第3話 出会いイベント 2

 入学式を終えて教室に戻った後、お決まりの自己紹介をした。それから教科書一式を受け取り、なんとかカバンに詰め込み帰る支度をする。入学式だから大して俺がすることもない。一応友達もできたし、今日はもうさっさと春と一緒に帰ろう。


「桜井帰るのか?」

「んだよ、もう帰るのかよ」


 席を立つと、伊吹と斎藤になぜか引き留められる。


「もうって……別に明日から毎日会うんだし帰ってもいいだろ」

「冷たいこと言うなよーもうちょっとだけ話していこうぜ」

「伊吹の言う通り、もう少しぐらいはいいんじゃないか?」

「えっと……」


 出会って数時間しか経っていないのに、そこまで好意を寄せてくれるのは嬉しい。でも今日は入学式が終わったら、春に一緒に帰ろと言われている。先に約束した方を優先させないとダメだ。悪いけど断わろう。


「ごめん、妹と約束してるから」

「えー!」

「分かった桜井、また明日な」

「うん、先帰るな。また明日!」


 二人に別れを告げ、隣のクラスに向かう。あれ?春のやつどこ行ったんだ。ホームルームが終わったら俺のとこに来るって言ってたけど、いなかったからまだ教室だと思ったんだけど。終わってるみたいなのに教室にいない。

 取り敢えず何処に行ったかクラスの子なら分かるかもしれないと思い、声をかけようとした瞬間。


「「「「キャー!!」」」」


 俺の言葉は女子の黄色い声にかき消されてしまった。一体なんなんだと思い、女子の目線の方向に目をやる。すると、騒ぎの中心には春と生徒会長がいた。

 おお、あれが会長との出会いイベントか!って、感心してる場合じゃない!モテる会長との出会いイベントを、あんな目立つところで発生させたら春が悪目立ちしてしまうかも……!

 どんどん増えるギャラリーを掻き分け、春の近くまで向かう。近づくにつれ、中心の二人の雰囲気が俺と思っていたもの違うことに気づく。出会いイベントだから少しは甘い雰囲気があると思ったのに、なんか……殺伐とした雰囲気のような?両方とも笑顔で、周りは気づいてないみたいだけど、双子の俺には分かる。今の春がめっちゃ怒ってるって。

 あの春が怒るなんて珍しい。と、とにかく、何があったのかは分からないけど、このままの状況は春の今後が危ない気がする。

 取り敢えず二人を引き離そうとすぐそこの距離まで近づくと、春がハッとした顔でこちらを見る。そして春と対面していた会長も俺の方を見てきた。


「ひな!」

「兄さん逃げて!」

「へ?」


 切羽詰まった春に意味を聞き返すよりも早く、会長が何故か抱きついてきた。女子が向けられたら卒倒しそうな笑みを俺に向けて。


「ひな!やっと会えたね♡ずっと再会できるのを待っていたよ」

「えっ?えっ?」

「ちょっと!藍沢先輩、兄さんから離れてください!」

「ああ、ひなぁ相変わらず可愛いねぇ」

「んん?」


 ちょっと待て会長よ。その笑みは俺ではなく春にじゃないか?何で俺に抱きついて来たんだ?あと、何で名前を知っている!?あっ、でも、これを公衆の面前で春にやるのはダメだ。

 訳の分からない状況に春の方を見ると、春は懸命に俺から会長を引き離そうとしてくれていた。俺も離れるように押し返すが、ビクともしない。なんてこった。

 春と二人で抗っていると、漸く満足したのか会長が離れてくれた。


「ふぅ……ごめんねひな、驚かせちゃったね」

「い、いえ」

「兄さん、気を使わなくていいから。嫌だったら嫌って言っていいのよ」

「春ちゃんはちょっと黙ってて。今は僕とひなの時間だから」

「嫌よ。あなたこそ早くどこかへ行ってよ。早く兄さんと帰りたいんだけど」

「なら僕が送っていくから春ちゃんは先に帰りなよ。独りで」

「……相変わらず言葉に悪意があるわね」


 二人はバチバチと火花を散らし、また不穏な空気を作り出す。えっと、口調や呼び方からして二人は知り合い……なのかな?

