第5話 林間学校イベント 2

 林間学校と言えばよく聞く恒例行事。わざわざ外にキャンプして泊まってるんだし、まぁ夜になったらやるよね。肝試し。


「全員くじ引いたなー。交換は先生が見えるとこではするなよー」


 先生はザワつく生徒に向かって確認をとる。ペアを決めるくじは、班決めと同じく隣のクラス、春のクラスの人と組む。

 さて、俺の番号は九番かペアは誰だろ。こういうのは楽しみだけど、ゲームっぽいイベントだなー。肝試しなんて前はやったこと無かったぞ。

 ペアのくじ片手にそんなことを考えていると、順番通りに並ぶよう号令がかかった。


「あ」

「あれ、日向がペア?」


 持ってる紙を黒崎と見せ合うと、そこは俺と同じ数字が書かれていた。不思議に思っていると。


「因みにペアが男女とは限らないからなー」


 先生が言った言葉に納得した。ペア=男女って思ってたけど、必ず男女ペアとは言ってなかったな。俺は全然構わないけど……周りの阿鼻叫喚が凄いな。うるさいのは男だけだけど。まぁ普通は男女って思うよな。乙女ゲーなのにそこは適当なんだな。


「あの、日向……もしかして僕とペアはいやだった?」

「えっ何で?嫌じゃないよ」


 黒崎が突然、悲しそうな顔でそんなことを言うもんだから驚いた。


「乗り気じゃないから、女の子とが良かったのかなって……」


 なるほど、そういうことか。


「そんなことないよ。むしろ知り合いの方が良かったから黒崎で嬉しいよ」

「ほんと?」

「うん、それに肝試しも結構楽しみだよ」

「そっか、よかった」

「うぐっ……!」

「どうしたの?」

「な、なんでもない!」


 俺の言葉に黒崎は、心底嬉しそうな笑顔を向けてくれた。それがまた、背景に花と何かキラキラが見えてドキッとした。ダメだ、背景に花を急に咲かせられるとドキッとしてしまう。他のやつには見えてないみたいだけど俺の目、大丈夫だよな?ヒロインの兄だから俺にも見えてるだけ、かな。

 黒崎がペアなのは全然構わないんだけど、春の方はどうなってるんだ?確かこのイベントって好感度が一番高い人とペアだったはずだ。俺が今、黒崎とペアなら春は一体誰とペアなんだ?

 気になって春を探すと、俺のクラスの女子と楽しそうに話していた。なんだ春も俺と同じか。てっきり一か総司がペアかと思ったけどそうじゃないのなら、まだどのルートにも入ってないってことなのかな。まぁ攻略対象とペアになったら危険があるかもしれないし、あれはあれでいいか。

 春の方を見ながらそんなことを考えていると。


「日向、俺たちの番だよ。行こ」

「えっ……わっ」


 黒崎が俺の手を握って歩き出した。そしてそのままずんずんと肝試し会場の森の中へと入っていく。順番なのは分かるが急がなくてもいいだろ!?


「ちょっ、黒崎!」

「……」

「そんな焦らなくても、肝試しなんだからさ。ていうか手、痛い!」

「っ!ご、ごめん……」


 強く握られていた手の痛みを訴えると、黒崎は素直に離してくれた。


「もう、急に行くもんだから驚いた」

「ごめん…!なんか、焦っちゃって……」

「いいよ、別に怒ってないから」


 急なことに驚いたし少し痛かったけど本当に怒ってはない。なのに黒崎は、悲痛そうな顔で俺の目を合わせてくれない。別に気にしてないのに、この様子じゃ気持ちは伝わってないみたいだ。んーここはもう一回手を、今度は俺の方から握ったら伝わるかな。

