第3話 父さんの描いた絵本

 七実が手に取った絵本は、父さんが描いた絵本だった。

 お祖母ちゃんの話によると、七実の父さんは絵本作家をしていて、作品は海外でのみ出版されていたとの事だ。更には、父さんは幼い頃から、英文学に興味があり、英語を独自に学んでいて、高校卒業後はイギリスにある大学へ進学をした。更には大学の夏休みを利用して、独りでアメリカへ行き、アメリカ英語を学びに行った事もあるとの事だった。大学卒業後は、生まれ育ったこの街に戻り、英語で海外企業と取引をする営業職についたとの事だった。社会人になってから、七実の母さんと出会い結婚をして、七実が産まれたのだ。七実はよく、そんな話をお祖母ちゃんにせがんで、何度も何度も聞かせてもらうのが、とっての楽しみだった。優しい声で語るお祖母ちゃんの話を聞きながら、亡き父親に思いを馳せる。そんな時間を過ごすのが七実にとっては安らげる居場所だったのだ。自分の記憶には無い父さんの記憶は、まるで物語のようだった。

 父さんの描いた絵本は10冊あり、七実はその10冊全てを読んでいた。繰り返し何百回も読んでいたのだ。だけど今、七実が何気なく手に取った絵本は今までに見た事が無い初めて目にする絵本だった。

-父さんの絵本は全部見たはずだと思ってたのに、最初からこの本棚にあったのかな?今まで、気付かなかったけど…。-

 七実はワクワクしながらページを開いた。父さんの絵本は基本的に全て英語で書かれていたが、この絵本だけは何故が日本語で書かれていた。七実が今まで読んだ本は全て、亡き父さんが日本語訳をして手書きで書き加えたものだった。

最初のページには美しい森の様な絵が描かれていた。七実はドキドキ高鳴る胸の鼓動を感じながら読み進めて言った。

次のページには今までに見たことのない生き物が描かれていた。それは、まるで一見キツネの様な見た目で、でも体が真っ白く眼はルビーの様に真っ赤だった。絵本を読み進めて行くと、どうやらこの生き物はこの森を守っている精霊の様な者らしい。名前はワフアと言う事が分かった。

 この森では、色々な生き物がそれぞれに協力をし合いながら生きていて、それぞれに役割があり皆で、命の実という物を育てているそうだ。命の実は草になり花になり、木になりこの森を育てているのだ。ワフアには3人の友がいる。それは…と描かれていて、次のページへ続きが描いてあるのだが、次のページを開くと全てのページが灰色になっていて何も描かれていなかった。

七実は少しガッカリして大きな溜息をついた。「なんだよ〜。良いところだったのに。」そう言って、また深い溜息をついて椅子の背もたれにもたれると、次第に瞼が重たくなり、どうしようもないほど眠たくなってしまった、七実はそのまま、机の上に突っ伏して深い眠りについてしまった。窓からは心地の良い風が薔薇の良い香りを運んで来る。その香りは次第に柑橘系の様なベリーの様な香りに変わり、七実はその香りに誘われる様にして夢の中に落ちて行くのを感じていた。そして、誰かの声が聞こえて来た。薄れゆく意識の中、その声に耳をすませてみると「七実、七実」と自分の名前を読んでいるようだった。その声はとても優しくて心地の良い響きがあり、その声に引き込まれて行くように七実は眠たくなった。そして夢に落ちて行く感覚は、まるで体がふわふわと浮かびながらゆっくりと前へ進んで行く様な感じだった。

 しかし、夢の中に落ちて、深い眠りについたはずの七実が、これからとても大変な冒険をする事になるとは…。

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