2 僕の聖書が役に立たないっ!!



 「ちょっとそこの自販で飲み物買って来るよ」


 「うん………」


 アブラマンの部屋から美樹を颯爽と華麗に救出した僕は、美樹の手を取り走り続けた。そして忘れていた。


 美樹の上半身がwaーoな事になっている事を。


 まぁすぐに制服を着てもらって今は近くのバス停に腰を落としている。だがこの空気はどうすれば直るのか。


 僕の持っている聖書では大抵の場合「ありがとう」とか言いながら女子の方から抱きついてきたりだとか「信じてた」とか、そんな言葉と体温を感じるものではなかっただろうか?


 もちろん昨今の聖書はそんなありふれた物じゃないのも多いけど、なぜ美樹はああも困った顔をしているのだろうか。僕が美樹のあられもない姿を目に焼き付けたからか? いや、もうそれは眼福でござった。


 いやいやそうじゃなくて。


 僕は適当に買ったジュースを持って、片方を美樹へと渡す。何も言わずに受け取った美樹は小さく「ありがとうと」と言って一口飲むけど、困ったような顔はそのままだ。


 さて、ハードボイルドで攻めればいいのか陽キャ感を全身から溢れさせて雰囲気を変えればいいのか。………流石に陽キャはまずいか?


 「りゅう」


 「はひィ?」


 噛むな、僕。


 「………なんであそこにいたの?」


 よくぞ聞いてくれましたっ!!


 「あー、なんかあそこに呼ばれてる気がして……かな」


 さぁ来いっ!! 僕の時代っ!!


 「跡をつけてきた訳じゃ……ないんだよね?」


 僕の評価がどんな感じなのか今わかりました。ハイ。しかも、隠れて見ていたから素直にそうじゃないって言いずらいのは、僕の心がガラス細工の様に綺麗だからだね。


 「ぼ、ぼくがそんなことするように見える!?」


 「ふふ……ちょっとだけ」


 ちょっとはセーフ? アウト? 教えて聖書様。


 「ねぇ………好きな人の言う事って聞いてあげたくなったりするよね?」


 ちょっといきなりな質問で困るけど、そりゃそうでしょうとも。もしも僕が美樹にお願いされたらなんでも叶えてあげたくなるよ。


 でも、こういう質問が来るって事は僕のこの想いが届くことは無い気がしてきた。───ぐさり。えぇい、今は沈まれ我が心臓よ。………泣いちゃうぞ?


 …………ん? これはある意味では美樹の本心を聞くチャンスなのではないだろうか? 僕の中の名探偵なちびっ子が訴えかけてきてる気がする。


 ならば務めて平然を装えっ! 全ての感情をコントールするんだ僕っ! どっかの両手両足でコントローラー使ってゲームしちゃう兄妹の様に自分をコントロールするんだっ!!


 「僕だったら聞いてあげたくなる。でも、そんな事を聞くってことは…………好きな人でもいるの?」


 イイッ!! 完璧だ僕。爽やかスマイルも完璧だよ僕っ!! やれる時はやれる男!! そうっ! それは僕の事さ!!


 「………うん」


 ………あれ、おかしいな。美樹の口から聞けばもっと諦めがつくと思ったのに。


 頬を赤くするのやめてもらっていいっすか? ちょっと僕の中の暗黒が僕を全力で攻撃してるからね? あれ? ちょっと目から溢れてきそう。


 「実はさ……、最近その人に告ったんだ……」


 はい、アウト。僕の心がアウト。


 僕がいくら聖書と言う名のチートを手にしたところで即死だよ。


 「でもさ、そしたら《俺の事どのくらい好きなのか試してもいい?》って言われて………それで売りすることになったんだ。もう六回目。笑えるでしょ? いつ私が好きだってみとめてもらえるのかな………」


 …………なぜ、なに、これ?


 「ちょっと待って?? 売りって……?」


 「売春………なんだと思う。《俺のこと好きなら、俺の言ったことやってくれるよね》………だって」


 いやいやいやいや、おかしすぎるでしょそれ? 僕だったら絶対やだよそれ。それに愛を確かめ合うってそういう行為じゃないの?? えっ?? 聖書にそんな例ってあたっけ? 神待ち系とかならよく耳にするけど、あれは女の子が分かっててやってるんだよね?? ちょっと聖書さんっ!? 足りないよっ、全く情報が足りないよっ!?