 優しく手を握り、黒崎に話しかける。


「ほら、今度はゆっくり行こ」

「……!」

「折角なんだからイベントはちゃんと楽しもうよ」

「うん……」


 手を繋いで二人で森の夜道を歩く。繋いでるとはいっても、黒崎は俺の一歩後ろにいるので、迷子の引率みたいになっているけど。

 さっきから黒崎は黙ったまま。俺から話題を振ろうと考えたが、ここは話してくれるのを待った方がいいと思った。だから俺からは何も言わずに歩いている。

 だけど、ずっと空気が重いままも脅かし役に悪いし、そろそろ何とかした方がいいよな。


「あのっ、日向……」


 話しかけようと口を開いた瞬間、黒崎がようやく口を開いた。ちゃんと話を聞くために立ち止まり向かい合う。


「なに?」

「さっきは本当にごめん」

「怒ってないから謝らなくていいよ」

「でも、やっぱり痛いことをしたのはダメだから、謝らせて」

「そういうことなら分かった」


 謝罪を受け入れると、黒崎はやっと顔を上げて目を合わせてくれた。それに少し嬉しくなっていると、また寂しそうな顔で黒崎は話す。


「ありがとう。ごめん、俺がコミュニケーション下手で」

「……なんで?」

「さっきみたいなことしちゃったから」

「別にそれぐらい……」

「俺、相手の気持ちとか上手く考えられなくて、想像するより前に身体が動いたり、言葉が出たりするんだ……だから優しい言い方とかいつも出来なくて……。俺、入学式でも日向に酷いこと言ったよね…」

「ああ、あれか」


 言われて思い出した。確かに黒崎にイラッとしたことを言われたけど……よく覚えてたな。あんな一瞬の出来事だったのに。強烈だったけど、俺はもうぼんやりとしか思い出せない。

 そこは一旦置いといて、そう言えばあの時の態度の理由、黒崎が覚えてたら聞こうと思ってたんだ。


「あの時、本当はあんなこと言うつもりじゃなかったんだ……。言い訳にしか聞こえないだろうけど、人と話すのに緊張しちゃって……酷い言葉を使ってごめん……」


 そっか、あの時の態度はそういう意味があったんだ。


「いいよ、俺はもう気にしてないしさ。それよりよく覚えていたな」

「ずっと、気になってたから」

「ほぼ一瞬の出来事だったのに、よく俺だってことも覚えていたよな」

「俺も誰に言ったかまでは覚えてなかったんだけど……日向と話して思い出したんだ。それで、謝らなきゃと思って……」

「そっか、ありがとう」

「うん、俺もありがとう。最初酷い態度とったのに話しかけてくれて」


 ピロン


 黒崎が心底ほっとした顔をした途端、ポケットに入れていた携帯から音が鳴った。マナーモードにしてたはずなのに、音がしたことを不思議に思い携帯を見る。そこにはアプリの通知を報せるメッセージがあった。

 気になってアプリを開くと。


『黒崎 奏の好感度が上がりました』


 ………………は?なんだこれはイタズラか?つーかこんなアプリダウンロードした覚えないんだけど!怖いな!

 目の前にいる人間の好感度どうのこうののメッセージに気持ち悪くなり、アプリを消そうとする。だが何度アプリを消す手順を踏んでも消える気配はない。どんな機能があるのか気になったので、適当に操作してみる。

 開いた画面の中で一番気になる文言の、『好感度一覧』を開く。すると、知っている名前の横に、ゲージみたいなものがあった。よく見てみると、黒崎 奏と書かれた名前の横のゲージが端に届くほど長い。

 ……待て待て待て!これはもしかして俺に対しての好感度が高い!?ていうか黒崎の好感度って上げるの結構めんどくさかったぞ!なのになんで出会って間もない俺への好感度が高いんだ!?ゲームと同じならこのぐらいのゲージになるの秋までかかっていたはずだぞ!?


「ひ、日向?さっきから携帯見てどうしたの?なにか悪い報せでもあった?」

「な、なんでもない大丈夫……」

「ほんと?」

「う、うん」

「じゃあ行こっか」

「え!?」


 黒崎の行動に驚いて、思わず大きな声を出してしまった。離していた手をまた繋いできた。しかも今度は恋人繋ぎで。


「いやだった?」

「あっ、やっ、その……」


 そんな悲しそうな顔をしないでくれ黒崎!その顔をされたら俺はなんでも許したくなるんだ!


「……いやじゃない、です」

「よかった!」


 ああ、まためちゃくちゃ嬉しそうな顔して花飛ばしてるし……。

 それからの肝試しはまったく身が入らなかった。恋人繋ぎをして隣で楽しそうに歩く黒崎を横目に、俺は空いている片手で携帯握りしめるしかなかった。

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