第6話 GWイベント藍沢 旬編
林間学校が終わり、俺はゴールデンウィークを迎えた。あの肝試しで急に登場したアプリで頭がいっぱいになり、その後の記憶はあまりない。
気になりすぎて色々と調べたかったが、流石に好感度が分かるアプリをいじっている所を見られるのは不味いと思い止めた。調べられなくては気になる一方で、うわの空だったのだ。
くそう、返せよ俺の思い出。
……過ぎたことは仕方ない。嘆くよりもアプリの方だ。勝手に入っていたアプリは、やっぱりだったというかなんというか、攻略対処たちの好感度を表すものだった。因みに好感度だけでなくパーソナリティーなことも分かるやつだった。
個人情報だだ漏れ過ぎるだろ。
アプリの内容はこれで全部だが、肝心のなぜ俺の携帯に入っているかは分からなかった。乙女ゲームの世界だということは、これで確証付けられる。しかしそれなら、春の携帯に入っている方が自然だろう。
ああそうだ、ゲームではどうやって好感度を調べてたっけ、もしかしたらゲームではアプリじゃなかったかもしれない。んーー……。
ダメだ。全っ然思い出せない!
疲れた頭でやっていたせいだろう。ゲームの細かい設定や流れはぼんやりとしか思い出せない。こんなことになるならちゃんとプレイしておけば良かった。そしたら春にも好感度チェックがあるかどうか確認できたのに……。
携帯に表示されたメール画面を見てため息をつく。そこには一日おきに攻略対象からの、GWの遊びのお誘いメールがあった。
これは林間学校から帰ってすぐ、示し合わせたかのように全員から来た。しかも日程は誰一人として被りもせずに。
まぁ…GWは特に予定もないし友人は何故かこいつらだけだから全員了承したけど。
「兄さん、今日は出かけるんじゃなかったの?時間、大丈夫?」
「ああ春、大丈夫だよ。もう出るところだから」
「せっかくの休みだから私も兄さんと出かけたかったな」
「春は誰かと遊ぶ予定はないのか?」
「兄さんと出かけるつもりだったから、桜ちゃんと遊ぶ予定しかないよ」
「そ、そうだったのか…なんか悪いな……」
「ううん気にしないで、私が勝手に思ってただけだから」
春は笑顔でそう言ってくれるが、その顔はどこか寂しそうにも見える。
可愛い春にこんな顔をさせてしまうなんて兄失格だ。そうだ、最終日は誰とも予定無かったな。
「なあ春、最終日で良かったら何も無いし、二人で遊びに行かないか?」
「いいの!」
「うん、俺も春と遊びたかったし、春が嫌じゃなければ」
「嫌なわけないじゃない!その日は何がなんでも空けるから!」
「い、いや、優先したい用があれば別に……」
例えば攻略対象とのデートとか、春はヒロインだからあるはずだ。
「兄さんと遊ぶ以上に大事な予定なんてないわ」
「そ、そうか……やばっ、もう出ないとまずい時間だ。またどこに行きたいか考えといて」
「うん!いってらっしゃい兄さん、気をつけてね」
「ああ、いってきます」
見送られながら玄関を出る。
春が元気になってくれたのは嬉しいいけど、俺と出かける約束だけで良かったのかな。俺は春のこと大好きだから全然いいんだけど、むしろお兄ちゃんとしては出かける約束ができて嬉しい。やっぱ期待を裏切っちゃったようなものだし、何かお土産でも買って帰ろう。
そんなことを考えていると、いつの間にか待ち合わせ場所である駅前に着く。指定された場所に近づくと、約束をしていた人はもう到着していた。待たせてしまったかもしれないことに焦り、慌ててその人物の元へと近づく。
「旬先輩ごめん、遅くなった?」
「ひな!全然遅くないよ。僕が早すぎただけだし、さっき着いたところだよ」
「ほんと?ならよかったぁ」
「今日もひなは可愛いね!」
「うわっ!」
待たせなかったことに安堵していると、旬先輩は勢いよく抱きついてきた。こんな往来で、しかも人目の多い場所で抱きつかれるのは恥ずかしいので抵抗するが、力の差があるのかなかなか離れてくれない。
こういうのは春にやるもんじゃないのか!
