恋愛の価値観違い過ぎて僕の聖書が役に立たないっ!!
Rn-Dr
1 輝け、僕の聖書
机の上に教科書という盾を設置し、いそいそとスマホに夢中なのは僕こと、
スマホの向こうにいる相手は中学時代からの僕の想い人である
「ふふふ……、中学の時には果たすことが出来なかったが、今年こそは……」
僕がこれだけ想いを寄せているにも関わらず告白を一度もしていないのにはしっかりとした理由がある。普段学校で毎日顔を合わせていればマンネリ化してしまうじゃないか。愛を育むのは会えない距離なんだよ。僕の聖書にも時々そんな事を書いた物もあるし間違いないはず。
………決して僕が言うに言えなくて、なんてことはないから安心してね?
それにこんな授業中でもメールを送れば返って来るし、SNSで僕が投稿すれば反応も返って来る。これは少なくても僕の事が嫌いではないと言う何よりの証じゃないか。
(それよりもまだかなぁ~♪)
そう、今大事なのは僕が送った放課後デートの誘いに美樹が乗ってくるかどうかなんだ。それが僕の一番の課題だ。
「おいっ! 何をしとるんだっ!!」
だからこんな風に現国の教師に怒鳴られようが、昔見たアニメの様にチョークが額にクリティカルヒット3連発しようが、時代錯誤のバケツ二杯からの公開処刑であろうが、僕の頭の中は美樹でいっぱいな訳だ。
放課後、昼間の努力が実った僕は美樹との待ち合わせ場所である最寄りへ駅へと向かった訳なんだけど、駅に辿り着いて待ち合わせ場所の南口へと向かう途中、あまり嬉しくない光景を目撃末う羽目になった。
「あれは……美樹と……誰だ?」
ボストンバックを肩に引っ掛けて歩いている男女。女の方は美樹だって一発で分かったんだけど、隣を歩いている男の何とも軽薄そうなことか。いや、まぁイケメンなのはしょうがない認めてやるとしてもだ、ギャル男とヤクザを足して二で割ったような服装と吊り上がった目。どこからどう見ても関りを避けなければいけないタイプだろうよ。
僕はすぐさま物陰に隠れて二人の様子を見守る事にした。約束の時間まではまだもう少しある。その間に情報収集に勤しむのも僕と美樹の将来の為なのだ。断じて僕がストーカー気質があるだとかチキンだとかそういったことじゃないないからな?
痛む胸と張り裂けそう………いや、正直すぐに張り裂けたんだけど、男の方は割とあっさりとしていて、スマホを耳に当てると美樹に背を向けて去って行った。問題はその背を目にした美樹が引き留めようと差し伸べた手と、その背を見つめる表情だろう。僕の心は張り裂けまくりである。
僕はその場で屈みこんでしまった。駅の中は人の往来が激しくて、普通なら恥ずかしくて出来ないけど、今の僕にそんな事を気にするメンタル余裕はない訳です、はい。
ちらりと左手首を見る。そこについているGショックならぬKショックに目を向ければ、約束の時間を一分過ぎていた。
立とうとして、ギュっ、ギュッと締め付けてくる心臓がそれを拒む。
僕はどうするのが正解なのだろう。こんな状態であれば美樹と会ったとしてもまともに喋れる気がしない。偶然を装って「さっきいた男の人って知り合い?」なんて聞いて「好きな人」なんて言われたら僕は泣きながら全力疾走することになるだろう。
美樹の好きな人ならば応援するのもやぶさかではないけど今はダメだ。
「あっ……」
そうだよ。美樹が好きな人ならば彼女の幸せを願って応援をしてあげなくてはいけない。彼女の幸せを願うのが彼女を愛する僕のするべきことだ。だかそれが今は出来ないのなら逆をやればいいわけだ。
僕はスマホを急いで取り出し、美樹へと「残業の為、今日はいけなくなっちゃった」と打った文章を送信して、僕はすぐに美樹から去って行った男を追いかける事にした。
あれだけ外見が派手な男だけあって、多少の距離が空いていたとしてもすぐに見つけられたのは僥倖だ。未だにスマホを耳に当て、下品な声を大にして………、いや、声を大にして話続けるチャラ男代表アスホールやろ………いやいや、ちょっとお茶目なお兄さんは、どんどんと路地を進んでいく。
僕はその後ろを名探偵の尾行が如く後を付いて行くと、曲がり角を曲がったのを確認。すぐさま近くまで赴き、他人の家のブロック塀へと背を付ける。小さく「ふー」と息を吐き出してからゆっくりとお茶目なお兄さんを見ようと顔を覗かせる。
「おめーだれだよ?」
なんと顔を向けた先の眼前にお茶目なお兄さんが立っているではありませんか?
