第4話 林間学校イベント 1

 入学式から約一ヶ月、あれから春と攻略対象との間には、特にイベントは起こらなかった。春から攻略対象の話を聞くことも、クラスメイトの伊吹と斎藤からも春のことを聞くことはなかった。

 まだ会っていないだけなのか、それとも春のクラスの黒崎ルートに入ったのかもしれない。しゅんちゃん……もとい、旬先輩との進展はないだろうなぁ……仲悪そうだったし。

 さて、乙女ゲームのイベント(春の)は起こらなくとも、学校のイベントはやってきた。今日から一泊二日の林間学校だ。

 ゴールデンウィーク前に学年で行って親睦を深める行事。乙女ゲーの学校だからイベントがたくさん起きてもおかしくない。ただ起きてもいいが、春が怪我するイベントは嫌だ。そうならないよう、何とか俺が守ってやらないとな。


「おーい桜井ー」


 林間学校イベントの決意を新たにしていると、伊吹に声をかけられる。


「どうした?」

「役割分担だけどさ、桜井はどうする?斎藤は俺と一緒にテント張り。桜井の妹と宮本さんと黒崎は食事係だけど」


 林間学校の班は隣のクラスと合同で組んでいる。俺と春、伊吹、斎藤、黒崎、春の友達の宮本桜みやもとさくらちゃんの六人班だ。

 男女比率悪いなーと思ったけど、乙女ゲームの世界だからそういう仕様なのかもしれない。メンバーも攻略キャラとサポートキャラだけだし。


「じゃあ俺はテントかな。三人ずつの方がバランスいいし」

「そうだな!よし、早速行こうぜ桜井……てか、名字で呼ぶの妹と混じってややこしいな日向って呼んでいいか?」

「いいよ。俺もそっちの方が慣れてるし」

「ありがとう!ならさ、俺のことも名前で呼んでくれよ」

「一、でいいか?」


 俺が名前を呼ぶと、一は嬉しそうににこにこと笑う。


「うんうん、やっぱいいな名前呼びは。距離が近くなった感じがする」

「なんだそりゃ」

「んだよ日向、反応うすいなー。名前で呼び合うのは仲良しの証みたいなものだろ」

「仲良しの証って小学生か。さっさと斎藤と合流してテント張っちまうぞ」

「お、おう」


 向こうで一人作業し始めている斎藤に悪いと思い、一の手を取って歩き出す。するとさっきまで賑やかだった一は急に大人しくなった。

 あっ、男同士で手つなぐのは気持ち悪かったかな。咄嗟にやってしまいすまないが仕方ないのだ。身体は同年代でも、この前思い出した記憶のせいで中身はおっさんだ。そのせいか、どうも子供扱いしてしまう。

 いくらなんでも一は嫌だろうと思い、手を離そうとする。だが何故か一は握り返してきたので、手は離れず繋いだままになってしまった。別に俺も嫌でもないからいいやと思い、そのまま斎藤の元へと向かった。

 テントの場所に近づくと、一はようやく手を離してくれた。


「ごめん斎藤、一人でやらせて」

「やっと来たな二人とも。さっさとやっちまうから桜井はそこで伊吹はここを抑えててくれ」


 テキパキと指示を出してくれた斎藤に従う。しかし指示があってもぼーっとしたままの一。肩を叩いて意識をこちらに向けてから声をかける。


「了解。一、突っ立ってないで早く」

「あ、悪ぃ日向……」

「お前らいつの間に名前で呼びあうことになったんだ?」

「ああ、さっき一が名字で呼ぶのは春と被るからって」

「ふーん……じゃあ俺も名前呼びがいい。いいよな日向」

「ん?別に構わないぜ総司」


 総司のことも名前で呼ぶと、一と同様に嬉しそうににこにこ笑い返してくれる。最近の子は名前で呼び合うだけでこんなに喜ぶのか。純粋だな〜。


「お、おい!話してないで早くやるぞ!」


 感心をしていると、一が俺と総司の間に割って入ってきた。


「さっきまで俺がやってたのに何を偉そうに言ってるんだ」

「それは悪かったよ!」

「つーかお前、あっち抑えとけって言っただろ」

「はいはい、抑えればいいんだろ」


 しぶしぶと言った態度で一は指定された位置に戻って行った。



 その後は特に問題もなく、俺達は無事にテントを張り終えることができた。昼食まで時間が余ったので、春たちの様子を見に行くと。


「兄さん〜助けて……」

「うわっ、玉ねぎにやられたのか」

「うん、目が痛いよ〜」


 カレーを作るために切っていた玉ねぎに、目をやられた春が涙をポロポロと流して助けを求めてきた。六人分を一気に切るのは辛いもんな。俺のやることは終わったし、まだ他の食材も切り終わってないようだから手伝うか。

 春が持っていた包丁をもらい、交代する。


「あとは俺がやるから春は休んでな」

「大丈夫だよ。それに悪いから私がやる」

「気にしなくていいから。俺がやることは終わってちょうど暇してたんだ」

「でも、」

「あそこの班、女子が多くて悪戦苦闘してるみたいだから手伝いに行ってあげて。さすがに男の俺だけで行くのは不味いからさ」


 包丁を持ってない方の手で、女子エリアのテントの方向を指す。


「分かった。ありがとう兄さん!」

「春っ!前見て走って!」


 お礼を言いながら春は走って行くが、俺に手を振りながら行くから危なっかしい。注意をしたら、すぐに気をつけてくれたからいいものの、こっちは冷や冷やする……。でもそんなところも可愛い。