「ちょっ、旬先輩!?」
「ひな〜会いたかったよ」
「いやいや毎日学校で会ってたよ」
「林間学校の間は学年が違うから会えなかったよね。はぁ…ひながうちに来るなら留年しておけばよかった……」
旬先輩が抱きついた俺から離れる間際、すごく気になることが聞こえた気がしたが……気の所為だろう。
「そんなたった二日間だよ」
「二日間でも十分長いよ。僕がどれだけひなの元へすぐに飛んでいきたかったか。……聞いたところによると、黒崎って男と二人っきりで夜道を歩いたらしいけどどういうこと?」
待って、なんで旬先輩そんな怖い顔をするんだ。今にも人を殺しそうな顔止めて!
「き、肝試しでたまたまペアになっただけだよ」
「何もされなかった?」
「何もって、黒崎は友達だし第一男同士だよ?何か起こるわけ……」
「そんなの分からないだろ!」
「痛っ!」
先輩は突然声を荒らげ、俺の肩を痛いぐらいに掴んでくる。冷静そうに見えるのに、旬先輩はこんなに取り乱す人なのか。
驚きよりも意外な一面を見れたことに放心していると、先輩はハッとした顔をして俺の肩から手を離した。
「ごめん……」
「ううん」
「痛かったよね、ごめん……」
「大丈夫、気にしないで」
「……行こっか」
「あ、うん」
駅の方に吸い込まれていく先輩を追って、俺も後に続く。痛いと思わず出ただけで、別にそんなに痛くなかった。なのに気にしているのか、先輩は全然こちらを見てくれない。
なんか、悪いことしちゃったかな。
――――――
結局、電車内でも一言も話さずに着いた。
せっかく遊びに来たのにこれじゃダメだよな。覚えてないけど、俺と先輩は幼なじみだったみたいだし。昔の話とか聞いてみたい。
と、思ったのに……。
「すぐに始まるから入ろう」
「うん」
渡された座席指定のチケットを手に取り、映画館の中へと入っていく。上映前の予告も直ぐに始まってしまった。これでは何も話せなくなる。
「……」
「……」
面白いので集中して映画を見ながら、たまに先輩の横顔を何となく見てみたが、同じく集中していて、目が合うことはなかった。映画を見ているのだからそりゃそうだけど。
「映画、面白かったね」
「うん」
「次はどこに行く?」
「……どこでもいいよ。ひなが行きたいところに行こう」
先輩は顔も合わせずそう言うと黙ってしまった。
一緒に遊びに来たのに、ずっとこの調子なのかな。……やだな。きっと今、ちゃんと話し合っておかないと、休みがあけてもこのままな気がする。どこか二人っきりで話せるところで話さないと。どこかいい所……。
「あ、あそこがいい」
「え?」
指で行きたい場所を示すと、先輩は驚いた声を上げた。
俺が提案した観覧車を見上げて。
「それでは行ってらっしゃいませ〜」
係のお姉さんに見送られ、頂上へと向かう箱に入る。
「……」
「……」
やっぱここでも無言かー!あーくそ、ここは俺が誘ったんだから俺が行くしかない!よし、めんどくさいからもう直球で行ってやる。
「なんで駅の時からずっと話してくれないの」
「そんなことないよ……」
「いいや話してくれてない」
「気の所為だよ。さっきまで映画見てたんだし」
「再開して間もないけど、旬先輩は俺に対してはよく喋る人だと思ってる。それにいつも会えば抱きついて来た後は、ベタベタしてくるのに今日は全然それもなかった」
「……」
目を合わせてくれなくても真っ直ぐ先輩の方を見て言う。俺が言い切った後に何か言ってくるかと思ったが、先輩は何かを言いたそうに口をパクパクと動かすだけだ。
ああもう、焦れったいな。不安がらないでよ。迷わないでよ。俺は何を言われても受け止めるからさ。
そんな思いを込めながら言葉を紡ぐ。
「言いたいことがあるなら言ってよ。俺は何言われても大丈夫だからさ」
「嫌わない、でくれる……?」
「うん。約束する」
「ありがとう」
そう言うと、旬先輩はやっと目を合わせてくれた。
「朝、会った時に僕、ひなに痛い思いをさせてしまってから僕自身が怖かったんだ……」
「うん」