このお兄さんはもしかしたらエスパーなのかもしれない。そう言ったミステリアスな場所に美樹が惹かれてしまったと言うのであれば僕は止めなければいけない。なんといってもミステリアスな男性の殆どが良い人間ではないと僕の部屋に並ぶ聖書たちが教えを説いているのだから。
目の前のミステリーアスホールは僕の顔を見ながら反対の路地を指さす。
ちょっとこっちへ来いってことか。ここまで来たら僕の男を見せる時が来たのかもしれない。今まで封印していた聖書たちからの教えを解き放ち、ちょっとお茶目なお兄さんをアストロフォビアへといざなう時が。
僕は歯を噛み締め、指さされた方へと歩き出す。
「あっ……」
ミステリーとショックとサスペンスをごっちゃまぜにした僕の聖書が役に立たないわけだ。だってカーブミラーが僕の姿をきっちりと捉えていらっしゃるもん。
…………やば、めっちゃ顔あっつ。
「……お前大丈夫か? とりあえずそこのカフェで少し話でもすっか?」
「はい……」
見ないて”! 今はそんなに心配そうな目で僕を見ないて”!!
僕は言われた通り、アスホー……いや、お兄様の後ろへと付いて行く。
案内されて入ったカフェは、どちらかと言えば女性が好みそうな隠れ家的お洒落喫茶と言った感じで、どう考えても僕たちの様な男だけで来るにしては目立つ場所だ。
そんな店に入って尚、チャメるお兄さんは堂々と窓際の席へと進み、ドスッと音を立てて席へと座り、僕もそれを見てそっと席へ腰を落とす。
……改めて正面から見ても変わった人だな、と言うのが僕の意見だ。ダブルのスーツに開けたシャツの胸元には純金であろうネックレス。………流石にメッキ……って訳じゃないよね? それと美樹と同じボストンバック。
「その……お兄さんはいくつで?」
「あっ?」
「すいませんすいませんすいません」
普通は「なんで?」とか「いくつに見える?」とか人間関係を潤滑に回す言葉と言う物があるだろうよ。穏便に済ませようと気遣った僕に感謝してもいいんだからねっ!
「んなに怯えんな。くせみてーなもんだから。んでなんで俺の歳なんか気になった訳?」
「その………その恰好でボストンバックって言うのは違和感があったもので……」
チャメるお兄さんっ! これが潤滑油的な会話です! さぁ僕を通して社会を学んでいいんですよ!!
「それ、お前になんか関係あんの?」
店員さん、潤滑油を彼の頭から盛大にぶちまけてあげてください。店の中が埋まるほどの潤滑油をっ!!
「関係あるかと言われれば……ある……かもです」
「あっ?」
「すいませんすいませんすいません。ただ僕の知り合いと同じボストンバックだったんでっ!」
そこで初めてチャメるお兄さんが驚いたように表情を崩した。
「もしかして美樹の知り合いだったりすんの?」
「えぇ、まぁ……」
「まじかよっ! それならそうと速く言えよっ!! ────定員さんっ! こっちにいつもの二つ!」
なざ美樹の名前が出た途端にここまで有効な雰囲気を醸し出せるのか。もしかしなくても、僕はとんだピエロなのではないだろうか?