「なんでにやにやしながら玉ねぎを切っているんだ……」

「そりゃあ可愛い妹を……ん?黒崎か」


 上機嫌に玉ねぎを切っていると黒崎に話しかけられる。


「妹と交代したみたいだけど、あんた料理できんの?」

「できるよ。これでも料理は結構得意なんだぜ」


 なんせ前は独身だったからな!仕事に打ち込むために、身体を壊さないようなるべく料理してたからな。それに今世では小学生の頃からご飯の手伝いもしてるので、料理は得意分野に入る。


「へー……手際いいね」

「だろ?黒崎はどうなんだ?」

「興味はある」

「ふーん……っておまっ!その持ち方危ないだろ!」


 ちょっとでも手を滑らせたら切ってしまいそうな危ない手つきで、黒崎は人参を切ろうとしていた。ビックリして思わず包丁を奪ってしまう。


「ちょっと、なにするの?」

「なにって…黒崎が今にも怪我しそうな持ち方してるからだろ……ほら、包丁はこう持って人参は猫の手だ」

「っ!」


 黒崎の手を取って危なくない持ち方を教える。そして身体で覚えさせるために後ろに回り、俺の手を黒崎の手の上に置いて教える。


「この方が危なくないし、切りやすいだろ?」

「う、うん」

「で、切るときはこうやって……分かったか?」

「うん」

「よし、じゃあ一人でやってみな」


 手を離して自分でやるように促す。少しぎこちないが、さっきまでのやり方に比べたら冷や冷やしなくていい。

 やっぱ頭がいいと飲み込みが早いな。もう安定してるし切るのも早い。

 黒崎の手つきに安堵し作業を再開する。さっきまでの会話を思い出し話を戻す。


「そういえば料理に興味があるって言ってたけど、母親に切り方とか教えてもらわなかったのか?」

「一人暮らしだけど、包丁を持ったのは今日が初めて」

「えっ、それで今までご飯どうやってたんだよ」

「お湯は湧かせる」

「それは料理じゃない」

「そうなのか。あとは出来たものを買って食べてた」

「飽きるだろ。それに栄養が偏る」

「うん」


 淡々と静かに質問に答える黒崎は、入学式のときに見た嫌な雰囲気はない。もしかして、あの時は新生活で色々ストレス溜まってたのかな。それか春と出会って雰囲気が少し柔らかくなってるとか?いやそれは早すぎるな。まーどっちでもいいけど、ゲームでやった時と同じで対男でも悪いやつじゃないな。


「君は?さっきも言ってたけど得意ってことは普段もするの?」

「おー母さんの手伝いでやってるぜ。たまに俺が作ったりしてるし。因みに得意料理はふわとろオムライス」

「へぇ、美味しそうだね」

「おう!美味いぜ〜。そうだ、黒崎一人暮らしなら今度作ろうか?」

「え……?」


 前世のリーマンの時代、一人暮らしが初めての後輩によく作っていた。同じノリで黒崎にも提案したのだが、驚いた顔をされるとは思ってなかった。

 そういえば、ちゃんと話すのは今日が初めてだった。ゲームで知ってたからつい踏み込んじまったが、急に図々しかったな。


「ご、こめん!図々しかったよな、今のは忘れてくれ……」

「嫌じゃない!」

「……へ?」


 謝った途端、俺の手を握りながら大きな声を出し、黒崎は否定した。予想していなかった反応に呆気に取られる。


「あっ、そのっ、俺っ驚いて……食べたいと思ってたら、作ってくれるって言ったから……」


 必死に黒崎は弁明をしてくる。最初の出会いからは想像できない姿が少しおかしくて、可愛く感じてしまう。


「ふはっ、そんな焦らなくても大丈夫だぞ」

「うん……」

「いつがいい?黒崎の都合がいい時に作りに行くよ」

「ありがとう……あと、料理も教えて欲しい」

「お、おう、いいぜ」


 ビックリしたー急に笑うもんだからドキドキしちまった。ずっと無表情だったのに、笑うとこんなにいい顔になるのか。無表情が多いイケメンの不意打ちスマイルは心臓に悪いな……。


「あ、そうだ、俺のことは日向って呼んでくれ。黒崎のクラスには春もいて名字呼びだとややこしいだろ」

「分かった。ありがとう日向」

「う、うん」


 待って、なんか背景に花が見えるんですけど。凄いな乙女ゲームのイケメン。笑うと背景に花を咲かせることができるのか。


「どうしたの?」


 黒崎の背後に驚いていると、不思議そうな顔をして問われる。


「やっ、な、なんでもない!早く切らないと昼食に間に合わなくなるぞ」

「あ、そうだね」


 俺と黒崎は再び作業を再開し、合流したご飯担当の宮本さんに手伝ってもらいカレーを作った。この間も黒崎は興味深々に料理を見ていて目がキラキラしていた。このことを知っているのはきっと俺だけだろうな。

 なんてことを考えながら、俺たちは美味しくできたカレーをみんなで楽しく食べた。

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