 「でも……それも今日で終わり……かな。だって逃げてきちゃったんだもん」


 この時、僕は見てしまった。美樹の頬から流れる一粒の涙を。


 正直僕にも聖書にも分からない。だって意味が分からないよ。それってチャメるお兄さんに騙されてるんじゃないかって……思う。僕はそうとしか見えない。


 流れている涙も本物で、たぶん、想いも本物で……。昨日僕が感じた、美樹を応援したいって気持ちも本物で………。僕の願いはずっと決まっているじゃないか。


 「僕だったら………絶対に言わないよ。好きな人に言うこと聞けなんて……絶対に言わない。僕だったら愛を確かめるなんてこと絶対にしないよっ!!」


 「………りゅうと付き合えた人は幸せになりそうだね」


 youっ!! 君!! まさに僕が好きなのは美樹だってっ!!


 なにっ!? 普通気付いてくれないっ!? 僕の人生は僕が主人公だよね!??? 鈍感なのは僕だけで充分じゃないかなっ!?


 ならば気付いてもらうしかないじゃないかっ!!!


 さぁ集まれ!! 僕の中に眠る何故か今まで目覚めない数多の英霊よっ!! たまには勇気の一つくらい寄こしてっ!!


 「ぼ、ぼ、ぼくがっ! 僕が好きなのはっ!!」


 ────プルルルル。


 美樹が僕から目を逸らしてスマホに視線を落とす。………一言いいかな?


 空気を読まないスマホサイコパァァァス!


 っと、美樹が未だに鳴っているスマホを見つめたまま。電話に出るでもなく、切るでもなく。


 さて、空気を読まなかったそのスマホにには僕の怒りをぶつけてやらねばなるまいな。


 僕は美樹の手からスマホを奪い取る。


 今の僕はなぜか目覚めない英霊たちから勇気を貰っている……はずだ。それに聖書を思い出せっ! なんか伸びる実を食べちゃった人もありふれちゃった人も、後先考えずに想いだけで突き進んでいるじゃないかっ!!


 「もしもしっ! この間はどうも有難うございましたっ!!」


 「あー……なんとなく事情分かったわ。やっぱ君、美樹のことが好きなんだ?」


 「はいっ!!」


 「そっか…………まぁ、それならそれで、大事にしてやんきゃなだめだぜ?」


 おぉ……。てっきり怒られるような気がしてたんだけど……やっぱり見かけとは違って話が出来るの人なのかもしれない。価値観は共有できる気がしないけど。


 「はいっ!!」


 僕は電話を切って美樹に返す───と同時に、バチンと大きな音とが響いた。


 「なんでそんな勝手なことばかりするのっ!! りゅうはいつもそうっ!! 頼んでも無いのに勝手に押し付けてきてっ!! りゅうなんて嫌いっ!!」


 走り去っていく美樹を視線で追いながら、僕は頬を撫でることしかできなかった。


 なんで?


 僕が良かれと思ってやっていたことは迷惑だったのかな?


 僕には何も分からない。だって【愛】だと感じたのも美樹が初めてだし、それが【恋】だって気付いたのも美樹が初めてなんだ。


 ………なんでだろ、あんなにも言葉を交わして、想いだけなら誰にも負けないって………。そう思えるのに、美樹が全然分からないよ………。



 僕はしばらくその場で立ち尽くしていたけど、とぼとぼと家へ帰ることにした。寝れば少しはスッキリするかもしれないしね。




 「………うん、全然スッキリしない」


 それはそうだよ。だって寝れなかったもん。


 家に帰ってくるなり、読み返した聖書たちが床を埋め尽くし、中心には大の字になっている人はだぁれだ? そうです。僕です。


 人生の教科書ともいえる聖書たちを読み返した感想だけど、今回ばかりは僕の道筋にはならないことが分かった。


 だって聖書の中で生きている人達は自分から望んで不幸になる道を歩いている人がいないんだ。みんな生い立ちや世界情勢に巻き込まれて不幸になった現状を打開していく。そんなすごい人ばかりだ。