それから運ばれてきたチョコレートサンデーをお兄さんと食べながら話をしたけれど、分かったのは二人は付き合ってはいなくて、どうやら美樹の片思いらしい事だった。なにせお兄さんは美樹の友人のお兄さんらしく、今日も美樹から呼び出されて駅まで送ってくれとせがまれたのでしょうがなくといった感じらしい。
カフェでお兄さんと別れた後、帰り道をとぼとぼと歩く姿があった。そう、それは僕だ。
僕は絶賛「告ってもいないのに振られた」状況に酔いしれているだけだから。別に胸が抉られるような感覚に流れそうな涙を必死で抑えている訳ではないよ。あえて言うならば、正義を成し、気付かれる前に去ろうとしているヒーロー。ハードボイルドと言っても過言ではない世界に足を踏み入れただけさ。
では最後の仕上げを済ませようか。
僕はポケットからスマホを取り出し、電話帳を開く。
「………さらばヒロイン」
削除コマンドを起動。次工程はSNS。次は……次は……。
僕は終えに辿り着く前までには、全部の痕跡を消しきれたと思う。………あれか、女々しくて女々しくてラブゲッ中毒歌って今夜は踊り明かすとしようか。
その晩、部屋で涙を流しながら一人カラオケに精を出している僕の元に両親が呼んだ警察が来て、別の意味で寝れぬ夜になったことは僕だけのパンドラの箱にしまっておくとしようか。
さてさて、ハードボイルドへと身を投げた日の翌日。
こう言っては何だが、同じ高校を受験しなくて良かったなと改めて思う。もしも同じ高校だったら毎晩警察官と夜を共にしなくてはいけなくなってしまう。おっと、パンドラの箱の封印が……。
「おーい島田っ!! ちょっと来いっ!!」
帰り支度をしている僕の元に声を掛ける教師、そう、それは……どうでもいいモブです。はい。
「なんですか、モブ百八号?」
この後、僕の放課後が暗黒教室(生徒指導室とも言う)への収監が決まったのはまた別の話としよう。
辺りは真っ暗。夜の八時ともなれば流石に部活でやんのやんの言っている生徒達も帰路に就き、それを理由に解放された僕は皆と同様に帰路に就くが、タイミングは少し遅らせた。
僕は身も心も孤高の存在となったのだ。闇夜は僕を隠すために存在する。
………決してリア充たちを横目に見ながら帰宅するのが嫌な訳ではないから間違いない様に。
僕はいつもの帰路から少し外れ、人気のない方を選択しながら進む。すると車はもう通れないだろう道へと出るとどうにも古いアパートがぽつり。
「こんなのまだあるんだなぁ……」
もはや聖書の中にしか存在しないであろうそのアパート、一部を蔦が大きく口を開けて咀嚼している途中の様で、僕は自然と目が吸われながらも歩みを止める事は無い。だって帰ったら聖書に捧げる時間が無くなってしまうじゃないか。確か今日は「頭を剃る、そして乳母に絡まれる」という名の聖書がアモゾンにて届く日だしな。
新たに届く聖書に想いを馳せ、早まる足。ほんとモブ百八号め、僕の貴重な信仰の時間を奪いやがりやがりやがって。
だが、そんな僕の足を止める物が聖書以外に存在するとは思ってすらいなかった。
魔所のようなアパートを通り過ごそうとしたその瞬間、僕の視界に飛び込んできたのは昨日のチャメるお兄さんと美樹。
「………デートかよ」
声が漏れたのに気付いた僕はすぐに物陰に隠れる。
二日連続で出会ったらまるで僕がストーカーみたいじゃないか。
ちんたらと手を繋ぎ歩く二人は魔所のアパートの階段を一段あがり、立ち止まり、また一段上がったと思うとまた立ち止まる。
いや、どんだけ別れを惜しむカップルよ。僕の心の闇が僕を浸食する前にさっさと部屋にでも入ってイチャイチャすればいいじゃないかっ! ……あっ、ズキンってきた。
そんな自爆を繰り返しながら名探偵の動きを忘れずに二人を見守る僕。安心したまえ。昨日の様なドジは踏まないさ。なんたってこんな狭い路地であればカーブミラーなんて立てる場所が無いのはさっき確認済みさ。そんな周りに気を配れる名探偵の鏡と言えば誰だい? そうです、僕です。
あまりにもリア充雰囲気を出して歩く二人を舐めるように見ていると、何か違和感を覚える。遠目だからハッキリとは分からないけど、美樹はちょっと必死そうで、チャメるお兄さんはなんか面倒そうな感じって言えばいいのだろうか。
ただし、僕はそれがなんなのか言葉に出来ずにいた。だって女性と付き合ったことなんてないんだもん。まぁあの二人も付き合ってるんじゃなくて美樹の片思いな訳だけど。………まさか、片思いだからこそ燃えたぎる感じの奴ですか??