「僕はひなのことがずっと、ずっと大好きだったから、傷つけてしまうことが怖かった。またやってしまって、嫌われたらって思うと顔も見れなくなった……。この触れたい思いを叶えてしまったら、黒崎って奴とは手を繋いだことを思い出して嫉妬でおかしくなるかもしれないから……」
「う、うん」
なんかすっごい気になることを言われた気がしたが、今はこのまま聞こう。
「だからずっと、我慢するために話せなかったんだ……」
「そっか」
「つまらない思いをさせてごめん」
「寂しかっただけだし、気にしてないよ」
「ひな……!」
「んーでもそっか、先輩がそんなに寂しがり屋だったとは思わなかったな」
言いながら、対面していた席を離れて先輩の隣に座る。そして置かれている先輩の手を握る。
「ひ、ひな!?」
「先輩って一人っ子?」
「そ、そうだけど、それよりもこれ!」
「ああ、さっき手を繋ぎたいみたいなことを言ってたから、されたいのかなって思って。一人っ子なら寂しがり屋になっても当然だよね〜」
困惑している先輩が面白くて、離さずにぎゅっと握ると、顔を少し赤くさせながらあたふたしている。
「やっ、でもっ」
「男の手でむさくるしくて嫌かもだけど、これで少しは寂しくないよね?」
「い、嫌じゃない!……むしろいいの?」
「そう?俺も別に嫌じゃないからさ、先輩の気が済むまでこのままでいようよ。まだまだ時間はありそうだし」
「うん……」
一応今世では先輩だけど、前世のおっさんの記憶を持っている俺からしたら高校生は可愛く見えて仕方ない。
寂しいから手を繋いで見たかったってのも分かる。俺だってたまーに、誰でもいいからそばにいて欲しかったこともあった。オッサンでも思ってたんだから、高校生が思ってもおかしくない話だしな。
にしても、最近の男子高校生は友達同士でも手を繋ぐんだな。あ、ここ乙女ゲームの世界だから最近とは違って、この世界だからの出来事なのかな。
「ひな」
「ん?」
一人でぼんやり考えていると、先輩から話しかけてきた。
「あのさ、先輩じゃなくて名前で呼んでくれない?」
「え゛」
「いや?」
「嫌じゃないけど…先輩だし……」
「僕が良いって言ってるからそうしてよ」
「ええー……」
「ね、お願い。先輩を付けられると、何となく距離があるような気がして寂しいんだ」
言われてみれば分かる気がする。後輩と一緒にいた時、後輩ばかりの輪の中で俺だけ先輩+敬語で話しかけられたのは疎外感を感じたこともあった。だからといっていきなり呼び捨てもなー……あっ。
「分かった。じゃあ旬さんね」
「さん付けかー……いいね、夫婦みたいだ」
「夫婦って、俺たちは幼なじみで友達だよ」
「……そう、ひなの中ではまだ友達なんだね」
「えっ?ごめ……」
ボソリと呟かれた言葉を聞き返そうとするが、旬さんの行動に言葉を失ってしまう。旬さんは、俺の背中にあった窓に手を付き、顔を数センチの距離まで縮めてきた。
そのあまりの顔の良さに、思わずドキッとしてしまった。
「陽太」
「は、はい」
「あんまり、俺を焦らさないでね」
「え?」
「返事」
「え、は、はい」
「うん、いい子だね♡」
言葉の意味がよく分からなかったから、ちゃんと意味を聞こうとしたが、旬先輩の圧に押されたので言われた通りにするしか無かった。忘れてしまわないうちに、言われた言葉を反復しようとするが。
「あ、見てひな!外すごいよ。そうだ、これを降りたら次はご飯に行かない?いい時間だし、お腹すいたよね?」
「う、うん」
「で、食べ終わったら昔の話を色々しようね」
「そうだ、旬さんとどんな風に遊んで過ごしたのか聞いてみたかったんだ」
「ほんと?僕も会ってない間のひなの話を聞きたかったんだ」
今まで黙っていた分を埋めるかのような旬さんのトークと昔話に夢中になり、俺は考えようとしていた言葉を忘れてしまった。
『藍沢 旬の好感度が上がりました』
30代独身が転生したらなぜかチヤホヤされるようになった件 もち @mochitori
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