 でも、一つ分かった事もあるんだ。


 僕は諦められない。だって寝ずに聖書達を読み漁って答えが出なくても、僕の頭の中は美樹で一杯だったから。


 時計をチラリと見る。


 時刻は朝の5時。


 今から家を出れば───。


 僕は跳ねる様に飛び起きて洗面台へと向かって身なりを整えることにした。



 そして僕は今、【K女子普通高校】の前に自転車を並べて立っている。


 時間的に学生たちが登校し始めている姿を眺めながらちょっと落ち着かなくなっちゃう。


 辺りを軽く見渡して、それから左腕のKショックに目を向ける。


 そろそろのはず。僕はもう一度辺りを見渡す。


 「君、こんな所で何をしてるんだ?」


 背後から聞こえてきた声に振り向けば、聖書でもおなじみ、なぜか女子高にいるゴリゴリマッチョの男性教師が僕の真後ろにいた。うん、せめてイケメンなら爽やかな朝にぴったりだけどリアルで見るとちょっと胸やけがしそうだよ。


 「すいません、人を待っているんです。用件だけ伝えれば帰りますのでもう少しいさせてください」


 「そうは言ってもね……。ここは女子高だ。男子がこんな場所にいたら他の生徒に迷惑がかかるのは分かるだろ?」


 よしっ! 鏡もってこーいっ!! そこのおもむろに視線を逸らした生徒よっ!! 絶対何か言いたいことあるでしょっ!?


 「ちょっとだけなんで、ほんとにちょっとだけなんでっ!」


 「先っちょだけなんで」って言わなかった僕を誰か褒めて?


 ゴリ男とを説得しながらも辺りを見渡していると、チラリと美樹の姿を捉えた。


 さぁいいか? 僕。心の準備は? 


 ゴリ男を右手で制し、僕は美樹がいる方に体を向けて思いっきり息を吸い込む。


 「僕はっ!! 島田隆二はっ!! 島田美樹の事を愛していますっ!! そりゃーーもう考えない日なんて無いくらいっ!! 君のことが好きだぁーーーーーーーっ!!!」


 寝ずに出した僕の答え。


 僕を見ながらひそひそと会話を始めたK女の生徒達はガン無視して、美樹だけを見る。

 さぁどう出る? 頬っぺたでも叩きに来るのかな。それとも奇跡のフォーリンラブ来るかっ!?

  

 「あ、あれ……」


 美樹はクルッとターンからのダッシュ。


 「青春だな………」


 両肩にドスンと重みを感じると、ゴリ男が潤んだ瞳で遠くを見ている。


 ちょっと気持ち悪いっていうか鼻息が僕の頬をそっと撫でてるのでマジでやめてください。



 ともあれ、僕の考えた寝ずの作戦は幕を閉じた訳だ。

 美樹は逃げたけど、僕はこれでよかったと思う。だって昨日の出来事があった後でも僕の気持ちは何も変わらなかったんだ。


 それにどんな聖書でも、主人公が諦める姿なんてどこにも無かった。まぁ僕と聖書に違いがあるならボッチの主人公がいないことだろう。


 でもいい。僕の人生は僕が主人公なんだ。それなら僕が諦めるなんてことをしちゃだめじゃないか。


 

 とまぁ美樹の学校から僕の学校へと戻る頃にはもちろん遅刻な訳で、現在僕は再びバケツを持って廊下に立たされている。


 ………これ考えた人って絶対脳筋だよね?


 でもあれだよね、今までは美樹と会えるってだけで苦でもなかったバケツ公開処刑

がやたらと重く感じるのも事実な訳で………。


 ” ~~~~♪ ”


 あっ、寝坊助さんだったからマナーモードに切り替えるのを忘れてた。


 手に持っていたバケツをそっと置き、ポケットから取り出したスマホの通知バナーを見て、もう片方のバケツを落とす。


 ちょっと返信するにしてもだいぶ早くないかい? 美樹さん。僕の心はなんだかんだでガラス細工よりも繊細なんだよ?


 僕は震える指でバナーをタップ。


 《朝はごめんね、驚いて思わず逃げちゃった。お詫びに何かおごるから喫茶店でも行く?》



 こんなもの、返事なんて決まってるじゃないか。


 「おい島田っ! 何やってるんだお前はっ!?」


 バケツを落とした音を聞きつけてやってきたのだろう。いつも吊り上がっている眉をもっと吊り上げてどかどかと僕の元へやってくる。


 「あーあー、こんなに廊下を水浸しにしやがってっ! 水の追加だっ!」


 何を言ってるんだこの教師は………。


 「先生っ!! そんな生ぬるいこと言わずにバケツあと3杯追加でっ!!」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛の価値観違い過ぎて僕の聖書が役に立たないっ!! Rn-Dr @Diva2486

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