あ、安心してください。僕は炭と化してるんで。今はちょっとくすぶってるだけ。
やっとの思いで二階にある一つの部屋へと入って行った二人を見て、僕は開放感からすぐに走り出した……のだけど、魔所を通り過ぎようとして、僕は再び足を止める。
「べ、べ、べつに気になる訳じゃないんだからねっ!」
僕は様々な聖書でよく使われる一文を呟いてか足音を立てない様に階段を一段一段登っていく。………大抵こういう呟きするといいことあったりするじゃん。つまりは僕は自分を鼓舞する為に言ってるのである。
辿り着いた扉の前で膝をおり、扉にゆっくりと耳を当てると、二人分の男性の声が聞こえて………二人の男性??
はて? てっきり僕はここがチャメるお兄さんの部屋で、押しかけた美樹が部屋に入ったという未来視だったのに……僕はまだ信仰が足りていないのかもしれない。
「じゃぁ~毎度アリ~。終わったら連絡してくれれば迎えに来るんで~」
聞こえてきたのはチャメるお兄さんの声で、その後に続いたのは「いつも悪いね~」というくぐもったおっさんの様な声。
ちょっと想像と違った展開に状況が整理できていないのだけど、足音が玄関に向かって近づいて来るのを聞いて、僕は咄嗟に通路上にあった室外機の横に寝そべる様に隠れる。
昼間にこんなとこに隠れたらただの変人かもしれないが、この闇夜であれば多少はみ出ようがバレないはず。
早鐘を打つ心臓の音だけが僕の体を支配していく。
そんな僕を無視するかのように、扉の閉めた音が聞こえると、すぐ後には人一人分の階段を叩くカツン、カツンと音が鳴り始める。
どうやら僕は闇夜に溶け込めている。ならば、と僕は手すりの隙間から覗くけど。視界で捉えられたのはチャメるお兄さん1人だけ。
僕はいよいよ幻覚でも見始めたのだろうか。部屋に入る前には確かに美樹だと思ったのだけど………。もしも美樹とくぐもった声のおじさんっぽい人を間違えたのであれば、僕は医者に行った方がいいかも知れないだろう。
もう一度僕はチャメるお兄さんが出て来た玄関の扉へと耳を当てる。
「じゃ、じゃあ、そこに横になって」
くぐもった声が聞こえてくる。僕の様に聖書を音読しているのだろうか?
「………は、はい」
小さく、そしていつもよりもか細く思えたその声を僕が間違える訳が無いだろう。だって電話とかした時とかに黙って録音していた音声を聞いて自分を慰めていたんだぞ? まぁ昨日全部消しちゃったけど……。
それよりも今はどんな状況なんだ?
「み、みきちゃんでいいかな?」
「はい………」
「ふひひひ………、じゃあみきちゃん、服……脱いで?」
───はい?
僕の耳を腐らせてしまう様な声と、布の擦れる音が聞こえる。いや? え? まじで? なんで?
「────あっ……」
再生回数に広告収入がつくならばちょっとした財産は稼いでいるだろう僕の耳は聞き逃さない。驚いたような「あ」の後に悲痛を押さえていくような「っ……」。
「────っ!」
僕は歯を目一杯噛み締めて立ち上がる。
(聖書の教えでは登場が一番肝心だっ!!)
木製の扉へと向かい体をキュルっとターン。
「なにしとんじゃわれーーーーーっ!!」
あっ、なんか思い浮かべていたのと違う引き出しを開けた気がする。でもでも、これで扉を蹴り飛ばして中に入ってさえいければ格好はつくよね?
そうして、僕は当たり前の事を忘れていた。玄関は外開きである事を……。
────ジーーーーーーーーン………。
帰宅部で聖書を読み漁り、徳を積んできたインテリ文系はだぁれ? そう、それは僕さ……。
「だ、だれだよっ!!」
足から伝わるしびれが体を巡り、僕の脳を揺らす。片膝をその場に着きそうになる体を必死で抑え、僕は言ってやるさ。
「お邪魔しますっ!!」
取っ手を握った手を思いっきり引っ張れば、丸っこい体の巨漢な………油凄いな……、と、よく知った顔の女の子が脱いだであろう制服で自分の前面を隠している姿。どちらも目をまん丸くして僕の登場シーンを見つめている。
………ちょっと予定とは違ったけど登場シーンはOKだろう。
僕はずかずかとその部屋に土足で上げりこみ、アブラマンの前にいる美樹の腕を強引に掴んでいってやるのさ。
「お邪魔しましたっ!!」
僕はそのまま逃げる様に美樹の手を引いて走る去ったのだった。
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