなことをぼんやり考えていると、「あったぞ!」という先生の声が聞こえた。
床のブロックが一部分だけ動くようになっていて、そこにはビニール袋に入ったカプセル錠剤が隠されていた。
僕と先生は、袋を持ち去って、化学準備室にメモを残して立ち去った。
『明日の深夜12時に、ひとりで生物実験室に来い』『これは取引だ』『持ってくるもは、わかってるだろう』
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