 関係性が気になったので、まだ静かに口論している二人に勇気をだして聞いてみる。


「あのー……二人はどこかで会っているの?」

「「!?」」


 恐る恐る聞いてみると、二人はとても驚いた顔で俺の顔を見てきた。変な事言ったかな……。

 驚いている顔を交互に見ていると、会長が俺の肩をガッと掴んできた。


「ひな!僕のこと覚えてない、の……?」

「えーっと……どこかでお会いしてるんですか?」

「僕だよ!ひなが小学生になる前、隣の家に住んでいた“しゅんちゃん”だよ!」

「しゅんちゃん……」


 “しゅんちゃん”で思い出した。むかーし家が隣同士で、よく一緒に遊んでくれたしゅんちゃんだ!懐かしいな、まさかこんな所で再会できるなんて。そっか、生徒会長は幼なじみの設定なんだ。通りで春と親しいはずだ。


「ひな……?」


 一人で納得し、色々と幼い記憶を思い出していると、会長が不安そうな顔をして見つめてくる。


「あっ、ごめんなさい。色々と一気に思い出してたんだ。しゅんちゃん」

「ひな!良かったあ……覚えててくれて嬉しいよ。忘れられてたら生きていけなかったし、ひなを閉じ込めてしまう所だったよ……」

「んん!?」


 今すっごい物騒な言葉が聞こえた気がしたんだけど!冗談だよね!?


「ふふっ、そんなに驚かなくても。冗談だよ」

「う、うん。そうですよねー……」

「ちょっと藍沢先輩、兄さんを怖がらせないでよ。てか、いい加減その手を離しなさい」


 春が俺の手から、いつの間にか握られていた会長の手を離そうとする。だが、接着剤でも着いているのかと思うほど、会長の手は離れない。


「ほんっと、兄さんへの執着が気持ち悪いわね」

「ねぇひな、これから入学祝いに僕とご飯に行かない?あ、お金は心配しないで、僕が払うから」

「悪いからいいですよ。それに申し訳ないですけど会長、今日は家族と過ごすと決まっているので」

「そっか……決まっていたのなら仕方ないね。でもひな、何で敬語なの?前みたいにしゅんちゃんって呼んでよ」

「やっ、そのー……幼なじみでも先輩なので敬語の方がいいかなーと……」


 敬語の理由を言うと、会長は寂しそうな顔をする。


「壁があるみたいで嫌だよひな。ねぇ、しゅんちゃんって呼んでよ」

「ううっ……でも……」

「藍沢先輩、兄さんを困らせないで。嫌だって言ってるんだから素直に引きなさいよ」

「春ちゃんには聞いてないし、君は敬語を使いなさい」

「あんたなんかに敬語は不要よ。しゅんちゃん」

「やめて、そう呼んでいいのはひなだけだから。ていうか、ゾワっとしたんだけど」


 この二人はかなり相性が悪いようだ。乙女ゲームの出会いイベントとは思えないほど、さっきからいがみ合っている。

 って、分析している場合じゃないな。早く二人を収めないとやばい。気の所為じゃないが、ギャラリーが、俺が来た時よりも増えてる気がする……!

 二人を止めるには引き離すしかなさそうだ。なら会長の望みを叶えたあと、さっさと春と帰路につくしかない。


「だいたい春ちゃんは昔から……」

「あのっ、しゅん、ちゃん」

「っ!ひな!」


 春と言い合っていた会長……いや、しゅんちゃんは俺が読んだ途端、キラキラとした笑顔を向けて反応した。


「しゅんちゃんがいいならこれで呼ぶし、敬語もいいなら昔みたいに話す」

「ありがとうひな。そう言ってもらえて僕も嬉しいよ」

「だからね、春と喧嘩はもう止めて」

「うん、ひなが言うならそうするよ」

「じゃ、じゃあ、俺と春はそろそろ帰らないとまずいから」

「そうなの?なら僕も一緒に帰るよ。おじさんとおばさんにも挨拶したい。それに……」

「藍沢いた!!」


 しゅんちゃんを呼ぶ声によって、最後の言葉は聞こえなかった。誰だろうと気になり、声の方向を見ると、白衣を着た先生がこちらに向かってきた。


「お前まだやることがあるのに何ほっつき歩いているんだ。戻るぞ」

「ちょっ、待ってください先生!」

「無理。俺も早く帰りたいんだからさっさと行くぞ」

「ええ!あっ、ひな!また会いに行くからまたね!」

「う、うん。またね」


 ぶんぶんとこちらに向かって手を振るしゅんちゃんに、手を振り返し別れを告げる。しゅんちゃんが去った途端、大勢いたギャラリーは波が引いたようにそれぞれ散っていった。

 なんか、どっと疲れた気がする……。出会いイベントでこれだけ疲れるなら、今後色んなイベントが来た時、春は大丈夫なのだろうか。心配だ。

 そんなことを思いながら春の方を見ると、春は花のような笑みを返してくれた。

 まあ、いざと言う時は俺が守ればいっか。


 嵐のような会長、もといしゅんちゃんのイベントを終え、俺と春は漸く帰路についたのだった。


 でもやっぱ、この世界で生き抜けるのかちょっと心配だなあ……。

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